いざ、三十路ポッターの家へ(前編)
目標の家へ行く、即ちこれ敵陣へ足を踏み入れると思い込んで出発も前に足が竦む新人の佐久間滋を尻目に、弥生と桐生は仕事の本題から逸れて、諍いを始める。所謂諍いは屋上にて空ばかり見せられ続けた弥生(途中、滋に交代させておきながら)の鬱憤晴らしの恨み文句、これを知ったことかと桐生が突っぱねるつまらないもので、ああ言えばこう言い合って、仕舞いには互いの性格の悪さに話が移って、移ったと思えば作戦指示の中身の良し悪しに戻る。真面目か不真面目か、緊張があるのかないのか滋にはとんと解らない。
「それで、場所はどこなのよ?」
「ここからすぐ近くだよ。余裕で歩いていける距離だね。走れば五分以内かな」
と言うものの、地図を広げて指差すところはこの場より二㎞は離れていて、
「走ればって、私は五分じゃ無理よ。そんなのずっと全速力じゃない。体力馬鹿のあんたなら余裕かもしれないけど。それに…」
弥生がようやく滋へ振り返る。つられて桐生もそちらを見やる。
「体力、ないわよね?」
滋も大袈裟に頷く。運動が得意ではないと自負する彼も、中でも持久走は自分で自分が嫌になるほど大の苦手。一ヶ月間の訓練にて体力の向上も一応は図られたものの、一応は一応で、成果は雀の涙ほど。本人がUWの入隊を一時躊躇った理由がこれに尽きて、自身の運動音痴も併せて、この初陣で自分の起用が失敗するという偏屈な自信ばかりが胸に湧く。
「仕方ない、歩いていくか」
「なんだったらタクシーを使えばいいじゃない。そのほうが速いわよ」
「そんなの経費の無駄だよ。仮にもUWの隊員がたかだか二㎞にそんなぬるいことを言っていてどうするんだ。入院して老け込んだか?」
「失礼ね」
ここでまた桐生と弥生でつまらない諍いを再開させる。後に知ったことによれば、この二人の不毛な言い争いはどうやら日常茶飯事のようで。不毛といえ、不毛故にずっと聞いていると滋の緊張も解れてくる。傍から見れば恋人同士の痴話喧嘩にも見える。興味本位で不意に、
「二人は… 付き合っているの?」
と問うと、
「そんなわけないだろ」
「そんなわけないでしょ」
男女口を揃えて、共に狼狽もなく、むしろ顰蹙とばかりに睨みつけてくる。どうやら違う。おそらくそれぞれ想う所に別の異性がいると滋は見る。そう見ながらこの二人の仲を勿体無いとも思う。彼もなかなか無粋である。
「ところで相手はどんな人なのよ?」
「情報によると普通のサラリーマンだね。本当に普通かどうかはわからないけど。とりあえず歩きながら話すよ。時間を無駄にするのもアレなんで」
屋上も後にして、桐生と弥生が並んで歩く後ろを滋が付いていく道中、彼の胸に緊張が甦る。比べて桐生と弥生はお使いに行くような雰囲気。まるで危機感がない。
「この間、この近くの通りで酔っ払いの喧嘩があったらしいんだ。警察も呼ばれて、でも相手側は警察が来る前に逃げたっていう」
「それがどうしたって言うのよ。普通の事件じゃない」
「まあ、話は最後まで聞きなよ。それに大した怪我もなくて事件にすらならなかったんだから。問題なのはその喧嘩の内容で、目撃者によるとポリバケツやら缶やら瓶やらが手も触れずに宙に浮いて、酔っ払いに何度も何度も飛んでいったんだとさ。まるで超能力で操っているかのように。そしてそれを操っていたであろう逃げた相手側って奴が、途中で箒のようなものに跨って空に飛んでいってしまったらしいんだよ。その人相も何だか疲れた三十代のサラリーマンふうだったらしい」
「それ、間違いなくあの写真の人のことじゃない」
「そう、きっとこいつなんだよね」




