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視察

十六夜には見えていたのだが、地というのはこの島国だけではない。

むしろ、大きな地がこの美しい青い球体の中にはあって、その中には、自分を見上げて必死に願う神達も居た。時にそんな神達のことも気にとめて、そっと手を貸したりはして来た十六夜だったが、決して話したりすることはなかった。

何しろ、自分のホームグラウンドはこの小さな島国にあったからだ。

そっちのごたごたに気を取られて、十六夜は他の場所のゴタゴタにまで手を付けようとはして来なかった。

維心も、それは同じだった。

龍族というのは、地が言うには大きな力を持たせた最初の種族だったようで、その気質は思っていなかったほど荒々しく凶暴で、それを見守るのに気を取られていたのだと言う。前世の維心の五代前の初代龍王は、そんな中大変に頭の良い龍で、このままでは地が滅びて共倒れになってしまうと悟り、自分の種族を抑え、他の神々をそれに倣わせて住みよい地にして行く構想を作った。

その血筋に繋がるように、地は維心を、この地上で最も力を持ち、能力のある神として治めさせようと作ったのだと言う。

思惑通りに、維心は自分のことは二の次にして、本来であるなら優しい気質であったにも関わらず、非情で残虐な王として地を押さえつけ、平定することに成功したのだった。

そして、愛する月の維月が世を去った後その後を追って世を去ることも、地は良しとした。

にも関わらず、同じように力を持つはずの穏やかな六代龍王、将維の元、地はまた乱れ始めた。それは、神の世はまだ話し合いによって治めるには早かったということだった。

そして、今、将維の子として転生した維心が、再び七代龍王として君臨し始め、その強大な力の元、小さな島国の神々はおとなしくなった。

そして地は、かねてより考えていた、この地上全てを治める王を作るべく、転生してまだ若い龍である維心を、広く世界へと目を向けるように仕向けて行ったのであった。


月の宮で、維月は月を見上げた。維心様…今頃はどちらに居ることか。

十六夜が、そんな維月の肩を抱いた。

「どうした?まだ維心か。」

維月は、苦笑して十六夜を見上げた。

「だって、心配なのだもの…あちらは、維心様にも目を向けて来られなかった未知の場所でしょう。もしかして、維心様より大きな力を持つ王などが居ったなら…。」

十六夜は、笑って首を振った。

「そんな心配はしなくていいさ。親父が言ってただろうが。維心は特別なんだ。何しろ、親父が地上を治めさせようと、特別に作り上げた命なんだからな。一人の命を犠牲にしなければ生まれ出ることも叶わないような気を持つ神なんて、本来居ないんだよ。あいつは、自分が望まなくて母親を殺してしまう。維心はちらと言っていたが、その命の犠牲の上に生まれ出たのだから、それに見合うように務めを果たさなきゃならないってね。」

維月はため息を付いた。

「…前は力は要らないから、穏やかに暮らしたいとおっしゃっていたのに。」維月は、悲しげな顔をした。「運命とは、こういうものかしら。私、維心様が不憫でならないの。好きであんな力を持った命に生まれた訳でもないのに。王になるのも、結局回りから状況がそうなって仕方なくって感じで、本当は、もっと皇子としてゆっくりしていたかったでしょうに。」

十六夜は、頷いた。

「それは分かってるよ。だが、お前が居るじゃねぇか。今生の維心の心は、きっとそれに支えられて責務を果たそうとしているはずだ。」と、月を見上げた。「…んーお前にも見えるか?維心が幕屋から出て、月を見上げてる。こっちはもうすぐ夜が明けるが、あっちはこれから夜なんだな。」

維月は、同じように月から、維心を探った。維心は、じっと佇んでこちらを見上げていた。長く宮を開けることになるのでと、月の宮へ維月を預けて視察に行った維心…。維月を連れては、未知の場所では危険過ぎると行かなかったのだ。

《維月…。》

維心の念が、月を通して聞こえて来る。維月はせつなげに答えた。

《維心様…。》

そんな維月を見て、十六夜はため息を付いた。

「まったく、じゃあ行って来いよ。あっちも、確かに未知の場所だったが、この二か月いろいろ回って危険ではないことが分かったじゃねぇか。皆、維心の噂は耳にしていて、知らない神は居なかったんだからな。これで、神の世界連合みたいなのが出来上がるかもしれないって、オレは親父から聞いてるぞ。」

維月は頷いた。

「それは…私もお父様から聞いたわ。でも、維心様がお呼びにならないのに、私から押し掛けるなんて…。」

十六夜は、鼻を鳴らした。

「ふん、どうせ維心だって、何があるか分からないとかの理由でお前を呼べずに居るんだろうよ。だが、お前は月だぞ?何があるってんだよ。」とまだ維月と同じようにせつなげに月を見上げている維心を、月から見ながら言った。「来い!」

「きゃ!」

十六夜は、維月を小脇に抱えて月へと光になって打ち上がった。維月も十六夜から力を注がれて光りに戻り、月へ着いた。

《え、え、なに?十六夜、何でも急なのよ!》

十六夜は、維月を突き落した。

《じゃあな。帰りも月に戻ってからなら速いしそうしろよー!》

《な、な、ちょっとーーー!!》

維月は、落下して行った。


維心は、何も言えずに立ち尽くしていた。

維月に会いたくて仕方がないが、それを口に出してしまえば耐えられなくなる気がして、とても言えなかった。だが、口を開けばそう言ってしまいそうで、名を呼ぶ他に、維月に語り掛ける言葉が見つからなかったのだ。

こちらは、ある程度は統率された神の国々があって、神の連合のような物もちらほら見て取れた。だが、やっと培ったばかりの土地勘で、維月とこちらを共に旅することはしたくなかった。少しでも、維月に怖い思いをさせたくなかったし、何よりあのように小さな島国でも神の王達が大挙して乞うた維月が、こちらでもそうならないとは言えなかったからだ。

名を呼ぶばかりでじっと立っていた維心は、ふと、月に十六夜と維月の気配が戻ったのを感じた。月の宮から、出たのか?何かあったのだろうか。

そう思っていると、きらっと再び月から光が見え、こちらへ向かって降りて…いや、堕ちて来た。

「…なんだ?!」

維心は驚いて足を踏み出した。あれは、維月の気。それが、降りて来るのではなく、堕ちて来ている。

「維月!」

維心は、あたふたとその光を見ながら下を右往左往した。受け止めなければ、激突してしまう!

一方維月は、必死に人型を取っていた。姿が、光りから人型に代わり始めて、姿が人型になるにつれてスピードが落ちて来る。必死にブレーキを掛けて居た維月は、遠く維心を目にとめた。ああ、維心様…!そこへ行きますから!

維心は、見えて来た維月の姿に心が震えた。ああ、良くこのふた月もの間、姿を見ずにおったものよ!

「維心様!」

「維月!」

維心は、維月を受け止めた。維月は維心の胸に飛び込んで、思い切り維心に抱きついた。

「ああ維心様!維心様…お会いしたかった…!」

維心は、維月を抱き締めながら言った。

「おお維月…!我とてどれほどに会いたかったことか…!」

しばらくそうして抱き合っていた二人だったが、維心が維月の顔を見ながら言った。

「顔を見せよ。ほんによくこれほどの間、主を見ずに過ごしたものぞ。」と、維月にそっと口付けた。「なんとの…久しぶりであると、壊してしまうのではないかと怖くなるわ。」

維月はふふと笑った。

「まあ…私は大丈夫でありまするわ。」と、維心に頬を擦り寄せた。「十六夜が、突然に月へ私を連れて参って、その後こちらへ突き落としましたの…。」

維心は目を丸くした。

「突き落した?また乱暴な。」

維心は維月を大事そうに抱えながら言った。維月は苦笑して首を振った。

「確かに乱暴かもしれませんけど、十六夜なりに私と維心様を心配して、会わせてやろうとこんなことをしたのですわ。私は、維心様に呼ばれないのに行けないと言って…十六夜はそれが歯がゆかったようで。」

維心は、自分の天幕へと歩きながら言った。

「…危ないかもしれない所に、我から呼ぶなど出来ぬと思うておって…月の宮が、安全なのだからと。しかし、十六夜にははっきりしないように思うたのかもしれぬ。」と、天幕の入り口で月を振り返った。「十六夜…ほんにあれが前世より居ってくれるから、我らはこうして助けられておるのだな。」

維月は笑った。

「まあ、十六夜だってそのように。維心様が居るから、ケンカばかりの私達も、こうして仲良くしておれるのだと。」

維心は微笑んだ。

「そうか。お互い様か。」

そして、二人は天幕へ入って行った。

ふた月ぶりに、二人は夜を共に過ごしたのだった。

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