取り壊し前のアパートの屋上にて(後編)
弥生はそう独り言のように言って滋の顔をまじまじと眺める。女の自分に負けず劣らず綺麗な肌をして、とても男のそれとは思えない。一ヶ月前の能力覚醒作戦の際に熊に扮した彼女がつけた頬の傷も綺麗に消えている。おそらく能力者の特異な力のためである。
「な、何ですか?」
その声も男にしては高いほうで。覇気もなければ威勢もない。何かを警戒している小動物のようなら、隊員として本当に務まるものかと心配になる。そう思わせるこんな相手に、しかし彼女はあっさり吹っ飛ばされて一ヶ月入院の重症を負わされている。能力者の力量は外見、性格、腕力だけでは測れない。心配しながら弥生の気分は複雑とくる。いや、それより何よりも目の前のこの男が本当に二十歳の男なのかとそちらのほうが気になって仕方がない。その容貌こそ摩訶不思議。これも魔法力や特殊能力の力なのか、もしくはただの遺伝か、仮に本当に美しくなる魔法があるのなら、伝授願いたい乙女心。
「それで、誠司自身はどうしたのよ。あいつはいまどこで何をしているのよ?」
「桐生君は僕をそこまで送ってからそのままタクシーで帰っていきましたけど…」
「何!」
すぐに双眼鏡を覗いてみると、ここより離れていくタクシーが一台、
「あんの卑怯者! 私ひとりに仕事を押し付けるんじゃないわよ!」
怒鳴る声もさることながら、右手で炎を浮かばせている姿に滋の肝は冷える。彼にすれば能力者の能力をこうして間近で見るのも初めてのことで。
「あんた、ここに来た理由、聞かされてるの?」
眼光鋭く訊ねられて、滋は萎縮する。
「い…いえ、聞かされていませんけど… と、とりあえず、これを持っていってやれと… 言われました…」
腕にぶら下げた買い物袋を差し出すと、弥生もきょとんとした目をして、
「何よ、これ?」
受け取って中を覗くと、まずはコンビニ弁当が目につく。ペットボトルのお茶に折りたたみの傘、日焼け止めクリームにサングラスまで入っている。最後にメモが一枚、「暖は自分でとれ」とのこと。弥生の表情がみるみる緩む。
弥生も笑うと可愛いらしい。肝を冷やされた滋の目にもそう映る。ただ、素直で単純すぎる彼女の性分、簡単に怒ったり悲しんだりする情緒豊かな気性に、会って間もないのに、その性格をちょっと難しい類と見抜いてしまう。
「あいつ、たまにいい奴」
弥生はさっそく弁当を食す。よほどお腹が空いていたようで、頬が膨らむほど次から次へと口に運ぶ。少々はしたない。普段より大食かと滋は思う。が、弥生自身は少しも太っていない。服の上から見ても腕が細く長い、またスカートからのぞく足を見ても、緩んだ肉は一つもない。それら四肢だけ見れば、弥生が二十歳の女性というより十代前半の少年のようにも見えてくる。再びその顔に目を移すと、頬張る顔はそれでも可愛いもので。滋は何やら老婆心のように、弥生のことを色々と勿体ない人だと思ったとか。




