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ケースを拾った三十路サラリーマン(後編)

 シールは耐水加工されていますが、火には弱いそうです。二つに破れてしまうとこれも使えなくなるそうです。魔力によって粘着するため何度でも貼り替えが利くとのことです。シールはワンキット300枚入っていると書かれてありました。箒とは異なり遠隔操作を行うためのみに開発されたアイテムですので、シール自身が性格を持つといった現象はないようです。注意事項としてくれぐれも何枚も同時に操るようなことはしないようにしてくださいと書かれてありました。あくまで自分の力量にあった使用を心がける必要があるようです。


 最後に指揮棒。正確にはスティックと呼ぶそうです。これは用途が二通りあると書かれてあります。


 一つは、先ほどのシールの際に何枚も同時に操ろうとすると使用者自身が混乱する恐れがあるとありましたが、そんなときにこのスティックを使用し指揮することでバンダナへの負担を減らすそうです。シール使用中にこのスティックを翳せば優先的にスティックの動きに誘導されるそうです。バンダナだけではシールを次にどのように動かすか頭の中で空間をイメージしながらコントロールするそうなのですが、このスティックがあればその空間をイメージするという作業を省くことができるそうです。わかりづらい説明ですが、とりあえずシールを操るときはスティックを使用したほうがお得であると、ありていに言ってそのようなことだと思われます。シール以外に箒にも適用されるようです。補助的な用途ですので基本的に初心者用の機能ですが、上級者が使いこなせば相当なコントロールテクニックを実現させるようです。それがどのような現象を引き起こすのかは具体的に書かれてありませんでした。あくまで可能性の話のようで、上級者になってから使用者個々人がそれぞれに技や新しい用途を開発していってほしいと書かれてありました。一つ目の用途に対する注意事項は特にありませんでした。


 二つ目の用途として、スティックを握りながら念じることにより、スティックの先端に火や水、電気、風といった物体以外のエネルギーの類を付着させ、留まらせることができるようです。火を付着させればいわゆる松明ですが、それと同じようなことを火の代わりに水や風、電気で行えるようです。実際に芸術分野において活躍する魔法使いの人たちが得意とする能力だそうです。その才能がなくても行えるようになることがこのアイテムのその機能の目的であると書かれてありました。冗談のつもりか、興味をひくための過剰な文句か、そんな人がいると説明書に書いてしまっていいのか悪いのか、何もわかっていない私は、はじめこの馬鹿馬鹿しさに思わず鼻で笑ってしまいました。


 また、この機能は何も芸術の分野においてのみ発揮するわけでもないらしく、武器としても使い道があるそうです。このスティックにはさらに、先端に固定した火や水を弾丸のように放出する機能がついているそうです。もちろんバンダナを必要とします。シールのそれと似たようなものです。それが物体かエネルギーかの違いだけだそうです。ただし、シールと違って魔力貯蔵庫の類がありませんので手元より直接放出する形となるようです。威力を上げることも難しく、一度に使用する魔力も多いようなので箒のとき同様に調子に乗って使い続けていると後で倦怠感や筋肉痛に悩まされるそうです。魔力の多い少ないによっては飛ばすスピードにも差が出るとのことです。かなりの才能を持った人物が使用すれば殺人も可能な武器となるため、使用には十分注意が必要であると同時に、理性を持って扱うことを要求しています。芸術的側面にしても、またそのほかすべてのアイテムについても、多大なエネルギーのコントロールは一歩間違えれば災難に繋がるもので、使用の際は常にそれを忘れないよう心がけてほしいとありました。


 これをすべて読み終えたとき、私は自分のアパートに着いていました。部屋の中、黒ケースを前にしばし黙り込みながら、それが本物かどうか考えました。何度か錠剤に手を伸ばし、毒かもしれない、いやもしかしたら本当に魔力なんてものが手に入るかもしれない、そんな問答を続けて三十分が経った頃、覚悟を決めて一錠飲んでみることにしました。我ながら思い切ったことをしたものだと、喉を通った後に思いました。ところが飲んでも私の体にこれといった変化は見られませんでした。毒の苦しみにのた打ち回るわけでもなく、魔力が全身よりほとばしるということもありませんでした。少々拍子抜けです。


 ためしに箒を取り出してみました。箒は自動で私が乗るに丁度よい大きさに伸びました。その突然の変化に驚いた私は、続けてバンダナも巻いてみました。そして心の中でイメージを膨らませ、強く念じながら「浮け」と呟きました。


 するとどうでしょう。箒は私の部屋の中で本当に宙に浮きました。私は我が目を疑いました。肝が冷えました。そして、恐る恐るその箒へと跨りました。


 私は宙に浮いていました。ゆっくりと浮遊して、そのまま部屋の窓を開きました。星が無数に瞬く空が見えました。


 私はまた強く念じました。「飛べ」そう呟くと、途端に箒は私を乗せて晴れた夜空目掛けてすっ飛んでいきました。


 私は空を飛んだのです。信じられないと思いますが、本当のことです。笑いが込み上げて仕方がありませんでした。その高揚に併せるように箒のスピードはぐんぐん上がっていきました。そのうち私はその速さに耐えられなくなり朦朧となって近くの森に着地するや、乗り物酔いで嘔吐しました。そんな無様な目にあっても、それでもそれが本物であることを確信して身震いが止まりませんでした。


 と同時に、どうして惚れ薬がないのかと、口惜しくなりました。



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