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手段

その夜、沈んだまま奥の間へと戻った維心を迎えたのは、まだ起きていた維月だった。もう休んでいるかと思ったからこそ戻ったのだが、維月は維心が戻って来るのを待っていたようだった。維心が寝台へ歩み寄って行くと、維月が頭を下げた。

「お帰りなさいませ。」

維心は、頷いた。

「先に休んでおっても良かったのに。」

維月は、首を振った。

「いいえ。お話したいと思うてお待ちしておりましたの。」維心が黙っていると、維月は続けた。「あの…ヴァルラム様のことで。」

維心は、小さく頷くと、寝台へと入って、維月の隣りに身を起こしたまま座った。

「聞いておったの。十六夜と、話したのか。」

維月は、頷いた。

「はい。それで、維心様にお話せねばと…。」

維心は、維月から目を反らして身を横たえた。

「主らが決めたことに、我が意義を差し挟めると思うてか。主らが決めたようにするが良い。」

維月は、少し驚いたように目を見開いた。

「え、よろしいのですか?」

維心は、そちらを見ずに頷いた。

「…十六夜は、何と?」

維月は、維心の隣りに横になりながら言った。

「はい。ヴァルラム様の所へ、一年でも参った方が良いのではと申しました。」

維心はやはり、と思ったが、震える声を無理に抑えて言った。

「それで…主は…」

維月は、維心の懸念など気付かず答えた。

「私は元より、十六夜と維心様以外のお子を産むつもりはありませぬ。ヴァルラム様のことに同情は致しましても、今更に他へ縁付くなど…それは確かに、慈愛の月であるので、私一人が我慢して済むことならばそうしても良いと思いまするが、維心様をもお苦しめすることになりましょう?そのようなこと、望みませぬから。」

維心は、意外な答えに維月を振り返った。

「それは…主、あちらへ参ろうと決めたのではないのか。」

維月は、首を振った。

「いいえ。此度は十六夜も、そうだな、と言って、父に別の方法を考えてもらおうということになったのですわ。それを申したかったのです。あの、明日にでもその話を父とするために、月の宮へ参りたいと思うておりまする。」

維心は、まだ理解出来ずに維月を見つめたまま言った。

「碧黎と、明日?十六夜が迎えに参るのか。」

維月は、少し眉を寄せた。

「あ、いえ。あの、維心様も共にと思うておったので、お連れ頂こうと…お忙しいでしょうか?」

維心は、首を振った。

「我も?いや、予定は兆加に空けさせようが、その話し合いに、我も参ると?」

維月は、きょとんとして維心を見上げた。

「それは、私は維心様の妃でありまするから。私の身のふりを決められるやもしれぬことに、夫が参らぬのはおかしいのではありませぬか?維心様に言わずに勝手に決めるなど、出来ませぬでしょう。」

維心は、訳が分からないと言った顔の維月を、まじまじと見詰めた。維月は、前世こうではなかった。だが、今生ではこうして我も交えて決めようと言うのか。我に、維月の身のふりの決定権があると。

「維月…我は、主の夫であるか。」

維月は、何を言っているのかしら、と思ったが、眉を寄せながらも言った。

「はい。今更に何を申しておられるの?」

怪訝そうな顔だ。維心は、維月を抱き寄せて言った。

「我は…他の主を望む神と、何ら変わりないと思うて。対であるのは十六夜と主で、我は、結局は後から割り込んだのであるから…。」

維月は、グッと眉を寄せると、怒ったように維心から身を離して維心を見た。

「維心様!前世でも申したはずですわ。後から割り込んだのではありませぬ!私は初めてお見上げした時から、維心様に惹かれておったのだと申したでしょう。それに、今生は共に指輪を握り締めてまで転生して参ったのですわよ?十六夜だって、維心様を特別だと思うからこそ、維心様がお決めになる私のことにも、従っておるのですわ。無理を申せば、それは反論しますけれど。不自然でも、私達は三人この世でも黄泉でも共に居るのですわ。対と申して、確かに十六夜とは月で繋がっておりまするけれど、維心様とは魂で繋がっておるのですから。いくらなんでも、もう分かっていらっしゃるのだと思うておりました。ほんにもう、維心様は。私達がそのように軽い仲だと思うていらっしゃるなんて。」

維月は、まだぶつぶつと文句を言っている。しかし、維心は胸が熱くなって、維月を抱きしめる手に力を入れていた。そうか。我らは魂で繋がっておるか。そうであった…だからこそ、共に転生してここまで参ったのであるものの。同じような生い立ちの男であるからと、維月が簡単に心を許すなどということはないのだな。

「ちょっと、聞いておられまするの?!怒っておりますのよ?維心様?」

維心は、うんうんと頷きながら、全く聞いていなかった。その代わり、維月に口付けて、その夜も深く維月と愛し合ったのだった。


次の日の朝早く、維心と維月を迎えた月の宮では、蒼が出て来ていた。維心は維月を、それは大事そうに抱えていたが、維月もそれは嬉しそうにきゃっきゃと笑って維心の頬に頬を摺り寄せていた。何やら、道中飛びながら、維月が維心にちょっかいを掛けていたようで、維心は困ったように微笑みながらも、それは幸せそうだった。蒼は、こんな姿を見るのは何度目だろうと思いながら、何百年経ってもベタベタと仲が良い二人に、人前でベタベタするなと言うのは諦めていた。後ろから着いて来ていた二人の軍神は、神妙な顔をしているが、恐らく同じ気持ちだろう。

到着口に降り立った維心に歩み寄った蒼は、維心に言った。

「ようこそ、維心様。何やらお話が弾んでいらしたようで。」

維心は、苦笑した。

「ここまで来る道で、我の手が離せぬのを良い事に、こやつが我に構って仕方がなくての。困ったやつよ。」

そう言いながらも、全く困ってはいないことは蒼には分かっていた。維月が、蒼を見た。

「蒼、久しぶりね。あなたは嫌味がうまくなったこと。」

蒼は、維月を睨んだ。

「母さんがいつまで経っても維心様と人前でベタベタするからじゃないか。ほんとにもう、今日の話し合いの内容分かってるの?オレも十六夜から聞いたぐらいしか知らないけどさ。」

維月は、真面目な顔で頷いた。

「ええ。だからよ。」

さらりとそう言って、維心の腕の中へとするりと入ると、微笑み合って共に歩き出した。蒼は、ハッとした。もしかして、維心にとって心の重い結果になるかもしれない。だから、母さんは維心様に少しでも気を楽にしてもらおうと思ってわざとああしているのか。

蒼は、いつも母の手際には関心していた。維月は、本当によく十六夜と維心を知っている。どうしたら二人に心労を掛けずに済むのか、いつも考えて行動しているのだ。維心は、前世からこういう時いつも維月に愛されていないと落ち込んだ。そうではないと、安心させるには、自分から維心にべったりとしているのが一番いいのだと知っているのだ。

維心にも、おそらくそれが分かっているだろう。しかし、二人は何事もないかのように、並んで奥の十六夜と維月の部屋へと向かった。蒼も、急いでそれに続いたのだった。


奥の部屋では、十六夜がもう、碧黎と共に待っていた。そして、維心と維月がぴったり寄り添って歩いて来るのを見て、顔をしかめた。

「だからよお、お前ら何だっていつもそんなにくっついてるんだよ。いつでも一緒に暮らしてんだから、そんな必要ねぇだろうが。歩きづれぇだろうよ。」

維心が、ふんと鼻を鳴らした。

「こちらにはこちらの事情があるのだ。こうして居れば安心なのだから、仕方があるまいが。」

十六夜は、不機嫌に手を出した。

「はいはい。こっちへ来な、維月。」

維月は、苦笑して正面の大きな椅子に座る十六夜の横へと座った。維心は、維月の反対側の隣りに用意された椅子へと腰掛けた。碧黎がそれを見守ってから、フッとため息を付いた。

「十六夜から聞いておったが、確かにの。これでは酷であるか。」

十六夜は、維月の手を握り締めて頷いた。

「だろ?維月も言ってたが、これ以上あっちこっちへ嫁に行くとか無理だとさ。」

維心が、それを聞いて身を固くした。維月が、それを感じてそっと反対側の手で維心の手を握りしめると、言った。

「お父様、これではきりがありませぬの。これから先、月の私を望む神が現れて、そのたびに私がそちらへ嫁いでおったら、何人の神を相手にせねばならぬのか。確かにヴァルラム様は良い神で、お幸せになって欲しいと望みまするが、その相手が私であってはならぬと思うのです。」

碧黎は、渋々ながら頷いた。

「主が言うは最もなことぞ。あれの力を甘く見て、完全に記憶を消してしわなんだ我の責でもあるしな。いくら維心と同じような境遇とはいえ、主はあれを愛しておるまい。そんなことを強要する気にもなれぬ。」

十六夜が頷いて維月の肩を抱いた。

「維月の心はオレ達二人で満員だ。これ以上は無理。ヴァルラムが本当に幸せになりてぇなら、自分を愛してくれる女がいいんじゃねぇのか?体だけ側に居てもよ…オレならそんなのは嫌だな。心があれば、側に居なくてもいいけどさ。」

碧黎は、じっと維心を見た。維心は、その目を見返している。維月は、この維心を愛して側に居たいと望んだ。もちろん十六夜のこともそうだった。しかし、他は望まなかった。相手の求めに応じるだけなのだ。今生、大切に育てた娘を、あっちこっちへ望みもしないのにやるのはいくら碧黎でも、したくはなかった。

「維月が望まぬのなら、我はあちらへ維月をやろうとは思わぬよ。維織にしても然り。主らの感覚、我も未だよく分からぬ所があるが、分かって参った。では…とにかく、ヴァルラムの中の維心としての記憶、綺麗に消すことから始めるかの。それから、維月よ。維月のことも、思わぬようにと考えねばならぬ。」

維月と十六夜は顔を見合わせた。

「…そんなことが出来るのか?」

碧黎は、首をかしげた。

「記憶を操作すればなんなりと出来るがの。我に出来ぬことなどない。しかし、我とてしていいこととしてはならぬことぐらいは分かるからの。」

「縁をどうにかすればいいではないか。」

違う声が窓際から飛んだのに、十六夜と維月と維心、それに黙っていた蒼は驚いてそちらを見た。碧黎だけが、面倒そうにそちらを見て言った。

「なんだ、主居ったのか。」

それは、空色の瞳に白いような青い髪の、大気の化身、大氣(だいき)だった。しばらく見なかったのに…。蒼は、その姿を珍しく見た。

「しばらく見ておるだけにしておったのだ。我には縁者も居らぬし、主のようにあっちこっち世話をして回る必要もないからの。だが、面白うなって参ったかと思うて。」

碧黎は、手を振った。

「ああ、主が来るとややこしゅうなる。収まるものも収まらぬようになるわ。」

大氣は、それでも入って来て碧黎の横へ座った。

「我の意見も聞くが良いぞ、碧黎。我らが振り回された、あの縁というもの。維月とヴァルラムに繋がっておるからややこしくなるのだ。切ってしまえば良いのよ。」

碧黎は、片眉を上げた。そういえば、そうだ。あの事件以降、かなりの太さで維月とヴァルラムの縁が繋がっているのは、見ようと思えば見える。あれを切れば、確かに良いかも。

「こやつの言うことを聞くのはシャクだが、確かに一理ある。その縁、切るか。」

十六夜が、しかし眉を寄せた。

「だが、切ったところでまた繋がるんじゃねぇのか。」

大氣が、首を振った。

「会わねば良いのよ。これらが出会う前、二人にあのような縁は繋がっておらなんだからの。気が付いたら繋がっておって。」と、碧黎を見た。「切った後、適当な縁を繋いだらどうか。さすれば相手は自然決まろうが。」

十六夜は、それにも首を振った。

「維心のことを忘れたか。記憶を無くしたこいつと維月の縁を再構築しようと必死に皆で繋いだのに、こいつはすぐに無意識にそれを断ち切っちまった。婚姻を拒絶するような気持ちがあるヤツには、どんな縁を繋ごうとしても無理なんでぇ。自然に繋がってもらわねぇとな。」

碧黎は、うーむと考え込んだ。

「よし。とにかくはまず、あれの中の維心の記憶を綺麗さっぱり消す。然る後にあれと維月に繋がっておる縁を切る。さすれば、あの時の維心のように綺麗に忘れてしまわずとも、普通なら自然に忘れて薄れて行くもの。そして、思い出になって参るもの。それで、以前の状態へと戻ろう。相手のことに関しては、また考えて参ろうぞ。」

十六夜と維月は、顔を見合わせた。そして頷くと、維心を見た。

「維心、とにかくはこんな感じでどうだ?オレ達は、いいと思うんだが。」

維月も、維心の手を握ったまま言った。

「これで、ヴァルラム様もおつらくなくなりまするし。お相手のことは、維心様なら神世にお詳しいから、臣下にでも探させるなりして。」

維心は、面食らった。前世いつなり勝手に決めて、結果しか我に言わなんだのに。

「ああ…我は、維月が他へ行かぬというのなら、何でも良いのだ。相手を探すと申すなら、力を貸す。」

維月と十六夜は、また頷き合った。そして、碧黎を見た。

「親父、じゃあそれで頼む。今度はしくじるなよ。きれいさっぱり消しちまってくれ。」

それには、大氣が笑って答えた。

「ああ、此度は我が力を貸すゆえ。こういうことは、我の方が長けておるのだ。神は地から気を吸収するが、口からは大気を吸収しておるのだぞ?気は意識して補充するのに比べ、呼吸は無意識ぞ。我は、そういう無意識下へ働きかけるのに長けておる。碧黎も、少しは我に頼ればよいものを。」

碧黎は、フンと立ち上がると、窓際へと歩いた。

「そんな気まぐれな主に頼る?いつなり己の良い時にしか出て来ぬくせに。」

大氣は慌ててそれを追った。

「主とて同じだったではないか。こら碧黎?主は友をなんだと思うておるのだ!」

「誰が友ぞ!」

碧黎が、言い返しているのが聞こえる。

そうして、二人は飛び立って行き、すぐに見えなくなったのだった。

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