第47話 不穏な空気
遅くなりました。マイペース更新で申し訳ございませんが、書きつづけておりますので懲りずにおつきあいください。笑
よろしくおねがいします。
「聖護!」
彩華の声に聖護が振り向いた。彩華と少年は辺りが静まったときに元来た道を降りて聖護のもとへと駆けつけてくる。彩華が聖護の前に立つと手をつないでいた少年が彩華の手をすりぬけ聖護の後ろの何もなくなってしまった地に走り寄った。
「かあちゃん!」
少年がうなだれてその場に崩れて涙する。
「かあちゃん…。ううぅっ…」
彩華は少年の傍へ行くと自分も跪くと、黙って少年の肩を自分の胸に優しく抱きよせる。少年は彩華の胸に頭を傾け体を預けると肩を震わせてひとしきり泣いた。その様子を聖護はただ傍らで黙って見守っている。声を出してひとしきり泣くと少年は体を起こして彩華を見上げて涙でいっぱいの顔で精一杯の微笑みを見せた。
「ありがとう、ねえちゃん」
彩華は優しく慈愛の満ちた表情で微笑みを返しながら首を振る。
「君、名前はなんていうの?」
「あ…俺、まだ名前も言ってなかったんだ。ごめんなさい」
少年が照れくさそうに笑ってペコッと頭を下げた。
「俺は佐久也って言います」
「佐久也か。おねえちゃんは彩華っていうのよ。佐久也、行くところがないんでしょ?おねえちゃん達と一緒にくる?」
「えっ?いいの?」
佐久也のあどけない顔にぱあっと満面の笑みが広がった。
「ああ、佐久也さえよければね」
そう言って彩華が笑った。
「ああ、あの人は聖護っていうのよ」
佐久也は彩華の肩越しに聖護をおそるおそる見つめた。そして、きゅっと唇をかみしめると彩華の腕から離れて、聖護の前に立った。
「聖護さん…。ありがと。」
佐久也は怖さを抑えて必死の形相で聖護に礼の言葉を口にした。聖護はすっとしゃがんで少年と目線をあわせると少年の肩にぽんと手を置いてにっこり笑った。
「強いな、お前」
佐久也は目を剥いた。目の前であんなにすごい力で化け物を消し去ったのに、そんなことを微塵も感じさせないほどに優しい顔をする。あの時は聖護の冷たく厳しい顔が怖くて震え上がったのに何かがちがう。佐久也はそう思いながらもほっとしたように聖護に笑い返した。彩華はその様子を見て安心したように目を細めた。
「さて、聖護、佐久也いこうか」
「うん!」
佐久也が元気一杯に返事をした。すると白竜丸がどこからともなくやってきた。
「馬だ!綺麗だね!」
「白竜丸、気が効くね、お前」
彩華が優しく微笑んで鼻をなでてやる。白竜丸は彩華の言葉がわかるのかぶるるっと息巻いた。
「ねえ、白竜丸っていうの?彩華さんの言葉がわかるみたいだ。すごいや」
佐久也は美しい白馬に目を輝かせながらしきりに感心している。
「俺が歩くよ。彩華さんと佐久也で白竜丸に乗れよ」
聖護は佐久也の傍にきて穏かで優しい眼差しを向けた。
「えっ?乗ってもいいの?」
佐久也は彩華の顔をちらっと見る。彩華も柔らかい微笑みを浮かべるとコクリと頷いた。
「さあ、でも、今日はこの山の峠の辺りまでかしらね。田津の領地が近いからそこへ向かいましょう」
この紫水の地は日が沈まない。いつが朝だったのかもわからないが、彩華と出逢ってからもう随分立っている。日が沈まないと眠気も起きないのか、聖護は彩華の話を聞きながらふと思った。そう言えば紫織は今頃どうしているだろうか。自分と同じように魔物に遭遇しているのだろうか。紫織に何かあればわかるはずなので、心配はしてなかったが、離れて随分時間がたったように思えて、この空の下のどこかにいる紫織を思いやった。
「田津様?」
聖護がぼんやりと紫織の身を案じていると不意に佐久也の声が聖護の耳に飛び込んでくる。
「そうよ。この辺りの山間は田津の領地なのよ。通過するにしても顔ぐらいは見せないと、叱られそうだわ」
「知り合い?」
佐久也はその顔を傾けて愛くるしいまるっこい目で彩華を見上げた。
「ええ、知り合いよ」
「彩華さんすごい人なんだね。もしかしてお姫様?」
佐久也は驚いて興味津々に問い返した。
「ちがうわよ」
彩華はそういって笑いながらちらっと聖護を見下ろした。聖護も微笑んで頷いた。
一行は半時ほど歩くと山の峠に差し掛かり、その辺りから聖護の顔つきが再び厳しいものに変わっていった。そしてとうとう、聖護は白竜丸をひき停めた。
「どうしたの?」
彩華は不安そうに怪訝な顔で聖護に問いただす。
「いやな気が立ち込めている」
佐久也は聖護の顔にまた震えた。痛い程に厳しく冷たい目。さっき一瞬見せた優しさとは全く違う顔がそこにあった。佐久也は体をこわばらせて聖護と彩華のやり取りをじっと見つめた。
「魔物?」
彩華の言葉に聖護はコクリと頷いた。
「でも、それ以上に人の負の想いがあふれている」
聖護は目を閉じた。
「恨み…、憎しみ、怒り…寒気がするな。かなりの数だ」
彩華は聖護の言葉に不安を感じた。
「さっきの悪鬼よりも手ごわい魔物?」
「魔物…というより、増幅してしまった人の負の想いの方が厄介だな。この辺りで人がたくさん集まるところがあるな・・・わかるか?」
聖護は明らかにまた別の聖護と化していた。
「集まるって、そりゃあ、田津家はこの辺りでも大きな豪族だから人が多いわ…まさか。田津家が魔物にのっとられた?」
「ありえる話だな。とにかくその田津の屋敷に行こう」
彩華は厳しい顔でコクリと頷いた。
峠を越えてしばらくいくと、物々しく鎧を身につけた男たちが目に入ってきた。男たちも彩華たちに気付いて警戒して刀を抜いて近づいてくる。
「何者だ!」
彩華は男たちを前にひるむことなく睨みつけた。
「この物々しさはどうしたことか!」
男たちが彩華を睨みつけてこめかみをピクッと動かした。
「誰だ!」
彩華は威厳をもって上目遣いで威嚇しながら声を荒げる。
「主がわからぬか!日文埜彩華だ」
佐久也がはっとして彩華を凝視して固まった。
「なんと!女王様がこのようなところにお出ましになるわけはない!嘘を申すな!」
1人前に出てきたひげ面の男たちは彩華をじろっと観察した上で聖護と佐久也までなめるように視線をやった。彩華はその男をむっとした表情で睨みつけると、ややため息交じりで低い声で言った。
「嘘かどうか、お前達の大将に確かめればよいであろう。勝正に会わせよ」
どうやら偽者と思い込んだ男はあっさりと彩華の申し出を断わった。
「…今はそのような暇はない。加陀のやつらとの戦で勝正様は陣中におわすからな」
彩華は男の思いもよらぬ言葉に驚いて目を剥いた。
「なんと?加陀と戦?私は命じた覚えはないぞ!戦はしてはならぬ!勝正に会わせよ!」
大きな声を上げただけに、後ろに備えていた男たちも急に声を荒げて彩華たちを追い払おうとした。
「帰れ!帰れ!女子供の来るところじゃない。怪我したくなかったら帰れ!」
彼らは一向にその道を通してくれようとはしない。彩華は唇を噛むと小声で悪態をつきながら白竜丸で強行突破しようとすると聖護が白竜丸の手綱をひいて引きとめた。
「待て!彩華さん。この向こうにもたくさんの気を感じる。いくら彩華さんでもここを突破するのは無理だ。別の方法を考えよう」
そう言ってきびすを返した。
「ちょっと聖護勝手に…」
その時聖護にギロっと睨まれて彩華は背中がゾクッとして一瞬すくみあがった。時折見せる別の聖護の冷たく厳しい瞳。彩華はそれに逆らうことはできない気がした。