表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/70

命の糧

維月は、ずっと維心にぴったりついて、離れなかった。維心は、最初かなり苦しげにしていることがあったが、それでも、維月がついて居るうちに、段々に口数も増えて来た。維月は、夜は必ず維心を胸に抱いて眠った。維心は、心地よさそうに微笑みながら、維月の体に腕を回して、抱き寄せて眠った。

「主の気…以前のものに戻っておるの。」維心は、維月の胸で言った。「心地よい。やはり主は、月でなくてはの。」

維月は、笑った。

「まあ、父と同じことを。そうですわね、私もそのように思いますわ。自分の気が違うと、落ち着かぬものですわね。」

維心は、微笑んだ。

「どちらでも、主であれば良いがの。主の龍身、我も見てみたかったが。」

維月は、苦笑した。

「まあ、真っ白ですのよ?維心様のように、美しい色ではありませぬの。」

維心は、驚いたように維月を見た。

「白?何と珍しい…維月、真っ白の龍など、我は見たことがない。では、主はやはり龍になっても稀少な存在であったのだな。」

維月は、驚いた。そうなのか。

「知りませんでしたわ。では、私の記憶の中にある姿をお見せ致しましょう。」

維月は、維心の額に自分の額をくっつけて、その姿を念で飛ばした。維心は、夢見るように目を閉じて、そして、そのまま言った。

「おお…なんと美しいのだ。我も、こんな主と戯れてみたかったわ。あちらの維心は、さぞ喜んでおったろうの。目に浮かぶようだ。我とて、こんな主を見たら、我を忘れたであろうからの。」

維月は、ふふと笑った。

「まあ…維心様は、この私とは戯れてくださいませぬの?」

維月がわざと拗ねたように言うと、維心はくっくと笑った。

「またそのように申す…」と、唇を寄せた。「分かっておろう?」

二人は、口付け合った。唇を離した時、維心は言った。

「ああ…我が回復出来たなら。主と、こうして過ごすことが出来ようものを。」

維月は、真面目な顔で言った。

「回復して、以前のように愛してくださいませ。私を、妃としてくださるお約束…。」

維心は、笑って頷いた。

「そうよの。今でも、主は我の妃ぞ。そのように、臣下達には申してある。しかし…」と、また唇を寄せた。「今一度主を、この腕に抱かずにはおけぬ。今、誠にそう思う…。」

二人は、そうしていつしか、眠りについた。


そんな毎日を過ごしていたある日、維月が目を覚ますと、隣りで維心が動くのを感じた。もう目が覚めていらっしゃると、維月も慌てて目を開けると、維心は寝台の上で身を起こして座っていた。

維月は、びっくりして飛び起きた。

「維心様?まあ、起き上がれるのでございますか。」

維心は、頷いた。

「目が覚めて、身が軽いのでもしやと思うての。」と、微笑んで維月に手を差し出した。「さあ、参れ。」

維月は、維心の腕に飛び込んだ。維心は、維月を座ったまま抱きしめてその髪に頬を摺り寄せた。

「ああ、心地よい。主がこうして我の腕に居るとは、何と幸福なことか。」

維月は、涙ぐむ自分を隠すように、維心の胸に顔を埋めたまま言った。

「夢のようですわ。きっと、良くなって来られたのですわ。本当に良かった…これで、きっとお元気になられまするわ。」

維心は、頷いた。

「主のお陰ぞ。我の欲の力かの?今しばらくで、主と夜を過ごせるようになるぞ。」

維月は、真っ赤になったが、そ知らぬふりで言った。

「まあ維心様、今でも夜は共に休んでおりまするわよ?」

維心は、ふふんと笑った。

「何を申しておる、維月。主が乞うたのであろうが…我の妃になりたいゆえ、早よう元に戻れとの。主の誘いを受けながら、あのように体がままならぬとは針のむしろのようであったからの。今しばらくぞ。待っておれ。」

維月は恥ずかしくて仕方がなかったが、維心を見上げて小さく頷いた。

「はい、維心様。」

「良い返事ぞ。」

維心は、本当に幸せそうに維月を抱きしめている。顔色も良くなったし、こんな冗談まで口に出来るようになった。維月はそれが夢のようで、ただ維心の腕に抱かれていた。


「庭へでも、出ようかの。」

それから数日して、維心が維月にそう言った。寝台から出ることが出来るようになって、維心は居間に出て来て、維月と二人で並んで座り、庭を眺めていたのだ。維月も、側に控えていた洪も驚いて言った。

「まあ、維心様、そのような…まだ、足元が心もとないのではありませぬか?」

洪が、気遣わしげに頷く。

「維月様のおっしゃる通りでございます。やっと気が回復して参ったのです。後しばらくは、宮の中でご養生を。」

しかし、維心は言った。

「良い。なぜだが、歩けるような気がするのだ。」と、ゆっくりと立ち上がった。「参る。」

維月が、慌ててその手を取った。洪が、同じく慌てて軍神達を呼んでいる。もしも倒れた時、すぐに支えることが出来るようにと思ったのだ。

維心は、最初の一歩二歩を慎重に踏み出した後、立ち止まって維月を見た。維月は、心配そうに維心を見上げている。維心は、フッと笑った。

「案ずるでない。」維心は、そう言ったかと思うと、すっと素早く足を踏み出した。「もう、大丈夫よ。」

まるで、以前の維心のように、さくさくと足を踏み出して、維月の手を取って歩いて行く。維月も、見守っていた臣下軍神達もそれを、涙を流さんばかりに喜んで見つめた…王が、戻って来た。

維月が、維心について歩きながら、涙ぐんで言った。

「ああ維心様…ここまでご回復なさるなんて。」

維心は、微笑んで立ち止まると維月を抱き寄せた。

「主のお陰よ。命を消耗しすぎて、まさか戻って来れるなどとは思わなんだ。命の糧とは、愛情なのかも知れぬの。我は、主からそれを毎日与えられておったゆえ、こうして戻って参ったのだ。礼を申すぞ。」

維月は、首を振った。

「元はといえば、維心様が私を助けてくださったばかりに、あのようなことになっておったのでございます。これからも、あちらへ帰ってもこうしてお側に参りまするので。」

維心は、維月を抱きしめながら、頷いた。

「待っておる。我には、主が必要なのだ。もはや、主は我の命の糧であるのだからの。」

維月は、その胸で、安堵しながら頷いた。

「はい、維心様。ああ、本当に良かったこと…。」

皆が見守る中、維心は維月をそうやって抱きしめて長い間そこに立っていた。


こちらでひと月以上もそうやって過ごしていた頃、十六夜が再びこの次元を訪ねた。維心と維月は、並んで居間に腰掛けているところだった。

「十六夜。維月を迎えに参ったのか。」

維心が言うと、十六夜は驚いて維心を見た。

「え…お前、起き上がれるのか?」

維心は、微笑んで維月を見た。

「維月のお陰での。主らも、長くこちらへ維月を許してもらえて、我は存分に養生することが出来た。礼を申すぞ。」

十六夜は、前の椅子に座りながら呆然と言った。

「長くって、まだ二週間じゃねぇか。お前の体力はあっちの維心で知ってるつもりだが、大したもんだ。」

維月は、維心と顔を見合わせた。

「二週間?もうひと月半ぐらいは経ってるんじゃないかしら。維心様がこうして普段どおりになられるまで、ひと月掛かったもの。」

十六夜は、あ、と手を打った。前世の記憶を辿ると、こちらとあちらは次元が違うので、こうして時間にズレが生じる時もあったのだ。いつも、こちらの時間のほうが早く過ぎているように感じたものだ。

「そうか、時間が違った。オレにとっては、二週間ほどで様子を見に来た感覚なんだよ。そうか…そいつぁ都合がいいな。」

維心は、すっと眉を寄せた。

「都合?どういったことか知らぬが、主らが来るのを待つ間、我にとっては時間が倍ほど長く感じておるということよな。」

十六夜は、首を振った。

「いや、常にずれてるわけじゃねぇよ。その証拠に、オレ達が転生して来るまで、お前は元気に生きてたじゃねぇか。しかも、同じ時間間隔で。ってことは、こうして直に接すると、その時の時間の流れが変わるだけなんだ。だから、オレ達が帰っても、同じ間隔で流れるんだと考えたらいいと思うぞ。オレが都合がいいって言ったのは、あっちの維心のことだ。」と、ため息をついた。「お前のことも、そりゃあ心配はしてたさ。だが、それより維月に会えないのが、辛くて仕方がないようでな。まだ二週間だって言ってるのに、自分が行ったら急かしているようだから、お前が様子を見に行って来いと、うるさくてよ。だが、こっちで時間が早いなら、維月がこっちに滞在してる時間が増えるじゃねぇか。あっちの維心の我慢の限界まで居て、一ヵ月半は滞在出来るんだから、お前にとってもあっちの維心にとっても、良かったんじゃねぇか?」

維心は、合点がいったようで、頷いた。

「何との。良かったことよ。ならば我は、維月と長く過ごしてあちらの維心に気兼ねをすることもないの。」と、維月の頬に触れた。「では、戻って参るが良い。我は、もう大丈夫よ。主との生活も堪能させてもらった。また、次の里帰りの時を待っておるゆえな。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい、維心様。恐らく、三ヶ月ほどであるかと思いまするが…。」

十六夜が、苦笑した。

「そうだな。恐らくそれぐらいだろう。お前も忙しいな。」と、首をかしげた。「ま、倍生きるみたいでお前にとっちゃ疲れるかもしれねぇが、親父に聞いて次元を越える時に時間もいいように出来ねぇか試してみるよ。そしたら、こっちの維心にとっては一日二日のことでも、あっちで三ヶ月とか出来るかもしれねぇじゃねぇか。オレたちゃ不死だし、歳もとらねぇんだから、時間はいくらでもあらあな。」

それには、維心が首を振った。

「そんなことをしたら、我は良くとも維月が疲れてしまうではないか。あちらとこちら、二重の生を生きておることになるのだぞ?」

維月は二人のやり取りを、じっと聞いていたが、しばらくして、決心したように頷いた。

「維心様、私は妃になるとお約束しました。それは前世の時からそうでございましたから。前世では、最後までそれを遂げることが出来ませんでしたので、今生でそうして、お側に居りまする。父に聞いて、可能ならば頼んでみまするわ。」

維心は、それは愛おしそうに維月を見て、その髪を撫でた。

「維月…。」

十六夜は、それを見て諦めたようにため息をつくと、維月に手を差し出した。

「じゃあ、今は行こう。あっちの維心が悲壮なんでぇ。月になった維月に会いたいと、うるさくって仕方がねぇ。蒼にお守りをさせてるから、気の毒なんでぇ。」

維月は頷いて、立ち上がった。そして、そっと維心に口付けて微笑んだ。

「維心様…では、しばし里へ戻って参りまする。」

維心は、頷いて微笑み返した。

「気をつけて参るのだぞ。早よう帰れ。」

十六夜に抱かれて、維月はその次元の龍の宮を飛び立った。維心は、それを居間からしっかりとした足取りで庭へと向かい、見送ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ