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エデンの王子  作者: リクルート
第一章 クレセント峡谷編
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第二話 アラン・エヴァンスという男Ⅱ

もうストックが無くなりかけているというのは、ここだけの話......。

 朝の一件、アランは自分やシャルロットが何らかの懲罰又は注意を受けるものだと覚悟していたが、学園からは注意どころか今朝の一件に触れられさえしなかった。恐らくピアが働きかけてくれたのだろう、とアランは踏んでいた。

 せめてシャルロットには不利益にならないようにと、色々言い訳を考えていたアランだったが、骨折り損となってしまった。

 だが、これでこの一件が終わった訳ではない。

 周りで見ていた生徒はともかく、シャルロットには事情を説明するべきだと、アランはそう考えていた。

 そのためにもアランは、昼休み、いつものカフェテリアにシャルロットを呼び出していた。

 加工した石や金属で囲まれた校舎の中で、幾つかのカフェテリアは木造になっている。幾つかあるカフェテリアの中でも、店の一部が中庭と繋がっていて吹き抜けになっているオープンカフェ型のカフェテリアをアランは気に入っていた。

 中庭の大木の梢から零れる陽射しと葉が擦れ合う音、木や草の香りを運んでくれる心地よい微風。何かと精神的に荷の重い教師の職に疲れているアランには、なくてはならない安らぎの場所になっている。


「わざわざ昼休みにすまないな」


 アランは残りわずかになっていた空席にシャルロットと共に座る。中庭側の席は流石に人気で満席だったので、出入口近くの席に落ち着く。


「いえ、昼食はもう済ませたので、大丈夫です」


 昼休みの真っ只中という事で、カフェテリアの席は殆ど埋まっていた。友達と雑談する生徒、恋人と愛を語り合う生徒、様々だっが、その視線は二人に集まっていた。

 アランは、学園でも五本の指に入るほどの美貌を持つシャルロットが原因だと思っていたが、それは自身を過小評価し過ぎている故の勘違いだと、彼は気付いていない。

 寝癖が無ければさらさらの白髪、はっきりとした鼻梁に一対の瞳は紅色に輝く。顔付きとしては美青年に間違いないのだが、彼の性格や格好から自身が自らを過小評価するようになっていた。

 言わずもがなのシャルロットに、格好いいアラン。二人がカフェテリアでコーヒーを啜るだけで、絵になっていた。

 アランに集まる視線に含まれる感情には羨み、恋慕、嫉妬や怨念まで多様性に富んだものだっが、当然の事ながら、彼の鈍感というか無頓着な性格では、それらの一端も垣間見ることは出来なかった。


「まず最初に、今朝は巻き込んでしまってすまなかった」


 アランは出来るだけの身なりと居住まいを整えてから、両手を膝に付けて頭を下げる。

 事情を説明する前にまずは謝罪だと、アランは一応気を効かせたつもりだったが、かえってその行為はシャルロットの居心地を悪くさせた。


「アラン先生、頭を上げてください。朝のあれは私が勝手に手を出してしまっただけで、アラン先生は穏便に済ませようとしていましたから、ただの迷惑だったと思いますし......その......」


 両手を必死に振ってアランの謝罪を取り消そうとするシャルロットに、流石の彼も初手の不味さに気がついた。


「いや、迷惑だとは全然思ってない。むしろ感謝してるくらいだ」


 これにはシャルロットも驚いたが、この言葉に偽りはなかった。


「僕は正直ソニア・クラフに罵倒された時、それが妥当だと思っていたんだ。でも、君が代わりに怒ってくれた。プライドを守ってくれた」


「そんな......そんな大層な事はしてません」


「いや、そんなことはない。嬉しかったんだぞ?」


 多少ジェスチャーは芝居がかっていたが、アランは精一杯の誠意を込めて応える。

 シャルロットは頬を赤らめて俯くという、何とも可愛らしい反応をした。


「僕はね......十歳より前の記憶がないんだ。正確には断片的にあるんだけど、殆ど無いに近い」


 唐突に語り始めたアランに、シャルロットは顔を引き締める。まるで彼が話す事を予測していたかのような反応だった。


「あまり人には話したことはないんだけど、聞いてくれるか?」


 シャルロットは黙って頷く。


「実は今朝も聞いたかもしれないけれど、僕とソニア・クラフは同じ人に育てられたんだ......これは僕も初めて知った事だけど......。その人はとても優秀でいて、とても正義感が強くて、何よりも優しかった」


 アランが自分の生い立ちを喋るのは、この国では殆ど初めてだった。フェンリルメンバーや皇帝にも話したことはない。その理由の大きな要因に、皆アランの事をよく知っていたということがあった。

 人並み以上には波乱万丈な人生を送ってきたと自負しているアランにとっては、己を振り返るいいきっかけになった。


「僕はソニア・クラフのように孤児院にいた訳じゃなくて、その人の家で育てられた。この世界の歴史、情勢、魔法の仕組みや系統。徒手格闘術から剣術まで、何でも教えてくれた。ある事情で学園に通えなかった僕には、父親であって師匠のような存在だったんだ」


「アラン先生にとって、とても大切な方だったんですね」


「ああ、その通りだ。あの人は僕にとってかけがえのない人だったし、それはソニア・クラフや彼女の仲間にも当てはまることだ。そんな彼に教えを受けている内に、僕は自分の才能について知り始めたんだ。他の人には当たり前にある才能が、僕には全く無いってことをね」


 シャルロットの身体が少し揺れた。


「気付いているだろ?君なら。僕から全く魔力を感じないことに」


「......はい」


 シャルロットは一瞬躊躇った後、遠慮気味に応える。この返事はアランに才能が無いと言っているのも同然だったが、アランもそれをわかっていて応えさせた。


「魔力を身体に蓄えられない......。魔法を使うには、身体に蓄えた魔力を自分にあったものに変換して使うよな」


 魔法を使用するには、大気に満ちた魔力を体内に蓄え、自分にあったものに変換しなければならない。

 魔力にも色々と種類があって、例えば湖や海など大量の水がある場所では水系統の魔力の割合が大きくなる。そうすると、水魔法を得意とする者には好都合で、体内に蓄えた魔力をほとんど変換することなく、結果効率的に魔法を使用する事が出来る。

 この際、逆に炎魔法を得意とする者には不都合になる。

 水系統の魔力と炎系統の魔力は、司る神が違うのでその源も異なる。よって水系統の魔力を炎系統の魔力に変換しなければならず、それは全て体内に蓄えた魔力を使用する。

 俗に言う強い魔法使いとは、魔力の収容量が多いか、魔力の変換率が高い者のことを指す。

 余談だが、炎系統の魔力は火山の近くが一番割合が大きく、一応太陽の下でもその割合は大きくなる。


「おっと、可哀想なやつを見るような顔するなよ?僕はあの人の修行のお陰で、魔力の変換率がとんでもなく高いからな。魔法は普通に使えるようになってるぜ」


「でも、アラン先生から魔力を感じないと、馬鹿にする生徒もいます......」


「まあ、魔力の変換率が高いといっても、魔法を使ってない時は魔力を全く蓄えてないからな......」


 アランはあまりの変換率の高さから、無限の魔力を持つとさえ言われているが、その事はシャルロットには話さなかった。


「いやいや、僕の話をするわけじゃないんだった。今朝の一件の原因だよな......」


 今朝の一件に触れるという事は、自分の三年前にも触れることになる。アランは自分の過去を話す事を躊躇っていた。

 果たしてアランが三年前に大切な人を死なせてしまったと告白したら、シャルロットはどのような反応を見せるだろうか。きっとシャルロットはアランのせいでは無いと、そう答えるだろう。

 それはまるで自分の傷を他人に慰めてもらって癒してもらっているようで、アランは自分にそんな資格はないと思っていた。


「話しづらかったら話さなくてもいいです。私も指輪のこと、何の事情も話せてませんし」


「そ、そうか......。指輪の件と僕の件は全然種類が違うとも思うが......。仕来たりの重要さは僕にもわかるつもりだ。三年前に旅に出た時、そういう事情を持ったやつが家宝を奪われてしまってな。あの時は大変だった」


 アランが三年前と言った時、シャルロットに明らかな動揺が走った。シャルロットは机に身を乗り出して、アランに訊ねる。


「旅の事、聞かせて頂けませんか!三年もどこを旅してらしたんですか!!」


「そ、そこに食い付いたか......」


 アランは迫り来るシャルロットに若干身を引きつつ、予想と違った反応に少々面を食らっていた。


「駄目......ですか?」


 本人は意識してやっているのか、シャルロットのねだり方は、万人の男子を落とせそうなほどの破壊力があった。

 うるうると揺れる瞳に若干の上目使い。数々の死地を潜り抜けてきたと思っているアランも、自分の鼓動が速くなるのを感じていた。

 アランは苦笑しながら両手を挙げて降参を表すポーズをとると、シャルロットはようやく身を引いた。


「また......今度な!」


 アランは既に冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、席を立ってカフェテリアの出口へ向かう。

 シャルロットの間抜けな声が、アランの背中にも届く。


「え!?」


 右手をひらひらと振りながら去って行くアラン。呆然としたシャルロットが我に返った時、すでに昼休みのチャイムは鳴り終えた後だった。

 今朝の一件の説明が不要になったアランは、もうシャルロットに用はない。面倒臭がりというアランの性格は、相変わらずだったのである。



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