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ついに出来た魔力増強剤(後編)

 が、一度やると決めたら頑固に譲らない赤髪、白髪の躍起な説得にも心揺れ動くこともない。「問答必要なし」の一言で遮って、不気味に笑いながら即行動、荷物を片手に胸を張って小屋を出、影のほうへズンズンと向かっていく。


「そこの人、待った!」


 静かな荒野にひときわ甲高い声が響いて、人影も熊影も同時に振り返る。白髪もあたふたと赤髪を追いかける。


 振り返った人影は上下共に黒い衣服を着て、その顔は若いがどこか涼しく、呼び止められたことにも平然としていれば、「迷子」で困っている様子でもない。連れて歩く熊影の方は茶毛の大熊で、こちらも、近寄る赤髪、白髪に牙をむくでもなく、大人しくして見つめるのみ。白髪はすぐに、これはきっと「こちら側」の人間であり生き物であると勘付く。するとすぐに、それはそれで面倒であると考える。拒まれる、密告される、捕まる、実験が出来なくなる、世に名を残せなくなる…とのマイナス思考の連鎖。これは拙い、早く赤髪にわからせてやらねば、と気が焦るのだが、当の赤髪はいまだに「あちら側」の者だと思い込んで、


「何も言うな、何も語るな。わかる、わかるぞ、君たちの気持ち。いきなりこんなところに迷い込んでさぞ不安であろう。私にも経験がある。似たような世界であれ、異世界はカルチャーショックの連続だ。わかる、わかるぞ。でも安心しろ。この私が、この場にいたことが君たちには幸運だ。何もわからない君たちだが、この私の手にするこの錠剤を一粒呑んでみれば、君たちの不安も一気に払拭。さあ、騙されたと思って試してみるんだ」


 相手の顔が「あちら側」の所謂東洋人の作りであるからか、日本語と呼ばれる言語でもって胸が痒くなるような出鱈目を並べて、馬鹿な論理で薬を呑ませに掛かる。白髪は焦る。焦って走って追いかけて、途中で蹴躓いて額から転んでしまう。砂にまみれた顔を持ち上げて、断れ、断ってしまえ、との一念。と、


「いえいえ、結構です」


 黒服の男はあっさり拒んでくれる。


「ええ、その通り! 断ったほうが、君の…」


 白髪がそう言いかけたところで、


「なんと! 断るというのか君は! まあ確かにいきなり見ず知らずの者に声をかけられては警戒もするというもの。よろしい、まず私が何者か教えよう。私はこの世界で天才発明家と呼ばれている。中でも誰でも魔法使いになれるキットを開発したことで世に名を轟かせているのだよ。おっと、名前はいえないが、君のような『あちら側』から来てこの世界に順応できないものをそのキットで助けているというわけだ」


 赤髪の声の大きさに白髪の忠告もかき消されてしまう。黒服の男は、だが尚もその申し入れを断る。俄然平然としているものだから、白髪はいよいよ、この男が「迷子」でないと確信する。同時に、赤髪の身勝手に圧倒されない肝の据わった沈着さは、この男がどこかの軍人、もしくは諜報部員、何かそれらの道に通じた特殊要員であると想像させる。仮に「あちら側」の言語にも通じたこの国の秘密警察ならば、赤髪の言っていることは自首に等しい。白髪の背中に急に悪寒が走る。嫌な汗が額に垂れる。ここに来て、黒服の正体がただの迷子であれ、自分の推測も思い過ごしであれとひたすら祈る。


「ええい、ここまでいってもわからないか、君は。この先どうやってこの世界で生きていこうというのだね。君がいた世界に戻れるなんて保証もないというのに。恐ろしい猛獣だっている。悪いことを考えている奴だっている。そんな奴から身を守らなくてはいけなくなるのだぞ。薬を呑み、私のこの魔法使いキットを騙されたと思って一度使ってみなさい。そうすれば道は開かれる」


 赤髪が黒いケースごと突きつけるが、黒服はそれも丁寧に断りながらサッと避けて触れようともしない。白髪からして、恐ろしい猛獣は黒服の側にいる。悪いことを考えている輩は赤髪こそがその通り。普段でも、相手がなかなか買ってくれなければ脅す、そして最後は怪しい宗教じみたことを言っている。説得力の欠片もない。きっと誰だってそう思う。わかっていないのはおそらく赤髪のみであろう。白髪は思う。自分の研究が、赤髪によって作らされた発明品の数々が世に知れ渡らない理由は第一に赤髪の唯我独尊による営業下手によるのだろうと。悲しいやら切ないやら。


 黒服の男の身分次第では自分の一生が水泡となろう。それ以前に、すでに自分は自分の半生を棒に振っている… これ以上の過言、失言、詭弁の類はよしてくれと白髪は心の中で叫ぶ。心で叫んでも、尋常ならざる焦燥のために、今この場において声になってくれない。赤髪はといえば、こめかみに青筋を立てて随分と機嫌が悪くなっている。それを見ると白髪の声はさらに喉に詰まって外に出ない。白髪の知るところ、赤髪は戦闘をしてもそこいらの一般人よりかは腕が立つ。魔力だってそれなりに操れる。中でも催眠術を得意とする。無茶だけはやめてくれと思うが、残念ながらこれも声にはならない。


「フッフッフッ、そうかそうか、そこまで拒むか。私の作品がそこまで嫌だというのか。君のような一般人が、それも魔法が実在することすら知らない『あちら側』の庶民が、夢にまでみた魔力を手に入れ、憧れの魔法使いになれるというこの絶好の機会をみすみす見逃そうとするとは… 無知とは恐ろしいものだ。よし、いいだろう。まずは貴様のその救いようのない平和ボケした思考回路から変えてくれよう」


 赤髪は持っていた黒ケースを後ろに投げつけると、黒服の男の顔の前で両手を翳して蝶の羽ばたきの如き妖しい動きをさせる。必殺の催眠術で黒服の男を強引に実験台にしてしまうつもりである。犯罪まがいのその行為に白髪も、


「それはまずいですぞ!」


 やっと声が出る。しかし、


「やるといったらやる!」


 まるで聞き分けがない。


「君、とりあえず謝るんだ! それが嫌なら目を閉じるんだ! そして逃げるんだ!」


 普段の白髪の五倍は声量があったか。それでも黒服の男は涼しい顔。その場から離れようともしなければ、目も伏せず、もちろん謝ろうともしない。代わりに何かに気付いて赤髪たちの背後を指差す。


「あ、ケース」


 と、呟くのを聞いて赤髪も白髪も振り返る。この黒服が入り込んだであろう「あちら側」との境界口が今にも閉じようとしている。通常それが閉じる際、周りにある軽いものは向こう側へと吸引されることがある。穴の規模や穴との距離によっては人間だって動物だって吸い込まれるのである。それが所謂「迷子」と呼ばれるものである。


「あっ!」


 白髪は焦る。赤髪はもっと焦る。


 赤髪が後方へと放り投げた黒ケースは、彼の開発と白髪の研究の結晶を積んで「あちら側」へと吸い込まれていくのであった。



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