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第42話 妖精の力




 総真と和沙が熊谷の家に着くと、BMWが家の前に停まっていた。すでに涼子が到着しているらしかった。総真は着くなり、荒っぽくエンジンを切ると、和沙を置いて走って熊谷の家の中へと走っていった。家の中に入ってすぐに家人らしき男がリビングに倒れていたのが目にはいって、一瞬目をうばわれたが、すぐに涼子らしき声がする方へと急いだ。

台所でしゃがんで倒れている女性の容態を見ていた涼子が人が入ってきた物音に振り返った。


「ああ、総真。たいへんなことになってたわ。今、救急車を呼んだの。この人たち、意識不明だけど、生きてるわ。上に修二くんも部屋で倒れているらしいの。そこに同級生の七海くんがデュリンと一緒にいるわ。彼が連絡してくれたの。紫織くんのことは彼らに聞いて頂戴。私は、ここで救急車を待つ・・・、あ、来たようね。とにかく、2階にいるわ。紫織くんが消えたのも2階の奥の部屋らしいの」


救急車のサイレンが熊谷家の前で停まったとおもったら、すぐに救急隊員が2人駆けつけてきた。


「患者はどこですか!」


「ああ、ここに3人と2階にもう1人いるわ。全員意識不明。意識がない以外に異常は今のところみられないわ」


涼子が冷静に返答した。その様子に隊員が訝しげに訊ねた。


「あなたが通報者ですか」


「ええ、私よ。私は光陵学院大学付属病院の医師、諏訪涼子です。うちの病院に確認しました。光陵に搬送をお願いするわ」


涼子が医師とわかると途端にすっと態度をただして丁寧な口調になる。


「はい。光陵学院大学付属病院ですね」


救急隊員がすばやく無線で車に残っているメンバーに搬送先の確認と応援を依頼する。


「ああ、乗れないわよね。私が搬送を手伝うわ。外に停まっていた車私のだから」


涼子と目があった救急隊員のもうひとりの男がきびきびと頭を下げた。


「お願いします。助かります」


そう言うと運んできた担架に修二の父を乗せて玄関を出て行った。救急隊員のテキパキとした作業で、なんなく2階から修二をおろして全員搬送の準備が整うと涼子は2階で立ち会っていた総真に1階から大声で呼びかけた。


「総真!私は病院についていくわ!あとよろしく!」


「ああ、後で連絡する!」


総真は振り向きもせず、背中で応えて目は七海を捉えている。


「で、紫織さんと聖護くんが、あの部屋で消えたってことだな」


鋭い目で詰め寄る総真に七海もさすがに緊張をかくせない。


「はい。そうらしいです。なあ、デュリン」


デュリンももともと総真が苦手なので、声を発せずに少し怯えながら頷いた。


「で、どうしたら戻れるんだ。デュリン」


総真の視線がデュリンに向いた。瞬きもせずにじっと睨まれてデュリンは思わず七海の足の後ろに隠れた。その様子を見て七海はデュリンを庇うように抱き上げた。


「それが、紫織が帰り方をしっていれば帰れるかもしれないんだけど、総真さんでしたっけ?以前に紫織がゲートを出入りしたことがあるとか、何かご存知ですか」


詰め寄る総真に七海が対抗するように言い返した。総真は左の眉をピクと動かした。


「いや、聞いたことはない」


七海が総真の応えに大きくため息をついた。


「そうですか。ご存知ないのですね。やっぱり…」


しばらく3人が無言に立ち尽くしていると総真の背後でアビスが鳴いた。


「紫織は紫の神子だから、魔物の退治にいったんだ」


3人がはっと顔を上げて一斉にドアの方に注目した。そこにはエメラルドの瞳からぼんやりと光を放った和沙が立っていた。その横でアビスが和沙に寄り添っている。七海はその姿にはっとして息を呑んだ。和沙の容姿はまるで妖精が飛び出てきたかのように希薄で今にも消え入りそうな感じがした。和沙だけがあきらかに異質な存在で、この幻影のように浮かび上がり、和沙もまた特別な存在なのだろうと七海は瞬時に察知した。


「和沙さん、どういうことだ?なにかわかるのか?」


総真が体ごと後ろを向き直り、正対して和沙に問いかける。


「今、紫織は眠ってるよ。足を怪我したらしい」


「怪我?」


七海が驚いて繰り返すと和沙はコクリと頷いた。


「山で転んでくじいたみたい。でも、王様が一緒だから大丈夫」


「王様?」


イラつくように総真が和沙に詰め寄るが、和沙は気にとめる様子もなく、無表情のまま淡々と話を続けた。


「あの人も・・・。あの人は女王様と一緒にいるよ」


「あの人?」


「あの人って誰だ?」


「うん、病院の傍で会ったんだ。名前は知らないけど、キレイな白い光をもった男の人だよ。」


「もしかして聖護のことか?」


「聖護っていうの?あの人?」


「紫織と同じ服着てないか」


和沙は無表情のまま少し首を傾げた。


「服?わからない。僕は見えないもの。ちょっとまって聞いてみる。」


しばらく黙り込むと和沙の体から薄い緑の光がじわっと立ち込めてきた。総真と七海は呆然としてその様子を見つめた。そして和沙が再び目を開けると、瞳に聖護が浮かび上がった。


「どうやら、同じ服を着ているみたい」


和沙の瞳に映った聖護は勇ましく美しい少女とともに白い馬の背に乗っていた。


「聖護???」


七海は和沙が見せる聖護の姿に困惑して思わず、声を漏らした。和沙はもう一度目を閉じるとしばらくじっと動かなかった。


「紫織?僕だよ。わかる?和沙だよ。安心して傍にいるから。あの人…聖護さんも近くにいるよ。紫織を探してるよ。大丈夫。だから安心して…」


和沙はつぶやくように穏かな笑みを湛えて、いかにも目の前の紫織に語りかけるような風に見えた。七海は目の前で微笑む和沙の清廉で透明な表情に目を奪われた。総真も黙ってじっとその様子を見つめた。やがて、沈黙を破るようにぱっと元の透明なエメラルドの瞳を表わすとまたその表情は無表情にかわった。


「大丈夫。紫織は安心したよ。僕の声が届いたから」


「届いたって、おまえ、話ができるのか?」


和沙は七海の問いかけにコクリとまた黙って頷いた。


「僕と紫織は離れていてもどこでも話ができるよ。聖護はまだ、気付いてくれないけど」


「聖護も話ができるのか?」


和沙が再びコクリと頷く。


「うん。でも、まだ、聖護は僕の声に気がつかない。でも、話ができる人のはず。だって、聖護って人は紫織を守る人で神の使いだから」


「神の使いっだって?ばかな!紫織様は魔族なんだぞ」


七海の腕の中で保護されていたデュリンが乗り出すようにして和沙にくってかかる。


「魔族?」


やはり和沙は無表情のままエメラルドの瞳でデュリンを捉える。


「ああ、だから俺は紫織様に使えてるんだ。紫織様は半端な魔族じゃない。すごいお人なんだからな」


「ああ、それは、紫織の体の中に魔を抱えているからだね。でも、あの人は神の子だよ。僕にはわかる」


さらっと言い放ち、何事もなかったかのように淡々としている和沙にデュリンはますますムカついて吠える。


「何者だ!おまえは!」


今にも噛みつきそうに爪をたてるデュリンに和沙は相変わらず表情がないままに頭を傾げる。


「僕?僕は…何者なんだろう?」


しばらく沈黙が続いた。和沙はどうやら自分が何者かを考えているようだった。そんな時、ふと、デュリンがなにか思い出したように顔をしかめた。


「どっかで感じたことがある気だな…くそ、思い出せない。ちぇっ!」


和沙が纏っていた光がふっと消えた。


「和沙?」


七海が不思議そうに和沙の名前を呼んだ。和沙はすぐさま七海にエメラルドの瞳を向けると、戸惑うこともなく即答した。


「今はまだ、何もしていないから帰れないよ」


「おまえ、帰り方をしってるのか?」


さらっと当然のように返答した内容に七海は目を剥いた。そんな七海に和沙は瞬きもせずにコクリと頷いて続けた。


「紫水の水神が呼んだんだ。だから、水神が返してくれる。僕達は待ってればいいんだ」


「待つってどのくらい?」


七海かせっつくように先を促す。


「さあ?それはわからないよ。でも、ゲートを塞がないように守らないと」


そういって和沙はおもむろに奥の部屋へと足を進めた。そして紫水晶が柄についた刀の前に立った。


「この刀をこの場から動かしてはだめ。ゲートが塞がれてしまうから」


「この刀はやっぱりゲートか!」


七海が乗り出すように言うと、腕の中のデュリンがぐいっと毛むくじゃらの体をひねり、七海に振り返ってぶつくさ文句をたれた。


「だから、言ったろ?」


デュリンは信じてなかったのかといわんばかりに頬を膨らまして、七海を睨んだが七海は無視して和沙に問い正した。


「この刀をここから動かさないように守るだけでいいのか」


和沙は黙って頷いた。その様子にいらだつように眉間にしわを寄せてやや疑うような表情で総真が口を開いた。


「確かなんだな」


さらに険しい視線をむけて追求するが、和沙は相変わらず気にもとめない様子で平然と頷いた。


「では、紫織さん達が戻ってくるまでここで待つことにしよう」


総真は相変わらず鋭い視線を和沙にはなってはいるものの、気持ちをぐっと押さえ込むように低いこもった声で言うと、また、その返事にも和沙は無表情のまま頷いた。

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