飯塚と滋、二人きり(前編)
結局、桐生一人が研究所へと向かい、滋を護衛役にして、弥生は自由行動を許された護衛班補助とする。不満を口上に散らすのは弥生でも、不安に苛まれるのは初心者の滋で、桐生の勘が的中すれば守り切れる自信もなく、また事故と言え、自分に告白をした飯塚と共に一晩過ごすことにも落ち着かない。弥生の携帯の電話番号を教えられ、桐生にも「何かあったら本気で結界を作れ」と指示されて、「お前が本気を出したら多分、誰にも打ち破ることは出来ない」と励まされても、払拭できない。
一番の不安はその己の結界能力にあって、まだまだコントロールも未熟なら、出した本気によれば暴発して、飯塚の部屋をクチャクチャにすることもあり得る。先ほどの窓ガラスだって彼の不注意で割っている。その件に関しては経費で落とすと桐生に言われているが、UWがどこまで補償できるとも知れず、弱気は弱気を生んで、小心翼々として歩く足も重い。
飯塚の部屋へと戻る途中で、一緒に歩いていた弥生も抜けて二人きりになると、その落着を得ない気持ちも貞操を守る初心な乙女の警戒と似て、飯塚も飯塚でとんだ失態を見せた相手に遠慮して、両者黙ったままでいる。黙っているとまた不安で、無理に会話を始めようと魔法の話題を滋の方から切り出すが、なにぶん新人でこれが初仕事の男には気の利いたことも言えず、質問にも答えられない。何かの問いの折に、
「実は、僕も今日が初めての仕事で…」
と白状すると、飯塚の顔も憂色を示して、共に苦笑をする。雰囲気も冷えて、温めようと飯塚の仕事や趣味に話を振ってみるが、まるで見合いをしているようで却って変になる。ただ、この流れで飯塚の恋慕の対象の話となると、見間違われた忌々しさを背負いつつも、滋の性根が無粋なせいか、こと他人の恋愛に聞き耳立てたく、嘴挟みたく、そんな話こそ応答が上手くいく。
「どんな感じの人なんですか?」
と、聞き出せば、惚れた男の観察眼は下手な探偵より鋭くて、その彼女の良い点をそれこそ切りなく並べてくる。
「どこが一番好きなんですか?」
こう聞けば、照れ隠しに困った顔を作って、また勿体ぶって、
「笑っている顔」
「じゃあ、相手は飯塚さんのことをどのように思っているんですか?」
そう聞けば、今度は憂いて悲しく眦を下げて、嘆息も漏らして、
「いや、まあ、悪くは思われていないのですがね。よくもないというか。普通に先輩といった視線だけで、恋心といった、そんなくすぶる目で見てくれないんです」
三十路男の恋の辛さがひしひしと伝わる。滋の目にして不憫である。無粋な彼は情にも脆く、
「飯塚さんの強みは何ですか? それを探してどんどんアピールしていってはどうですか?」
進言して笑顔を見せて励ますと、飯塚にすればその笑顔こそが惚れる後輩に一等に似て、悶々とさせるのだから罪な話である。それをまた理性で抑えて、
「俺のセールスポイントかぁ、悲しいことに自分では何も思いつかないんだよね。逆に聞きたいくらいだよ。俺に、何かあるかな?」
突然そんな事を聞かれても、滋も返事に困る。手入れなく半端に伸ばしただけの髪型、眼鏡、中肉中背、手足の長さも並、顔は悪くはないが笑うと皮肉っぽく、着る物も安物の綿のパンツに長袖のポロシャツと、冴えない外見だ、褒められるところを見つけられない。
「えっと、優しさとか真面目なところとか性格ですかね…」
仕方なく、よく知りもせずに姑息と当て推量なことを言う。丁度飯塚のアパートに到着して、話も終いになったから良かったもので。




