いざ、三十路ポッターの家へ(後編)
桐生が懐から取り出した写真を弥生経由で滋に渡す。彼は近眼でもないのに鼻先に触れるほど顔に近づけ、写った男の顔を凝視する。
「でも、その話が本当なら、やっぱりそいつ、相当な手練れなんじゃない? ポルターガイストみたいなことができて、おまけに空まで飛べるなんて。本当に疲れたサラリーマンなの? そんな人がいるなら、この業界で噂にならないはずもないのに」
「一応、その辺りも調べてもらったんだよ。名前もわかっているんだ。『飯塚哲夫』。設備機械の会社に勤務。三十歳。未婚。一人暮らし。住所は今から向かうところ。数日前まで額に包帯を巻いていた。前科なし。これまでUWに目をつけられた記録もなし。書面ではどう見たって一般のサラリーマンなんだけど、酔っ払いの件に関しては間違いなくこの人なんだよ。滋のように最近になって自分の能力に目覚めたのか、それともこれまでその才能を隠していたのか、はたまたこの情報そのものが間違っているのか。とりあえず俺たちが向かって直接会ってみる必要があるって話だよ」
「相変わらず危険な仕事は私たちばかりに押し付けられるわね。相手が相当にやばい奴だったらどうするのかしら?」
「遠くから観察した限りでは、ホント、うだつのあがらないサラリーマンって感じらしいぜ」
「当てにならないわ。私だって傍から見たらか弱い乙女よ」
さりげなく挟む弥生の愛嬌にも桐生はもう無駄に触れずに聞かぬふりをする。滋もどう返事をして良いのかわからない。
「それで段取りだけど、俺たちの正体を明かすことはできないので、地元の新聞記者だとかテレビ局の人を装って話を聞く作戦でいるから」
「え~、それこそ怪しいじゃない。私たちどう見たって大学生よ。この子なんて、中学生に見えるわよ」
また二人して滋へと目を向ける。
「そんなのはわかってるさ。でも大学生のバイトで使いっ走りにされていますって誤魔化すことだって出来るぜ。それに伊達眼鏡も持ってきた。これでちょっとは大人っぽくみえるだろ」
縁なし眼鏡が弥生と滋に配られて、文句もあろうがひとまず掛けてみると、弥生は服装のせいもあって知的な高校生に見える。滋は、勉強しかできない中学生に見える。結局あまり意味がない。渡した桐生本人がこれは駄目だと肩を竦める。
それでも当の二人は自分たちの眼鏡姿にご機嫌で、商店街のガラスウィンドウに全身を映して、
「私、アナウンサーっぽくない? あんた国営放送の人みたいに見えるわよ」
「え? そう?」
そう思うのは本人たちだけで。ちなみに桐生が掛けてみると、まあ大学生と見えるが、知的と言うよりすかした大学生で、弥生によれば一言「ダサい」。
「どうインタビューするか、原稿のようなものはあるの?」
「自分で考えておきながら、もうインタビューって聞くのも恥ずかしくなってくる」
「なによ、今更。ねぇ、こういうのどう? 『先日、変な噂を耳にしまして~ 何やらあなた様が魔法のようなものをお使いになったとか~ そのことでお聞きしたいことがあるのですが~ あ、私たちは○○テレビ局のものです~』っていうのは。こんな若くて可愛いアナウンサーならイチコロじゃない?」
確かに弥生の外見は可愛くもあるが… 性格が何とやら。桐生も滋もどうとも答えない。
「いきなりやる気出しやがって。さっきまで危険なんて文句言っていただろうに」
「や、そうよ。相手はあくまで正体不明のサラリーマンなんだわ。やっぱり今の、あんたやってよ」
「俺が? 嫌に決まってんだろ。なんでそんな恥ずかしいことを。俺は役者には向いてないんだよ。お前みたいに年甲斐もなくブリブリできないしね」
そう口走るや間髪入れずに弥生の拳が桐生の頬を殴っている。
「一言多いわよ」
こういう暴力は身体強化の能力者である桐生相手だから許されることで…
そうこうしているうちに目的地の前まで辿り着く。外観白く、屋根は臙脂の築二十年以上の古い二階建て木造アパートである。部屋数は上下合わせて十。住所より目標の部屋の位置を確かめると、窓から明りが漏れている。どうやら在宅とみる。桐生も弥生も口を真一文字にして俄かに静かになる。いよいよ気が引き締まって、これ緊迫かと滋は喉を鳴らして唾を呑む…
が、
「やっぱり、ここはジャンケンにしましょ。負けた人がインタビューをする」
「ああ、それでもいいぜ」
すぐにくだけたことを二人が口にする。あれよあれよと言う間に言葉通りにジャンケンが始まって、訳もわからず流されるままパーを出すと、滋一人で負けてしまう。




