第45話 悪鬼
二人は白竜丸とともに村のはずれまでいくと、木が鬱蒼と生い茂る森の入り口にでた。少年はその入り口で一旦二人の方に振り向くと、こっちだと手招きしてまたその先に入っていった。一瞬、彩華と聖護は顔を見合わせて頷きあうと少年の後についてその森に入っていく。少年の家は森に入ってすぐのところにあった。
「こっちだよ」
少年は家の前で再び手招きすると、家の中に入って行った。聖護は立ち止まって訝しげに家の周りを眺めている。
「どうしたの?聖護。何かあるの」
彩華は声をかけた途端に、また、別の聖護の雰囲気を感じ取ったが、今度は何も言わなかった。
「ああ、小物の悪鬼がたくさん屯ってる。あいつの母親はどうやらこの悪鬼の食い物になってるようだ。母親の魂を食いつぶすと次はあいつも餌食になる」
「なんですって?なんとかならない…」
彩華が聖護にいいかけた途端、家の中から少年の声が響いた。
「かあさんっ!かあさんっ!ねえ!返事してくれよ!」
彩華と聖護が走りだす。少年の家は今にも崩れ落ちそうな古い家屋だった。昔はそこそこの家だったのだろう。今はところどころ朽ち果てて中が見えるほど大きな穴が空いていたり、度重なる地震で一部は損壊していた。二人の目の前にある家は今にも倒壊するのではと言わんばかりにやっとそこに立っていた。門らしき跡をくぐると荒れ果てたかつては庭だったようなところに出くわした。
「かあさん、目を開けて!」
雑草が生い茂り、木は枝をのばし放題にしている。とても人の住む気配が感じられない。そのずっと奥から少年の声が響く。彩華と聖護はその声のするほうへと向かっていった。冷えあがった池らしき跡をやり過ごして回り込むとそこには、板の間にしかれた布団にしがみついて叫ぶ少年の姿が目に入った。
「かあさん!ねえ!いやだよ!かあさん!」
「どうしたの?」
彩華が少年の背中に声をかけると少年が泣きながら振り向いた。
「母さんが返事しないんだ」
「なんですって?」
彩華が慌てて走り寄る。
「なっ!」
彩華は少年がしがみついている布団に横たわる母親を覗き込んで絶句した。少年の母の顔はもう、腐って崩れかかっていたのだ。そして遺体のそこら中を蛆虫が這っている。とても今しがたまで生きていたとは考えにくいほど、死後随分放置してあった遺体のように見えた。
「ねえ、かあちゃんは?なんで返事してくれないの?ねえ!」
少年は彩華の着物に縋るようにしがみついた。彩華は少年の母を凝視したまま、黙って少年を抱き寄せた。
「操られてたんだ。かわいそうにな。とうに魂は食いつぶされていたんだ。あぶないところだったな」
聖護が彩華の背後から二人に近づいた。
「操られていた?それ、どういうこと?」
彩華が少年を抱きしめたまま、訝しげに聖護に視線をやる。
「悪鬼がよくやるのさ。屍を動かして人の弱い心につけこんで騙す…。こいつらの定番」
そう言うと聖護は瞳の中にくすぶらせてた白い光を一瞬のうちに放った。
「ぎゃあーっ!」
同時に悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。彩華は何が起こったかわからずに驚いて少年を抱え込むと母親が横たわる場所から警戒しながら後ずさりする。
「家の外に出てろ!一気に掃除する!」
そう叫んだ途端、辺りに悪鬼が湧いてでてくるようにうじゃうじゃ姿を現した。悪鬼の身体は真っ黒な蛇のような鱗で覆われ、ひとつひとつは子犬のようなサイズだが、鬼のようないかつい形相に口は獰猛に裂け上がっていた。聖護や彩華たちはみるみるうちに無数の悪鬼に取り囲まれた。悪鬼達は聖護を警戒してか、例外なく、するどい牙をむき出しにして、喉を唸らせながら威嚇してくる。そんな悪鬼が彩華と少年の周りにも足の踏み場もないほどにあふれて現れた。
「えっ?何これ!」
彩華は咄嗟に腰に挿した剣を抜くと少年を庇いながら剣でまとわりついてこようとする悪鬼を振りはらう。
「外に出てできるだけ離れろ!」
そういって聖護は彩華達にまとわりつこうとする悪鬼に白い光を投げる。その光は一瞬で細かく分かれて鋭い刃物のようになっていくつもの悪鬼に一気に襲いかかる。
「うぎゃあーっ!」
刃物が刺さった悪鬼は一瞬で溶けて消える。その光景を目の当たりにして驚いて呆然としている彩華に聖護がさらに畳み掛ける。
「何をぼんやりしているんだ!早くここからその坊主をつれだせ!巻き添え食いたいのか!」
「えっ?ああ、わかった!坊や、行くわよ!」
そう、抱きかかえている少年に言うと少年が頷いて彩華とともに走り出した。しかし、悪鬼は二人の足元にまとわりついてくる。
「ひゃっ!」
悪鬼が震えて弱っている少年に目をつけ、裂け上がった口を大きく開いてするどい牙をむき出しにして飛びかかってくる。彩華は持っていた剣で必死で振りはらった。しかし、どこから湧いて出てくるのか、消しても消しても再び現れ数が増していくように感じた。それでも彩華は少年を抱えて少年の足元に喰らいつこうとしてくるおびただしい数の悪鬼を必死に振り払いながら前に進む。聖護は無数に湧いて出てくる悪鬼に白い光の刃を散らし、一気に消し去るが、同時にどこからか湧き出てきて、すぐに悪鬼に囲まれてしまう。
「聖護!こいつら、なんなの?どんどん増えてる気がするわ!」
背後で彩華が聖護に向かって余裕のない声で叫ぶ。
「ちっ!キリがないな」
聖護はそうつぶやきながらも白い光の刃を散らす。ふと一瞬、数がぐっと減るときがあるのに聖護は気付いた。
「ん?」
聖護はもう一度、光の刃を投げつけてみた。途端に数がぐっと減る。
「そうか!」
聖護は悪鬼を退治しながら、背後で必死に格闘する彩華に向けて叫んだ。
「角だ!角を切り捨てろ!角の生えた奴が、親玉だ!そいつらの体を切り捨てても無駄だ。分裂したものがまた悪鬼になる。親玉を消せば消える!」
「ええ?角が生えた…???」
彩華は剣で少年にまとわりつこうとする悪鬼を剣で振り払いながらも悪鬼を凝視した。すると悪鬼の集団の中にところどころ頭上に角のある悪鬼が見えてきた。彩華はそのひとつに目をつけると、それまでずっと後ずさりしていたのをタイミングを見てぐっと前に近づいた。
「お前が親玉か!」
そういうと彩華は少年を自分の背に強引に引き寄せると腰をすえて剣を構えなおした。
「覚悟しろっ!」
彩華は叫ぶと同時に、剣を思いっきり振り下ろす。
「ぎゃあーっ!」
悪鬼の角を切り落とした途端、彩華たちの周りを取り囲んでいた悪鬼が一瞬消えた。
「いまだ!」
彩華は扉を開けると少年を連れて走りだす。
「後ろを振り向くんじゃないわよ!」
彩華は手を引く少年に叫んだ。少年も全速力で走りながらも大きく頷いた。聖護は走って小屋から離れていく彩華と少年を視界の隅に捉えると今まで細かく白い光の刃を散らしていたのをやめて、じっと悪鬼を睨みつけた。
「邪魔者が消えたからな、一気に掃除してやるよ」
そう言ってニヤリと笑うと、聖護は体のまわりに炎のような白い光を揺らめかせた。その炎は次第に大きくなっていく。悪鬼は聖護の身体を取り巻く炎が大きくなればなるほど、形相を変え、震えながら後ずさりしてとうとう家の一角まで追い詰められるように固まった。
「ばかめ、自滅だな。固まるなんて。まあ、かたづけやすいがな」
聖護は悪鬼に向かってそう言い放った瞬間、体から炎を放射した。炎は一旦天上に渦を巻いて上ったかと思うとそのまま竜巻のように悪鬼に襲いかかる。
「ぎゃあーっ!」
悪鬼は次々と呻きながら白い炎の竜巻に飲み込まれ、その身体は次々と溶かされて姿を消していった。彩華たちは走りながらも凄まじい轟音に気付いてふと後ろを振り返った。すると二人が先ほどまでいた小屋の屋根から巨大な白い炎のような光の竜巻が湧き上がったかと思うと、凄じい轟音とともにその巨大な光の竜巻は小屋ごと飲み込んでしまった。
「なにあれっ!」
肩で息をしながら彩華と少年は思わずその場に立ち止まり、その驚くような光景に目を奪われた。
「聖護なの?」
小屋を飲み込んだ白い光の竜巻は大きく膨らみはじめ、それと同時に轟音が辺りに轟いた。そしてしばらく停滞していたかと思うと、再び動き始め、辺りをぐるぐる移動した後、竜巻は天に向かって細くなって伸びていって、やがて静かにその姿を消した。途端に辺りは恐ろしいぐらいの静けさにつつまれた。