浄化
蒼は、碧黎と陽蘭、そして将維と共にそれを月の宮の王の居間で聞いていた。蒼が月からその様子を見、目の前に投影しているのだ。まるでそこで皆が話をしているかのように、透き通った姿ではあったが、見えた。碧黎が言った。
「歯がゆいことであるが、我らは手出し出来ぬ。」と、隣りに座る陽蘭を見た。「地である我らには、主らの攻防に手を貸すことは出来ぬのだ。我が子のことであるから、本来表立って動きたいのだがな。しかし維月は、消滅の危機も無く過ごしておるようだ。よって、我は主らに知恵を与えることで力を貸そうぞ。」
将維が、目の前で話し合う龍の宮の様子を見ながら言った。
「…前世の父上と違い、今生の維心はまだ歳も若くまさかという所で脆い時がある…特に母上のこととなるとそうよ。」とため息を付いた。「我で力になれるなら、なんなりと申せ、碧黎よ。」
碧黎は頷いた。
「主はさすがに歳の功よの。若かりし頃とは雲泥の差ぞ。主は頼りになる。」
蒼は、苦笑した。
「碧黎様、そうは言っても将維はまだ300歳代ですから。若いのです。それより、何をお教え頂けまするでしょうか。」
碧黎は蒼を見た。
「あれの力の種類ぞ。そしてその脆弱なところ。」
それを聞いた蒼も将維も身を乗り出した。
「一番に聞きたいところであります。」
碧黎は頷いた。
「種類は、気を操る種類。本来己の気は己でしか扱えぬが、イリダルは他人の気を操れるのだ。」
蒼も将維も驚いた顔をした。
「そんな…そんな力が?」
碧黎は再び頷いた。
「恐らく本人も気付いていまい。気付いておれば、こんな手間の掛かることをせずとも良いしの。維心を捕らえてその気を思うがままに使えば良いのであって、わざわざ維月を捕らえて維心自身に何かをやらせることはない。」
蒼と将維は顔を見合わせた。
「碧黎…これは、あちらにも知らせた方がよい。しかも、早急に。」
碧黎は眉を上げた。
「まだ話の途中であるぞ?」
蒼が首を振った。
「違います、これをそのままあちらへ見せるということです。」蒼は、月を睨んだ。「十六夜!話があるから、そっちへこっちの映像を投影してくれ!」
十六夜の、面倒そうな声が返って来た。
《なんだよ、こっちへ来たらいいじゃねぇか、面倒だな。》
蒼はじだんだ踏みたいのを我慢して言った。
「碧黎様があの力について教えてくださるんだってば!知りたくないのか!」
十六夜は、しばらく黙った。目の前に蒼が投影しているあちらの様子の半透明な十六夜が、皆にそれを説明している。その炎嘉の声が言っている。
『それは面倒などと言うておる時ではないわ、十六夜!早ようそれをこっちへ映さぬか!』
半透明の十六夜は、はいはいと手を上げた。
《だってさ。見えてるんだろう?》と、恐らくあちらにこちらの姿が、同じように投影されたようだ。半透明でこちらに気付かぬ風であった目の前の映像が、皆、一斉にこちらを見たのだ。《さ、これでお互いに見えてるから話が出来るだろう。》
龍の宮側では、突然に現れた四人にびっくりしていた。半透明ではあるが、まるでそこに居るかのようだった。そのうちの一人が、あまりに維心にそっくりなのに驚いたサイラスとレム、それにバリーは、維心と将維を代わる代わる見た。維心が、それに気付いて言った。
「前世の我が子将維よ。今生では我が将維の子として転生したがの。」
将維の映像が、軽く会釈した。皆会釈を返しながら一応は納得したようだったが、それにしても瓜二つだとただ驚いていた。
「では、こちらでの話をご説明します。」
蒼が、碧黎が話したイリダルの力の説明を、龍の宮の面々にも伝えた。維心が目を見開いた。
「それは…決して、本人には知られてはならぬ。そんな能力を持つ者がおるとは。」
映像の碧黎が頷いた。
『不意に現れた能力であろうな。我も見たことはない。しかし、次の世代には受け継ぐことがないようにしようぞ。あくまであれが生き残ったらの話であるがの。』
サイラスは、じっと黙った。そんなことが、この青い髪の人型には出来るのか。炎嘉が、急かすように言った。
「それで、どうしたらいいのだ。」
碧黎は、手を振った。
『待て。性急であるの。まだ説明は残っておるわ。』と、先を続けた。『イリダルは、あれを気を遮断する事のみに使っているようだの。封じたり、消したり。しかし実際は己の気を使っておるのではなく、その神自身の気を使っておる。封じられておる風でいて、違う。自分の気を、イリダルの力のせいで自由に制御出来ぬのだ。膜のように見えるのは、力の痕跡。その力で囲まれた者の気に命じておるのだ…つまり、気を補充出来ぬのは回りと隔絶されておるのではなく、己の気自身がそれをさせぬだけ。気を放出するのは、己でしておるだけ。あくまで操る力ぞ。その他に何かあるとしたら、それはイリダルが別の術を使っておるだけよな。主らが太刀打ち出来ぬと悩んでおるのは、あくまであの操る力であろうがの。』
維心が言った。
「では…十六夜の力も?」
半透明の碧黎は頷いた。
『そう、操られておった。切断したいと放った力が十六夜の気を掠めたため、十六夜の気自身が切断したのだ。イリダルの力が十六夜の月の力を抑えたのではないのだ。』
サイラスが口を開いた。
「それでは、ヴァルラムの炎はどういったことであれを遮断出来るのだ。」
碧黎は答えた。
『あれこそ、気を遮断する力。浄化の効が強いようであるので、悪いものほど遮断出来る。つまりは、イリダルが恨みと悪意を持って放てば放つほど、ヴァルラムにはそれを遮断する力が増す。』と、炎嘉を見た。『先ほどの炎嘉の炎は、浄化の力より遮断の力が強かった。あれに、もう少し浄化の力を足せばより効果も上がろうの。』
あちらの蒼が言った。
『では、炎でなくても気を遮断する性質の力を使えば、あれは防ぐことが可能なのでしょうか。』
碧黎は、首を縦にも横にも振らなかった。
『どちらとも言える。遮断の力ばかりに特化しても、その気を操ることに成功されてはこちらの策は崩れてしまう。つまりはヴァルラムの炎が唯一イリダルに対抗し得たのは、相手の送って来る力の性質に対応出来る気であったからだ。浄化よ。イリダルの弱点は、その憎しみと悪意。力に含まれるその悪意の浄化をしつつ遮断出来ねば、あの力を防ぐことは出来ぬ。つまりは月の浄化の力がこの世最強であるので、十六夜が浄化と遮断だけを考えて力を放てば、イリダルなど敵ではないであろうの。』
十六夜は、それを聞いて碧黎を睨んだ。
「なんだってあの時それをオレに知らせなかったんでぇ、親父!維月は分断されずに済んだかもしれねぇのに!」
碧黎は、ふと黙った。そして、隣りの陽蘭を見た。陽蘭は、困ったように首をかしげて碧黎を見る。碧黎は、ため息を付いた。
『…我らには、出来ることと出来ぬことがあると言うたではないか。既に決められておることを動かすことなど出来ぬ。』
蒼が、あちらで碧黎を見て言った。
『では…これは必要なことであったと?』
碧黎は答えない。しかし、蒼の目をじっと見ていた。十六夜が、髪をかき回した。
「くそう!親だろうが!どこまで知ってやがる!」
碧黎は首を振った。
『起こるべくことは分かっても、その結果までは分からぬ。全ては主ら、神が行なうこと。未来は主らが作るのだ。』
陽蘭が、口を開いた。
『十六夜…親であるからこそ、父上はここまで申したのですよ。これで我らは力をしばらく使えなくなるでしょう。気を失うであろうから。』
蒼が、驚いたように二人を見た。
『え…では、これもいけないことだったのですか。』
碧黎は、苦笑した。
『放って置けぬだろうよ。我が愛娘が掛かっておるのだぞ?それを託すのが頼りないただの神の集団とあってはな。』と冗談っぽく言ったかと思うと、人のように背伸びをした。『さあ、良い安息の時間をもろうたと思おうぞ。のう陽蘭。久方ぶりに地下へ戻って共に休もう。』
その姿が、揺らめいて崩れる。気を失って、姿が保てなくなったのだ。
「親父!」
十六夜が、思わず叫ぶ。しかし、光に戻って行く二人は笑ってこちらを見た。
『何ぞ?不死の我ら、居なくなることはないわ。数日気を失うだけよ。』
陽蘭がふふと笑った。
『いつまでも父上が恋しいなんて、子供だこと、十六夜ったら。ああ、維織の世話は侍女達に頼んであるから。あなたも大きくなったからってふらふらしてないで、たまには娘の相手ぐらいしなさいよ。ではね。』
二人は光に戻って、スーッと消えて行った。しばらく静寂が訪れて、サイラスが訳がわからないながら口を開いた。
「あー…死んだわけではないのだろう?」
維心が、頷いた。
「ああ、地下の本体へ戻っただけぞ。大変に大きな力を持っておるがゆえ、我らに干渉し過ぎると、しばらく力を失ってしまうのだ。十六夜と維月の親で…此度は、力を失うと分かっていながらああして知恵を授けてくれたのだろう。」
将維が、あちらで言った。
『では、あれの力を遮断する鍵は遮断と浄化であると知った上で、対策を練ろうぞ。皆が何らかの力でもって、それを作ることが出来るようにせねば。蒼、仙術もあるの?』
蒼が、頷いた。
『ああ。学校の方でそれをまとめてるデータがあるんだ。もしかして、魔方陣を組み替えてそんなのが作れるかもしれないな。玲に指示しよう。』と、侍女を呼んだ。『嘉韻と明人に、玲と一緒に遮断と浄化の力を選び出して報告せよと。』
こちらでも、維心が言った。
「炎嘉はあの炎があるゆえ良いの。」
炎嘉は、頷いたが気遣わしげに維心を見た。
「だが主は…得意の水は面倒よの。無いと使いづらいしの。」
維心は、首を振った。
「我は魂の浄化に使う力があったのを思い出してな。あれに仙術の気を遮断する膜の波動をまぜてみようかと思うておる。」
サイラスもレムも、バリーも仰天した顔をした。
「魂の浄化?!」
維心は、何を驚いている、という顔をした。
「そうよ。我は命を司っておるからの。黄泉の道が大混雑した時には、我も手伝うたことがあるし。」
炎嘉は面白くなさげな顔をした。
「なんだ…せっかく我がいいところを見せられる機会であるのに。初めからみんな浄化してしもうたらよかったのよ。イリダルのようなヤツなら、真っ白に漂白してやればよかったものを。」
維心は、首をかしげた。
「あの力に対抗出来るのが、まさか浄化などと思わぬではないか。生きておる者の魂を浄化してしもうたら、本当に真っ白の赤子になってしまう。したことがないわ。」と、映像の将維を見た。「将維、主も出来るの。」
将維は頷いた。
『出来まする。ただここ何十年はやっておらぬので…少し放ってみねばなりませぬな。』
維心も、大真面目に頷いた。
「我もよ。」と、炎嘉を見た。「お、良い機会ぞ。主を浄化してやろうか?」
炎嘉は、慌てて立ち上がった。
「やめぬか!」と、回りを見た。「で、己々でその力を取得してから、今一度集まってどう攻め参るか話し合おうほどに。」
維心も、立ち上がった。
「そうしようぞ。」と、月の宮の映像の方をみた。「蒼、将維、主らもの。また連絡する。」
二人は、頭を下げた。
『はい。ではまた。』




