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月へ

月の宮では、碧黎と、陽蘭が待っていた。

十六夜に抱かれてそこへ着いた維月は、喜んで二人に駆け寄った。

「お父様、お母様、ただいま帰りました。」

陽蘭が微笑んでいる。碧黎が、維月を抱きとめて言った。

「おお、よう帰ったの、維月よ。それにしても、この龍の気が混ざるのは慣れぬなあ。主はやはり、月が似合っておるわ。」と、維月をじっと見た。「命も安定しておるようよ。十六夜が急かすゆえ、とっとと月に上げてしまおうの。」

維月は、微笑んだ。十六夜が、横できまり悪げにしている。

「あのな、親父。今生は生まれた時から一緒だったんだから、仕方ねぇだろうが。維心のヤツが、維月の龍身見て喜んでるのも上から見てて落ち着かなくてよ…月に戻すなとか言いそうで。」

碧黎は、笑って手を上げた。

「ほんにあやつなら言いかねぬの。良い良い、ならばすぐに月へ。」と、維月に力を集中させた。「力を抜いておれ、維月。十六夜、先に月へ戻って維月を受け止めよ。」

十六夜は頷くと、すっと光の玉になると空へと打ち上がって行く。碧黎はそれを見送ってから、言った。

「さあ、行け!」

見る間に、維月は光の玉になった。そうして、空へと打ち上がって行った。

《きゃー!》

維月は、分かっていたものの、その圧力に悲鳴を上げた。三歳の時に月へと上げられた時には、十六夜が共で、十六夜の小さな手ががっつり維月を抱いて、守っていたのだ。なので、怖いと感じることはなかった。だが、今度は一人なのだ。

《維月!大丈夫だ、オレが受け止めてやるから!》

《十六夜!苦しい…》

維月は、息苦しいように感じた。自分はもう、神なのだから、息をしなくてもある程度は大丈夫なのだ。それなのに、苦しい。気が遠くなって来る。

《十六夜…。》

維月は呟くようにそう念を送ると、気を失った。十六夜が、慌てて月から手を伸ばすように力を下ろした。

《維月!》

そうして、維月の命を絡め取るようにして月へと引き込むと、抱きしめるようにして維月を受け止めた。維月の意識を感じない。

《どうした?》と、下へ向かって叫んだ。《親父!維月が応えない!》

すると、碧黎の声が言った。

《成人してから月へ上がるのは、それなりのリスクを伴うのだ。だが、大丈夫だ。こちらから見て、維月は月に定着した。すぐに実体化しても大丈夫なほどだ。数日で、意識を戻すだろうから、主はそこに居て、気が付くまで見ていてやるが良い。》

十六夜は、ホッとして自分の中にある維月の命を包み込むようにして、保護した。

《良かった…維月が、戻って来た。》

それを聞いた地上の碧黎と陽蘭は、顔を見合わせて微笑んだ。

「ほんにな。主こそ維心のことは言えぬわ。維月が居らぬと、落ち着かぬのであろうが。」

十六夜から、拗ねたような声が返って来た。

《いいじゃねぇか、維心は側にいつも置いてるが、オレだって月の繋がりがあるからと思ってそれが出来るんであって、繋がりがなかったら落ち着かないんでぇ。》

それには、意外にも碧黎が、納得したように頷いた。

「確かにの。此度の件で、主の気持ちは分かったつもりぞ。我とて…」と、陽蘭を見た。「こやつと繋がり切れた時、落ち着かなんだ。」

陽蘭が、微笑んで碧黎に寄り添った。碧黎は、そんな陽蘭の肩を抱くと、維心のように頬を摺り寄せた。

《…親父。まるで維心だ。》

十六夜が言うと、碧黎は声を立てて笑った。

「真似しておるのだ。あやつはほんに学ばせてくれるわ。」

陽蘭は、同じように笑った。

「ほほほ、維心は素直であるから。あのように分かりやすい神を真似てくだされば、我もよう分かりまするわ。」

そうして、二人は中へと入って行った。十六夜は、ため息をついた。そういえば、維心にも無事に月へ上がったと伝えておこう。


それから数日、維月は意識を取り戻し、無事に月の宮へと十六夜と共に実体化した。戻って来てから、もう三日が経過していた…いつもなら、嘉韻の所へ行って、十六夜の所へ戻って来る時期だ。維月がどうしようかと悩んでいると、十六夜が言った。

「今回は特殊だったからよ。嘉韻の所はとりあえず後回しにして、先にあっちのシンの所へ行って来たらどうだ?こうやって神格化してもらってすぐに戻っちまったから、オレも気になっててな。」

維月は、十六夜を見て頷いた。同感だったからだ。あんな風に命を分けて、体は大丈夫だったんだろうか。維心様は、普段から無理をする性格で、もしどこかに異常をきたしていても、表には絶対に出さない。なので、維月も十六夜と同じく気になっていたのだ。

「そうね。では、あちらへ行くわ。でも、いきなり行って大丈夫かしら?」

十六夜は、笑いながら維月の肩に手を回して歩き出した。

「維心が、お前が来るのを迷惑だと思うと思うか?それはないと思うぞ。例えそれが、先触れ無しでもな。」

維月は苦笑した。

「もう、十六夜ったら…じゃあ、送ってくれる?あちらまで。」

十六夜は、微笑んで頷いた。

「よし。入り口から宮までで何かあっちゃいけねぇし、送って行くよ。」

そうして、月の宮にある異次元への入り口に手を掛けて、十六夜は維月と共に飛んだのだった。


そちらの次元は、今昼だった。十六夜は、以前来た時には力を無くしていた月が、すっかり回復して力を戻しているのに安心しながら、その次元を飛んで龍の宮へと向かった。

いつものことながら、結界には月は一切掛からない。なので、龍の宮までは、すんなりと到着した。すると、慌てたように飛んで出て来た洪が、二人の姿を見るなり駆け寄って来た。

「おお!よう来てくださいました、十六夜様、維月様!王が…王があれから、お加減を悪くされておって…!」

「ええ?!」

十六夜と維月は、顔を見合わせた。まさか…命を分けたせいで?

「どんな具合なんだ。」

十六夜が歩き出しながら言うと、洪は頷きながらそれに従って歩き、言った。

「皆様がお帰りになれた直後、立っておられぬようで、膝を付かれて…そうして、奥の間へと戻られ、それから褥より起き上がることがお出来になられぬのです。」洪は涙ぐんだ。「将維様も、成人されておるとはいえ、まだ譲位は早いのではと申しておるのに、それでも王は、もう時が来たのだとおっしゃって…ご譲位なされると言われておりまする。」

十六夜は、こちらの維心があちらの息子の名と同じ名を付けたのだと知った。将維…おそらく、あちらの将維と同じなのだろう。

「宮の治癒の龍は何て言ってる?」

洪は、速い十六夜の歩くスピードに合わせて、必死について来る。

「はい、気の補充がうまく行かなくなっておるのだと申しておりました。何かのバランスが崩れておるようなのですが、それが何なのか、原因がつかめておりませぬ。途方に暮れておりましたところ、こうしてお二人が来てくださったというわけでございまして。」

維月は、居ても立ってもいられない様子で、ついに少し浮いて飛びながら先にすごいスピードで回廊を抜けて行った。十六夜は、慌てて後を追おうと、洪を振り返った。

「お前は後から来い!」

そして、維月を追って飛んだ。しかし、維月は月なのだ。もう姿は無かった。


維月は、次元が違うとはいえ同じ勝手知ったる龍の宮の中、すぐに維心の奥の間へと到着した。そこには、治癒の龍も詰めていて、いきなり現れた維月に驚いた顔をしたが、維月はそれに構わずに必死に維心に駆け寄った。

「維心様!ああ、どうなさったの?もしかして、私に命を分けたりしたからこのようなことに…。」

維心は、目を開けた。

「…維月。」そして、微笑んでその手を握った。「おお、もう来てくれたか。もし、命を落としてからではどうしたら良いのかと思うておった。」

そして、治癒の龍達に手を振って、下がれと合図すると、治癒の龍達は、ためらいがちに頭を下げてそこから出て行った。維心は、維月を見て言った。

「案ずるでないぞ。」維心は、維月の頬を撫でた。「少し、無理をしたようだ。父でも、ひと月掛かったのに、我は早よう済ませようと、一週間で主に命を分けた。なので、回復に時間が掛かっておるのだ。」

維月は、涙ぐんだ。維心様は…あちらの維心様と同じく、私が人として命を落としてしまってはどうしようかと焦っていらした。なので、無理をなさったのだ。

「ああ…私のために、このような。どうすれば、回復するのでしょうか。命の回復など、私にも知識はございませぬし…。」

維心は、首を振った。

「我もよ。なので、どうなるのか分からぬのだ。それで、将維に譲位しようと思うておるのに、臣下達も、将維自身も否と申しての。困ったことよ…我はどこまで王位に居座らねばならぬのだ。そろそろ、休んでも良い頃ではないのか。」

維月は、それに答えられなかった。あちらの維心ですら、1800歳で自分達と一緒に一度死んだのだ。こちらの維心のほうが、少し時間のずれがあってまだ1600歳とはいえ、それでも長い時を生きて来たのには違いない。

すると、後ろから声がした。

「じゃあシン、お前、回復するまで維月と一緒に居ろ。」維月も、維心も驚いて振り返った。十六夜は続けた。「どうなるかわからねぇんだろ?だったら、一緒に居ろってんだよ。あっちの維心には、オレから言っとくから。」

十六夜が言いたいのは、死ぬかもしれないんだから、ということだ。維月は、それを悟って、頷いた。

「維心様…お側に置いてくださいませ。何なりと、お申し付けくださって。」

維心は、じっと考えていたが、頷いた。

「では、我の側に居れ。」と、寝台に横になったまま維月を引き寄せた。「ここに。」

維月と十六夜は、目を合わせて頷いた。十六夜は、くるりと踵を返すと、そこを出て行ったのだった。

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