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三十路サラリーマンの独り言(前編)

 飯塚哲夫といいます。三十歳になりました。彼女はいません。仕事はしています。一応、正社員です。高校を卒業してからずっとこの会社で働いているのでもう十年は経ちます。事務職です。役職は特にありません。派遣社員やパート社員もいるのでそのシフト管理を任されていますが、給料に反映されていません。


 土日は基本的に休みです。でも、休日に何をしているというわけでもありません。趣味らしい趣味もこれといってありません。強いて言えばゲームをしたり、インターネットをしたり、その程度です。インターネットはほとんど読むこと専門です。自分で何か書き込んだり日記をつけたりといったことはしていません。ネット上での罵り合いは傍から見ている分には面白いけれど、自分が参加する気にはなれません。参加してもすぐに言い負かされると思うので無理です。


 普段、お酒は飲みません。ときどき会社の同僚や上司、高校時代の友人たちと飲みには行きます。ビールは飲みません。もっぱらサワーやカクテルといった甘いお酒です。深酒はしません。二日酔いは人生に一度しかしたことがありません。若かりし頃の話です。今後もするつもりはありません。たまに酒宴にて悪酔いした同僚などが強引に酒をすすめてくることもありますが、悉く断っています。ひどいときはそんな私を罵ったりしてきます。そういうときはこちらも怒って反論します。それでも引かない相手には顔を引っ叩いてやるときもあります。後輩の間ではこんな私をつかまえて酒乱であると噂します。まったくの誤解です。


 後輩たちには普段から冷たく接しています。苦言も多いと思います。甘やかすつもりはありません。中には気さくな後輩もいて、私にも笑顔で近づいてきます。でも、そんな奴に限って馬鹿正直に「飯塚さんは冷たい人ですねぇ」などと面と向かって言ってきます。それも笑顔で言ってきます。もしかしたら馬鹿にされているのかもしれません。なめられているのかもしれません。そういうときはいつも適当に笑ってやり過ごします。ちなみにその後輩は男です。女性の後輩はどれもあまり相手にしてくれません。話すことも仕事のことばかりです。私のほうから気さくに世間話をすることもほとんどありません。仮にしても、大概苦笑いや気まずそうな笑みをみせられて特に話題も膨らみません。ときどきわざと愚痴ってみせることもあります。「大丈夫ですか?」と気遣ってくれることもありますが、これもまたそれ以上の発展もありません。


 女の後輩と昼食を食べたことがありません。女の先輩や女の同期となら何度かあります。それら先輩も同期もどんどん結婚退職していって今ではほとんど残っていません。ちなみに二人きりで食事をした経験はあまりありません。過去に一、二度だけです。それも仕事の話をしながらの食事です。特別気があったわけでもないのに一人で舞い上がってドキマギして、食べ物があまり喉を通らなかった思い出があります。その人ももう寿退社しています。今では二児の母だという話も耳にしています。


 上司と昼食や夕食を共にすることはあります。マンツーマンですることはありません。そんなシチュエーションはこちらからお断りです。だいたい上司一人に部下数人で、ちょっとした勉強会のような食事になります。何一つとして楽しくありません。これといってためになったと思ったこともありません。周りもみんな同じようなことを考えていると思います。稀に「ためになった」と受け止めている奴もいますが、何かの勘違いか偽善だと思ってしまいます。上司や管理職といったって所詮同じ人間です。偉そうなことを言い、人格者ぶったことを言ったりしても家に帰れば奥さんや子供に疎まれてしょんぼりしているものです。私たちへの御言葉もそんな憂さを晴らすために発しているのだと思います。もしくはたんに説教したいだけです。苦労して今の地位に昇りつめた自分を自慢して讃えてほしいだけだと思います。決して私たちのために言っているわけではないはずです。「お前たちのためだ」と平然と言ってのける上司は信用なりません。そんな言葉を頂いても一銭にもなりません。世の中そんなに甘くはないです。


 直属の上司は最近厳しいです。小言も多いです。世の中全体が不況の猛威にさらされているのだから仕方がないのかもしれませんが、こんなときこそ得意の御言葉をぜひとも世に通用させてほしいものです。できないのなら、その地位を自分たちの世代に譲ってくれないかと思うこともあります。高い給料をもらって「疲れた、疲れた」といかにも疲れた顔をして言っているだけなら、まだ若い私たちのほうが動いてみせます。でも、こんな私も最近後輩から「疲れているんですか?」と聞かれます。そんな素振りは見せていないつもりですが、そのように見えるようです。二十代前半の若者には体力でかないません。私は普段から運動らしい運動もしていません。アウトドアと呼ばれる遊びもほとんどしません。自分からするなんてことまずあり得ません。冬にはスキーに誘われることもありますが、毎回あまり乗る気にはなれません。滑れないわけではありません。疲れるのが好きではないのです。あと滑り終わった後に温泉や銭湯に行きたがるのも理解できません。私は他人と風呂に入るのが嫌いです。入りたくないのでいつもロビーで待っています。男同士で風呂に入って裸を見せ合って何が楽しいというのでしょうか。


 私がフェミニストの類だと、そんな噂が流れたこともあります。とないえ、分別がわかるようになって以来、女性と風呂に入ったことなどは一度もありません。風呂は一人で入るものです。それをわかってくれる男は私の周りにはいません。女の中では、一人います。会社の後輩です。部署は違いますが、この間、会社の飲み会のときに少し話すことができました。まだ二十歳の短大卒の新入社員で大人しい性格の娘です。可愛らしい顔をしているので社内でも人気があります。恋人は現在いないようです。そんな彼女も誰かとお風呂に入るのが苦手だそうです。理由は恥ずかしいからだそうです。でも、私と違って絶対に入らないわけではありません。彼女の同僚の女子社員が言うには、綺麗な体をしているそうです。その話を私たち男の前でされたとき彼女は滅茶苦茶恥ずかしがっていました。可愛い子ぶっているだけかとも思いましたが、耳まで赤くなっていたのでそれも違うと思われます。そんな話のついでに私の「誰とも一緒に風呂に入らない話」がされました。新入社員たちの前でそれを話した同期や後輩を穴に埋めてこの世から抹殺してやりたくなりました。でも仲間がいます。その仲間が社内でも可愛いと称されるその新入社員であったことにちょっと優越感も覚えました。


「他人なんかと入れないよね、ねぇ?」なんて訊ねて、相槌を二人で打ち合うこともできました。そのときの周りの男どもの口惜しそうな顔、負け惜しみはいまでも忘れられません。それでも、彼女とそれきり何か特別なことがあるわけではありません。顔が合えば挨拶はしてくれます。笑顔でしてくれます。でも、例えば昼食を、たとえ二人きりでないにしても一緒に取ったこともありません。近くに行きつけのパスタ屋があるので、こちらから気さくに誘ってやりたいものですが、していません。いえ、出来ません。



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