作戦もとい三十路男の恋の応援、実行(後編)
「き、君! か、彼女が、こ、こ、こ、こ、困、ここここ、コマン… 困って…」
小心・飯塚哲夫、残念なことに、ここ一番で決められない。
「何、気持ち悪いこと言ってんのよ、あの人。格好悪いわね。本番に弱いタイプよ」
弥生も隠れながら呟いたつもりだが、しっかりと無線に乗って、それを耳にして飯塚はしゅんと萎れて項垂れる。それでも正美にすれば、彼こそは知人、先輩。
「飯塚さん、助けてください!」
彼女が飯塚の背後に隠れるので、彼も俄かに精気を取り戻して俄然元気になる。
「貴様、か弱い婦女を暴行しようとは不届き千万! 誰が許そうとお天道様とこの俺は黙っちゃいない。神妙にお縄を頂戴して、しかるべき鉄拳制裁を受けるがいい!」
との戯言を別人の如く滑らかに言って、大袈裟に身を挺して彼女を守る素振りを見せ、眉間に皺を寄せバーモンを睨みながら持っていた大きなバッグ開けると、あらかじめシールが貼られたボールや鍋や金槌やペンや日本人形などが中から飛び出して、彼の周り、その空中でふわふわ浮遊させる。
「い… 飯塚さん、それ…」
現実離れした現象に目を丸くする正美に、
「平さん、俺がついている。いますぐこの悪漢を退治して、君を恐怖から救ってあげるよ!」
飯塚はもう絶好調、すこぶる己に酔っている。
しかし、その陶酔を邪魔する者が突如現れる。それも空から降って現れる。
「取り戻しにきたぞ。さあ、返してもらおうか!」
偉そうに腕を組んで立つ男の髪は鮮やかな赤。塀のヴァイスは桐生を羽交い絞めにしながら、
「あいつ、空にいたのか」
「こんなときに出てくるんじゃないわよ」
弥生の愚痴も赤髪には届かない。
その赤髪の頭上にシールが数枚貼られた絨毯が浮かんでいる。
「シールは、ここに全部持ってきてあるはずなのに…」
飯塚の元気も勢いも水を差されている。
「馬鹿にしてもらっちゃ困るよ、君。私はそれらの開発者だよ。シールくらいならいつでも作れるし、ほらまだまだこんなにたくさん持っている」
赤髪ことドランクは両手五指に挟んだ何枚ものシールを見せ付けて、手品の要領で素早くまとめて手から消す。
「い… 飯塚さん、この人たちは…」
飯塚の背後で平正美が怯えをぶり返して、彼の上着の裾をギュッと握り締める。子犬のように彼を頼りにする仕草に、飯塚のやる気も再び火がつく。
「あいつらは悪い奴らなんだ。僕の大切なものを奴らは奪いにきたんだよ。君を巻き込んで申し訳ない。でも、大丈夫、大切な君は僕が守るよ」
格好よく言っているつもりだろうが、傍から聞いているとどこか歯が浮く。しかも正美には何が何やら。それでも己に酔っていれば、気にしないし、気付かない。空中に浮くボールやペンの矛先をバーモンからドランクに向ける。するとドランクも素早くそこらの石や木板や転がっていたバケツやらにシールを貼って浮かせて、臨戦態勢をとる。
「あら、見もの」
塀に隠れてヴァイスが呟けば、
「そんな悠長なことを言ってていいんですか?」
滋の言うことももっともだが、これで飯塚がドランクを見事にやっつけてしまえば作戦完遂。
「君は離れているんだ」
飯塚が正美を遠ざけようとする。が、彼女の足は竦んで思うように動かない。これを見てドランクは、
「私をダシに使って女の前でいい格好を見せようとするとは許せんな。私はかませ犬にされるのが一番嫌いだ。その浅はかな考えを捻り潰す意味でも、君を叩きのめしてくれよう。その彼女の前で、思う存分、恥を掻きたまえ!」
ついに攻撃が始まる。バーモンは急いで滋たちのもとへ走って逃げてくる。
シールを貼った互いの武器が、空中を乱舞しては激しく衝突する。本体はほとんど動かない。しばらくは五分の情勢。だが、経験の差、魔力の差で形勢はドランクへと傾いていく。一発、石が飯塚の鳩尾に直撃する。連続して手足、額と痛打される。痛みによって彼の集中力も鈍りだし、武器を浮かすことも難しくなる。
飯塚の劣勢に「これはまずい」と桐生たちが助太刀に出ようとしたところ、飯塚はパチンと指を鳴らす。それを合図にバッグから箒が飛び出す。柄に掴まり、正美の手も取ると、
「君も逃げるんだ」
と、同じく柄を握らせて、二人して空高く舞い上がっていく。
「逃がすものか」
ドランクも絨毯を呼び寄せ、飛び乗って飯塚たちを追いかける。
「追うぞ!」
桐生の一声に彼とヴァイスは猛然と走り出す。
「あんたらについていける訳ないでしょ!」
弥生が叫べば、
「すぐ近くに俺が乗ってきた車が停めてあるから、そいつを使え!」
そう言ってキーを投げてよこして、また人間離れした足の速さで飯塚たちを追いかけていく。
「私たちも追うわよ!」




