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第40話 心の支え

 雅成は馬を下りて馬の頬を2度ほど軽く撫でると、道なき道へ足取り軽く入っていった。紫織は馬上で、その後姿をじっと見つめて待っていると、程なくして雅成が戻ってきた。


「岩や土に埋もれかかっていたが、確かにある」


そう言って雅成は紫織に手を伸ばした。紫織がその手をとると雅成が近づいて紫織を抱きかかえて馬から降ろした。地面に降り立った瞬間、傷めた足に力が入らず、一瞬ふらついたが、雅成が支えたので、なんとか大地に立つことができた。


「大丈夫か?紫の神子」


心配そうに雅成が見下ろす。


「ああ、大丈夫。なんとか1人で歩ける」


そう言って歩きだそうとするがその瞬間ガクッと崩れそうになった。


「おっと、あぶない。無理に歩かないほうがいい。私が連れて行こう」


「えっ?」


雅成は言い終わらないうちに紫織を抱き上げると、さっき来た道のりを軽々と戻っていく。紫織が困ったような顔をしているのに気付いて雅成が歩きながら紫織の顔を見下ろした。


「神子、貴方は男に慣れておらぬようだな。大事な人と言うのもまだ、想いを伝えておらぬのだろう?」


紫織は雅成の言葉に驚いて顔を逸らした。


「めずらしい。神子が顔をそむけるなんて。神や魔物がわかるような力があるのに人間の男の心はわからぬようだな」


雅成がそう言って豪快に笑うと紫織は頬を赤く染めて、更に俯いた。


「奥ゆかしいものよ。そうすると私にもまだ希望があるということか」


雅成は目を細めて腕の中にいる紫織をしっかりと抱きかかえた。


「さあ、ここだ」


大きな岩の前に紫織をおろすと、大きな岩の前に立った。そして岩を両手で抱えた。雅成が力を入れると鎧の間から伸びた形のよい腕の筋肉が盛り上がって引き締まる。歯を食いしばり目一杯の力で押し上げると少し隙間ができた。


「ふう、これでよし。なんとか、動いたな」


そう言って紫織の傍にもどってきた。


「あれだ」


雅成が動かした岩の間の隙間を指さした。紫織が足をかばいながら近づいて中を覗きこむと、薄暗い中には確かに白い石で作られた祠があった。紫織はその祠をじっと眺める。その瞬間紫の瞳がぼおっと光を増した。しばらく眺めると紫織は制服の上着のポケットの中に手を入れて探った。その瞬間、はっとして動きを止めた。


「何かあるのか?神子」


後ろから雅成が声をかけるが、紫織は反応しない。


「神子?」


紫織が雅成の再び呼ぶ声にひきもどされるかのようにはっとして振り返った。その顔は青ざめていた。紫織は心配そうに自分を見つめる雅成の顔をみると、すぐにいつものように無表情な顔に戻った。そして再び祠に向き直った。


「確かにここに神は存在する。この祠に触れることが出来れば閉じ込められている水神と話ができる…」


紫織が重々しくつぶやくように言った。


「話?」


雅成の問い返す言葉に紫織が大きく息を吐くとゆっくりと頷いた。


「そう、水神と話をするには強力な神力がいる・・・。」


雅成が訝しげな顔をして紫織の後ろ姿に問いただす。


「神力?神子はできぬのか?」


しばらく紫織は押し黙った。そしてじっと考え込むようにゆっくり頷くと重い口を開いた。


「今はできない…。今のままの私では、この細々と感じる存在を消してしまうかもしれない」


「それはどういうことだ?」


紫織が厳しい顔をして答えを問う雅成に振り返った。雅成は一瞬紫の瞳が濁った気がした。


「ロザリオ…。私に神の力を与えていたロザリオを失くした…」


「ロザリオ?それはなんだ?」


雅成にはロザリオがわからず、その勇ましい顔の眉間にしわを寄せつつ紫織をさらに問いただす。


「神の力をもたらす大切な十字架…」


紫織の顔がみるみる青ざめていく。


「どこでどこで失くしたのだ?」


雅成は紫織の今にも倒れそうに血の気がうせていく様子にただごとではないと察して紫織に近づいた。


「…わからない…。この世界に来る前なのか、来てからなのか…」


紫織は急に不安な気持ちで一杯になり、自分がどこに立っているのか、わからなくなるほどに目の前がくらくらして平衡感覚を失なったような気がした。今まで、この世界に来てからというもの、怖さや不安を感じなかったのは常に聖護が傍にいる安心感だった。それをもたらしていたのが、この肌身離さずもっていたロザリオだったのだ。紫織はロザリオを持っていることで自分を保ってこられたのだった。そのロザリオをどこかで失くしてしまった。本当にこの世界で自分ひとりということなのか…。紫織はそう思うと、急に孤独感と不安が押し寄せてきて、それまで気丈に支えてきた心の糸がふっと切れたようにその場に崩れ落ちそうになった。


「神子?」


雅成が驚いて崩れ落ちそうになる紫織を腕に受け止めた。


「ごめんなさい・・・。大丈夫」


弱々しくその腕を掴んで立ち上がろうとするが、体が持ち上がらない。紫織は急に体が鉛のように重く感じて、結局は雅成の胸に倒れこんだ。


「神子?」


「ごめん…、聖護…」


紫織はうつろな目で薄れる意識の中つぶやいた。



―聖護っ!―





「紫織?」


彩華とともに日文国に向かっていた聖護が急に立ち止まって紫水湖を振り返った。


「どうしたの?」


彩華が不安げに聖護に呼びかける。聖護は聞こえているのか聞こえていないのか、彩華に返事をすることなく心配そうな面持ちで遠くを見つめていた。


「聖護?」


「紫織が・・・泣いている。」


聖護がつぶやくように言うと彩華がはっとして黙りこんだ。聖護は紫織の不安に満ちた悲しい思いに触れて心が一瞬締め付けられるようだった。


―待ってろ、必ず探し出してやるからな。近くにいるから。紫織。―


そう心でつぶやくと名残惜しそうに聖護はきびすを返した。


「さあ、行こう、彩華さん。」


聖護の心配そうな表情を目の当たりにして、思わず尋ねた。


「聖護、いいの?」


聖護は黙って頷いた。


「大丈夫だ。今のところ紫織の身に危険はない。紫織が紫の神子なら、きっと俺はこの世界で紫織に会うことができるはず。だから、今は目の前にある道を進むべきなんだ。」


聖護はまっすぐ漆黒の瞳で彩華を見つめてゆるぎない確信をもって言い切った。彩華はしばらくじっと聖護の瞳を見つめていたが、コクリと頷くとまた、歩み始めた。





「神子!神子!気をしっかり持て!神子!」


雅成が腕の中で支えている紫織を揺り動かして名前を呼び続けた。それでも紫織は徐々に意識が遠のいて行く。


「聖護・・・。」


もう一度紫織がそうつぶやいた。その時、雅成は一瞬紫織が微笑んだ気がしてドキッとした。


「神子?」


次の瞬間、閉じられた紫織の瞼から一筋涙が零れ落ちた。


「神子?」


雅成は何が紫織に起こっているのかわからず、困惑した表情で紫織を胸に抱きしめた。

















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