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第50話 王の願い

長きにわたり、お休みして大変に申し訳ございませんでした。ようやく再開できる状況になりました。実に164日ぶりの更新です。ずいぶんお待たせしてしまいました。休んでいる間も読んでくださっている方がたくさんいらっしゃって、本当に感謝しております。本当に話の途中での中断で大変ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。今後、がんばって更新を努力いたしますので、「蒼い十字架」をどうかよろしくお願いします。


                    篠原悠哩

 聖護は我に帰ると、視界にすぐに紫織の姿を捉えた。紫織は背を向けたまま、じっとその場に立ち尽くしている。聖護がゆっくりと背後から近づき、紫織に声をかけた。


「紫織…」


紫織の身体がビクッとして、ゆっくりと聖護の方に上体を向ける。その紫の瞳が聖護の姿を捉えた途端、安堵したように笑みを浮かべると、ふっと気が抜けたのかぐらりと身体を揺らした。


「紫織!」


間一髪、倒れるのを聖護が抱きとめる。


「紫織!」


聖護の声に閉じていた瞼がゆっくりと開けられて長い睫の下に虚ろな紫の双眸が現れた。


「しょう…ご…。やっと、会えた…」


紫織はそうつぶやくと聖護の身体に弱々しく手を伸ばしたので、聖護も紫織をしっかりと抱きかかえた。


「俺がついてる、もう大丈夫だ」


紫織は目を閉じたまま、聖護の胸でわずかに頷いた。聖護は紫織を抱きかかえて立ち上がってゆっくりと歩き出した。その先から馬に乗った雅成が数人の男を伴って現れた。


「その方、どこへ行く?」


「日文女王のところだ」


聖護は臆せず、雅成に鋭い視線で見上げて静かに告げると、すぐに白龍丸へ視線を戻した。そしてその手綱に手をかけ、紫織を白龍丸に横たわらせると、後から自分も白龍丸の背に乗り上げた。


「待たぬか。その方は何者だ?」


聖護はしばし、無視して紫織をその胸に抱きかかえると白龍丸ごとゆっくりと雅成に向き直って正対した。雅成にはまだ少年の幼い風貌を残しながらも、まるで戦場で敵の御大将と対峙しているかのようなすさまじいオーラをはなっている聖護に圧倒された。


「俺は聖護。こいつの守護者だ」


聖護は漆黒の瞳をまっすぐ雅成に向けて挑むような態度で言い放った。雅成は、紫織を我が物のように抱きかかえてじっと自分を見据えてくる聖護の威厳にしばし呑まれたが、すぐに気を取り直して聖護に近づいて行った。


「紫の神子は諏佐国の客人だ。よければ、その方も一緒に加陀の屋敷へ来るがよい。彩華殿には近い内に会うことになっている」


聖護はしばし無言で雅成をじっと睨みつける。雅成もまっすぐに聖護の視線をあわせた。


「わかった。では、そちらへ行くとしよう」


雅成が聖護を伴い、加陀の屋敷まで戻ってくると、その門前から母屋まで多くの人が出迎えていた。迎えが頭を下げる中、頭を垂れて雅成の背後の家臣に囲まれてついてくるこの家の主人の加陀幸信に雅成が部屋を用意させるように告げると、幸信はひどくかしこまって頭を下げ、連隊から抜け出して1人屋敷の中へ走った。


聖護は用意された部屋で紫織を横たわらせると、人払いをしてその白くか細い手を取ったまま傍らに座った。


「紫織…」


聖護は青白く少しやつれた紫織の寝顔を見つめながら、その頬を空いている左手で触れてみる。久し振りの懐かしい感触だった。こちらの世界に来てから紫織の存在は不思議と常に感じていたが、聖護にとっては気が気ではなかった。どこかで必ず会えるとわかっていてもその姿が見えないのはこれまでにないほどひどく不安を掻き立てた。今はこうして紫織が目の前にいて、そして触れることができる。聖護はようやく安堵した表情を浮かべた。


「紫織…もう大丈夫だ。俺が居る。ゆっくり眠れ」


そうして聖護も目を閉じる。すると聖護の体から白い光が発せられて二人の体をぼわんと包んだ。その光はまるで繭玉のようにやわらかく温かにじんわりと二人を包んでいた。


その頃、雅成は王として加陀幸信とその家臣たちの前にいた。魔物の所為とはいいつつも、事の顛末を確認しないままでは、日文国との和平に臨めない。心の中では姿を見せない紫織と聖護のことが気になっていたが、王としての務めを優先していた。向かい合った幸信は恐縮して頭を下げたまま口を開かない。


「幸信、何か言うことはないのか?」


雅成がややいらついた様子で幸信に問いかける。


「はっ!面目ございませぬ!」


「頭をあげよ、幸信。いまさら、そなたを咎めはせん。ただな、いくら魔物の所為とはいえ、民が命を落としているのだ。領主としてそなたの責任はのがれられん」


「はっ!かくなる上は、覚悟はできております!」


そう言って加陀は刀を抜こうとした。雅成はすかさず、手に持っていた扇を投げた。


「うっ!」


見事に加陀の刀を握った手にヒットして加陀は刀を落とした。


「ばかもの!お前が死んでどうする!そんなことで解決できるはずもなかろうに!私が言ったのは命を落とした者達を弔って、その家族を面倒みろという意味だ。今はな、民にとっては争うことよりも明日どうやって生きるかのほうが重要だろう!女子供が一家の働き手をなくして、路頭に迷うということが想像できんのか!」


「ははあっ!」


幸信は焦って居住まいを正してまた頭を下げて床につけた。その様子に雅成は、息を吐くと今度は穏やかに声をかけた。


「お前はなによりも領民を思う領主だ。これまで、誰よりも領民を愛してきたのは十分わかっている。だからこそこうなってしまったということは、この雅成は十分心得ているわ。死んで詫びるよりも、これから命をかけて領民のために尽くせ。わかったか!」


「はっ!肝に銘じます!」


幸信がさらに恐縮して頭を下げた。


「それから、明日にでも田津に遣いをやって、和平の段取りをつけるぞ。よいか、これからは争い事は一切なしだぞ。助け合って行くのだ」


「はい!えっ…?助け合う?」


幸信が驚いて、雅成の顔を見上げた。雅成は幸信をまっすぐにとらえてやや目を細めて、立ち上がって家臣を見渡した。


「そうだ。この和平は加陀と田津の和平ではない。諏佐国と日文国の和平である。長い間、冷戦してきたが、これより、和平をかわし、互いに協力し合って魔物と戦い、この紫水の地に平和をもたらすのだ」


いつもより大きく見える雅成を羨望のまなざしで見つめていた両方の家臣達がどよめく。次第にパラパラとどこからか鳴り始めた拍手が大きくなり、やがて全員が立ち上がって歓喜した。


「和平じゃ!和平じゃ!」


その声はすぐに加陀の屋敷中に広がって、屋敷に従事する家来や女中たちにも広まって加陀の屋敷は喜びの声を上げる人の熱気で沸いていた。雅成はその様子を見て満足気な表情で頷くと、部屋を退出して廊下に出た。そこへ青庵が姿を現して、雅成の前に控えた。


「お呼びですか」


「ふむ。こんな辺境まで呼び立ててすまぬな」


「いえ、たまには遠出も良いものです」


青按が涼しげな表情でこたえると、雅成はふっと表情を和らげた。


「ふん、そなたはいつもそつがないな。まあ、いい。紫織殿の様子を見てほしいと思ってな」


青按は顔をあげると微笑んでに首を振った。


「私は必要ないと思いますよ」


「どういう意味だ?」


雅成が訝しげな表情で青按に視線を注ぐ。それでも青按は顔色一つ変えずにもう一度うっすら微笑んだ。


「彼がいれば、紫織様にもう私は必要ございません」


「なぜだ?」


「行けばわかります」


そう言うと青按はもう一度頭を下げて雅成の前から姿を消した。


雅成は青按の言葉につられるように疑問をかかえたまま、紫織が休んでいるはずの部屋へと足を向けた。部屋に近づくと誰も周りにいないことを不審に思い、雅成が声を上げる。


「誰かおらぬか!」


すると遠くから女中が顔を出し、雅成のもとに控えた。


「はい」


「どうして、誰もおらぬ!不用心だぞ!」


「え…あ、はい。申し訳ございません。姫様とご一緒の殿方から、誰も近づけさせるなと仰せつかりまして」


「なんだと?」


その怒りを含んだ声色に女中は驚いてちらっと上目遣いで雅成の顔を見上げた。もうその時には雅成は廊下を走りだしていた。部屋の前までくるとその静けさに雅成は一瞬息をのむ。不思議とそれまでこみあげてきた感情が一気に冷却して、厳かな空気にのまれていった。雅成は部屋の前に立つと一瞬躊躇しつつも静かにふすまの前で声をかけた。


「紫織殿」


しばらくしても返事がない。雅成は物音もしない静けさを怪しんで、目の前のふすまを開けた。


「な…?」


雅成は驚いてその場に立ち尽くした。紫織と聖護の二人の体はぼんやりとした白い光に包まれて寄り添って眠っていたのだ。


「どういうことだ?」


「聖護様は紫織様の守護者でございます。ああして、傷ついた紫織様の心や体を癒やしているのです」


雅成が声のする方に振り向くとそこには青按が控えていた。


「彼らは二人で一つなのでございます」


雅成が言葉を発せないでいると青按は言葉をつづけた。


「神より特別に命を与えられし者。宿命を背負った者たちでございます」


「青按…、その方は何者だ?」


雅成が疑惑の目で青按を見据える。


「ただの医者でございます。特別といえば…、時折、神の啓示を受けることぐらいでしょうか」


雅成の目が驚きで見開かれた。しかし、何も言わず、その視線をまた部屋の中の二人に戻した。雅成は放心したようにしばらくそのままその場に立ち尽くしていたが、二人を包んでいた光がだんだん薄れて消えてきたので、部屋の中に入り、その様子を見守った。


 光が完全に消えてなくなり、あたりの静寂も先ほどの住んで張りつめた厳かな雰囲気からおだやかな空気へとかわった。雅成がその変化を肌で感じた時に、紫織の傍らで眠っていた聖護が目を覚ました。聖護は紫織をしばらく見つめてから、雅成の方に顔をあげた。


「何が起こっていたのだ?」


雅成が静かに問いかけた。


「どうやら、俺には紫織の傷を癒す力があるらしい」


「無意識なのか?」


聖護がコクリと頷く。


「どうしてかわからないが、勝手に体が動く」


「そうか…。二人で一つ…か」


「二人で一つ…?」


聖護が雅成の言葉を繰り返すと、今度は雅成が頷いた。


「そなたも神の使いということのようだな」


聖護はじっと無言で雅成を見据える。


「我が諏佐国を…いや、この紫水の地を助けてくれぬか。魔物の手に落ちているこの地の民を救ってはくれぬか」


雅成はこれまでの威圧的な態度を逸し、王の顔をして聖護に頭を下げる。


「雅成殿、私たちはどうやら、紫水の水神に導かれたようだ」


紫織が目を覚まして体を起した。その顔には今までのようなか細いよわよわしい感じはなく、すきとおる白い肌にはうっすら赤みが差し、その紫の瞳は宝石のように生き生きと光を放っていた。その様子に一瞬心を奪われたが、雅成ははっと我に返り、あわてて声をかけた。


「紫織殿、無理をしては…」


紫織はその表情を穏やかに和らげて首をふった。


「もう、大丈夫。ここにいる聖護が治してくれたから。それより雅成殿、馬を貸してほしい。明日、もう一度紫水に行かなければならない。私では触れられなかったあの祠のところへ。彼がいれば、水神と話ができる」


そう言って紫織は傍らの聖護の顔を見上げる。聖護はそれに応えるように頷いた。その様子にチクリと心が痛んだが、雅成は表情に出さずに王としての威厳を保ったまま答えた。


「わかった。私も同行しよう」


紫織は雅成に目で合図するようにじっと見つめて頷いた。雅成は少しの沈黙のあと、深い溜息をついて立ち上がった。部屋を出ていく際に、二人に半身振り返った。


「宿命か…」


そう呟くとさみしそうな顔をして静かに部屋を出て行った。


「あいつ…」


「え?」


「いや、いいんだ」


そう言ってふっと表情を和らげるとやさしい表情を紫織に向けた。













ますます架橋にはいっていきますが、第4章はまだしばらく続きます。

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