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第44話 もう一人の聖護

彩華と聖護は半時ほど走りつづけて山里近くにさしかかった。


「この先に檜杜かいと村と言うところがあるの。ここを通らないと街へ抜ける街道に出られないのよ。少しこの檜杜村の様子を見て行きたいんだけど、ゆっくりいってもいい?」


「ああ、俺はかまわないよ」


彩華は背中で聖護の返事を受け取ると黙って頷いた。白龍丸の手綱を引っ張ると白龍丸はそれに応えるようにスピードを緩めた。


「この辺りはね、山あいの景色がとっても美しいのよ。昔、父とこの白龍丸で遠乗りに来たことがあるのよ。ほら、あの山見える?ひとつだけ頭が尖ってるでしょ?あの中腹にもうひとつ屋敷があるのよ」


「へえ、見晴らしがよさそうだね」


「ええ、とっても美しい眺めよ。いつか案内するわね」


彩華が楽しそうに聖護に声をかけたので、聖護も笑顔でそれに応える。


「ああ。是非」


ふと、二人の耳に数人の村人が争うような声が飛び込んできた。


「このヤロウ!ガキのクセに生意気な!」


近くにいくと10歳ぐらいの少年を数人の男が取り囲んでいた。


「泥棒ネコめ!油断も隙もあったもんじゃない!おまえ達に与える食べ物なんかないんだよ。とっととあの怪しげな病気の母親を連れて村から出て行ってくれ!」


「なんだと!かあちゃんは怪しげな病気なんかじゃない!食べ物があれば治るんだ!」


「治るもんか!あれは伝染する悪い病気だ!」


「ちがう!」


そのうちに少年は地面に膝をついて地面に頭を擦り付けんばかりに頭を下げる。地面についた手は悔しさがにじみでるように強くにぎり締められている。


「お願いだ!食べ物を…。このままでは母さんが死んじまう!たのむ!」


男衆のうち小柄な30代ぐらいの男が少年の傍に立った。


「頭の下げ方がたらねえんだよ」


そう言って足で少年の頭を地面に擦りつける。


「ぐぅ…」


そして少年の横腹を足で蹴り上げた。


「ううぅっ!」


少年は横腹をおさえながら地面に横たわってうずくまった。しばらくはじっと堪えるようにしていたが、やがて体を重そうに持ち上げてなんとか体制を立て直すと、もう一度、土下座の姿勢に座り直した。


「おもしれえ。こいつ」


小柄の男の後ろでひょろっと痩せた若い男が嫌な笑いを見せると、少年の傍に近づいて胸倉を掴みあげて無理やり少年を立たせた。


「天候も悪いし、農作物は思うようにできないわ、おまえみたいな盗人にあうわで散々な目にあってるんだぞ、俺達は」


そう言って少年を今にも殴らんばかりに手を振り上げた。


「おまちなさい!」


彩華が馬を下りて、村の男衆を睨みつける。


「その手を放しなさい」


「なんだと、このアマ!関係ない奴は引っ込んでろ!」


彩華はそんな脅しにももろともしないで激しい形相で男衆を睨み返した。


「なんなんだ!おまえは!こいつは盗人なんだ!俺達の農作物を盗みやがったんだ!」


彩華の視線に小柄な一番年長者と見える男が追い詰められるように逃げ腰で叫んだ。


「この少年は病気の母のために切羽詰ってやったこと。許してやってはどうか」


彩華は騒ぎを鎮めるために仲裁に出た。


「うるさい!おまえはよそ者だろ!俺達の村には俺達のやり方があるんだ。口出し無用!」


そう言ってもう一度少年に手を振りかざす。


「やめなさい!いい大人が寄ってたかって子供を痛めつけるなんて!」


ふっと小柄な年長の男に痩せて背がひょろ高い男が耳打ちする。年長の男はちらっと彩華を見てにやりと笑て態度を豹変させた。


「許してやってもいいぞ。その代わり、おまえが俺達に奉仕してくれるのならな」


そういって彩華の周りを男達が取り囲みいやらしげに笑う。


「待て!」


男達がその声の主に振り返った。見れば、馬上から聖護が男衆を睨みつけている。男達は尋常じゃない聖護の瞳に気付いて青ざめた。聖護の目には白い光が宿っていたのだ。


「…お前は何者か!」


聖護が男衆に鋭い視線をやったままゆっくりと馬上を降りる。


「それはお前たちの方がよく知っているのではないのか?」


「やめろ…、くるな…っ!」


男達がじりじりと緊迫した雰囲気であとずさる。


「人の心に巣食う外道の魔物よ。弱き心を食い物にするとは卑怯なものよ」


聖護が鋭く厳しい視線を向けて男達を威圧する。


「たのむ…!くるな…っ!」


聖護はゆっくりと男達に近づいていく。


「うわっ!」


年長の小柄な男が何かに躓いた。その拍子に男達が逃げ出す。聖護は容赦なく後ろから手を振り上げて小さな光を投げる。それは男達の頭上で薄いベールのように広がって上から覆いかぶさった。


「ぎゃあーっ!」


男衆からどす黒い影のようなものが次々と抜けて消えていく。そして男達はその場にバタバタと倒れこんだ。


「聖護!村人を殺さないで!」


とっさに彩華が聖護に叫んだ。聖護は彩華の方を振り返らずに頷いた。


「心配はいらない。この者たちに取り憑いている魔物は小物だ。この程度で人には影響はない。半時もすれば気がつく」


彩華は一瞬、聖護という姿をした別人と話しをしているかのような気がした。


「あなた…誰?」


彩華が添うつぶやくと聖護が振り返った。その顔はさっきまで笑っていた聖護とは全くの別人のように険しく、厳しい、なにかに研ぎ澄まされたような鋭さを兼ね備えたそんな風な顔つきだった。それは常に戦場にいる武将の顔そのもののように思えた。


「ここは尋常じゃないな。この里に入ってきてから邪気が強くなってきている。この分だとそこら中に魔物が氾濫しているな」


彩華は聖護の様子が気にはなったが、それ以上に聖護が口にした言葉が気になった。


「やはり、魔物?」


「ああ、今にあの紫水湖の魔物が動き出す」


「水神が?」


「ふん、水神?あれは我らの一族ではない。とうに水神は魔物に捕らえられて湖の奥深くに沈められている」


「水神が捕らわれている?待って、我らの一族って?」


「ああ、紫水の魔物の気が立っている。だからこの地にはびこる魔物たちがそのせいでおどらされて不安や恐怖で弱った人間の心につけこんで争いごとを起こし始めている」


「なんですって?それは本当なの?」


聖護はこくりと頷いた。


「我の目を見よ。邪気によって反応しているのがわかるだろう?この里にやってきてからというものうっとおしいぐらいに感じるのだ」


彩華は話し方も雰囲気も違う聖護を訝しげに眺めた。


「あなた誰?我らの一族って、何者なの?あなたは紫の神子の守護者じゃないの?」


「ううっ…」


その時、地面に倒れたままの少年が起き上がろうとして唸り声を発した。聖護は彩華の質問に応えないまま少年に駆け寄ると少年を抱き起こした。


「大丈夫か」


少年は薄目を開けて作り笑いをするとなんとか頷いた。


「…もう何日も食べてないんだ。力がでなくて…」


呆然と聖護の姿を見つめていた彩華がはっとして少年のもとに駆け寄った。そして少年の傍にかがむと懐からなにやら包みを出した。


「これ、保存食だから味は期待できないと思うけど、栄養価は高いわ。これを食べて」


少年は目の前にだされた食べ物にがっつくように彩華の手からもぎ取ると無心にほうばった。しばらく喰らいついていたが、やがてはっとして手を止めた。


「どうしたの?」


少年の顔が急に曇る。


「これ…、かあちゃんにたべさせなきゃ。もらっていい?」


そう言って彩華の顔を申し訳なさそうに覗きこんだ。彩華は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニッコリ笑った。


「いいわよ。もっていっておあげなさい」


「ありがとう!」


少年の顔に笑みがこぼれる。聖護に支えられていた少年はふらつきながらもなんとか立ち上がった。


「あ、君、ねえ、私たちもお母様のところへ連れて行ってくれない?」


「えっ?そりゃあ、かまわないけど、母ちゃん病気で…。みんなが悪い病気だからうつるからって…」


「大丈夫よ。こう見えても多少は医学の心得があるのよ。私に出来ることがあればと思って」


「えっ?ねえちゃんたちお医者なの?」


「いいえ、違うわ。ちょっとだけね、医学を学んだのよ。」


王族は幼い頃から英才教育をしいられたのだ。専門的なことでも身の危険に絡むことは広く学んでおかなければならなかった。医学もそのひとつで、ちょっとした怪我や病気なら処置や看護ができる程度には学んでいた。


「本当?うん、いいよ、俺についてきて!」


そういって少年は明るい表情で踊るように走り出す。


「待って、体が弱ってるのよ。そんなに慌てないで」


彩華は聖護に振り返って視線を交わして互いに頷くと少年の後を追った。


 
















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