王へ
維心が帰還して数日、十六夜が、維心の居間で遠慮の欠片もない様で維月の隣りに座って言った。こちらでは蒼が少し離れて座っていた。
「ふーん、つまりは皆、友好的だったってことか。」
維心は頷きながらも、維月の手を引いて自分の方へ寄せながら答えた。
「そうだ。」と、維月の肩を抱いた。「あのな、ここは我の宮なのだから、そんなにくっつくでない。」
十六夜は、呆れたように手を振った。
「はいはい、お前ってほんとに進化のないヤツだな。ま、いいけどよ。」と、維心を見た。「じゃ、別に脅威ではないんだな?」
維心は、眉を寄せた。そしてしばらく黙ると、言った。
「…いや。我は逆におかしいと思うておる。」
十六夜は眉を上げた。
「え?だが、お前がたった十人ぐらいの軍神しか連れてないのに、相手は何も仕掛けて来なかったんだろう?」
維心は、十六夜を鋭い目で見た。
「主こそ進歩がないの。何でもそのままを信じるその素直さを直さねば王にはなれぬぞ。」と、小さく息を付いた。「恐らくは、様子を見ておるの。我のことを知っておったというのは真実ぞ。あれらは我を見て、名乗らなんでもすぐに通したしの。気は、碧黎が言うた通り我より強いものはおらなんだ。つまりは、我の方が力が強い。なのであちらの王も、すぐには何も仕掛けてこなんだのだ。誰が何を考えて居るのかは、全く交流がなかったゆえ我にも分からぬが、それは後々に知っていくよりないと思うておる。個人個人の性質など、こちらでは我は赤子の頃から知っておる王ばかりであるのに対し、あちらでは全く知らぬのだ。誰の言葉も鵜呑みにしてはならぬ。言葉と行動で己で判断するよりないの。」
蒼も、それを黙って聞いている。十六夜も、大げさに息を付いて椅子に背を預けた。
「…加えて、オレ達は一度死んでるからな。前世のお前は1800歳だったが、今生ではまだ200歳過ぎたばかりだ。いくら力が強くても、若造だと思われてるかもしれねぇし。」
維心は頷いた。
「その通りよ。我が転生したことは、しかしこちらでも皆が知っておることであるし、あちらでも知っておる神も居った。なので、相手にされなんだことはない。」維心は、ふーっと息を付いた。「炎嘉はまだか。あやつとどうしても話さねばならぬ。我は、何をいうてもやはり炎嘉がおってこそ前世で神世を平定できたのだ。あれが交流することや、神同士の関係などを把握することに長けておったゆえ。此度も炎嘉を連れて参っておったら良かったと、何度思うたことか。」
維心が苛々と入り口の方を見ると、何の前触れもなく突然にその戸が開いた。十六夜も維月もびっくりした。
「維心、居るか!」
開口一番、炎嘉は言った。維心は眉を寄せた。
「だから主は今我の臣下だというのに!相変わらず遠慮も何もないの。」
炎嘉はふんと鼻を鳴らした。
「何を言おうと維心は維心ぞ。で、何の用ぞ。いきなり呼びつけおって。我とて暇ではない。」
維心は、ため息をついて側の椅子を手で示した。炎嘉は甲冑が擦れる音を抑えようともせずに騒がしくそこへ座ると、維心を見た。
「どうせ、あちらの神のことであろうが。」
維心は、炎嘉を見た。
「知っておるなら話は早いであろう。主の考えを聞きたいと思うての。」
炎嘉は、手を振った。
「あのな維心、我はもう王ではない。なので我の発言権はない。いや待て。」維心が口を開いたので、炎嘉が制した。「主に対してのことではない。あちらに対してのことぞ。分からぬか?王というのは王の話しか聞かぬ。我がうまく立ち回れたのは、主の次に力を持った、王であったからだ。他の神は、我にも太刀打ち出来なんだ。なので、なだめたり賺したりして本音を引き出したりしておったわけぞ。しかし、今は一介の軍神でしかない。無理ぞ。」
維心は、じっと炎嘉を見た。確かに、王は王の話しか聞かない。それが王としてのプライドなのだ。一介の軍神の話など、意にも介さない…。
「…では、どうせよと申す。」
炎嘉は、ため息をついた。
「そうよな、蒼にでも同じ役割をさせてはどうか。我は入れ知恵することは出来るぞ。」
それを聞いた蒼は、仰天した。炎嘉様の代わり?!無理無理!
「ちょ、ちょっと待ってください炎嘉様。オレには到底無理だ。炎嘉様は饒舌だけど、オレは人の頃から口下手だし、神の話し方だって慣れてないし…。」
いつの間にかまた維月にくっついて座っている十六夜も言った。
「そうだ、無理だぞ炎嘉。蒼は自慢じゃねぇが何でも顔に出ちまうんだから。小さい時から維月に嘘ついてバレなかったことはねぇ。何を言っても平気な顔をしてるお前の代わりなんて絶対無理だ!」
炎嘉は、十六夜を見て複雑な顔をした。
「別に我だって好きでこうなった訳ではないがの。確かに己を偽ることなど、雑作もないわ。しかし環境が整わねば我とて無理なのだ。神の王であるぞ?我は長くあれらと付き合って来たゆえ、どれだけ面倒な奴らが知っておるからの。」
維心は、ふっと息を付いた。
「炎嘉の申しておることは理にかなっておる。しかしなぜに此度は龍に生まれたか、炎嘉。鳥のままであったなら、王として返り咲いても良かったものを。そう、別に他の神で良いわ。主ならその神の中の王で務まった。龍であるからややこしいのだ。」
炎嘉は肩をすくめた。
「転生の時、そこまで考えてはおらなんだしの。龍の身にも慣れたし、ま、我は何でもいい。」
維心はぐっと眉根を寄せた。
「なぜにそれほどに落ち着いておるのだ、炎嘉。事は大きなことぞ。あちらの神の王は、一人一人の治めている領地が広く、人数はこちらと同じぐらいぞ。こちらがこれほど小さな島に300の王が居るのに対し、あちらはあの大陸に400居るかというほど。一人に対する気の割り当てが絶対的に多く、豊かだ。戦などになれば、あちらが有利ぞ。気が多いのだからの。」
炎嘉は維心を見た。
「…で、そんな大陸がこちらのこんな小さな土地を欲しがるようなことがあると思うた理由は何ぞ?」
蒼は驚いて維心を見た。維心は険しい顔をしている。十六夜が言った。
「維心…問題ないんじゃなかったのか?」
維心は、十六夜を見た。
「だから表面上はと申したの。」と、炎嘉を見た。「あちらの気より、こちらの気の方が濃い。碧黎が居るせいか、我にも分からぬ。しかし澄んでいて、純粋な気であるのがこちら、あちらは雑な感じがする気であった。なので我も、遠く龍の宮から結界を通して気を補充した。あちらの気では、感覚が鈍る気がしての。しかも大量に要るのだ。補充に手間が掛かって面倒だと思うた。なので、あの大陸にあの数の神なのかと納得した。」
炎嘉は、珍しく真面目な顔で頷いた。
「そうか。ならばあまり時はないの。」と、フッと息を付いた。「戦にならぬようにするには、あちらの力があって思慮深い神と繋がって置かねばならぬ。主一人で、確かに粗方片付けてしまえるであろうが、神世に大量殺戮でまた名を残したくはないであろう、維心。」
維心は、炎嘉を見た。
「またとは何ぞ。確かに気持ちのいいものではないゆえ、したくはないの。」と、考え込む顔をした。「それにしても、今まであちらに知られずに来て問題なかったものを、なぜに碧黎はあちらまで治めよと申すのか。」
炎嘉は、同じように考え込むような顔をした。
「確かに…知らぬのだから、知らせる必要もなかったであろうにな。面倒が増えるだけだ。」
蒼が、おずおずと言った。
「でも…あちらから、レイティアが来たでしょう?」維心と炎嘉が、蒼を見た。蒼は続けた。「ほら、ディークも。それで、こちらのこともあちらに知れることになったから…。」
維心は、頷いた。
「そうであるな。ディークの臣下達も、皇子がここで誕生してレイティアがしばらくここに滞在しておったゆえ、ここへ皇子を見に来ておったからの。こちらの気のことは、あれらも悪気なく向こうで話しておるであろうし、ならば他の王達も知っておって然りぞ。」
炎嘉は、頷いた。
「碧黎はそれを見越して主に先にあちらへ参れと申したのであるな。相変わらず、先見だけはしておることよ。どこまで見えておるのか、知りたいものよな。」
それまで黙っていた維月が言った。
「まあ、お父様にも、分からないのだと言うておりましたわ。」維心と炎嘉は、今度は維月を見た。十六夜が、横にぴったりついている。「神も人もままならぬとおっしゃっておりました。こうだと思っても、違う方向へ動くことはしょちゅうなのだと。なので、全ては神が決めておるのでありまする。お父様が見て、その通りに行くことなど少ないと聞きましてございます。」
横の十六夜が、維月を見て言った。
「そうだな。親父だって余計なことは出来ないし、見ていて歯がゆいと言ってたっけ。だが、待つにはもう慣れたとも言っていたじゃねぇか。きっと何か見えていても、教えてはくれねぇだろうなあ。」
維月と十六夜は、碧黎を思っているのか見詰め合って微笑み合った。それを見た維心と炎嘉が、同時にぐっと眉を寄せた。
「こら、またいつの間に維月の側に!」維心は、維月を引っ張った。「我が宮では我の妃。ならぬというのに!」
炎嘉も言った。
「ほんにもう、転生しようとなんだろうとこの苛立たしさは変わらぬの。主らが維月にべったりを見ておると腹が立つわ。それどころではない事態なのだと知っておっても。」
維月は、申し訳なさげに炎嘉を見た。
「あの、本当に場所柄もわきまえず申し訳ありませんわ。世のことを話しておりまするのに。」
炎嘉は維月には微笑みかけた。
「おお、主は良いのだ。主が悪いのではないぞ。こんな時に妃を取り合っておる奴らが場所柄をわきまえておらぬのだ。我だって維月とゆっくり話したいのにの、二人きりで。」
維心が維月を抱き締めて自分の袖の中へ隠した。
「ならぬ!それより、我は命ずるぞ、炎嘉。」蒼も十六夜も、また何を言うのだろうと構えた。維月が絡むと、維心は私情でとんでもないことを言うからだ。しかし、維心は落ち着いた口調で言った。「…主を、我が独立させる南の砦の自治区の王に任命する。」
皆が、絶句した。維月のゴタゴタとは全く違うことが維心の口から出たからだ。炎嘉は、呆然と維心を見た。
「主…あれを分離するのか。」
維心は頷いた。
「元より要らぬ地であるしの。元は主の領地であった場所。しかし主は龍であるし、問題あるまい。あれを我の管理下ではあるが、独立させて領地とする。鳥の軍神が数人残っておって、主に仕えるために我が臣下に下ったであろうが。あれらの子孫も居るし、世話好きの主を頼って来る他の宮の軍神も多いと聞いた。龍ばかりではなく月の宮のように混合の場所であって良いであろうが。そこを主に任せるゆえ。」
炎嘉は、じっと維心を見た。
「…それで我亡き後は?誰が王となるのだ。」
維心は手を振った。
「そのように先のことを。ま、器の者がおらなんだらまた我の領地へ戻す。あくまで我が管理しておるのは変わりないからの。しかし、王は主ぞ。主が居る限り、我は口出しせぬよ。」
炎嘉は、長いため息を付いた。
「ほんにまあ…強引なのは相変わらずぞ。龍族の王はあくまで主であるし、我は龍である限り主には逆らえまいが。まあ良い。ではあちらを治めようぞ。面倒なヤツよの、主は。」
維心は笑った。
「主が居らねば、我は地を治められぬ。」
そうして、新編成を持って、皆は会合に望んだのだった。