ついに出来た魔力増強剤(前編)
薄暮の空の下、とある荒野にひっそりと建つ木造の小屋にて、共にダークカラーのスーツを着た二人の男あり。一人、赤髪を掻きあげながら、
「できた、できたぞ!」
と、歓喜に身を震わせば、もう一人の男、その白髪の旋毛をボリボリと掻きながら溜息まじりにふと苦言。
「確かに成功しましたが、魔力増強剤は条約で禁止されてますぞ」
「ふん、条約なんてもの、あってないようなもの。守っている奴のほうが少ないくらいだろ」
赤髪の男、随分強気に言うが、根拠は特にない。自分の都合のよいように社会を解釈するのは彼の悪い癖。言って聞かせても聞く耳持たず、余計な反論はさらなる利己的な反論で返すのが常だから性質が悪い。それでも白髪の男、言わねば彼のためのみならず自分のためにもならないと、
「副作用だって何がおきるか飛び出すか、まだ実験段階なんですからね」
「そう思うのなら、さっさと副作用を解明して解決策を考えよ」
強引は彼の専売特許、これに怒っても疲れるのみ。白髪はしぶしぶ「はいはい」と生返事をして彼の歓喜に表面だけ付き合ってやる。思い出すと、この白髪の彼も、この赤髪の男に自分の研究を評価され援助されるようになったときまでが人生の華。それが、次第に法や条例に触れるものばかり研究させられるようになって、今では心労が積もる。タブーを犯す快感を味わうこともあるが、所詮タブーはタブー。それでいて世紀の大発見を夢見る手前、この地位を簡単に手放せない。いわゆる研究者の性というもので。赤髪もそんな心の隙間を目ざとく見抜いて物を言っているに違いない。
「それで、ドランクさんのほうはもう終わってしまっているのですか?」
「俺の開発か? 無論だ。見よ、この『魔法使いキット』一式を。お前の開発したその薬とあわせればキャッチコピーどおり誰だって魔法使いだ」
そう言って取り出すは三泊分の荷物が入るスーツケースの如き代物。真っ黒のそれをパカンッと音を立てて開いて、赤髪は気色が悪いほど揚々としながら中を見せる。
「折りたたみの箒と、バンダナと、これは何ですか? シールの束ですか? それとスティック。はあ、確かに魔法使いっぽいですな」
他にまだ四十八ヶ国語で書かれた分厚い解説書というものも見つける。赤髪が世界戦略を視野に入れているとわからないでもないが、敢えてそこには触れない。
「さっそく契約したモデルに使ってもらいたいものだ」
「モデル? そんな話は初めて聞きましたぞ。非合法なんですから、いきなり表沙汰はまずいのでは…」
「そんなものはわかっている。隣国で近々戦闘が起きそうな地区があるだろう。そこで試してもらう」
「ということはこれを兵器としてお使いになるおつもりですか? それはまた無謀な。いくら魔力を増強したといっても、鍛えられた兵士に勝てるものでもないですぞ」
「何を言う。だからこそのこの『魔法使いキット』なのだよ、君」
「でも、まだどんな副作用がでるかわかっていませんし。使用者の肉体に影響があるだけならまだしも、気が狂って命令にも従わないなんてことになったら兵器としても使えないですぞ」
戦場にていきなり使われることなど白髪には寝耳に水、彼には珍しく躍起になって言い返す。この薬は大人の玩具としてアンダーグラウンドで知れ渡って後、特例で条約違反も免れてから公益に成りうるものへと改良を重ねる、というのが彼の描く青写真であった。将来的に条約も改正され世論も味方につけて、それが結果として兵器として使われるようになるのなら仕方はないが、早速兵器として売り出して取り締りの恰好の的にされ、すぐにお縄を頂戴して研究どころではなくなることは予定にない。ところが赤髪の弁によれば戦場という半ば無法地帯だからこそ特例なんてものが認められやすいのだそうで。闇市場にてひっそりと売り出し、幾年もただ待っているよりかは百倍マシとの力説。それがはたして正論であるのか白髪には怪しい。長年の付き合いから、やはり拙い方へと事が流れるのではと不安になる。
と、この荒野に突如落雷の如き轟音が響いて二人の言い合いを遮る。日も暮れた紫空には雲の欠片一つなく、いわゆる雷光も走っていなければ、イカズチではない。二人して窓から外を見やる。と、遠方に人影と巨大な熊の如き影が一つずつ見える。人里から離れて動物すらあまり見かけぬこの地にあっては珍しい場景。赤髪、白髪は共に眉を顰める。いつの間にどこから現れたのか不可思議である。二つの影はさらに遠くを歩いていく。その先には森がある。続いて二つの影とこの小屋の間に目をやると空中に黒い穴が開いて見える。
「ははん、ありゃ『迷子』だな」と、赤髪。
「あの『穴』はつまり『あちら側』との通り道というわけですか。それで彼らはそれが偶然に開いて迷い込んだ『あちら側』の人というやつですな。でも、その割には平然とスタスタとまっすぐ歩いているようにも見えるのですが…」
「いや間違いない、確実に『迷子』だ。『こちら側』の人間でもあんな『穴』を意図的に作れる奴なんていない。そんな装置を作るのは未来の俺だ」
「はあ、そうですか…」
「素っ気がないな。だが、まあ、いい。よし、決めた! あいつで実験だ。副作用があるのかいないのか、あるならどれほどのものなのか試してみようじゃないか」
「な… 何を馬鹿なことを言っているのですか! 『あちら側』の人間なんて、それこそ条約違反ですぞ! UWだって黙っちゃいないですぞ!」
「ふん、『こちら側』でやるんだ、そう簡単にバレるものでもない。迷子になったたった一人の人間がどうこうしたところでUWが動くわけでもないだろうに。心配症だな、君は」
「ですがこの国の取り締まりもありますし、もし見つかったら、そうなったらタダじゃ済みませんぞ!」