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ヴァルラム

その書状が着いたのは、会合まで後数日に迫った日だった。

神の会合は定例で月に一回と決まっていたが、今回は臨時で開かれる三日に渡る会合で、あちらに新たに知られた神達が居ることを広くこちらの神の王達に知らせておこうということであったのだ。

なので神世最大の宮、龍の宮で行なうことになったのだが、そのせいで宮は大騒ぎであった。

そんな最中のことであったので、書状を持って来た兆加も心ここにあらずの状態だった。

「王、ディーク様は何とおっしゃっておいででしょうか。」

兆加は、とにかく早く会合の準備の方へ戻りたいので、維心に己から訊ねた。維心は、そんな兆加の気持ちも分かったが、それどころでない心持ちだった。維心の表情が険しいのを見て取った維月は、隣りで言った。

「維心様…?何か、不都合でもおありでしたでしょうか。」

維心は、維月を見た。

「…ドラゴン族が、我らと似ておることは話したの。そこの王、ヴァルラムがこちらへ来たいと言うておるらしい。」

維月は、首をかしげた。

「何か、それがいけないことでも?」

維心はため息を付いた。

「いや、別に良いのだ。悪い気は感じなんだが、それでもあれは、あちらで言うとかなりの力を持つ王。会合以外は城から一歩も外へ出ることがないと聞いておるのに、出て参るとは余程のことぞ。」と、兆加に言った。「こちらへ来るのは良いが、我らも会合があるゆえ。それに、先にディークにこちらへ来て話を聞かせよと伝えよ。我は、ヴァルラムのことについてそれほど深くは知らぬ。しかしあちらの王達からよく聞いた名であるし、最後に会ったのはヴァルラムであったが、それは世を見通したような考え方の王であるなと思うておったのだ。しかし、あくまで我の主観であるしの。あれらの間の評判というのを聞きたい。左様返してすぐに返事をせよと。」

兆加は、頭を下げた。

「は!ではすぐにそのように書状を遣わせまする。」

兆加は、すぐに出て行った。維心は、考え込むような顔をしている。維月は、維心を好奇心に溢れた目で見た。

「まあ維心様、ドラゴン族ですって?とても楽しみですこと。どのようなかたでございましたか?龍と似ておりまするの?」

維心は、苦笑した。

「維月、主はまた…珍しいからと、喜んでばかりも居られぬのであるぞ?何を考えてこちらへ来るのか分からぬしの。先にディークと話しておかねば、我はヴァルラムに手玉に取られてしまうやもしれぬ。」

維月はそれを聞いてきょとんとしていたが、すぐに声を立てて笑った。

「まあ!維心様ったら!維心様が手玉に取られるなんて…あり得ませぬのに。ふふ。」

維心は、維月の肩を抱いた。

「この口がよう言うたわ。我は誰に手玉に取られてこのように手放せぬようになってしもうておると思うておるのよ。ほんに我が妃は呑気なことぞ。」

維月はクスクス笑った。

「維心様ったら…私がいつ手玉に取ったとおっしゃるのかしら。本当に意地悪ばかりおっしゃるのだから…。」

維月が維心の首に腕を回して唇を寄せると、維心は維月を抱き寄せた。

「主は我から物思いを無くしてしまうわ。主のことばかり考えて、政務もままらなぬではないか…困ったものよ。」

二人は口付け合って、そしてじっと抱き合って座っていた。どんなことがあっても、例え死んでも、ずっと一緒に居る…。維月にも維心にも、それが確信出来ているだけに、本当に幸せだった。だからこそ、生きて今生に居る間は、責務を忠実にこなさなければ。

維心は、そう思っていた。


ディークが慌しく龍の宮へやって来たのは、会合の始まる前日だった。

皆がバタバタと到着する中、ディークもためらいがちに到着した…明らかに、今日がその日であると知らずに来たようだ。

ディークがたくさんの客達の間をかいくぐって案内された部屋では、既に維心と維月、それに蒼と十六夜が座って待っていた。ここは、応接間らしい。やっと維心と対峙したディークは、維心に問うた。

「維心殿…もしや、取り込んでおる日ではなかったか?」

維心は、首を振った。

「良い。あれらが全てここへ揃うのは本日の夕方であろうからの。何しろ今回の会合は三日に渡るので、皆がここへ宿泊することになる。なので部屋を振り分けねばならぬでな。それに時間が掛かるのよ。全て臣下がやりおるから、我にはすることがない。案じることはない。」

そうは言っても、ここまで慌しいとディークも気になって仕方がなかった。とにかく早く用件を済まそうと、ディークは言った。

「それで、我と話すこととは一体なんであろうか。」

維心は、頷いた。

「ヴァルラムのことぞ。主の知っておること、我に話せ。我はそちらの世のことは何も知らぬのだ。」

やはりそのことか、とディークは渋い顔をした。あまり変なことを言ってしまって、あちらでヴァルラムから睨まれるのは得策ではないが、この維心には世話になっている。しばらく考えた後、ディークは顔を上げた。

「我から言えることは、世間が言うておることとして聞いて欲しい。」ディークはバツが悪そうに言った。「我とて、あまり目どおりしたこともないのだ。数回、会合で会った時に話したのみぞ。何しろいつも会合の上座に座って黙っているだけで、話すのはもっぱら同じように力を持った神の王、サイラス殿でな。サイラス殿と二人で、あちらの世を二分しておって。」

維心は、眉を上げた。

「サイラスと?我はその名に覚えがないの。」

ディークは頷いた。

「力はあるが、変わり者ぞ。普段は普通なら分からぬような場所の城で、まるで潜むように住んでいる。しかし、我らは場所を知っておるがな。主にはわからなんだであろう…夜しか行動せぬのだ。別に昼でもいいが、太陽はあまり好かないとか何とか申してな。」

十六夜があからさまに驚いた顔をした。

「暗い場所が好きな神ってのは初めて聞くな。オレだって、別に夜が好きな訳じゃねぇし。月だけどよ。」

ディークは頷いた。

「そうなのだ。ヴァンパイア族と言うての。人の間では生き血を啜ると言われておるが、あれらは神の生き血を吸うておったことはあるが、人のはない。気の補充が追いつかぬ時に、仕方なく襲っておったようであるが、今はヴァルラム殿が禁じておるのでそれに準じて襲っておらぬようであるが。」

維月が、口を押さえた。

「まあ!ヴァンパイアって神なの?!」

蒼も驚いた顔をしている。何しろ、人としてしかヴァンパイアを知らない。それに、あれは想像上のものだと思っていたのに。

維心が不思議そうに維月を見た。

「何ぞ維月?ヴァンパイアを知っておるのか。」

維月は、維心を見上げた。

「いえ、見たことはありませぬわ。だって、私が人の頃に、人の話の中での存在として知っておったものなのです。なのに、実在したなんて。」

ディークは頷いた。

「実在しておるぞ。変わり者であるから、人との交流もあったようであるし、それで人の知るところになったのやもしれぬ。しかし、事実とは歪んで伝わっておるところもあるであろうな。」と、維心を見た。「話を続けようぞ。それで、そのヴァンパイアの王であるサイラス殿はヴァルラム殿と良く交流しておるようだ。ヴァルラム殿はあまり神と付き合いはないが、サイラス殿が頻繁にヴァルラム殿に会いに行ってはちょっかいをかけておるのだと聞いている。」

蒼が、ちょっと考えて言った。

「それって…」

十六夜が、蒼を見て頷いた。

「誰かにそっくりだな。」

維心は、十六夜を見た。

「炎嘉か。」そして、ディークを見た。「つまりは会合ではサイラスとヴァルラムが並んで上座に居って、進めるのはサイラス、黙って見ておるのはヴァルラムと言う感じか。」

ディークは頷いた。

「そうだ。我は小さな城の王達と一塊になっておるので、メインテーブルに着くこともないし、あまりあの二人とは話す機会もないのだ。なので…噂として聞いておることしか知らぬ。」

維心は促した。

「何でも良い。とにかく主の知りうることを話すのだ。」

ディークは、観念したようで座りなおすと、言った。

「ヴァルラム殿は、城から滅多に出て来られぬ王だ。非情な王で有名で、あれに逆らって無事だった神は一人も居ない。臣下ですら気に入らねば斬って捨てる。今まででも、他の城の王であっても簡単に斬って捨ててしまった。それも、相手城で、相手が無礼であったという理由でだぞ?やりすぎであろう。」

蒼と十六夜が顔を見合わせた。似ている…どこかの誰かに、徹底的に似ている。

「…それ…前世の維心様に似てない?」

蒼が、ぽつりと言った。維心もそう思ったのか、反論する様子もない。十六夜は盛大に頷いた。

「きっと同じような血なんだろうよ。そうか…じゃあ、ヴァルラムは維心だと思えばいいんだな。」

ディークは、首をかしげた。

「我はあまり深く維心殿を知らぬが、維心殿はヴァルラム殿ほど冷たい雰囲気ではないぞ。本当に側に誰も寄せ付けぬし、そうそう、妃も居らぬの。候補を連れて来た臣下を、その候補もろとも斬ってしもうたことがあって、それから誰も何も言わなくなったのだと聞いた。」

維心がますます眉を寄せて行くのに、十六夜はますます眉を上げた。

「おんなじだよ。前世、維月に出会う前の維心は同じことをしていた。うーん、じゃあまあ、似たタイプならオレも慣れてるし、戸惑うこともないかな。扱いが分かってるしよ。」

維心は、不機嫌に十六夜を見た。

「誰の扱いだと申す。まるで動物のように言いおってからに。まあ良い、つまりはヴァルラムは、あちらでこちらの我のような役割を果たしておったということか。」

ディークはうなずいた。

「そうかも知れぬ。あちらで一番力を持っておる王はヴァルラム殿。次がサイラス殿。我らは、小さな城の王でしかないのだ。小さな城の王達は、それぞれどちらかの王に付いている。我は、ヴァルラム殿の方であるので、此度ヴァルラム殿が我に会いに参ったということだ。だからと言って、サイラス殿とヴァルラム殿が事を構えるなどないがの。」

蒼は何となくあちらの仕組みも分かって来た。こっちと似ているのだ…少し前、まだ炎嘉が鳥族の王として生きていた頃に。

そこへ、うんざりしたような声がした。

「あーあ、混雑は嫌いだと言うておるのにの。何だこのごった返した状態は!維心!呼ぶならもっと空いてからにせよ。」

何の遠慮もなく戸を開けて入って来たのは、炎嘉だった。維心は、それを見てため息を付いた。

「臣下に案内させなんだのか。」

炎嘉は首を振った。

「あっちはあっちで大変であろうしの。我は知っておるから己で行くと言うた。で、話は進んでおるのか。」

維心は、面倒そうに手を振った。

「そこへ。ああ、主は会うたことがないの。ディーク、レイティアの夫ぞ。」

炎嘉は、頷いた。

「ああ、これが。そうか。」

ディークは、炎嘉と聞いて身を硬くした…確か、レイティアを娶っていたのだと聞いた。しかし、それはレイティアから頼んで通っておったのだということ。炎嘉はレイティアを愛してはいなかったのだと聞いていた…。

確かに、華やかで美しい神だった。気も、維心ほどではないが、おそらくサイラスぐらいはある。こんななに優秀な神を、レイティアは愛していたのか。

ディークは心中穏やかでなく、しばし黙り込んだ。炎嘉は、それに気付いていたが、何も言わずに維心を見た。

「粗方聞いたのであろう。ヴァルラムとはどんな王であった。」

維心は、頷いた。

「いうなれば、前世の我のような、ということらしい。」

炎嘉は顔をしかめた。

「それは最悪よの。困ったものよ。あちらは暗黒の世ではないのか。」

「どういう意味よ。」

維心が反論しようと言い出したが、十六夜がそれを遮って言った。

「だがな、うまく出来たもんであっちにも炎嘉が居るんだよ。だから、世の中回ってる。」

炎嘉は、真剣な顔をした。

「ほう?我とな。つまりは誰彼構わず斬ってしまおうとするのを止めたり、攻め入って皆殺しにしようとするのを取り成したり、会合でだんまりなのをフォローして己が進めて参ったり、とまあそんなことをしておるヤツが居るのだな?会ってみたいものぞ。我と同じ物好きがまだ居ったとはの。」

ディークが目を丸くしている。つまりは、維心がそういった神だったということか。今は落ち着いて見えるのに。

維心は、ほーっとため息を付いた。

「済んだことをとやかく言うでない、炎嘉。それよりディークよ。レイティアより聞いておるのはこやつが軍神の将の一人だということであろうが、違う。前世は鳥の宮王であって、転生して龍になった。それで我が、南の領地を譲って今はそこで王として君臨しておるのだ。つまりはこやつも王。ま、サイラスと同じだと思うてくれてよいわ。この世で我にこんな口が聞けるのは、月と炎嘉だけよ。」

ディークは、まじまじと炎嘉を見た。王…確かに。しかしサイラス殿と同じといえば、我らの格では太刀打ちできぬ。レイティアが愛人扱いされたのも、道理なのかもしれぬ…。

ディークがそんな風に思っていると、炎嘉がどっかりと側の椅子に座った。

「もう堅苦しいのは良い。王という立場からやっと逃れたと思うたのに、また戻しおってからに。しかし、それが神世のためと言われたら我とて断れぬ。此度の会合で、その旨皆に伝わるのであろうし、我も覚悟したわ。して、そのヴァルラムとかいうヤツは、いつここへ来るのだ?」

維心は、ディークへ視線を移しながら言った。

「そうよの…どうしたものか。我も暇ではないしな…。」

ディークは、慌てて言った。

「ひと月以内といわれておるのだ。あちらは、急いでおるらしい。」

維心は、十六夜を見た。

「気まぐれな主であろうと、ヴァルラムには会っておくであろう?いつが良い。」

十六夜は、蒼を見た。

「別にオレはいつでも暇だがな、蒼だろう。お前、いつなら暇なんでぇ?」

蒼は、急に話を振られたので驚いてしどろもどろになって言った。

「え、いや別にオレは、維心様が言うのならいつでも開けるけど。」

維心は、維月を見た。

「そうよなあ…来月は維月とゆっくり温泉にでも行こうと思うておったのにのう…。」

維月は、ぶんぶんと首を振った。

「維心様、それは後で良いですわ。ですからヴァルラム様をご優先くださいませ。」

維心は頷いた。

「では、会合が終わる三日後以降ならいつでも良いと伝えよ。」

ディークは、自分がからかわれているのだろうか、と思った。皆、ヴァルラムが訪問するというのに、緊張感の欠片もないのだ。これでは、自分はどうしてこんなに必死に維心とヴァルラムの渡りをつけようとしているのか分からないではないか。

しかし、頷いた。

「では、そのように伝える。今後は恐らく、直接に連絡が来るかと思う。」

維心は、軽く頷いた。

「わかっておる。あちらも、何か急く用件があるようであるの。」

ディークは、ハッとした。維心は、きっとどこかまで知っている。いったい、何を知っているというのか。…しかし、自分は何も関わらない方がいい。あの、ヴァルラムとこの維心との攻防に、もしも巻き込まれたら、我らのように小さな国はひとたまりもない…。

ディークはまた、急いで戻って行ったのだった。

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