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それから数ヶ月、維織は大氣を探すようになった。大氣は、いつもふらふらと自分の行きたい場所にしか行かない神で、龍の宮に居るとは言ってもこの広い中、なかなかに気取るのは難しかった。

しかし、維織には違った。やはり、良く似た命なのだろう。大氣がどこに居るのか、少し探れば分かった。それどころか、そうこうしているうちには、どこへ行こうとしているのかさえ分かった。いつも、先回りして目の前に現れる維織に、大氣はびっくりした顔をしたが、笑った。

今日も、大氣が南の庭の端の、杉の所へ行こうとしているのを感じ取った維織は、先回りしてそこで待っていた。すると、大氣がやって来て、もはや慣れたように維織を見た。

「ほんに、主には敵わぬな。よう分かるもの。いつも感心するわ。」

維織は、ふふと笑った。

「まあ大氣様。きっと、同じ種類の命であるからですわ。お祖父様も、お分かりになるのでは?」

大氣は、少し考えて、意外にも首を振った。

「いいや。碧黎は、我の居る場所は分かってもそれから行こうとしておる場所までは分からぬ。」

維織は、驚いた顔をした。

「え?でも…私には分かるのですけれど。」

大氣は、首をかしげた。

「そうよな。主には、先見の才があっての。赤子の頃にそれが発現し、それではつらかろうと、碧黎が抑えておったのだが、もしかして成人に近付いてまたその封が外れて参ったやもしれぬ。」

しかし、維織は同じように首をかしげた。

「でも…私は他の先見は出来ませぬわよ?」

大氣は、分からないというように首を振った。

「我にも分からぬ。」と、手を差し出した。「さ、こちらへ来い。」

維織は、赤くなった。そして、そっと手を差し出すと、その手をすっと取って、大氣は維織を引き寄せて抱き寄せた。

「…不思議よな。」大氣は、維織と共に杉の前に浮きながら、月を見上げて言った。「ほんに不思議な心地よ。我は、こうして他と触れておるのが面倒というか鬱陶しく感じてならなくての。なのに、主をこうして側に置いておると、不思議と気持ちが凪いで、癒される。心地よいと感じる。なぜなのか、我にも分からぬのだ。」

維織は、大氣の胸に頬を寄せながら言った。

「はい。私も心地よいですわ。このように感じるのは、初めて…。」

こうして、共に過ごすようになってどれぐらいになるだろう。維織は、初めに会った時から、どうしても大氣に会わずには居られなかった。しかし、それは大氣も同じようだった。側に居ると心地よくて、不意に大氣が維織を、思いつきのように抱きしめた時があった。そして、驚いたような顔をしたかと思うと、じっと維織を見て言った…主と、こうしておると心地良い。なぜに?

お互いに、それが世間でいう恋愛感情であるかもわからないまま、こうして過ごすようになって数ヶ月も経っていた。

大氣は、しばらく黙っていたが、言った。

「のう、維織…我ら、こうして対にならぬか。」

維織は、びっくりして大氣を見た。どういう意味かしら。

「あの、大氣様。対とは、いったいどういう意味でありましょう。」

大氣は、言葉を探すように眉を寄せた。あれを、神はなんと言ったか。

「十六夜と、維月のような。碧黎と、陽蘭のような。そして、維心と維月のように、いつも身近くに過ごすのだ。あの仲を、神はなんと申すか。対ではないのか。」

維織は、大氣が言いたいことを認識して耳まで赤くなった。大氣様…婚姻の申し込み?

「あの…婚姻でございまするか?」

大氣は、頷いた。

「そう、そんな感じよな。我らとて、きっと主の両親のように子も成せようぞ。主と我は同じ種類の命であるから、主も安く我の子を生めるだろうし、主とて不死であるし、婚姻に何ら支障はないだろう。」

維織は、下を向いた。大氣様…確かに大氣様とは、初めて会った時から懐かしくてとても他人な気がしない。これほどにお美しいかた。ならば、このままお互いに不死の命を、共に生きて行くのもいいのでは…。何より、もう側に居られないのは、寂しいと思うようになってしまった…。

「はい。私は、大氣様のことはここで会っておる間しか知りませぬが、それでも慕わしいと思うておりまする。では、父と母に話して、お返事を。」

大氣は、じっと維織を見た。

「主は良いか?あれらが反対しても、我の元へ来て共に居ってくれるの?」

維織は、困った。そして、思っていることを言わなければとじっと大氣を見つめた。

「大氣様。では、私の考えを申しまするわ。私は、母のように、自分だけを愛してくださるかたでなければ嫁ぎませぬ。これは、ずっと決めて来たことでありまするの。なので、大氣様に他に女のかたがいらっしゃるのなら、私は嫁げないのですわ。お分かりでしょうか?」

大氣は、首を振った。

「そのような。我に誰が居るというのか。」

維織は、頷いた。

「では、大氣様を信じまするわ。でも、いつ嫁ぐかは、父と母に決めて頂きましょう。相手は勝手に決めてしまったのですもの、せめては、ね。」

大氣は、ふむふむと頷いた。

「そうよな。婚姻とは難しいの。皆に良いように考えねば出来ぬものか。」と、大氣は維織を抱きしめた。「ああ、しかし主が我の片割れになる。そう思うと、それぐらいの面倒は良いの。ほんに心地よいことよ。維心が言うておったことが、今分かる気がする。」

維織は、笑って大氣に抱きついた。大氣は、それを受け止めて、しばらくずっと、そうして抱き合っていたのだった。


次の日、維織と大氣が婚姻のことを話そうと維心の居間へと訪ねて来てそのことを告げると、十六夜からの切羽詰った声が突然に振って来た。

《おい、維月!えらいことだぞ!》

維月と維心は、それでなくても大氣と維織のことで驚いた瞬間だったので、心底驚いてその声に飛び上がった。そして、維心は叫んだ。

「あのな!急に割り込むでない!我だって驚くのだぞ!」

維月も言った。

「そうよ十六夜!別にこの二人が一緒になったっていいじゃないの!何がそんなに大変なのよ!」

しかし、十六夜の声はためらいがちに言った。

《え、なんだって?大氣と維織?結婚するのか。ま、一緒に居るのはよく月から見てたけどよ。》

維月は、びっくりして空を見上げた。

「え、そのことじゃないの?!何かあったの?!」

十六夜は、幾分落ち着いた声で言った。

《ああ、すまねぇな。取り乱しちまって。親父とお袋だよ。この間、隠し子がどうのって話しになってただろうが。》

維心が、絶句した。本当に居ったのか。

すると、維月が立ち上がって叫んだ。

「え、とういうことは、お父様にほんとに隠し子が居たの?!」

十六夜は、疲れたように答えた。

《親父は違うって言うんだけどよ。何しろ、目が青くって気がオレ達にそっくりなんだ。お袋は半狂乱になっているしよ…そいつ、女なんだけどさ、生まれてまだ数十年ぐらいみたいで。》

維月は、口を押さえた。

「…最近じゃない。」

十六夜は、困ったように言った。

《そうなんだよ。それで、今大変だ。何しろここんとこ、親父はヴァルラムの様子を見に行ってたと言うんだけどさ、あっちの方へ出かけることが多くって。それでなくてもお袋はぴりぴりしてたってのに、そのヴァルラムの領地の中でその娘が見つかったもんだから、親父が何を言っても聞かないんだよ。》

維月と維心は、顔を見合わせた。それは…ますます信憑性が高い。

「どうしよう?私、そっちへ行く?」

十六夜は、困ったように言った。

《どうするかな。お前が来て、お袋だけでも落ち着きゃいいが。何しろさ、親父は違うと言ってるのにお袋が聞いてないもんだから、親父の方も怒っちまって。また出て行って、帰ってこねぇんだよ。》

維月は、ため息を付いた。

「困ったわね。お父様、私が呼んだら来てくれるかしら。」

十六夜は頷いたようだった。

《絶対、どこに居ようと来る。お前の声には敏感だからな。とにかく、オレはお袋が出て行かないように見張ってるから、お前はそっちで何とかしろ。頼んだぞ。》

維月は、自信無さげに維心を見上げながら頷いた。

「やってみるけど。」

十六夜との、接続が切れた。気配が月になくなったからだ。維織が、口を押さえてただそこで呆然と座っているのを見た維心が、維月に言った。

「維月。維織は、下がらせた方が良いの。」

維月は、ハッとして頷いた。

「維織。お母様はお祖父様と話があるから、あなたは部屋へ戻っていなさい。」と、大氣を見た。「あなたは、お父様の友人だから。ここに居て。」

維織は、頷いて立ち上がった。

「では、私はこれで。お母様、ではまた改めて婚姻のお話をしに参りまするわ。」

維月は、申し訳なさそうに頷いた。

「ごめんなさいね。大切なことなのに。でも、すぐに何とかするから。」

維織は微笑んで頷くと、大氣と目を合わせて軽く会釈し、そこを一人出て行った。

そして、維月はひとつ息を付くと、決心したように叫んだ。

「お父様!ここへいらして!」

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