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第41話 沈まない太陽

 何時間歩いたのだろう・・・。さすがの聖護も普段から鍛えているとは言え、地割れやがけ崩れでもはや道が存在したのかすらもわからなくなった道のりを登っては降りて、段差は飛び越えるの繰り返しで足はパンパンに張り込んできつくなってきていた。聖護は時折ため息をついては無言でただ歩き続ける彩華の背中を見つめた。いつまで歩き続けるのだろう、空を見上げると空は快晴で青々していて一向に日が沈む様子はない。彩華が言ったとおり、どうやらここは日が沈まないのは本当らしい。ふつうなら清々しい空なのだが、今は日が沈まないのは恨めしい。ふと、そう思った時、彩華の足が止まった。


「やっと入り口だわ」


そう言って彩華が聖護を振り返った。


「このすぐ先に、この山まで乗って来ていた馬が繋いであるの。無事でいてくれればいいけど。こんな様子だもの、城の者も来ないしね、連れ返っていることはまずないと思うわ。さ、もう一息だわ。行きましょう」


彩華はまた再び足取りも強く前に進み始めた。聖護もその後に続いた。

少しすると小屋が崩れたのか、丸太や柱のような木が折り重なった光景が視界に入ってきた。彩華が小走りにその瓦礫の山に近づいて、口笛を吹いた。


「白龍丸!」


彩華があたりに向かって大きな声で叫んだ。しばらくすると馬蹄の音が近づいてきた。彩華はその音に吸い寄せられるように走って向かって行った。彩華の向かっていく先をみるとすぐに真っ白で美しい馬の姿があらわれた。周りの木々や緑の中に真っ白くくっきりと浮かび上がるコントラストは息を呑むほど美しい。彩華の前に現れた美しい白馬、は一旦停まってじっと彩華を見つめる。その目は澄み切って馬の一途な想いがあふれているように聖護には見えた。そしてその一途な瞳は彩華にだけ向けられていた。周りの光景とは場違いなほど、優雅な動きでゆっくりと彩華の傍に近づいた。


「白龍丸!生きてたのね!」


彩華は白い馬の頬を優しくなでると自分の顔を近づけて頬ずりした。


「よかった。また、会えた。生きててくれたのね。白龍丸」


「白龍丸っていうんだね。キレイな馬だ」


背後からの聖護の声に彩華が振り返った。


「そうよ。私が育てたの。この子は私しかなつかないのよ。でも、本当に美しいでしょ?走るのも日文で一番速いのよ」


彩華があまりに嬉しそうに話すので聖護も思わず笑みがこぼれた。


「なんだか、彩華さん母親みたいな顔してるよ」


「そう?ああ、そうかもね、白龍丸は私の自慢の息子だわ」


彩華はニッコリと聖護に笑いかけると、もう一度白龍丸に振り返った。


「白龍丸、私達は急いでお城にもどらないといけないの。連れて行ってくれる?」


彩華の言うことがわかるのか、白龍丸は少し前足で足踏みすると鼻息でぶるぶるっと首を振った。


「よし、いい子ね。白龍丸」


彩華はもう一度頬をぽんぽんと軽く叩いて応じると慣れた動きで軽々と白龍丸に乗り上げ跨った。


「さあ、聖護、乗って」


彩華が聖護を手招きをする。聖護は頷くと彩華の後ろに乗り上げ彩華につかまった。


「はあっ!」


彩華が威勢のいい声をあがて手綱を引くと白龍丸は力強く走りだした。聖護は馬がはじめてなので振り後されないようにと手を彩華の腰に回した。先ほど抱きしめた女性かと思うと聖護はドキドキしてなんだか照れくさい。


「もっとしっかりつかまってて、白龍丸はもっと走れるわ」


叫ぶように後ろにいる聖護に声をかけた。聖護は一瞬顔を赤らめたが、いわれるままにさらに体を彩華の背中にぴったりと寄せた。聖護のそんな様子に気付いているのか、彩華はクスッと一瞬笑うとさらに白龍丸に鞭を打つ。


「はあっ!」


聖護は彩華の背中で見る見るうちに変化する景色に目を奪われていた。馬に乗ったのはこれがはじめてだが、白龍丸は2人も乗せているのに本当に力強く速い。景色は飛ぶように通りすぎていく。半時ほど走ると、高い頑丈な石塀が見えてきた。彩華は石塀に近づくとしばらく石塀にそって走った。そして、やがて門らしき厚く重厚な扉が見えてきて、彩華はその前に馬を停めようと手綱を締めた。白龍丸は前足を上げて彩華の指令どおり無理やり体をひねって停めようとする。一瞬聖護は振り落とされそうになるのを彩華の腰にまわした手に力をこめてなんとか耐えた。白龍丸は足踏みしながら呼吸を整えている。彩華は大きく息を吸い込んだ。


「誰かおらぬか!女王、彩華だ、開門せよ!」


太くて勇ましい凛とした声を閉まっている扉ぶつける。すると、しばらくして錆びた鉄の擦りあうようなキィッという音とともに静かに重厚な扉が動き始めた。そし中が見えてくると同時に、すぐに人が走り寄り彩華の前に跪いた。


「女王様、いかがなされましたか?」


年頃は彩華とあまり変わらないぐらいの若い門番がしっかりとした口調で応じた。


「ふむ、紫水で大事な客人に会うたのでな、予定を変えてもどってきたのだ」


「客人?…ですか?」


門番が不思議そうに顔を上げて聖護をおもむろに見た。聖護が馬上からじっといかにも誠実そうな門番を見返す。門番ははっとしてまた、頭を下げた。


「ただ今、使いの者を城に走らせます。女王様、むさくるしいところではございますが、こちらの中で…」


「よい。我らは急ぐのだ。それに…、民のことが心配なのでな、領内の様子を見ながら行くことにする。」


「は?しかし、女王様、領内は危険でございます。紫水の崇りと人が騒ぎ始めて、狂い人も増えておりますゆえ、城までの道中は女王とその客人お二人では危険すぎます。迎えが来るまで今しばらくお待ち…」


「よい。その様子を私はこの目で確かめねばならぬ。私はこの日文の女王なのだから。客人は私が守る。よいな」


「ですが、女王様の身に何かあっては…」


心配そうな面持ちで門番が言い返すのを彩華が真顔で強い視線で睨みつける。門番はビクッとして何か言おうとした言葉をゴクリと音がしそうなぐらい飲み込んで、もう一度頭を垂れた。


「ははっ!」


「そなた、なんという名前だ?」


「はい。私は泰助たいすけと申します」


門番は頭を下げたまま応える。彩華は馬を降りて泰助に近づくとその場に膝を折った。驚いた泰助ははっと顔をあげた。


「そうか。泰助か。おまえの気持ちはありがたく受け取った。泰助、案ずるでない」


そう低く穏かな声で言うとやさしく微笑んだ。そしてすぐに立ちあがるとまた再び勇ましい太い声をはりあげた。


「泰助、すまぬが、剣を用意してくれぬか」


「けっ、剣でございますか。」


そういって泰助は少し顔を上げてじっと思いをめぐらすような様子を見せるとすぐに返事をしておまちくださいと入って消えた。2分ほどすると剣を手にして戻ってきた。


「お待たせしました。こちらをお使いください」


彩華は泰助から剣を受け取ると、慣れた手つきで鞘を抜いた。そしてじっとその剣を傾けたり裏をかえしたりしながら眺める。指紋ひとつなく、キレイに手入れが行き届いている。高級ではないが、光が滑らかに流れた。


「これは?」


泰助が、顔をあげて自信をもって応えた。


「私の剣です。父から受けついだものにございます。安物でとても女王様にふさわしいようなものではございませんが、常に手入れをしておりますゆえ、切れ味には問題ないと存じます」


「泰助の父の剣か」


彩華はそう一言はくと女王らしく威厳のある微笑を見せた。


「よい剣だな」


そうして泰助の顔をもう一度みると黙って微笑んで頷いた。泰助はほっとしたような様子を見せながらもそれに応えるように頷いた。


「さあ、聖護、いきましょう。危険が伴うけど、私が責任もって城まで貴方を案内するわ」


彩華は背後にたっていた聖護に振り返って声をかけると剣を鞘に収めて腰に刺した。そしてすぐに白龍丸に飛び乗ると聖護にも手を差し出した。聖護は、緊張した面持ちで彩華の手をとり、白龍丸の背にまたがった。


「泰助!良い名前。私は忘れない。この剣、いつか取りに城へ来るがよい。礼をしたい!では、また会おう!」


そう言い切ると彩華は白龍丸の手綱を引いた。白龍丸は勇ましく軽快に走りだした。


「彩華さん・・・、女王なんだね」


「えっ?何?」


「さっき、泰助さんの前での振舞いをみてそう思った」


「ああ、あれね。あれが女王の顔よ。民や家来の前では弱みは見せられないわ。彼らが望む女王らしく振舞うのよ。偉そうに見えた?」


「いや、彩華さんは優しい人だなって思った」


そういって聖護はさっきの門番とのやり取りを思い出して微笑んだ。


「えっ?何?私が優しい?違うわ。優しいのは泰助よ。私が何をしに紫水に向かったか知ってるくせに、それを責める様子もひとつもなかったわ。自分達の命がかかっているのに、こんな役に立たない女王を信じてくれるのよ。本当、ありがたいわ」


聖護はふっともう一度微笑んだ。


「彩華さん、だから日文の民のために一生懸命になるんだね」


「えっ?」


「貴女はきっと民にとって心優しいステキな女王だよ」


聞こえたのか聞こえないのか彩華は何も言わなかった。聖護は彩華の背中で幾分熱くなった彩華の体温を感じながらも、視界に田園や家並みが見えてきたことでぐっと気を引き締めた。いくつか田畑を通りすぎると崩れかけた家があった。彩華はその前で馬を停めると、降りて周辺を回った。聖護も彩華に従った。




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