退院した日にすぐ仕事(前編)
某所、UW管轄の病院の一室にて先生や看護士に退院の挨拶をする平塚弥生の姿あり。不意にその部屋の扉が開いて入ってくるは桐生誠司。片膝の破れたジーンズにTシャツ、キャップとラフな格好をして、長めのバットケースのようなものを肩に担ぎ、大きな封筒を手にしている。私服姿の弥生を目にするや、
「スカート、似合わねぇ」と、一言。
「何よ、いきなり現れて。ヒトの私服にケチつけないでよ」
赤のチェック柄のスカートは丈が膝に届かず風に靡けば下着が見えそうで、上の白いブラウスも含め、曰く「戦闘向きではない」。桐生は弥生と共に仕事をすることが多いので、彼女のスカート姿をほとんど目にしたことがない。仕事中の彼女は、動きやすさを優先させて大概ストレッチパンツやジーンズ、またはジャージを穿いている。大学受講中も何時なんどき仕事になるともわからないので、普段目にする姿も、それら色気は二の次の格好が多い。本日は退院日ということで完全オフだと思い込んでのめかし込みだが、高校生の制服のようにも見える。脱色して色を塗ってもサラサラとした茶髪、筋肉質ではないが引き締まって細い肢体、輪郭が小さく化粧っ気の薄い顔、160センチあるかないかの背丈。普通にしていれば普通に可愛い女の子だが、彼女の身分ではその「普通」が許される時間は少ない。
桐生が手に持った封筒を翳してみせると、弥生は露骨に嫌な顔をする。
「仕事あるぜ」
「えぇ? 要らないわよ」
弥生の本日の予定を並べてみると、友だちと映画に行ってランチしてショッピングしてボーリングしてカラオケに行く。とまあ、退院早々仕事をする気など毛頭ない。とはいえ仕事に対して責任感の強い彼女は話を聞かずに断ることもできはしない。故に彼女の願うところは、それが簡単な仕事で、さっさと終わらせ、すぐに遊びに行ける、これである。が、所詮UWの仕事、そう甘くもない。桐生が封筒から町の地図を取り出すと、
「この地区の空を今日一日監視してほしいそうなんだよ。昼から夜にかけて。特に夜に注意してほしいなんて言っていたかな」
「え~ なんで一日中なのよ。そんな地味な仕事、他の人に任せればいいじゃない。何がいるっていうのよ。バードウォッチングでもしろっていうの?」
「退院早々文句の多いやつだな。みんなだって忙しいの。俺たち基本的に頭数少ないんだから。監視なんて一番ラクな仕事だろ? お前の体を一応気遣っているんだぜ。まあ、バードウォッチングじゃないことは確かだし、一般人には任せられないことなんだけど… それでも気楽なもんだろ? 双眼鏡片手に空を見ていればいんだから。なまった体には丁度いいと思うぜ」
「リハビリは済んでるの! 百パーセント動けます! 人を馬鹿にしないでよ。それで、一体なんなのよ。なにを見つければいいのよ」
「おお、さすがに頭の切り替えだけは早い。優秀な奴だ。そんじゃ本題に入ろうか…」
と、その前に近くにいた先生や看護士に目を配る。UWの管轄とはいえ彼らはあくまで普通の人間。桐生の言葉にして「一般人」である以上、自分たちの仕事に巻き込むわけにはいかない、知られるわけにもいかない。二人して笑顔で会釈して病室を出、病院地下にあるミーティングルームへと向かう。その途中、
「あんたは今日何をしているのよ?」
「俺か? 今日は研究所だよ、大学じゃなくて組織の。この間の結界のあいつ、覚えているだろ?」
「ああ、彼ね。私をココに送り込んだ張本人…」
「あいつの修行が一通り終わるんだよ。それで迎えに行ってくるんだわ」
「ちょっと待って! それだけ? あんたのほうが簡単じゃない! 代わりなさいよ!」
「それは駄目だね。譲らない。あいつまだ組織のことを詳しくわかっていないようだから説明しなきゃいけないんだよ。一番気が置けない幼馴染の俺が適任な訳だ。仮にお前が行ってもねぇ、いくら覚醒のためとはいえ本物ソックリの熊の着ぐるみ着てビビらされた相手を前にしたら、萎縮しちまうよ、あいつ」
「失礼するわよね、まったく。人を鬼婆みたいに言ってくれて。ピンチに陥れて覚醒させようなんてあんな頭の悪い作戦考えたの、だいたいあんたでしょ。しかも私、結局あの子の結界で吹っ飛ばされちゃうし… 私こそが被害者だっていうのに、腹立つわね」
見れば握り拳を作って今にも殴らん構え。それを宥めたところで部屋に着く。