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夜が明けるのを感じる。

維心は、寝台の上であるのを感じていた。しかし、それがドラゴン城であるのか、龍の宮であるのか、判断が付かなかった…目を開けるのが怖い。あれが、夢であったならどうしたらいいのだ。やはり我は、ドラゴン城で、ヴァルラムの姿のままで、そして、やはり独り幸福な記憶を抱えたまま大陸を統治しなければならないのなら…。

「…維心様。」

愛おしい声。維月だ。

「維心様…夜が明けまするわ。お目を開いてくださいませ。」

維心は、思い切って目を開けた。すると、維月が隣りから半身を起こして維心を覗き込み、微笑んでいた。

「ああ、よかったこと。父は、うまく入れ替えたと申しておりました。あちらはこれから夜が明けるそうでございまする。」

維心は、涙ぐんだ。ああ維月…主が側に居るのか。

「…維月…。」

維月は、慌てて維心を抱きしめた。

「まあ維心様!そのような…ああ、安心なさったのでありまするわね。もう、大丈夫ですわ。もう、父にもこのようなことはしないでと申しましたから。維心様…もう大丈夫ですから。」

維月は、維心を抱きしめて何度も言っては頭を撫でた。維心は、自分の左手に指輪があるのを確認し、維月の胸に顔をうずめて維月を抱きしめた。

「維月…維月…ああ、我は主なしでは生きては行けぬ。もう、己が地の王である責務を忘れたりせぬゆえ。このようなこと、二度とない様に…。」

維月は、肩を震わせる維心を抱きしめながら、頷いた。

「はい、維心様。ずっと共にと誓いましたでしょう。これからも共でありまするから。愛しておりますわ。安心なさって。」

維心は、何度も頷いた。

「ああ維月…我が妃。我の宝よ…。」

「維心様…。」

維月が、唇を寄せて来る。維心はそれを受けて、いつまでも維月を抱きしめて離さなかった。

間違いなく、自分は龍王、維心なのだ…。

己の気と姿を確認し、維心は安堵していた。


ヴァルラムは、自分の寝台で目を覚ました。毎日見慣れた風景…なのに、いつもと違うような気がした。何かが、足りない。そう感じた。

起き上がると、侍女達がいつものように服を持って入って来て、それを置いて出て行く。ヴァルラムは、それに腕を通した。自分は、いつもこうして着替えていたはずだった。なのに、誰かに着替えさせられていたような気がする…あれは、誰だったか。我が着替えを手伝われたのは、父母がまた存命であった幼い頃のこと。そのような記憶ではないはずなのに。

はっきりしない頭で、着替え終わって居間へと出ると、アキムが恐る恐る入って来て頭を下げた。いつも、それなりに恐れられてはいたが、今まで以上にびくびくしているように見える。ヴァルラムは、眼光を鋭くして言った。

『なんぞ?何か問題でも起こしたか。』

アキムは、とんでもないという風に手を振って頭を下げた。

『そのような。城は何の問題もなく、本日も回ってまりまする。レムが、報告に戻っておりまする。』

ヴァルラムは、頷いた。

『これへ。』

すると、すぐに待っていただろうレムが居間へと入って来た。

『王。イリダルは、維心様に人としての生を与えられておったのですが、昨夜無事に人の住む集落の近くまで送り届けて参りました。』

ヴァルラムは、頷いた。

『そうか。あれは人として生きることを選んだのであったな。あの最北の地では、人も生きるのがつらかろうに。まだ残っておったか。』

レムは、頷いた。

『は。かなり小さな集落ではありましたが、人はまだ残っておりまする。なので、そこへ入るようにと。』

ヴァルラムは、考え込むような顔をした。

『我が管理すると言うて、我もそう暇ではない。なので、元々あの地をよく知る、イリダルの臣下の中から責任者を選んで、人を世話させるが良い。イリダルも知識を持っておるからそれなりにやりおるであろうが、天候気候はどうしようもないゆえな。目に余るような天候の時は、手を差し伸べてやるように申せ。』

レムは、頭を下げた。

『は!では早速に責任者を選んで、遂行させまする。』

そんなレムとヴァルラムのやり取りを聞いていたアキムが、不思議そうにヴァルラムを見た。ヴァルラムは、眉を寄せた。

『なんぞ?主はさっきから。我がどうかしたか。』

アキムは、慌てて頭を下げた。

『いえ…王、何か思い出されたのでしょうか。あの、昨日までの王は、何か感じが変わられたような…その、以前の王と、同じ感じを受けまする。』

ヴァルラムは、アキムの言葉に表情を固くした。思い出す…?我は何か、忘れておったのか。

『何のことぞ。我が、何かを忘れておったと?』

アキムとレムは、顔を見合わせた。レムが、思い切ったように言った。

『あの、王は、ここ数ヶ月以前のことが思い出せぬと言うておられました。なので、我ら一々王にこれまでのことをお話したりしながら、王がご政務をされるのをお手伝いしておりましてございます。』

アキムは、恐る恐る頷いた。

『それゆえか、感じも大変に険しくおなりで。昨夜も、サイラス様がお越しになられたのに、すぐに追い返しておしまいになられて…サイラス様も、戸惑っておられた。』

ヴァルラムは、驚いた顔をした。サイラスが昨夜来たと?

『…覚えがない。』

と、頭の中を探った。だが、昨日のことが思い出せない。それどころか、ここ数ヶ月のことがすっかり抜け落ちているかのようだった。はっきりしているのは、あの、イリダルの城が堕ちて自分が黄泉から戻り、この城へ戻った時ぐらい…。そこからの、記憶がはっきりしない。

レムが、気遣わしげにヴァルラムを見上げた。

『王、お疲れであったので…。それに、黄泉から戻られて何やら記憶の混乱が生じておったご様子。では、王は元に戻られたのでありまするから。そのように、案じてはまた混乱なさるかもしれませぬ。』

アキムも、慌てて頷いた。

『はい。王が戻られ、我ら安堵致したところ。どうか、ご無理はなさらぬように。』

ヴァルラムは頷いたが、合点が行かなかった。黄泉へ行って、記憶が混乱したのか?しかし、記憶を失っておった時の記憶がなくなるとは、どうしたら良いのだ。本当に、何も覚えておらぬのだろうか。この、霞が掛かったような感じは、もしかして忘れておるからなのか。

ヴァルラムは、手を振って二人を居間から出しながら、まだ考え込んでいた。我は何かを忘れている。しかし、それを思い出したくでたまらないのはなぜなのだ。どんな記憶を、我はなくしてしまっておるというのだ…。


月の宮では、十六夜が維織を前に、碧黎と陽蘭に食って掛かっているところだった。維織は、生まれて15年ほど。体は人のような感じで育っているので、中学生ぐらいに見えていて、二年違いで生まれている維心の息子の維明より年上に見えた。生まれた時から姿は十六夜にそっくりで、しかし髪は濃い茶で、目は赤みがかった茶色だった。これは、本来の維月の色だった。なので、二人に似ているのだが、とにかく顔立ちは十六夜だった。

「あのなあ親父。維織はまだ子供じゃねぇか!見ろ、中学生の時の維月みたいだ。」と、維織の頭を撫でた。「なのになんだって、こいつをヴァルラムのとこへ嫁にやるってんだよ!こいつは維月に似てねぇ、オレそっくりじゃねぇか!」

碧黎は、手を振った。

「嫁にやると。いや違う。こやつにあやつの子を産ませようと言うただけではないか。産んだら帰って来たら良いのよ。」と、同じように維織の頭を撫でた。「我のかわいい孫であるから、子など簡単に産めるしの。こやつの気は、月であるから。維月のように相手に合わせて変化することが出来る。ヴァルラムは、間違いなく維織であるなら子を成そうぞ。根本は維月と同じなのだからの。」

維織が、口を挟んだ。

「お父様は、私を子ども扱いしすぎるのよ。私だって、子供ぐらい産めると思うわ。姿なんてどうにでもなるってお祖父様が言っていたし、もっと成長した姿に変えて行けばいいんだもの。だって、エネルギー体のお父様とお母様の間に生まれたのよ?私もそうじゃない。」と、碧黎を見上げた。「お祖父様から、そのヴァルラム様のことをお伺いしたわ。とても孤独でいらっしゃったんでしょう。私で癒してあげれるのなら、行って来てもいいかなって。」

十六夜は、その考え方と物言いに、まだ記憶が戻らない時、一緒に育った維月を思い出した。全く同じ…維月もこんな感じだった。

十六夜は、首を振って維織を見た。

「維織、お前ってまだ誰かを好きなったことなんてないだろう。だから、わからねぇんだよ。維月もそうだった。お祖父様は、そういうことに疎いからわからねぇが、お前だって恋なんかして、相手の男がそんな、他の男の子を産んだ女だったらもらえないって男だったらどうするんでぇ?その時後悔しても、遅いんだぞ。」

維織は、困ったような顔をした。

「でもお父様、そんな風にこだわるようなかたなら、私きっと好きにならないわよ。そんなに過去のことにこだわるような神、嫌いだもの。」

十六夜は、後悔した。親父もお袋も、娘を育てるには向いていない。維月を見て、分かってたはずなのに。あいつも、前世の記憶を戻したからよかったが、あれがないとこんな感じで普通の神の倫理観というものが、まったく欠如してしまうのだ。忙しいからって、育って来てからはおふくろと親父に子育て任せてたからなあ…。

「よし!」と、十六夜は、維織を抱き上げた。碧黎と陽蘭がびっくりしていると、言った。「維織、お母様と話すんだ。女同士で話すのが一番なんでぇ。」

維織は、ぱあっと明るい顔をした。

「まあ、お母様に?!今すぐ行きましょう、お父様!」

維織は、やはり母親が好きだった。離れていてあまり会えないのも、会いたがる原因の一つであるだろうが、維月は何しろ、子育てのプロなのだ。維月の言うことなら、大概は皆聞く。

十六夜は、頷いて窓へ向かった。

「じゃあな、親父。ちょっと行ってくらあ。」

碧黎は、呆れたように手を振った。

「ああ、わかったわかった。主の好きなようにするが良いわ。」

そうして、十六夜は維織と共に、龍の宮へと向かったのだった。

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