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Drive  作者: 夏 小奈津
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第六章 石岡 | 9月 夏休み三日目

6-1. 運転と経験


「なんか危なっかしいんだよな。俺が運転する。」


森川は有無を言わせない強引さで運転席側へ向かって行った。マングローブパークとハブセンターをメインにした観光の一日。ペンションから一番遠いマングローブパークへ向かう国道のドライブインで、飲み物とスナックを買い両手を塞がれた穴瀬が「開けてー」と後部のドアの前で唸る。


石岡は、後部座席のドアを開けて、車の鍵を森川の方にブンブンと振った。車の屋根を滑らせると、鍵は屋根の中ほどで止まってしまったのだが、森川は長い腕でそれを受け取ると、運手席のドアを開けてエンジンを掛けた。


大きな肘掛に左肘をつき体を預けて車をバックさせる。後ろの窓とサイドミラーを確認しながら、三人にしては大きめのスポーツワゴンをまるで自分の車のように操作して、森川はドライブインを出た。石岡は後部座席に座る穴瀬から飲み物を二つ受け取り、中身を確認しながらドリンクホルダーに入れる。スナックを二つ受け取って膝の上に置いた。


石岡の膝の上からスナックを巧みに取りながら、森川は機嫌よさそうに国道を走らせている。時折バックミラーを確認する。窓の外の景色をチラリとみて彼是言ったりする。


(運転、上手いよなあ・・・)


不意に石岡は学生時代に食堂で女の子達が話していたことを思い出した。


「俺、運転下手ですかね?」


「あぁ?」


森川は前を向いたまま、頭を少し傾げて問い返す。


「なんだよ、急に・・・。あぁ、俺があぶなっかしいって言ったから?」


「うーん、まあ・・・それもある。」


「うーん。いや、普通じゃねーの?まだ23?でしょ?免許とって何年よ?5年?そんなもんでしょ?」


「えっと・・・そうですね、大学二年のときに取ったんで・・・4年経ったかな」


「うん。普通だと思うよ。別にへたくそじゃない。」


「森川さんも俺の年の時はあんなんでした?」


「そうじゃないかな。多分。なんで?」


「大学んとき、女の子達が話してたの思い出したんですよ。」



『車の運手の上手さは、エッチの上手さと比例する』


と大学の食堂で後ろに座った女の子達のグループの一人が言い出したのだ。車の運転が上手な人は同乗している人の事や周りの車の事を気遣える人で、車の運転が下手な人は自分勝手な人が多いから、車の運転が上手い男性は大抵ベッドの上でも優しい、という話だった。凄いこと言うな、と思った。でも確かにそうなのかもしれない、と思った。石岡の運転は多分、いっぱいいっぱいなのだ。


「何て?」


森川が先を促す。


「えっと・・・」


男同士の話だ、恥ずかしがる事はない。そう言い聞かせる。


「車の運転が上手な人は、エッチも上手いって。」


森川は一瞬沈黙してそれから大きな声で笑った。


「へえ・・・面白いねえ。」


石岡がその理由なるものを一通り説明すると、森川は案外真剣な顔をして聞いていた。


「なるほどねえ・・・。一理あるね。」


「うん。一理、ありますよね。」


「だからさ、つまり、大事な人を乗せて走った事があるかってことなんだろうね。石岡、ある?大事な人を乗せて運転したこと。」


「うーん・・・そうですね、家族とか・・・。母親とか姉ちゃんとか乗せたことはありますけど」


「彼女とかは?」


「ない・・・かな。」


「好きな人を隣に乗せて走ったら、たとえば急ブレーキをかけないようにしようとか、そんな些細な事を気をつけるようになって、そういうことを繰り返しているうちに、運転が上手くなるんだろうな。つまり、経験を重ねるってこと。ベッドの上でも。そういうことでしょ?」


森川がドリンクホルダーから飲み物を取って力強くストローを吸う。窓の外に見える景色を眩しそうに見やって、また真っ直ぐ正面を見据えると森川は言った。


「好きな人を乗せて何度もドライブして、好きな人の体を何度も抱いて、そうやっていつか<上手い>大人になるんじゃないの?」


マングローブパークの大きな看板が見える。


「あと、何キロ・・・?」


森川がハンドルを切る。車体が緩くカーブを描いて曲がる。


「俺、運転上手い?」


森川が冗談めかして言う。


「上手いですよ」


石岡は真面目な顔をして答えた。





6-2. 優しいブレーキ


「上手いですよ」


石岡の答えに森川は低く笑う。


今朝感じた悔しさがまた石岡の胸に滲んだ。涙になって流れたはずなのに、まだ小さな欠片が残っていたのか。


『いしおか?なんかあった?』


何も言えなくて、立ちすくんで、森川が優しく気遣う声が余計に辛かった。「森川さんなんか嫌いだ」と子どものように泣きたかった。拳で彼の胸を叩いて泣く事ができたら、どんなに胸がスッとしただろう。


ベッドの上に腰掛けた森川が立ち上がった時、石岡はえられずに自分のベッドに倒れこんで泣いた。森川は、今度は石岡のベッドの縁に腰をかけて、石岡の頭を二、三度撫でた。森川の大きな手は石岡の胸を悔しさでいっぱいにしてかき乱して、それでいながら石岡を癒すだけの優しさや励ましを湛えていた。敵わない、敵わない、と声にできない叫びが涙になって溢れ続けた。



穴瀬は後部座席で寝てばかりいる。朝の砂浜で夜更かしの続きだと言っていたのだから徹夜だったのだろう。彼の朝陽を受けて何かを求めていた瞳や朝陽が零れる木々のトンネルの下で触れそうで触れない距離を保ち続けた自分の手の熱さやそんなものがいっきに押し寄せて石岡の胸を焦がし、森川が優しいブレーキを踏むたびに涙の粒を醸造するような気がした。


「石岡、どうした?酔ったの?」


森川が目だけを前に向けたまま、石岡に身体ごと傾げて尋ねた。


「え?いえ。いいえ。」


「少し落とそうか。急ぐ旅じゃないんだから・・・」


「いえ、本当に大丈夫です、酔ったとか、そういうんじゃなくて・・・」


「ほんとに大丈夫?」


「ええ、大丈夫です。」


思い出し泣きしそうだった、なんて、言えるはずがない。石岡はほんの少しの間そっぽを向くように見るものなど何もない窓の外を見る。車窓は、先ほどより少しスピードを落として、奄美の国道の景色を飛ばしていった。









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