飯塚と滋、二人きり(後編)
「まあ、どうぞ」
「あ、お邪魔します」
まず割れた窓ガラスを片づけ、ダンボールとガムテープで応急処置を施す。派手に割ったわりに派手な怪我はないが、額が少し切れていると言われて、
「洗面所を借りていいですか?」
「ああ、どうぞ」
スタスタと小走りで入っていく滋の姿に不意と後輩の彼女を重ねて、飯塚はまたムラムラとする。馬鹿な男と己を責めているうちに滋も戻ってくると、目も碌に合わせられず、合ったら合ったで、
「あの、ティッシュか何か、ありませんか? 傷口をタオルで拭くわけにはいきませんので」
と聞かれ、言葉の一々にまた妄想を繋いで膨らませて体を火照らせる。ティッシュペーパーを受け取る仕草、額を拭い、押さえる仕草、掻き上げた髪の生え際、添えられる指先、どれも艶っぽく女のそれと思えて仕方なく、逃げるように背を向け和室に入ると、手持無沙汰に布団を敷き始めるが、これもまた情事を連想させる。
「眠たくなったら、この部屋を使ってください」
滋にしても恥ずかしく、
「い、いえ、まだ大丈夫ですので。ハハハ…」
力なく笑ってみても、その場の空気は微妙なもので。
「何か飲みます?」
「え? は、はい」
コーヒーの準備をする飯塚も、それを待つ滋も、何を言っても何をやってもぎこちない男と女のようである。淹れられた湯気立つコーヒーにミルクや砂糖を入れるかと聞かれても、遠慮して普段飲みもしないブラックのまま口にする滋もまた、自分で自分が何をしているのか胡乱となる。
「それで、俺の魅力ってなんだろう?」
唐突に路上での話の続きに戻る。姑息は通用しなかったと省みると、
「そうだ、飯塚さんには魔法があるじゃないですか。それで、何か、こう、彼女の興味をひくなり格好いいところを見せるなりするというのはどうですか?」
もはや素の飯塚に魅力なしと言っているようなもの。ちなみに薬一錠以外の魔法使いキットは、拾った飯塚のものだとして桐生も没収をしていない。
「それも、考えたことはあるんだけど、まだまだたいしたレベルじゃないしね。副作用の話を聞いた後では特訓するのも…」
「でも、酔っ払いを追い払ったんですよね。それくらいのことができるなら、誰かに頼んで悪役を演じてもらって、彼女を助けて惚れさせるってこともできるんじゃないんですか?」
「そうは言ってくれるけどねぇ。なら、君にその悪役を演じてくれと頼んでもいいのかい?」
「え? えっと… それは、またなんと答えればいいのか。僕じゃ、悪役に見えないと思うような、思わないような…」
「ほら見たことか。そういう下手な芝居じみたことって、意外と難しいんだよ」
話が頓挫すると、また二人静かになる。勝手なことは軽々しく口にしてはならない。
と、この時である。割れた窓に貼られたダンボール紙をいきなり突き破って人がこの部屋に押し入って来たのは!
「おや? 佐久間滋」
その顔に滋は覚えがある。一ヶ月前に出会った「ヴァイス・サイファー」と言う名の男である。それに続いて二人の男が同じように部屋へと入ってくる。赤い髪の男に白い髪の男。風格からして普通の人ではないと察すると、滋の顔から血の気が失せていく。




