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遭遇

その夜、龍の宮では歓迎の宴がしめやかに行なわれた。

前世から本来、そういうことはしないのが維心であったが、今回は遠く大陸から来た神であり、あちらでも維心を歓迎しようと宴を開いた宮も少なくなかった…つまりは、そういうことがあちらでも礼儀としてあるということだ。なので、開くことにしたのだ。

引き続き炎嘉も居る宴席ということで、維月はまた来客の前で口げんかにでもなったら大変だと出席は辞退していた。維心はもう、あのようなことはせぬと必死に諭したが、維月は頑として聞かなかった。何しろ、維心は維月の事となると回りが見えなくなる。維月はそれを知っていたのだ。

仕方なく維心は、一人上座に座って宴席に出た。ヴァルラムは、自分の国の洋服に身を包み、きらびやかなローブを着て維心の側の席へと座っていた。着物に比べて見劣りするかと思っていたが、全くそんなことはなかった。ただ、椅子ではなく床に座ることには慣れないようで、最初戸惑うような顔はしていた。そして、維心の思った通り、ヴァルラムも維心と同じように、こんな席は好まないのだろうと見てとれた。側に侍女達が寄って行って酒を勧めるのにも、いい顔はせず、代わりに筆頭軍神が膝を進めてそれを受けているのを見て、維心は苦笑した。ほんに、前世の維月に出会う前の我とそっくりであることよ…。

ヴァルラムは、そんな維心の心の中には気付かず、ただ面倒だと思っていた。付き合いもある。維心と同じ結論に達するために納得するまで居るとすると、長く滞在することになるやもしれぬ。ならば、最初から宴を辞退するのもいけない…。

ヴァルラムは、この地の酒を飲みながら大きな窓から見える月を見上げた。月は、どこに居ても同じ。なのに、ここに居るとより月が近いような気がするのはなぜなのだろうか…。

維心が、そんなヴァルラムに言った。

「月の宮の王とは、話さぬのか。」

ヴァルラムは、ハッとしたように維心を見た。

「そういえば…月の宮、蒼殿と聞いたの。」

維心は頷いた。

「王の蒼。あの折は話さなんだが、月の十六夜も居たのだぞ。まああやつは気まぐれで、今は月へ帰っていてここには居らぬ。主、月の力のことは知っておるか。」

ヴァルラムは頷いた。

「調べさせた。しかし、我らに害はないようであったし、月は保守的であまり回りに干渉したりせぬ。なので、月がこちらに接触して来ぬのだから、我らからわざわざ参ることもないかと放置しておったのだ。」

蒼が、ヴァルラムを見た。

「私は、元は人であったのですが、月の命を宿して王になったもの。前世の維心様にいろいろと教わって神世に生きるようになりました。なので、今も学んでいる状態で、他の神に干渉しようとは考えておりません。月も、元はと言えば神嫌いで神とは口をきかなかったほどであったので…。」

ヴァルラムは、あまり表情を変えないのでわかりづらいが、少し驚いたようだった。

「元は人?そうか…なので、変わった気であるのだの。人が混じると思ったのは、間違いではなかったのだな。」と、維心を見た。「我ら、もっと知り合わねばならぬ。主に、我らの歴史を知ってもらおうと我が巻物を持って参ったのだ。」

ヴァルラムが、側に控えるレムに頷きかけると、レムが進み出ていくつかの巻物を差し出した。ヴァルラムがそれを受け取って、維心に差し出した。それは、とても古いもので、羊皮紙だった。維心は壊さぬようにそれを慎重に受け取ると、朽ち掛けている紐を解いた。

「…これは、数百年前の勢力図か。」

ヴァルラムは、頷いた。

「現在の事は、こちらに。」と別の新しい紙のものを維心の前に置いた。「その頃が、一番我らの大陸が荒れた頃であった。その後我が平定し、今の形に落ち着いたのであるが、その過程を知らせるために持って参ったのよ。」

維心は、その巻物を閉じた。

「後で、じっくりと見させてもらおうほどに。ということは、主も我らの歴史を知りたいということか?」

ヴァルラムは、頷いた。

「主の宮の書庫へ参りたい。誰か、監視の者が居ったほうが良いなら、それでも良い。」

維心は、首を振った。

「特に大事ない。我らの書庫は分かれておって、奥は我の結界が張られておって許可なくして入ることは出来ぬが、手前の書庫であったら、誰でも入って読むことが可能よ。そこに、主の知りたいことがあろう。宮の建設の時からの歴史を見ることが出来る。」

ヴァルラムは、満足げに頷いた。

「場所を教えてほしい。いつなら、参って良いか。」

維心は、手を翳して前に宮の見取り図を出した。

「こちら。今居るのがこの大広間、主の客間は東のここぞ。書庫はここ、書が傷まぬように日が入らぬ場所であるから、己で光を発して行かねばならぬがの。時は特に決まりはない。夜中であろうが昼間であろうが、自由に参って構わぬ。」

それをじっと見ていたヴァルラムは、小さくひとつ、頷くと、立ち上がった。

「では、失礼する。我も主らを知ろうぞ。主も、それを見て何か聞きたいことも出て参ろう。我がそれに答えて参る。」

その、興味のあることがあると、一時も無駄にしないところに維心は共感した。自分も、早くこれを持って戻り、中を確認したいと思っていたからだ。

なので、頷いた。

「では、我も主の疑問に答えて参ろう。」

ヴァルラムは、微かに口の端を上げた。笑ったのだと知った蒼は、驚いた…そうか、もしかしてあれが精一杯の笑顔なのかも。

「話が分かるようで、良かったことよ。ではの。」

ヴァルラムは、そう言うと踵を返して出て行った。維心は、蒼を見た。

「蒼、主はどうする?我はこれを読みたいと思うておるから、奥へ下がるがの。」

蒼が答えようとすると、炎嘉が言った。

「我は行くぞ。」

維心は頷いた。

「分かっておる。主には知っておいてもらわねばならぬしの。蒼は、どちらでも良いが。後から我らが話したほうが良いか?」

蒼は、頷いた。

「はい。どうせ十六夜が居ないから、後からまたお聞きしなければならないだろうし。本日はこのまま、部屋へ下がります。」

維心は頷くと、炎嘉を見た。

「居間へ帰ろうぞ。維月も置いて来ておるから、気になっての。」

炎嘉は、呆れた顔で立ち上がった。

「もう寝ておるのではないのか。小さな子供でもあるまいに、主はもう。」

維心はぶんぶんと首を振った。

「あれは我より先に寝たりせぬから。早よう戻ってやらねば、居間の椅子で寝てしもうたりするし、気になるのだ。」

維心も立ち上がると、炎嘉と並んで宴席を離れた。蒼も、やっと肩の力を抜ける、とホッとして、自分の部屋へと引き上げて行った。


維月は、寝てなど居なかった。

いつも何でも一緒に連れて行かれているので、自由がなくて宮の中を歩き回ることもあまり出来ていなかった維月は、その時中庭に居た。南の庭は、居間からも出れるのでいつも散策しているが、この中庭はなかなか来る機会がない。何しろ、維心が自分が目視出来る範囲に居て欲しがるからなのだ。忙しい維心が維月のことを居間や会合の間からでも見れるような位置に居ないと、後で探し回るし、会合の最中などだと維月が見えなくて苛々して臣下達が迷惑をこうむるので、維月は本当に気を遣っていたのだった。

久しぶりに歩いた中庭が美しかったので満足して、そろそろ帰って来るであろう維心のことを考えて、維月は宮の中へ向かうべく足を進めていた。


ヴァルラムは、書庫へと向かう途中、変わった気を感じて立ち止まった。何だろう…感じたことのない気だ。

レムが、大きなガラス窓の前で立ち止まったヴァルラムを見上げた。

「王、いかがなさいましたか?」

ヴァルラムは、目を凝らした。何か、見えないか。

しかし、見える範囲に何もない。こちらに近づいているように思うのに…。

「…主、先に書庫へ参って、めぼしい書を我の部屋へ持ち帰れ。」

レムは、戸惑いながら顔を上げた。

「は、しかし王は…」

「我は、気になることがある。」ヴァルラムは、そのガラス窓の横にあるガラス戸を開いて外へ足を踏み出した。「確認したら、部屋へ戻るゆえ。」

レムは、仕方なくそのままヴァルラムを見送った。この、龍王の宮の中で何か面倒など起こらないとは思うが…。

そして、レムは書庫へと急いだ。

一方、維月は久しぶりの中庭なので少し迷った。昔からあった木が思いもかけず大きくなっていて、行く手を阻まれて進めない。仕方なく大回りになってしまって、ため息をついていた。慣れたはずの宮の庭なのに、維心様とまたしっかり歩かなくては。

維月がぶつぶつと文句を言いながら歩いていると、目の前のフェニックスの大きな葉がわさわさと揺れた。びっくりして立ち止まると、目の前に、背が高く体格の良い、金色の瞳の美しい顔立ちの男が立っていた。この宮では珍しく洋服を着ている…そのローブが、王者の風格をかもし出していて、維月は咄嗟に思った…もしかして、これはあの大陸のドラゴンの王では?

相手も、かなり驚いたようで絶句して立ち止まっている。二人はそのままお互いに見詰め合ってしばらく言葉もなく立っていたが、維月が先に我にかえって言った。

「あ、あの…もしかして、ドラゴンの王のかたではありませぬか?」

相手は、ハッとしたような顔をして頷いた。

「そう…我はドラゴンの王、ヴァルラム。主、名は?」

維月は慌てて答えた。

「はい。維月と申しまする。元は人で…月の宮の王の蒼には会われましたでしょう?あれが私の前世の人の頃の子で、私は二人居る内の月の一人でありまする。」

ヴァルラムは、眉を寄せた。

「何やらややこしいの。しかし…その珍しい気は、月ゆえか。」

ヴァルラムは、じっと維月を見つめた。本当になんと変わった気であることか…癒すような乞うような、それでいて清々しくこちらを捕らえて離さない。そして、その姿はとても美しかった。そんな風に女を見たことが無かったヴァルラムにとって、それはただただ驚きでしかなかった。気が強そうな顔で、言葉もはっきりと王の自分に物怖じせずに話す様も、初めてのことだった。

維月は、あまりにヴァルラムが自分をじっと見るので、居心地悪げに下を向いた。このかた…何だか維心様に似ている。受ける感じもそうだけれど、姿も維心様をワイルドにしたような感じで、そう、初代龍王の維翔様に似ているんだわ。

そう思うと、維月は赤くなった。ダメ、ほんと私って昔から見た目を意識してしまって。こんなに綺麗な方々を、側近くで見て来て耐性はついているはずなのに…。未だに維心様にさえ見とれる時があるものなあ…。

維月がそんなことを思っていると、ヴァルラムは不意に言った。

「少し、話そうぞ。」

維月はびっくりしてヴァルラムを見た。話す?私と何を?月だからかしら。

「あの…私は月とはいってもあまり月の力は使えませぬわ。月の話が聞きたかったら、もう一人の月の十六夜に聞くほうが良いかと。」

ヴァルラムは、首を振った。

「月?いや、それは追々聞いて参るゆえ。今は、主と話したいのだ。それだけぞ。」

維月は不思議に思ったが、ヴァルラムに手を取られるままに、中庭を歩いて行ったのだった。

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