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第39話 女王の涙

 「聖護?」


背後からの声にはっとして聖護が振り向くと彩華がいつのまにか追いついて来ていた。


「あ、ああ」


聖護が考え込んで手に持っていた何かを握りしめたのを彩華は見逃さなかった。


「何それ?」


「えっ?ああ、友人の大切にしていたロザリオだよ。ここでみつけた。やっぱりあいつもここに来ていたんだ」


「それって、紫の神子のこと?」


聖護は頷いた。


「あいつはいつもこれを大事に持ち歩いていたんだ。なんでこんなところに…」


「何かあったのかしら?」


「いや、大丈夫だと思う」


簡抜入れずに聖護が返事をしてきた。


「えっ?どうして?」


彩華は妙に確信めいた風に言い切る聖護に疑問を持った。その意味を理解して聖護が言葉を添えた。


「何かあったら俺にはわかるんだ。あいつのことなら」


「どういうこと?」


彩華は訝しげに尋ねた。


「俺にもわからないけど、あいつに何かあると離れていてもわかるんだ」


「すごいつながりね。やっぱりそれも神に与えられた力なの?」


聖護はその質問には押し黙った。


「どうしたの?聖護。」


様子がおかしいので彩華が聖護を覗き込むように見つめた。


「…いや、わからない…。俺はそうは思いたくないから」


彩華は一瞬、聖護の言った意味がわからず困惑した表情で聖護を眺めている。聖護は彩華の視線を受け止めながらも紫水湖の方をもう一度見やり、遠い目をして言った。


「俺達は確かに神から与えられた宿命がある。でも、まだ、自分達にもそれがなんなのかがわからないんだ。君は俺の事をあいつの守護者じゃないかっていったけど、それすらわからないんだ。ただわかっていることは、あいつは魔物と戦い、俺はあいつを助けているっていう事実だけなんだ」


「だからここに来たの?二人とも?」


「…そうだな、ここへやってくる前の状況からしてきっと神に呼ばれたに違いない。とすると俺は紫織にここで会えるはずだ」


聖護はさっきと同様また確信めいた言葉を言いはなった。それでも、先程とは打って変わってどこか寂しげな様子を彩華は感じとっていた。


「聖護?」


聖護は今度は返事すらしなかった。

 天目・・・聖護の頭の中には天目の言葉が浮かんでいた。紫織の中に住む魔王を監視するという天目。それが自分だと言われた。俺は紫織の監視役なのか?神はそのために俺を紫織の傍にいさせるのか?だったらなぜ、紫織を癒し、傷を治すことができるのか?


「聖護?どうしたの?」


聖護が深刻に思いつめているような気がして彩華はもう一度聖護に呼びかけた。


「えっ?ああ、ごめん。ちょっと思い出したことがあって…」


ふいに我に返ると聖護は彩華の方に振り返ってぎこちなく笑った。彩華はそんな聖護を不審に思ったが、言葉が見つからず、なんとなく聖護が手にしていたロザリオを見つめた。


「ねえ、紫の神子ってどんな人なの?」


「えっ?紫織か?」


「紫織っていうの?その人」


「ああ」


聖護は頷いて返事をすると手にしていたロザリオに視線を落とした。


「紫織はこのロザリオの数珠のような深い蒼い瞳をしてるんだ。それはいつも悲哀とせつなさが入り混じる深い海の底のような色をしてる。でも、魔物があらわれるとその瞳は紫に変わていく。その瞳は吸い込まれるようでどこまでもクリアで・・・、そうだな、まるで紫の水晶をはめ込んだみたいっていうのかな。瞳が紫に光る時、あいつは途端に別人になる。厳しく威圧するような強烈なオーラを纏って、不思議な力で魔物を封じる」


「紫の瞳?不思議な力…」


彩華はつぶやくように繰り返した。


「やっぱり、その紫織って人、紫の神子よ。間違いないわ。紫水の伝承記で昔読んだことがあるもの。その者紫の瞳を有し、不思議な力で人々を救うと記録されていたわ」


聖護は彩華の話に驚いた。


「とすると、やっぱり、紫織はここへ来る運命になっていたんだな」


聖護は引きつるように笑った。


「だから貴方もここへ呼ばれた」


彩華が言葉を添えると一瞬聖護がビクとしたように思った。


「そうみたいだな」


聖護は笑ってそう応えるとまた遠くに視線をやった。なんともいいがた寂しげな微笑だった。


「聖護?」


「それが現実なんだよな」


聖護がため息をついて寂しそうにもう一度笑うと、急に真顔になった。


「でも、俺は神に与えられた役割だから紫織の傍にいるんじゃない。俺が紫織の傍にいたいんだ。紫織を守るのは俺が紫織を守ってやりたいと強く願うからなんだ」


彩華は聖護が思いつめたように言葉を吐き出すのを目の当たりにして心をぎゅっと締め付けられる思いで息苦しくなった。


「聖護・・・、その人のこと・・・好きなの?」


彩華は恐る恐る聖護の顔を上目遣いで見上げてなんとか言葉を送りだした。


「えっ…?俺が?」


彩華はじっと聖護を眺めて聖護に頷いた。


「そりゃあ、大事な友達だからね。好きに決まってるだろ。あいつを守ってやれるのは俺だけなんだし…」


「そうじゃなくて、貴方はその紫織さんとやらを愛してるんじゃないかっていったのよ!」


少しいらだつようにやや声を荒げて聖護の言葉を制した。


「えっ?何言って…。俺達同性だぞ。愛してって…」


そういいかけて聖護がはっとして言葉に詰まる。そして困惑した表情で視線を地面に落とした。


「えっ?女の人じゃないの?神子って。じゃ、私の勘違いね」


「…いや…、勘違いじゃないよ。」


聖護が顔を上げてはっきりとした口調で返した。


「えっ?何言ってるの?聖護。だってあなた同性だって」


「ああ、同性だけど…。そんなこと…関係ない。紫織は紫織だから」


「えっ?でも、ありえ…」


「そうだな、ふつうはありえないよな」


そういって聖護はクスッと笑った。今までなぜこんなことに気付かなかったのか。明らかに七海のように親友と呼ばれる存在でもない。思い返せば今までに一度たりとも他の同級生のように男扱いしたことはなかった。無意識に聖護は特別な存在として紫織に接していた。紫織に触れれば心臓が高鳴るし、姿がみえないといらだつ。口数の少ない紫織が誰か他のやつと話をしていると妙に勘にさわる。紫織がだまって1人で抱え込んでしまうとなぜ自分を頼らないのかと無性に腹が立つ。親友である七海には全くそんな感情はいだかないのに、紫織だけはとにかく何につけても気になるのだ。それはすべて聖護の中で紫織がかけがえのない特別な存在だったからだと思うとすべて納得できる。いままで自分の中にくすぶっていたもやもやの原因は、そんな簡単なことだったのかと聖護は急におかしくなってきた。とっくにすべてが紫織中心にまわっているというのに。


「七海、おまえの言うことが事実だったんだな」


聖護は何か思い出すかのように笑った。


「えっ?七海?」


「あ、ああ、俺の親友だよ。そいつがよく俺をからかうんだ。俺がいちいち紫織をかまうから女王様を守る騎士ナイトみたいだっていうんだ」


そういって聖護は軽快に笑った。それは霧が晴れたような晴れやかな笑みだった。


「彩華さんのおかげですべてすっきりしたよ。俺は紫織のことが好きだったんだ。だから、紫織を守ってやりたいと強く思ってたんだ。あいつには誰にも触れさせたくない。神に与えられた役割だからじゃないんだ。俺が紫織を必要としているから、俺が傍にいたいから、だからあいつを守るんだ」


聖護は彩華にもう一度向き直って漆黒の瞳をまっすぐに向けて言った。


「聖護…?」


彩華は聖護にあまりにもまっすぐ見据えられたので、瞬間息がとまるかのような錯覚を覚えた。それはまるで心を抉り取られる痛みのような気がして、急に酷く息苦しさがこみ上げてきた。彩華は酸素を欲して思わず息を吸い込もうと胸を押さえた。


「彩華さん?どうしたの?」


彩華の様子に聖護が気付いて傍に駆け寄った。彩華の身体に触れようとする聖護の手をとっさにはらいのけた。


「彩華さん?」


聖護は苦しそうにしている彩華の様子を心配な面持ちで見下ろした。


「…ごめんなさい。なんでもないの」


「少し休んでいこうか?道が荒れているからやっぱり女の人には応えるよね」


聖護がそう、声をかけると彩華は苦しそうな顔をしながらも横に大きく頭を振った。


「違うの」


そして聖護の両腕を掴んで顔をあげた。


「えっ?違うって?」


「私は…あなたに惹かれていたの。だから、あなたが紫織って人のことを愛おしそうに話しをするのが、どうしてもつらくて…。それが…男の人だなんて…もっと悔しくて…」


突然の彩華の告白に聖護は驚いてその場に立ち尽くした。


「あなたみたいな人初めてだったのよ。こんな気さくに私を普通の女の子として接してくれる人なんて今までなかったのよ」


彩華はやっと吐き出すように言いはなつと掴んでいた聖護の両腕を離した。そして大きく深呼吸をすると呼吸を整えた。


「私は生まれたときから女王になることが決まっていたの。日文埜の一族では第一子が王となるの。だから、私は生まれてからずっと女王となるべく教育を受けてきた。年上の大人も誰もが私に頭を下げた。両親はたしかに者の道理を教えてくれて叱ってもくれたけど、でも、妹や弟たちとは明らかにちがった。私には未来の女王として接していたわ。やがて両親は病で次々と亡くなって、私は即位したわ。その時から真実を学ぶのは書物だけになった。女王となってからはだれにもわかってもらえない孤独感と何万もの民の生活を預かることの重圧感は計り知れないものだった。だから、貴方が普通の女の子として接してくれた時、正直いって面食らったわ。でも、少しの時間だけど、あなたといて、私は女王彩華じゃなくて素のままの彩華でいられたのよ。この人は私の運命を変えられる人だと瞬間思ったわ」


「彩華さん…。俺は…」


聖護が困ったように途中で割って入ろうとするのを彩華はとっさに言葉を投げて制した。


「わかってる!でも、聞いて。お願い」


彩華の切ないまでの請願する表情に聖護は押し黙った。


「あなたは民の為に水神に身を捧げようとした私を強引に引き戻して、私を助けた。私はあなたの不思議な力を目の当たりにして、もしかしてこの人は日文国を救う人かもしれないって思った。この出会いは偶然じゃなくて私の生涯の伴侶となるべき人との出逢いかもしれないって勝手にそう思ったの。でも・・・、私の勝手な思い込みね。あなたは別の世界の人で、心に決めた人がいた。」


「彩華さん…」


聖護が困ったような表情して何か言いかけるのだが、言葉に詰まってしまった。


「なんて顔してるのよ。もういいのよ。言うだけ言ったらすっきりしたわ」


彩華が精一杯の笑顔を無理やり作って聖護に笑いかけた。聖護は彩華の気持ちを思うと応えてやれない自分が腹ただしく感じていた。しかし、どうしようもないのだ。


「彩華さん・・・、ごめん。でも、彩華さんの気持ち嬉しかったよ。俺はこの世界に生まれていたらきっと彩華さんを好きになっていたかもしれないって思うよ。正直、こんなに気さくに女の人と話すことなんてなかったし、その・・・一瞬かわいいとも思った。でも、たとえそういう気持ちをもったとしても俺はまだ子供で彩華さんにはとてもじゃないけど、つりあわないよ。あの・・・ごめん、俺、気の効いたこといえなくて。」


「あははは…。聖護、それって神子のことを除いても私は振られるってことじゃない。正直ね。ほんとに、貴方って人は…。でも…らしくていいわ」


彩華は軽く話しているが作り笑いがぎこちなく、聖護には一瞬泣いているかのようにも感じた。


「ごめん。彩華さん」


「いいのよ。でも、ひとつだけお願いきいてくれる?」


「えっ?お願い?」


「そう、ひとつだけ」


彩華の請願するような瞳を聖護に向けると、聖護はそれぐらいとニッコリ笑った。


「なんなりと」


「そう?じゃ、遠慮なく。あの…一度だけ私を抱きしめて」


「えっ?」


彩華の思わぬ言葉に聖護は面食らった。その様子に彩華はあわて訂正した。


「あ・・・やっぱり無理よね。いいわ。ちょっと言ってみたかっただけだから」


そういって苦しそうに笑いながらも精一杯明るく振舞うときびすを返した。その瞬間、ふわっと背中から暖かくたくましい腕で包まれた。


「ごめん、俺女の人にそんな風に言われるのは初めてなんだ。だからどうしていいかわからなくて」


そう言って彩華を抱きしめる腕に少し力を入れた。腕の中の彩華は肩を小刻みに震わせている。


「彩華さん、泣いてるの?」


彩華は頭を振る。


「彩華さん、こっちを向いて」


そう言って聖護は体を硬直させて泣きながら震えている彩華を自分のほうに向かせ、そして彩華の顔を覗き込もうとした。彩華は泣き顔をみみられたくないのか、とっさに顔を背けた。


「彩華さん、今まで1人でつらい思いしてきたんだよな。思いっきり泣けよ。こんな俺でよければ胸を貸すよ。全部はきだしなよ」


聖護は彩華の耳の傍で囁くように言うと、彩華の頭を胸によせて彩華をしっかりと抱きしめた。その瞬間、彩華は堰を切ったように声を上げて泣いた。腕の中では16歳の少女だった。女の子って強がっていてもこんなにも華奢で柔らかくて小さいんだと聖護はぼんやりと思いながら彩華を抱いていた。彩華はしばらく声を上げて泣いたが、やがて泣きやみ、顔を上げた。彩華は涙で濡れた頬を擦りながら、少し晴れ晴れした表情で笑った。


「ありがとう。聖護。すっきりしたわ。私いろんなこと誰にも言えなくて…。本当にありがとう。もう大丈夫」


そういうと急に少女から大人の女王の顔つきになった。


「さあ、聖護、民が待っているわ。行きましょう。そして紫の神子を探しましょう」


彩華は顔を引き締めると日文に向けてしっかりした足取りで歩きだした。聖護はしばらく彩華の後ろ姿を見つめて何か考えていたが、すぐに彩華の後を追った。






















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