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エデンの王子  作者: リクルート
第一章 クレセント峡谷編
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第四話 円卓会議

 シャルロットと再会して三日後。学園が休みだったので、アランは王都を歩いていた。寝癖は跡形もなく、スーツは仕上げたてのように折り目が付いていた。

 目的地は勿論王宮。出店や屋台を始め、地方から来た田舎者は祭りが行われていると勘違いするほどの賑わいは、相変わらずだった。

 天気は晴天。気温はさほど高くないはずだが、行き交う人々の熱気が体感温度を上げていた。

 ストリートパフォーマンスを愉しむ者、食い物屋台を食べ歩く者、見るからに妖しい店もある。世界中どこを探しても、これほど活気のある街は少ない。

 国民や国政をここまで高い水準に()し上げたのは、歴代最高の皇帝と謳われる前皇帝の力量だろう。そして、前皇帝の成し遂げた偉業を廃らせることなく保っているのは、現皇帝シャルロット・ブラッドレイの功績だ。

 アランは昼近くで賑わう王都の中心を抜け、王宮のある小高い丘へと向かう。王宮の周辺は建物の建設を禁止されているため、王宮までの道筋は緑の草原が広がる。

 少しばかり高度も上がるので、涼しい風がアランが纏っていた王都の熱気を取り除いて行く。

 腕に着けた時計が正午を指すよりも少し手前で、アランは王宮の敷地へ続く門に辿り着いた。堅牢な柵で囲まれていても良いはずの王宮は、背の高い木で覆われているだけに止まっている。その代わりに、アランならば寒気がするほどの強い結界が張り巡らされている。

 無断で侵入しようものなら、一瞬で気を失ってしまう代物だ。これはピアが開発した魔導具だ。柵のない王宮は、国民に隠し事をしないという前皇帝のメッセージが込められている。

 わざわざ無断で侵入する必要のないアランは、王宮の門(これは堅牢なつくりになっている)に立っている衛兵の元へ行く。


「今日円卓会議に参加する予定のアラン・エヴァンスですが」


「アラン・エヴァンス?聞かない名前だな。何故今日極秘事項の円卓会議が開かれると知っている?」


 若い兵だった。口をきつく結んで、屈強な身体を反らしている。一般人が見たらそれだけで怖じ気帰ってしまうほどの威力はあった。

 しかし、これはアランにとって想定外の事態だった。昔は顔パスだったので、このような応対は受けたことが無かった。


「いや、皇帝陛下に呼ばれて......」


「貴様が?皇帝陛下にか?お兄さん昼まっから酔っているのか。身分証はあるか、家族の人に迎えに来てもらうといい」


 どうやら悪い人では無いだろうが、アランの話をまともに受け止めるつもりもないらしい。


「いやだから......」


 前に進もうとするアランを無理矢理押し返そうとする衛兵。職務を全うする勤勉さは尊敬に値するが、今のアランには妨害材料にしかならなかった。

 このままでは一悶着起こってもおかしくはないという所で、助け船は出された。


「衛兵、ご苦労だ。そいつは一応客人だ。皇帝から言付かっている」


「はっ!?えっ!?これはソニア様、失礼しました。あなたも客人様でしたか。この無礼、何と謝罪したら......」


「いや、気にしていないから大丈夫です」


 アランが不審者でないとわかった瞬間、ぺこりぺこりと謝罪を始める衛兵を慌てて止める。本当に根は良い人だったようだ。

 衛兵は季節に似合わぬ量の汗を(十中八九冷や汗)額に浮かべながら、アランを王宮の中へ通してくれた。


「あの、助けてくれてありがとう」


 一応礼は言っておくべきだろう。ソニアと折り合いが悪いとはいえ、他人の助けを仇で返すような真似をアランが出来る筈もなかった。


「ふん、お前に実力がないから、このような事態を招くのだ。だいたい己から出る魔力が多ければ、衛兵にあのような態度を取られることもない」


「そ、それはそれで捕まると思うけれど......」


 魔力が多い不審者なら、尚更警戒されてしまうだろう。あの場面では魔力をさほど感じられないアランだったからこそ、害は無いと判断されたのだから。


「そもそもシャル様がお前をお招きになった理由がわからない」


「はあ......」


「まあシャル様の事だ。何の考えもなくお前のような凡人をお招きする筈もない」


「そういう解釈か......」


 アランにとっては変に突っかかられるよりもよっぽど楽ではあるが、少々複雑な心境だった。


「昔から疑問だったが......」


 王宮、円卓会議室前。縦は四メートル、横幅は三メートルの扉。どんな巨人が通るのかという大きさだが、重厚そうな観音扉は、ソニアが僅かに引くと、意外なほど軽く開いた。


「何故......三年前にお前があの場所にいたんだ?」



 ◇ ◆ ◇




 円卓会議室の中は、アランの予想通り厳かな雰囲気を漂わせていた。真紅色のカーペットを敷いた部屋は、円卓以外の家具や装飾は一切無く、天井から吊り下げられた絢爛なシャンデリアも、今は灯りを(とも)していなかった。

 円卓を囲うようにして椅子が並べられているが、二つの空席を除き全て埋まっていた。席に着いているメンバーは、錚錚(そうそう)たる顔ぶれだった。

 皇帝を始め、第一部隊から第五部隊までの隊長が勢揃いした光景を目の当たりにすると、アランも見ていて清々しかった。

 それでも、アランの心の中では緊張よりも懐かしさの方が勝っていた。ソニアを除き、このメンバーの全員と懇意の仲であったアランにとって、今回の召喚は帰還に近い。


「久し振りだね、アラン」


 まず始めにアランに声を掛けたのは、第四部隊隊長、空戦のエキスパートであるルーク・フライトだった。二十八歳だが、このメンバーの中で男ではアランと一番歳が近い。

 薄緑色の髪の毛に、エメラルド色の瞳。ハンサムという言葉をそのまま当てはめたような容姿で、高い鼻梁にくっきりとした目は八分の優しさと二分の野性味を灯している。

 彼の容貌に惹かれる女性は多く、第四部隊は五部隊中最も女性の割合が大きいというのは、広く語られる都市伝説だ。フェンリルの隊長を務めているのだから、その実力は語る必要がない。

 昔からアランにとって兄のような存在で、よく可愛がられていた。

 

「こら、アラン君が困っているでしょ?三年振りなのよ?」


 ルークに注意したのは、第三部隊隊長、海戦のエキスパート、ミナツ・パラモール。皇帝やピア、ソニアにも無い大人びたスタイルを持っている。

 焦げ茶色の髪の毛に茶色の瞳。口調は穏やかで、ルークよりも落ち着いた雰囲気を持っているが、容姿はルークよりも少し若そうだとアランは思っている。

 ミナツはその上品な容貌とは相反するような、ドクロマークの黒い眼帯を左目に着けている。眼帯の上下には隠しきれていない切り傷が縦に伸びている。

 船に乗る時は別人のように人が変わるミナツだが、今は“大人しい”モードのようだった。


「二人とも取り敢えず座ってください。円卓会議のメンバーが集まりました」


 シャルロットの促しに、アランとソニアはそれぞれ席に着く。アランはシャルロットの隣で、ソニアとは一つ飛ばしだった。

 ピアは少し緊張した面持ちで座っている。


「それでは、これよりフェンリル円卓会議を始める」


 会議の開始を宣言したのは、第一部隊隊長、ジェラルド・ランドルフ。歳は四十歳だというが、彫りの深い顔には既に皺が目立ち、髪の毛は白に染まっていた。

 顔立ちとは裏腹に身体は屈強で、まるで(いわお)のようである。魔力とは別に、彼から滲み出るオーラの全てが、彼の生き様を表現していた。

 重厚な扉を開くような、そんな低い声は、広い会議室によく通った。


「まず始めに、今回のフェンリル円卓会議の主題だが......」


 ジェラルドは一旦言葉を切り、メンバーを見渡す。流石フェンリルと言うべきか、彼の射抜くような視線に怖じ気付く者は誰一人いなかった。


「クレセントの峡谷で、近頃不審な地震が頻発している」


「なにっ!?」


 驚いて席を立ったのはアランだけだった。皆事情を知らされていたのか、至って穏やかだった。アランは気まずく会釈すると、無言で席に座り直した。


「クレセントはエルギアスにとって重要な貿易都市であり、陥落させるわけにはいかない」


 アランは一人冷や汗を掻いていた。

 クレセントは王都から北東の内陸に位置していて、周辺の国家との貿易の中継都市になっている。エルギアスにとってはとても重要な場所である。

 そして、三年前にアラン達フェンリルメンバーが壊滅的被害を受けたのも、ここクレセントの峡谷だった。


「ウロボロス......ですか」


 アランは恐る恐る訊ねた。


「いえ、その可能性は極めて低いのです」


 この問いに答えたのはピアだった。


「確かに三年前と全く同じ場所で地震は観測されていますが、ウロボロスは数世紀に一度しか目覚めないとされているのです。だからウロボロスが再び現れる可能性は低いと言えるのです」


「その通りだ」


 ジェラルドは大きく頷く。

 アランはひとまず胸を撫で下ろしたが、まだ不安が払拭された訳ではなかった。

 ウロボロス。この世界が誕生した時からこの世にいたとされる、古代生物。様々な昔話や神話に登場し、昔から災いをもたらすと恐れられてきた。

 数世紀に一度、局地的な地震という兆候の後に現れ、周辺の地図を変える。山のような深緑の姿見で、八つの紅い目から放たれる光の光線は、周辺の森を焼き払って行く。身体を支える無数の触手は自由に伸び縮みをして、外敵を近付けない。

 何故数世紀に一度しか現れないのか、どうして破壊活動をするのか、とにかく謎が多い。一説では溜め込んだエネルギーを放出されるためだと言うが、定かではない。

 そして、ウロボロスが再び峡谷へと姿を消す間際に放つ極太の光線こそが、最凶の災厄になる。まさに天災。直径数百メートルの光線が、数十キロ先まで到達する。その直線上のあらゆるものは焼失し、三年前は射程にクレセントが含まれていた。

 アランは思い出したくも無い相手。結果としてクレセントは救えたが、アラン達はかけがえのない者を失った。


「じゃあどうして僕が呼ばれたんですか?」


 これにはシャルロットが答えた。


「アランは三年前のクレセントにいました。ウロボロスの可能性が低いとはいえ、地震の原因はわかっていません。万が一にでもウロボロスになった場合に、一人でもあの状況を知る者を集めたかったのです」


「これはエルギアスの存亡にも関わる問題だからさ。フェンリルであるないに関係なく重要な問題だよね」


 ルークがアランの思考を先回りして言う。


「勿論ウロボロスだった場合は、アランにも参加してもらう」


 ジェラルドの眼差しには有無を言わさぬ凄みがあった。


「ちょっと待ってください!」


「何だ、ソニア」


 ソニアは律儀に挙手して発言の許可を得ると、円卓の上に手をついて身を乗り出す。


「何故アラン・エヴァンスが必要なのですか。私には彼から全く魔力を感じませんし、いる意味が全くわかりません」


「三年前にウロボロスとの戦闘経験があるというのでは不満か?」


「不満も何も、足を引っ張るのは初めからわかっているじゃないですか。アラン・エヴァンスがいたから、あの人は......」


 円卓会議室に重苦しい雰囲気が漂う。ソニアの発言に賛同する者は誰もいなかったが、彼女が唇を噛み締めてまで悔しそうにしているのを見ると、誰もはっきりと叱ることは出来なかった。

 アランに責任が全く無いというのは、実際に本当の事実だった。だが、アラン本人がその事に納得していない以上、彼への庇護にも限界があった。


「アラン君の実力に不安があるならばら、決闘してみてはどうでしょう。アラン君が勝てばソニアの不満も払拭出来るでしょう。アラン君が負ければ、その時はソニアの好きにすると良いんじゃないですか?」


 ミナツが提案する。

 これは一か八かアランが勝つのを祈るという決闘ではない。ソニアがアランの本当の強さを知ることで、三年前の彼への恨みを少しでも減らすという、そう言った思惑があった。

 そして、その思惑にアランとソニアを除く全員が気付いていた。


「私は賛成します。皆さんはどうですか?」


 ジェラルドを始め、ルークとピアは賛同の意を現した。


「ソニアとアランは?」


「私は勿論賛成ですが、大丈夫ですか?」


「さあ、大丈夫でしょうか、アラン」


「解りかねます」


 アランの答えに、ルークやミナツだけでなく、ジェラルドまでがニヤリとする。

 三年前に天災と謳われるウロボロスを単独で追い詰めた、アラン・エヴァンスの実力に、ソニアは驚愕することになる。



 ◇ ◆ ◇



「手を抜いたりしないで下さいね?」


 円卓会議の後、アランは一人シャルロットに残された。広い会議室、少し離れた距離で二人は相対している。


「もしウロボロスが再び現れるような事になれば、あなたの力は必要不可欠です。勿論私たちも全力は尽くしますが」


「善処はします」


「今日の円卓会議で三年前の事に誰も触れなかったのは、みなさんの気遣いです。あなたがフェンリルの作戦に参加しやすいように、みなさん色々と考えているんですよ。その好意を無駄にしないように」


「はい」


 もうフェンリルであるないというのは、ルークが言っていた通り関係が無かった。アランは自分の大切な場所を守るため、エルギアスの一国民として、この国のために尽力しようと思った。

 それで三年前のしがらみを少しでも減らせるならば、エレンへの誓いも近付く。


「全力で行きます」




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