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ヴァルラムとアーラは、共に森を散策していた。

あれから、度々に単身アーラを見に出かけていたヴァルラムは、ある日思い切って声を掛けてみたのだ。すると、アーラは真っ赤になりながらも、話に付き合ってくれた。それから、毎日のようにそこへ出かけるようになり、共に過ごすようになっていた。

そうして、ヴァルラムはアーラから、その生い立ちを聞いた。父は、どこの誰なのか知れぬのだという。しかし、東の神であるようだ。とても大きな気を持っていたと、養母のジーナは言っていた。その容貌は、青い髪に青い瞳だった、とジーナは言った。そんな神に、ヴァルラムは面識がなかったが、アーラを側に置きたいと思い始めていたヴァルラムは、どうしてもその父に承諾を得たいと望んでいた。それに、アーラもとても父親に会いたいと願っていたからだ。

なので、東の神である維心に問い合わせようと思っていた矢先、月の存在を思い出した。そう、月に話しかければ、十六夜が答えるのではないか。

そして、ある夜月を見上げて問いかけた。

「十六夜よ。我の頼みを聞いてはもらえぬか。」

すると、すぐに月から声が返って来た。

《ああ。無理難題じゃなければ聞いてやるぞ。言ってみな。》

ヴァルラムは、驚きながらも続けた。

「我は今、側に置きたいと望んでおる女が居る。」

十六夜は、驚いたような声で言った。

《え、それは維月じゃねぇな?》

ヴァルラムは、苦笑して首を振った。

「違う。そのようなこと、主に頼むはずはあるまい。この、イリダルの領地との、ちょうど境界辺りに住む女であるが、母は死に、父は行方知れずでの。」

十六夜は、明るい口調で言った。

《そうか。良かったじゃねぇか。ちょっと不幸そうな女だが、これからお前が幸せにしてやりゃあいいんだし。》

ヴァルラムは、頷いた。

「だがの、我はきちんとあれを迎えてやりたいのだ。素性が知れぬと、この城でも肩身が狭かろう。なので、主に頼みがある。あれの父は、そちらの東の神で、青い髪に青い瞳、見たこともないほど大きな気であったと言うのであるが、そちらにそんな神は居るか?大きな気の神は、いくらも居るであろうが、我よりもずっと大きく感じたと聞いておるのだ。そんな神は、いくらも居るまい。もしかして、主らの縁者かの。気が、大変に維月と似通っておるのだ。」

十六夜は、息を詰めたようにしばらく黙った。そして、その沈黙は長かった。どうしたのだろうと、しばらく待っていたヴァルラムが、もう一度声を出そうとした時、十六夜の声が切羽詰ったように言った。

《ヴァルラム!分かった、とにかく探す!ちょっとこっちがゴタゴタしちまったから、しばらく待ってくれ!》

「え、十六夜…。」

月からは、応答がなくなった。

ヴァルラムは、何があったのか分からなかったが、探してくれるというのだから、月を信じようと満足して寝台へ入った。



維月に呼ばれてやはりすぐに現れた碧黎は、龍の宮で、事の次第を話していた。

「…そんな訳での。ヴァルラムが十六夜に話しかけて来た時、時が悪く我と陽蘭と三人で居った時だった。十六夜は月へ帰るのが面倒だと、その場でヴァルラムと月を通して話していたのだ。我も、ヴァルラムがやっと妃を迎えるかと、安堵しておったのもつかの間、ヴァルラムが探すその娘の父というのが、我ではないかと陽蘭が大騒ぎし始めての。」

維心と維月、それに大氣が固唾を飲んでそれを聞いていた。その光景が目に浮かぶ。維心は横で、我がことのように身を固くした。

碧黎は、ため息を付いた。

「我に覚えはない。確かに、もう一人ぐらい娘が居れば、それをヴァルラムに娶らせることも出来ようとは思うたが、その辺の女に生ませようなどとは思わなんだからの。何しろ、我らは普通の命ではない。その子を産むとなると、大抵の女は命を落とそう。だが…その娘の母は、その娘を産み落としてすぐに死んだと申すし。ますます我に疑いが掛かっての。十六夜が必死に我の無実を証明しようとその娘を見に行ったが、娘の瞳は青色で、気はヴァルラムの言う通り、十六夜や維月と大変に似ておったのだと。何を申しても陽蘭は聞いてはおらぬし、我も面倒になってしもうて。何しろ、身に覚えがない。」

維心は、碧黎に同情して言った。

「身に覚えのないことで、そのように責められてはたまらぬの。しばらく、ここへ滞在すれば良い。」

しかし、維月は首を振った。

「お父様、逃げてもどうにもなりませぬわ!本当に、たった一夜とかでも、覚えはありませぬの?」

碧黎は、維月の迫力に身を退きながら首を振った。

「ない。だから、我らはそんな欲求は本来起こらぬ生まれなのだ。なので、他の神ように己の欲求に負けてどうのなど、あり得ぬのよ。」

しかし、ずっと黙っていた大氣が、口を開いた。

「…我は、覚えがある。」

維心と維月、それに碧黎が仰天して大氣を見た。なんだって?!

「お、お、覚えとは、主、誰かを娶ったのか。」

維心が、まるで自分の事のように焦って言った。しかし、大氣は何でもないように言った。

「娶る?いいや、たまたま行った、あの大陸での。何やら、我に一夜だけでも、とうるさい女が居った。我は、碧黎も言ったようにそんな欲求などない命。なので、放って置いたのだが、あまりにうるさいので、そんなに言うのなら、と夜を共にしたことがあるの。碧黎も知っておることであるし、どんな感じか興味があって。しかし、一度のことぞ。全く良くはなかったしの。あんなことの、何が良いのやらとその時は思うた。それから我は、その女に重々言うた。主には、我の子は産めぬとの。」

碧黎が、まだショックから立ち直れないまま、言った。

「し、して大氣。主、その女はどうなったのだ。」

大氣は、眉を寄せた。何やら、思い出しているようだ。

「ああ…我の子が出来たとか何とか言うておったので、それは産めば主の命はないぞと言うた。産めぬと申したであろう?との。しかし、産んだようで…我は、己の気に似たものが出現したので、そこへ見に参ったのだ。そうしたら、その女は死んでおって、赤子が居った。我が望んだものでもないし、そこに居った女が育てると申すから、好きにせよと申した。それだけぞ。」

維心と碧黎は絶句した。自分の子を、見ず知らずの女に託して…望んだものではないからと。

維月が、がばと立ち上がった。

「大氣!あなた、酷いかたね!」維月の剣幕に、維心が縮み上がった。しかし、維月はそれに気付かず続けた。「そのひと、死んだのでしょう?!あなたの子を産んだんでしょう?!それなのに、母の居ない子をほったらかしにして…何が重々言うた、よ!だったら、最初からそんな興味本位のことなんか、しなきゃよかったじゃないの!その女のひとは自分の望みだったんでしょうけど、子供がかわいそうよ!」

大氣は、眉を寄せた。

「なぜに我がそのように責められるのだ。我は望み通りにしてやっただけぞ。あんなこと、その辺の女とすることではないわ。今は、あれは好いた女であるから良いのだなと分かるがの。」

維月は、キッと大氣を睨んだ。

「…そんな考えのかたに、私のかわいい娘は絶対にあげられないわ。十六夜だって言うはずよ。良かったこと、事の前に分かって。あの子だって、あなたがそんな風に行きずりで子を設けた上、その子を放ったらかしにしていたのを知ったら、きっと結婚なんてしたくなくなるはずだわ。」と、立ち上がった。「では、私はそれを維織に言って、さっさとあなたとの約束は破棄させていただくようにするから。」

大氣が、訳が分からないながらも、顔色を無くした。それを見た碧黎と維心が、必死に維月を止めた。

「待て!維月、怒るのは分かるが、大氣は世の常識に疎いのだ!やっとここで暮らして、少し学んで来たものを。維織と共に、落ち着いた毎日であったのだぞ?これも、維織を対にしたいと望んでおるのだ。これからは、このようなことはないゆえ!」

碧黎が言うのに、維心も頷いた。

「維月、過去の過ちなのだ。大氣はやっと愛する女というものを見つけたのだ。それを無くしてしもうたら、どれほどにつらいことか!」

維月は、二人を睨んだ。

「だったら、どうだっていうの?!それで少しは、その子の不幸も分かるでしょうよ!こんなんじゃ、維織との間に子供が出来たら、どんな扱いをされるか分かったもんじゃないわ!あの子だって、不安になるわよ!」

大氣は、首を振った。

「維織との間の子は、我も欲しいと思うておる!我は…あれと、これから子を成して、二人で暮らして参ろうと約したのだ!そのような…我は、そんなつもりではなかったのに!」

維心が、維月を抱きとめて必死に言った。

「維月、では、ではせめてこれを話すのを、大氣にさせてやってくれぬか!主から言うのではなく、本人の口から!」

それには、碧黎が何度も頷いた。

「おおそうよ!時をやれ。大氣も、あちらをきちんとした後、維織に話せねば婚姻も出来ぬことぐらい分かっておるわ。の!大氣!」

大氣は、なんだか分からなかったが、必死に頷いた。それを見た維月は、しばらくじっと黙っていたが、肩の力を抜いた。

「…わかりましたわ。」維月は、幾分落ち着いた声で言った。「二人のことに、口出しはしませぬ。でも、維織にこのことを話さぬまま、婚姻など絶対にさせませんからね!」

そして、維月はくるりと踵を返すと、ぷりぷり怒りながら維心の腕から出て奥へと入って行った。

それを見送った維心と碧黎は、はーっとため息を付いた。危なかった。あの勢いで維織にこのことが知れたら、間違いなくこじれてしまうところだった。

そして、碧黎はまだ呆然としている大氣を振り返った。

「…主の。維心と我が頑張ってやったゆえとりあえずこれで済んだ。だが、これからぞ。このままでは、主は間違いなく維織になじられて共に生きるなど叶わぬ。」

大氣は、碧黎を、すがるような目で見た。

「我の、何がいけなかった。我は…維織に厭われるなど、怖くてならぬ。」

維心が、頷いた。

「そう、それよ。分かるか、大氣よ。気の力の大きさではない。我らが恐れるのは、相手の心を失うことぞ。主は、今その狭間に立たされておるの。」

大氣は、今わかった。碧黎が、陽蘭を恐れる理由。十六夜や維心が、維月を恐れる理由。愛するものが、己から離れて行ってしまう恐怖のことを、言っていたのだ。

碧黎は、言った。

「我の潔白はこれで証明されようが、困ったことよの。とにかく、あちらの娘に罪はない。幸い、ヴァルラムがあれを望んでおるのだ。これであれは幸せになれよう。主は、あれが確かに自分の娘であると、認めねばならぬぞ。そうして、あれの地位をしっかりしたものにしてやらねば。そうすれば、父としての責任は果たせよう。維織のことは、その後ぞ。」

大氣は、ただ頷いた。維織…主は、我がこんな我であったら、共には居られぬと突き放すのか。それとも、今から正せば良いと申してくれるのか。どうしたら良い…主と共に生きたい。我は、主を失うのだけは耐えられぬ…!

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