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第51話 紫水の水神

 翌日、雅成は田津へ使いを走らせると自らは紫織と聖護に同行し、紫水湖へと向かっていた。途中、一行は不気味に息づく湖面を横目にしつつ、何度か地割れや大地の揺れに悩まされながらもなんとか回避して湖のほとりの祠の傍までたどり着いた。


「あの岩の奥だ。行こう」


そう言って紫織は馬から降りるとまっすぐに崩落した岩の隙間へと進んだ。聖護や雅成達もその後に続いた。紫織は岩の隙間に躊躇なく体を滑らせて入っていく。岩の間をすすんでいくと、周りはだんだん暗くなり、洞窟の中のように時折隙間から光が入る程度で、薄暗くなってきた。しかし、いつの間にか紫織は紫の、聖護は白い光で包まれてあたりをぼおっと明るく照らしていた。


「なんだっ?」


雅成の背後から付いてきた直丞がおどろいて声をあげた。


「ああ、ここは魔物の息のかかった所だから、自然と体が反応するんだ」


紫織がそう説明すると直丞は気を取りなおしたようにそうかと一言発するとそのまま黙った。この前に来た時より岩が崩れて、時折、雅成と聖護が力づくで岩をどかしながら進んだ。しばらく行くと紫織の動きが止まり、その場にしゃがみこんだ。


「聖護!」


聖護がすかさず、紫織の傍に行って膝を折る。目の前の崩れた岩の隙間に小さな石の祠があった。


「聖護、手を」


そう言って祠に紫織が手を伸ばした。その手に聖護がやや大きな手を重ねる。空いた方の手は紫織を守るように肩を支えた。それを確認するように紫織は聖護をじっと見つめるともう一度祠に視線を落として目を閉じた。すると紫織の手は白い光の玉のようなものを発してやがてその光の玉は形を変えて祠を包んだ。その様子を目の当たりにして雅成と直丞は息を呑んだ。その瞬間、どこからか声が聞こえてきた。


『…神子よ…紫の神子よ…待っていました…』


はじめは小さく遠いところからの声のようだったが、だんだん声がはっきりしてくると祠のすぐ後ろに白い影がぼうっと映った。それは徐々に形をはっきりさせていって、白装束の髪の長い美しい女の姿となった。


『紫の神子。待っていたぞ。こんな遠い異界の地まで、よくぞ来てくれた』


「あなたが、水神?」


白装束の女は黙って頷いた。


「では、あなたが私たちを呼んだのですか?」


『いかにも。もう、私の力ではどうにもならなかったのだ。神よりこの地を任されたはずが、私はもう200年あまり魔物に捉えられて、この地の民に災いがふりかかるのをただ見ているしかなかったのだ。私は水神とよばれてはいるが、実はこの地に住む主。しかし、神の眷属だ。年々弱くなる神力でずっと呼びかけ続けてきたのだ。そしてようやく、紫の神子、そなたの耳に届いたのだ。紫の神子、この地を救ってくれぬか?このままではこの地は魔物の餌食と化し、地は荒れ、人は人畜となり、この世は闇ばかりとなる。この地で長い間、神が封印してきた魔物が目覚めようとしているのだ。もう、時間がない』


水神が消えそうな声で、必死に訴える。紫織は話に頷きながら問いかけた。


「神が封印してきたはずの魔物がなぜ?なぜその封印がとかれたのですか?」


『この地の神官だ。あれは魔族なのだ。私が捉えられる数十年前、よその地よりやってきた神官がこの地の神官をそそのかし、封印を弱めて、その神官を殺して入れ替わってしまったのだ。もとより、強大な力を持った魔物だったために、封印力を弱めるだけで十分な効果を持っていたのだ。魔物は時間をかけてじっくりと力を貯え、とうとう200年前にそれまで封印を守ってきた私は捉えられ、魔物の体の中へと取り込まれてしまったのだ。そして魔物はじわじわとこの紫水湖の底で完全な目覚めの時を待っている。目覚めが近づくたびにその波動に影響されて、魔物があちこちから集まってくるようになり、人々に巣食い、この地に数々の不幸をもたらしている。その魔物の真の目覚めが間もなくやってくる。この魔物を封じ込められるのはもやそなた達しかいないのだ。どうか、この紫水の地を…』


ふと、水神の姿が揺らいで白い煙と化してその姿がかすんできた。


「待って!どうすればあなたを救えるのですか?」


『もう、時間がない…魔物の眠りが浅くなってきた。私の力も弱まってしまう…。日文国と諏佐国の間の深山へ…そこに紫水晶の神剣が…私は魔物の喉…』


そこまで言うと、とうとう水神は姿を消してしまった。しばらく全員で顔を見合わせた。そして、紫織が立ち上がって雅成に向きなおった。


「雅成殿、深山とは?」


紫織が顔をあげると、雅成は険しい表情で紫織に視線を合わせた。


「日文と諏佐は紫水を挟んで対のように国が広がっているが、その間に誰もはいることのできないといわれる深山という険しい山がある。そこへ入ったものは二度と帰ることはできないと言われている山だ。その山にはほとんど一日中雲がかかり、常に暗く不吉な姿をしている。そのため、人々から恐れられ、誰も近づかないのだ」


「しかし、水神を助けるためには、その山のどこかにある神剣が必要だ」


紫織はしばらくだまって、傍にいる聖護に視線を向けた。聖護は紫織の視線を捉えるとじっと見つめて黙って頷いた。


「雅成殿、私と聖護で深山に行く」


「危険だ!誰も生きて帰って来た者がいないのだぞ!」


「しかし、それが唯一この地を救う手立てだ。伝説では、私がこの地を救うとあるのだろう?水神も私たちしかいないと言っている。伝説どおり、私たちがこの地を救えるとしたなら帰って来られるはず」


雅成は渋い顔をしてしばらく沈黙する。そして大きく息を吐くと不本意だと言わんばかりに渋々答えた。


「わかった…。しかし、一旦城に帰ろう。今すぐに山に入ることはできない。今は厚い雲で覆われて視界も見失う程だ。3日に一度、雲が薄く切れるときがある。その時をねらった方がいい。それに、山にでかけるならそれなりの支度もいるであろう」


紫織と聖護は雅成をじっと見て黙って頷いた。


 夕刻、4人が加陀の屋敷に戻ると、田津に向けた使者が既に帰って来ていた。雅成は返事の書簡を受け取り、すぐに目を通した。


「ふむ、なかなか早い決断だな。いい返事だ」


雅成はにやっと笑うと傍に控える直丞に振り返った。


「直丞!明日には彩華殿がこちらへ来るそうだ。出迎えの準備を。しばらくこちらへ滞在する」


「御意」


直丞はそう一言いってきびきびと礼をすると足早に部屋を出て行った。その姿を見送った後、雅成が紫織と聖護の傍に来て座った。


「さて、深山だが、雲がかかって今日は2日目らしい。明日の午後には雲が晴れる。本当に行くのか」


雅成が心配そうに紫織に視線をやると、紫織はその視線を受け取りながらも黙って頷いた。


「ならば、私も行こう」


「雅成殿!あなたはここで紫水の民を日文の女王とともに守らねばならない。深山へは私と聖護で行く」


紫織が雅成の言葉をさえぎるように口を開いた。


「しかし、危険だ…」


「心配はいらない。必ず戻ってくる」


紫織はまっすぐに紫の瞳を雅成に向ける。雅成はしばらくじっとその瞳を見つめていたが、根負けしたように大きくため息をついた。


「まったく、出会った時とは比べ物にならないな」


雅成はふっと自嘲気味に笑うと真顔で聖護を見た。


「紫の神子を必ず守ってくれ。たのむぞ」


聖護は雅成の目を見て何かを受け取ったように、しっかりと頷いた。












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