表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/70

違う生

維心は、維月を腕に龍の宮へと戻って来た。

維月は、皆に迎えられた時には笑顔を見せていたものの、奥宮の居間へと戻った時には、また曇った表情をしていた。維心は、そんな維月の顔を上げさせて言った。

「維月?どうしたのだ、やっと戻って参ったのだぞ?そのように浮かぬ顔をするでない。」

維月は、維心を見上げた。

「はい…。」

しかし、維月はヴァルラムもことも、十六夜のことも気になっていた。十六夜は、助けに来てもらって、それから落ち着いて話をしていない。ヴァルラムも、やっと黄泉から呼び戻して、そして城へと戻ったのにゆっくりお礼も言えないまま、こうして戻って来てしまった。維心のこの様子だと、しばらくは月の宮へも里帰り出来そうにないし、ヴァルラムと話すことなどもっての外だった。力を失って、戻っていた父と母が戻って来ているのも感じる。父と母にも、今回のことを自分で話しておきたかった。だが、きっと維心のこの状態では、それすら出来ないだろう。

維心は、維月を見つめながら言った。

「何を憂いるのだ。憂さなど晴らしてやろうぞ。言うてみよ。」

維月は、ほっとため息を付いた。言っても無駄だと思ったが、言ってみた。

「月の宮へ、戻りとうございます。十六夜とも、父と母とも今回のことを深く話しておきたいと思うておりまするので。」

思った通り、維心はグッと眉を寄せた。

「…ならぬ。やっと戻ったばかりだというのに、我の側を離れるなど。」

やっぱり。

維月は思って、袖で口元を押さえて横を向いた。分かっていたから、言わなかったのに。

維心は、そんな維月を抱き寄せて言った。

「いくらでも時はあろうぞ。落ち着いてから戻れば良いではないか。それより、主が言うておった風呂が出来たのだから。共に参ろうぞ。」

とてもそんな気持ちではなかったが、維心は戦いで外出した後など特に気が荒くなった。なので、今は駄目だろうと思って、維月は頷いた。


「はい、維心様。」

しかし、暗い表情の維月に、維心は機嫌を直させようと話し掛けながら、共に湯殿へと歩いて行ったのだった。


次の日の朝、維心は夜明けに目覚めていつもように、横に居るはずの維月を腕で探った。

しかし、維月の気配がない。いつも、こんなに早く起きることなど無い維月が…まさか、自分に隠れて勝手に月の宮へ戻ったのでは。

維心が目を開けると、見覚えの無い天蓋の天井が見えた。なんだ、ここは…。自分は、昨夜いつもと同じように奥の間で休んだのではなかったか。

なぜか気だるい体で起き上がると、回りの様子に、維心は目を見開いた。全てが、違う。落ち着いた装飾であるのは自分の宮と変わらないが、ここは作りが違う。寝台も何もかも、洋風…そう、洋風なのだ。まるで、ヴァルラムの城の中のよう。

寝ている間に、何かあって運ばれたのか?

維心が状況を把握出来ずにとにかく起き上がると、服が違う。着物ではなく、洋服の、白い柔らかい生地の、丈の長いブラウスのようなものを着てそれだけで寝ていた。維心はふらついて、ベッドの脇のテーブルに手を付いて立ち上がると、聞いたことのある声が言った。

『王。お目覚めでございまするか?』

維心は、そちらを見た。ロシア語…。

顔を上げると、そこにはヴァルラムの重臣筆頭のアキムが立っていた。維心は、やはり知らぬ間にここへつれられて来たのかと眉を寄せた。何をたくらんでいる。

『どうやった。我に気取られずにこんな所まで連れて参るとは…維月はどこだ?』

アキムは、戸惑った顔をした。

『王?何をおっしゃっておいででございまするか?王は昨夜、いつもと同じようにご自分のお部屋でお休みになって、そしてただ今でございます。維月様とは、あの龍王妃であられましょう。昨日、龍王がお連れになったではありませぬか。』

維心は、イラッとしてアキムをにらみつけた。

『何を言うておる!我を謀ろうとて…』

言いかけて、維心はその声がいつもと違うことに気が付いた。そして、側にある壁の装飾に組み込まれてある鏡が目に付いて…固まった。

『王?』アキムはどこまでも案じているように維心を見た。『お疲れでありましょう。本日は休まれて、レムからの報告だけを待っておられては…。』

維心に、その言葉が届くことはなかった。鏡に映る自分…それは、間違いなくヴァルラムの姿だったからだ。維心はただただその姿に気を取られ、固まっていた。どうなっている…なぜ、こんな姿に。

維心は、自分の頬に触れた。同じように、鏡の中のヴァルラムも頬に触れる。こちらを見ているその瞳は金色で、髪は濃いブルーグレイだった。

アキムは、あまりにも呆然と長い間立ち尽くしたままである維心に、そっと歩み寄った。

『王、本日は我らにお任せを。あのような膜に篭められ、その上お命を落としかけたのですから。何かあれば、あちらのレムが報告して参りまする。ゆっくり回復なさってからで良いと思いまする。』

維心は、ヴァルラムの姿で振り返った。

『アキム、我は主らの王ではない。』アキムが、驚いた顔をしている。維心は続けた。『我は龍王ぞ。なぜにこんなことになっておるのか分からぬが、我の体がこのようなことに。恐らく何かがあって、入れ替わったのか何かあったのではないか。調べるように申せ!今頃、龍の宮で我の体にヴァルラムが入っておるのではないのか。』

アキムは、困ったようにヴァルラム=維心を見た。

『そのような…王のお気は、間違いなくそのままでありまする。龍王様と、しかもあれほどに遠く離れておりまするものを。他の王ではなく、どうして龍王様と入れ替わるなどあるのでしょうか。夢でもご覧になったのでは…?』

ヴァルラム=維心は大きくかぶりを振った。

『夢などではない!アキム、調べるのだ。あちらへ問い合わせよ。早よう!』

アキムは、ためらいながらも、頭を下げた。

『は、はい!では、御前失礼致します。』

アキムは出て行った。すると、すぐに侍女達が来て、着替えを置くと、頭を下げて出て行く。ヴァルラムは、自分で着替える王だったのだろう。

維心は、その服を見て、とにかく着替えておこうと慣れないながらズボンに足を通した。何が起こっているのだ…確かに、体型も同じぐらいだった。気も大きさは違えど似てはいた。だが、突然に何の前触れもなく入れ替わるなどあり得るのだろうか。どうして、自分はこんな所へ来てしまったのだ。そして、維月はどこに居る。まさか、我の抜け殻を抱いて案じておるのか。それとも、誰か他の者が我の体を操っていて、維月はそれも知らずにそれが我だと思って過ごしているのか。

考えると、居ても立っても居られなかった。宮へ…宮へ帰らなければ…。


しばらくして、気が高くなった頃にやっとアキムが連れて来たのは治癒のドラゴン達だった。ヴァルラム=維心は首を振った。

『なぜにそのような。我は疲れてなどおらぬ。』

アキムとその治癒のドラゴンは、困ったように顔を見合わせた。

『王、しかし龍王様と入れ替わったなどと…我も今王のお体をお調べ致しましたが、間違いなく王の気。他のものが混ざっておる感じもございませぬ。』

アキムも、ヴァルラム=維心に言った。

『龍の宮へ、急ぎ遣いをやりまして、あちらの様子を洪殿に伝えていただきました。龍王様は、いつもとお変わりなく夜明けには起き出されてご政務に向かっておられるとか。何もかもが滞りなく、宮は穏やかに過ぎて居るとのことでございます。』

ヴァルラム=維心は愕然とした…どういうことだ。なぜ、そんなことが起こっているのだ。我の体に、いったい誰が入っている?まさか、ヴァルラムか。ヴァルラムが、維月を手に入れようと我らの体を入れ替えたのか。

『そんなはずはない!』と、ヴァルラム=維心は空を見上げた。『月…そうよ、十六夜が居る。十六夜に証明させようぞ。あれなら、分かるはずぞ。我は、維心。ヴァルラムではない。まさかヴァルラムが、我の体をのっとったのでは…。』

ヴァルラム=維心が窓に歩み寄って窓を開ける間、アキムと治癒のドラゴンは、顔を見合わせた。王…どうなさったのだ。あれほどに落ち着いた王が。このように取り乱すなど…。

ヴァルラム=維心は、そんなことには気付かず空に向かって叫んだ。日本語だ。

「十六夜!十六夜聞こえたらここへ来い!頼みがあるのだ!」

月があるだろう場所辺りが、きらりと光った。維心は、ホッとした…十六夜すら、自分の声を聞いてくれなくなったならどうしようもないと思ったからだ。

十六夜は、光から見る見る人型になってヴァルラム=維心の前に浮いた。そして、言った。

「なんだ、ヴァルラム。お前、もっと謙虚な感じでオレ、好感持ってたのによ。生き方ばかりか話し方まで維心に似てるぞ。変なところは模倣しなくていいんだよ。」

ヴァルラム=維心は首を振った。

「違うのだ。十六夜、我は維心よ。昨夜寝ておるうちに、こうしてヴァルラムの体に変わっておった。どうなったのか皆目分からぬが、こやつらは我の頭がおかしくなったと思うておるようだし、どうしようもない。主になら、分かるであろう。何とかできぬのか。」

十六夜は、じっとヴァルラム=維心を見ていたが、フッと息を付いた。

「…すまないが、オレに分かるのはお前がヴァルラムだってことだけだ。維心の気なんて感じねぇぞ?今朝、あっちで維月と話して来たんだが、別段変わってこともなかった。維心も穏やかで落ち着いてたしな。お前、どうしちまったんだ?長く膜へ篭められた上、黄泉にまで行った後遺症か?」と、背後のアキムと治癒のドラゴンを見た。「とにかく、ちょっと休むこったな。もしかして記憶の混乱が起こってるのかもしれねぇ。何しろ、黄泉ってのは訳の分からない場所な。転生するときなんて、綺麗に浄化して記憶を消しちまうほどだ。何かあってもおかしくはねぇし。」

アキムが、それは心配そうに十六夜を見た。

「それは、十六夜様、元に戻ることはあるのでしょうか。」

十六夜は首をかしげた。

「わからねぇな。一度親父に聞いてみるよ。こんな症状っての、オレは見たこともねぇし。とにかく、頭がおかしくなったんではないと思うぞ。本人はそういう記憶の元に話してるんだろうしよ。」

ヴァルラム=維心は首を振った。

「違う!本当に、我は維心なのだ。昨夜の様子まで、はっきり覚えておるのだぞ?入れ替わったとしか、思えぬではないか!」

十六夜は、ヴァルラム=維心を見た。

「わかったわかった。お前の中では維心なんだろう。だが、お前はヴァルラムなんだよ。維心の記憶でも、政務は出来るだろうが。記憶の混乱が直るまで、ヴァルラムを演じるんだ。そのうちに、自分がヴァルラムだった記憶も戻って来るだろう。」

ヴァルラム=維心は首を振った。

「そのような!我は…、」

十六夜は手を振って踵を返した。

「じゃあな、アキム。なんか困ったことがあったら言いな。ヴァルラムの症状の、改善の仕方を親父に聞いてくるから。」

アキムは、重々しく頷いた。

「よろしくお願い致しまする、十六夜様。」

飛び立とうとする十六夜に、ヴァルラム=維心は慌てて駆け寄った。

「十六夜!」

しかし、十六夜は光に戻って空へと打ち上がって行った。ヴァルラム=維心はそれを見上げて絶望的な気持ちになった…我は、維心ではないのか。記憶が混乱しておるだけだと申すか。この気…確かに我の気ではない。だが、間違いなく我は維心なのに。ヴァルラムとして、ここで生きよと申すのか…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ