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懸想

維心は、炎嘉と共に居間へ戻って来て、維月が居ないのを見てあからさまに顔をしかめた。それを見て侍女が慌てて言った。

「あの…維月様は中庭を散策なさると言って。宴が終わる頃には戻られると申されておりました。」

維心がますます眉を寄せるので、炎嘉が、侍女を補佐して言った。

「我ら、中座したからの。まだ宴は終わっておらぬであろう。そのうちに戻るであろうし、そのように苛々するでない、維心。それより、我らにはすることがあろうが。維月が居っては主はそれに身が入らぬではないか。」

維心は炎嘉を振り返って何か言おうとしたが、考え直したようで渋々ながら頷いた。

「…そうよの。中庭であったらそう掛からぬであろうし。」と、巻物を宙へ浮かべた。「一気に読むぞ、炎嘉。主も読め。」

炎嘉は、頷いて手を上げた。

「邪魔をするでないぞ、維心。主、思念が強すぎて共に書を読むと主に押されて内容が頭に入らぬのだ。」

維心も、手を上げた。

「そんなこと知らぬわ。己の集中力の無さを我のせいにするでないわ。」

二人の手から出た光は、その浮かんだ巻物を捉えてそれを輝かせた。維心が目を閉じる。炎嘉も、それに合わせて目を閉じた。

ヴァルラムは、もう1000年王座に君臨していた。1000年前からサイラスと二人で二大勢力として台頭し、回りの小さな国々を尽く飲み込み己の領地にして行った。それは、この二人に歯向かう王が出なくなるまで続いた…完全に皆を押さえ込んだのは、王になってから実に700年後のことであった。

それからは、主にヴァルラムが押さえつける形で世を治め、サイラスは表舞台に出て来ることは少なくなった。サイラスは己の領地がどうのといったことには興味がないようで、もっぱら会合の時などに出て来てはヴァルラムの代わりに皆をまとめて話す程度で、その他は他の神とも交流はしなかった。サイラスの国は、他の国との交流自体が少なく、それは自分の配下に下った国の王であっても同じだった。何か事が起こった時のみ世話をする程度で、サイラスは気ままにしているようだった。

現在、ヴァルラムは大陸を治める王として、皆に畏怖される存在だった。決して誰にも心を開かず、長く使って来た臣下でさえ逆らったら斬り捨ててしまった。

何より維心が驚いたのは、ドラゴンは世襲制ではないことだった。

つまりは、ヴァルラムは前の王の子ではない。その王も、その前の王の子ではなかった。ドラゴン族は、その時々で力の一番強い者が王になるのだという。気の大きさもさることながら、能力も全てが他を上回らないと王にはなれない。そして、たとえ王座に居ても、己より力の強い神が現れれば、王座を下ろされるか殺されて入れ替わる。

ヴァルラムも、前の王を殺して今の座に就いたのだと記録されてあった。こちらの神の世でも王座に就くのは一族で最も力の強い神であるが、気は遺伝するので代々王の血筋がその後を継いで来たのだが、それとは全く違っていた。あちらでは、皆拮抗した力を持っているらしい。そして、不意に力の強い神が生まれたりするのだ。

そんな中で、1000年もの間王座に就き続けているヴァルラムは、大変に険しい道を歩いて来たのだろうと、維心は思った。

巻物の内容を頭に入れて目を開けると、炎嘉も目を開けたところだった。維心が黙っていると、炎嘉が口を開いた。

「…何と原始的なことよの。野生の動物などは、常に力を持つものがその群れの頂点に立つと聞いておるが、そのような感じよ。」

維心は、炎嘉を見た。

「同じことよ。我らとて、力を持つものが王になるではないか。それが、気が遺伝するゆえに王族は王族と隔絶されておるだけでの。しかし、ヴァルラムは特別なようではないか。あのように長く君臨した王は、あちらの世でも居らぬ。」

炎嘉は頷いた。

「それでも、主には叶わぬな。我と同じか少し上ぐらいの気であった。将維とはどうであろうの…僅かに将維が上かという感じぞ。」

維心は、考え込むような顔をした。

「確かにの。技術如何によっては、将維は立ち合いでヴァルラムに勝てぬかも知れぬ。将維もかなり精進しておったゆえ、優れてはおるが、如何せんヴァルラムの能力は分からぬから。」

炎嘉は、側の椅子にどっかりと座った。

「そうよな、一度交流だと言うて訓練場で立ち合ってみたらどうか?それが分かるぞ。あちらもこちらを知りたいと申しておるのだから、断りはせぬだろう。どれぐらい滞在するのか知らぬが、我もそこには興味のあることよ。」

維心は、頷いて自分の定位置の椅子に座った。

「早速に明日にでもそれを伝えようぞ。」と、気遣わしげに気を探るように宙を見上げた。「…維月は遅いの。中庭で迷うておるのではないか。」

炎嘉は、呆れたように手を振った。

「おい、前世からどれほど長くここに住んでおるのだ。そのように心配せずとも、戻って参るわ。主の結界内であるぞ?何かあるなどないではないか。」

維心は、それでも立ち上がった。

「何やらよく見えぬ。いつも結界内はよく見えるのにの。迎えに参る。」

炎嘉は、ため息を付いて維心を見た。

「わかったわかった、主はほんにもう。では、我も部屋へ戻るわ。明日またの。」

維心は、頷いた。

「またヴァルラムを呼ぶ時主も呼ぶゆえ。」

維心は、そう言い残すと居間を出て行った。炎嘉は一人残されて、ゆっくりと立ち上がると伸びを一つし、そこを出て行った。


その少し前、維月は、ヴァルラムと話していた。ヴァルラムは饒舌ではなかったが、それでも維月と話そうと懸命に会話を続けようとしている様は感じ取れたので、維月は簡単には場を去ることが出来なかった。

しばらく話しているうちに、段々と維月の方が慣れて来て、一方的に維月が話しているような形になっていた。それではいけないと、ハッとした維月はヴァルラムに話を振った。

「それで、ヴァルラム様はあちらでもう、1000年も王を?」

ヴァルラムは頷いた。

「そう、あれは前王と戦って倒した後、我が250歳ぐらいの時であったの。」

維月は驚いてヴァルラムを見た。

「え、前王は父上ではないのですか?」

ヴァルラムは頷いた。

「こちらは王の子が王になるのだと聞いたが、あちらでは違う。もちろん、王の子が一族で一番力を持っていればそうなるが、必ずしもそうとは限らぬのだ。我は、ただの軍神の息子であったが、軍に入って戦っているうちに気が誰よりも大きいことに気が付いた。そして、立ち合いでも敵が居らなんだ。それで、戦ばかりの世に飽き飽きしておった我は、その時の王を滅して自分が王になることにしたのだ。我の父は、前王が戦ばかりしていた時に出陣して亡うなったゆえ。母はそれを追って自害しての。」

維月は口を押さえた。

「まあ…。それで、戦の無い世にして、皆を助けようと。」

だから、戦など無意味だと思ったのかしら。

しかし、ヴァルラムは首を振った。

「己の不幸が身に沁みぬうちは、他の神が同じように縁者を亡くしておっても何も感じなかったのだ。我は、己がそんなことになってやっとその虚しさを知った。王としての器ではない。しかし、我がやらねばそれから先もずっと続く戦乱の世を正す者など居ないと思うた。サイラスが、我の考えが面白いと言うてついて参ってくれたゆえ、二人で戦を無くすための戦というものをした…700年もの間の。」

維月は、絶句した。そんなに長く、戦って来たのか。それで、やっと平和な世にしたんだ…。でも、サイラスって誰だろう。

「あの、サイラス様って?」

ヴァルラムはフッと微笑んだ。

「ああ、すまぬ。サイラスは我が友ぞ。変わり者で口が悪くてお節介な困ったやつであるが、不思議と憎めずでな。ずっと共に生きて来た。気が少のうて飢餓から神を捕らえては生き血を啜って気を補充していたことがあっての。その時に我が助けたのがきっかけで、交流するようになったのであるが。」

維月はびっくりしてヴァルラムを見つめた。それって、もしかして。

「サイラス様は…もしかしてヴァンパイアであられまするか?」

ヴァルラムは眉を上げた。

「おお、よう知っておるの。その通りよ。今は神を襲ったりしておらぬから、主は案ずることはないぞ。一度あれに会わせてみたいものよ。」

維月は、ごくりと唾を飲み込んだ。ヴァンパイアと、会うのか。でも、確かに会ってみたい。

「はい…一度、会ってみたいですわ。」

ヴァルラムは維月を見つめた。

「では…我が帰る折、共に参るか?」

維月はびっくりした。それって…でも、このかた1300歳にもなるのに妃が居ないって言ってたし、考えすぎかしら。でも…。

維月が困っていると、横から切迫したような声が飛んだ。

「王。」その声は、控えめだが強い口調で言った。「龍王が、どうやらこちらへ。」

ヴァルラムは、そちらを見た。

「…この時間に?」

維月は、ハッと我に返った。そうだ、維心様…何もなくても、私がここで男のかたと二人で話していたなんて知ったら、相手が何も思っていなくても大変なことになってしまう!

維月は慌ててヴァルラムから離れた。

「あの…王が参ったなら、きっと私を探してこられたはず。もう、参りまする。」

ヴァルラムは維月の腕を掴んだ。

「どうして、維心殿が主を探しに参るのだ。」

維月は、ヴァルラムを見た。

「あの、私は龍王妃でありまする。」ヴァルラムが、驚いて腕を放したのを見て、維月は苦笑した。「維心様はとても心配性で…ヴァルラム様にその気がなくても、大騒ぎになってしまいまするの。ですから、戻りますわ。」維月は、頭を下げた。「大変に楽しゅうございました。失礼致しまする。」

維月が急いで飛んで行く。ヴァルラムは、その背を見つめてつぶやいた。

「龍王妃…。」

月は、十六夜の気配を宿して冴え冴えと空に輝いていた。

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