プロローグ
転生ものではありません。
また僕は受験生なので、更新が滞りがちです。
中世ヨーロッパ風かと思いきや、スーツやカフェテリアが出てきたり、でっかい鉄の塊が空を飛んだりする......?かもです。
ー実技用大コロシアム
寝癖の残る白髪の毛をボリボリ掻きながら、アラン・エヴァンスは手に持っているペンで生徒たちの評価を手元の成績表に書き込んでいく。所謂、教師という仕事をしているのだが、アランはここに勤め始めてから二ヶ月で、この職に就いたことを後悔していた。
理由は様々だが、何より教師というのは休みが少ない。授業以外にも色々と仕事は山積みになっているし、聞き分けの良い生徒だけが集まっている訳でもない。元来人付き合いが得意な方ではないアランには、何かと辛い職場である。
くたくたになっている長袖シャツの袖を捲りながら、アランは既に昼食の事を考えていた。ちなみに日はまだ視界にとどまったままである。
「先生!水魔法の速射、どうでしたかっ?」
そんな教師ならざる思考を繰り広げていたアランの元に、一人の女生徒が駆けてくる。透き通った銀色の長髪が特徴の、アランが受け持つクラスで一番の優等生である。
やる気のある生徒の思いには応えなければと、アランは出かけた欠伸を無理矢理呑み込んで、生徒と向かい合う。
「シャルロット・ホーミング君か......。うーんと......速射の速度に関しては言うことは無いが......そうだな......」
まだ息の上がるシャルロット・ホーミングに対して、アランは視線を手元の成績表に落としていた。魔法の速射の速度だけが判断基準であるこの授業において、クラスでというより学園で一番の成績を誇るほどの優等生にするアドバイスなど、正直無かった。
速射の速度は勿論申し分無いし、的への命中率も百発百中なので、非の打ち所が無い。
アランとしては、劣等生よりよっぽど扱いづらい生徒であった。
しかしアランは何も応えない訳にはいかなかった。何しろ、シャルロット・ホーミングの期待する顔を無下に出来る度胸など持ち合わせていなかったからだ。
アランはわざとらしく咳払いをして、そして応えた。
「ここからは授業に関係は無いから聞き流して構わないが......魔法を放つ時の魔力量に少しばらつきがある......かな」
本当に無駄なアドバイスである。
「ありがとうございますっ!」
それでも満面の笑みで去って行ったシャルロット・ホーミングの背中に、アランはすまないと手を合わせていた。
確かに魔力量が揃わない事は問題ではあるが、それはこの授業においてアドバイスが思い付かなかった事に対する苦肉の策というか、とにかく速射で魔力量を均一にすることなど不可能に近かった。
少なくとも、アラン自身は出来ないと思っている。本当に、無駄なアドバイスであった。
「だから僕は教師になんて向いてないんだよ......ってか、何て応えるのが正解なんだ?」
アランはくたくたのシャツの袖を戻しながら、呟いていた。
年だって、せいぜいシャルロット・ホーミングの三つ上ほとでしかない。教師になるにはもっと年を重ねている必要がある。
特別に認可されていると言ってしまえば話は早かったが、アランは自分にそれほどの価値があるとは到底思っていなかった。
アランには、普通の人が備わっているはずの魔法の才能が、一切備わっていなかった。
魔法というのは、自然界に存在している魔力を体内に吸収し、少しずつ自分にあった魔力に変換させて使用するものである。この際体内に蓄えることの出来る最大魔力量が所謂体力のようなもので、変換効率が筋力のようなものである。
アランにはこの内、体力である部分が完全に欠落していた。言い換えれば、体内に魔力を蓄える事が出来ないということである。
これは人間としては致命的な欠陥である。アランも長らく苦労していた。
とある事情から魔法は自由に使えるようになったのだが、魔法を使う行程が一般人とは明らかに異なるため、アランのアドバイスは役に立たないことが多かった。
俗説に囚われない持論と言えば聞こえは良いが、生徒たちにとってはただの蛇足である。
このような理由から、アランは自分が特別な許可をもらってまで教師をする意味など無いと思っていた。今からでも実技のテストを受ければ、間違えなく落とされるだろう。
自分に教師になることを許可した人物の顔を見てみたいと、アランは切実に願っていた。
アランは自分の手を日差しに翳していた。やはり、体内に流れる魔力を感じることは出来ない。
凡人が浮き出るこの学園の中で、凡人以下のアランは宙に浮いているようなものだった。
「早く昼にならないのか......」
アランは半ばやけくそになりながら、残りの生徒の成績を書き込んでいった。
◇ ◆ ◇
皇立エルギアス学園。
文字通り、何代も前の皇帝が設立したエルギアス帝国一のエリート学園である。権力や地位のある貴族を始め、能力のある者は平民でも受け入れる。
国内随一の教育を三年間受けた生徒は、各方面のエキスパートになって行く。皇帝の子息も、代々この学園で後世を築いて行くための知識を蓄えていく。
広大な敷地面積を誇るエルギアス学園はエルギアスの王都、それも王宮のすぐ近くにある。
王都の北の大部分は、王宮とエルギアス学園で占められており、景観はもちろん存在そのものがエルギアスのシンボルとなっている。
実戦用のコロシアムを幾つも備え、純白の校舎は高貴さと清廉さを醸し出している。この街で王宮の次に高い建物である時計塔が一時間毎に鳴らす鐘の音は、住人にとって生活の一部となっていた。
そんな由緒ある学園のカフェテリアの一つに、アランは昼食を食べに入っていた。アランは自分でもこの場所と己とが不釣り合いだとわかっていた。
シャツだけでなく、身を包むスーツそのものが既にくたびれていて、未来を紡ぐための希望の園であるのに、アランの目はやる気の欠片ほども感じる事は出来なかった。
「次の授業の準備もあるのか......面倒だな......」
誰にも聞こえてなければいいような台詞だが、幸いにも昼前のカフェテリアにはさすがに人も疎らだった。
頼んだスープを啜りつつ、先程の授業で付けた成績を整理する。
微風に靡く紙を押さえ付ける事にさえ辟易しながらも、スープが冷める前に何とか成績の整理を終わらせる。
「シャルロット・ホーミングか......」
アランは優等生の名前を呟きながら、とある人物を思い浮かべていた。
(やっぱり......似てるよな)
とある人物というのも、僅か十六歳にして超大国であるエルギアス帝国を治める現皇帝である、シャルロット・ファン・ブラットレイの事である。
父は類い希なる手腕と人望によって国民に愛されていた前皇帝だが、彼女にもそれは受け継がれている。流水を表すかのような水色の長髪に、深い湖を思わす瞳。
シャルロット・ホーミングと同じく水魔法が得意であることも、アランが似ていると思った要因の一つである。
容姿といい雰囲気といい、以前皇帝と面識のあったアランは、どこか共通点を探すようになっていた。
自分でもあるまいし、公務を放棄してまで学園に通う事など無いだろうと推測したアランは、さっさと残りのスープを飲み干して、カフェテリアを出て行くのであった。