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第35話 妖刀

「おい、デュリン見てみろよ。亡霊達が消えていくぞ」


七海にやり込められたのを不満に思っているらしくふてくされたように七海をじっと睨みつけていたデュリンは、ふいに七海に声をかけられてあわてて七海の視線の先に目をやる。


「何が起こったんだ?」


デュリンは大きな紫の目を見開き、とがった大きな耳をピンとたてて鼻をヒクヒクさせると、神経を修二の家に集中させた。

 おどろおどろしい惨事の結末を見ているかのように、傷ついいて血まみれになった武者が呻いたり叫んだり、助けを請う様子が延々と繰り返されていた光景が、少しづつ薄れていく。

 七海はずっとこの光景を正視できず、なんともやりきれない重苦しい気持ちがこみあげていた。おまけに目の前の光景が今の現実であるかのように思えてきて、一瞬今いるところがわからなくなりそうな感覚に陥っていた。デュリンがいなけば、自我をたもっていられたかどうか自信はなかった。デュリンが唯一、その光景に呑まれそうになる七海を現実にとどめていたのだった。だからといってデュリンに現実味があるのかと言えば、普通の人から考えればありえない存在で、現実味はないのだが、今自分がいる現実の世界をデュリンという存在が鮮明に示してくれていた。これが、結界で守られているってことなのか…?七海は目の前にいる真っ白な毛を逆立てて全神経を集中させているデュリンの姿をじっと見つめた。今のデュリンはさっき、叱られた子供のように泣きべそをかいていた顔とは違う、敵を警戒する時に見せる鋭く研ぎ澄まされた野生の本能がはっきりとあらわれた全く別の顔をしていた。これが魔族本来の顔なんだろう。


「紫織様たちの存在がない…」


デユリンはぶるっと体を振るわせて、放心した。


「どういうことだ?」


デュリンは今、七海の存在に気づいたかのようにはっとして七海の方を振り向いた。


「紫織様達がいなくなった」


「なんだって?」


七海は耳を疑った。


「どういうことだ?聖護もいないのか?」


疑うようにデュリンに問いかける。デュリンは頷いた。


「…っち!やばいな」


七海は苦虫をつぶしたような顔を一瞬みせるとすぐに厳しく鋭い視線で修二の家に視線をやった。


「デュリン、結界を解いてくれ」


「えっ?まだ、完全に亡霊達は消えてないから危険だ」


デユリンが慌てて言い返す。七海は今度はデュリンを威圧するような強い視線で睨みつけた。


「いいから解け!」


デュリンは七海から放たれるわけのわからない威圧感に押されるように渋々結界を解く。二人を覆っていた薄いベールのような光が消えていくと同時に七海が走り出した。一瞬遅れてデュリンも後を追う。追いつかないとわかると四つ足で跳ぶように走り出した。



「七海!どこへ?」


「紫織と聖護を探しにに決まってるだろっ!」


七海が吐き捨てるように言葉を投げつけた。


「危険だ!七海!待って!」


「ばか!紫織と聖護に何かあったんだろ?そんなこと言ってられねえだろ!」


「だけどっ!」


デュリンは無謀に飛び込んでいく七海を必死で追いかける。


「うるさいっ!つべこべ言ってないで黙ってついて来い!」


「なんでおまえが命令するんだ!」


「黙れ!早く来い!」


デュリンは走りながら絶句した。なんでこんな男の言うことを聞かなくてはならないのか?腹ただしく思いながらも、言い返せず従ってしまう自分が解せなかった。デュリンは自分を正当化させるために、紫織が心配で七海の後をついていくのだと自分で言い聞かせた。

 実際、紫織の存在が消えたことで著しく心が乱されて、不安にになっていた。紫織の存在はどこか安心するのだ。デュリンは仲間といたずらしていてこの世界に迷い込んだ。下等な魔族に絡まれ、怪我をして行く当てもなく途方に暮れていた時に紫織に出会った。この世界の者には姿が見えないはずなのに、紫織はデュリンが見えているようだった。紫織はデュリンを見ても驚くこともなく何も言わなかった。ただ、優しく手を差し伸べてくれて、連れ帰って手当てしてくれた。紫織はこの世界に紛れ込んで帰る方法を知らないデュリンを察するかのように、その後も何も言わず傍に置いてくれた。

 紫織はデュリンにとって不思議な存在だった。この世界の住人なのに、魔族と同じ匂いや感覚がある。それだけでも不思議なのに、もうひとつ全く異質の感覚もあった。自分達が忌み嫌う、神気も漂っているのだ。なのに不思議と嫌じゃない。むしろ、それによって穏かで落ち着いていられる不思議な感覚がある。

 デュリンは怪我が治ってからも、何も言わず傍に置いてくれる紫織に自分から、主従関係を願った。デュリンの一族は、代々恩を受けた者は一生その忠実な(しもべになるという風習がある。そして本能的に紫織が自分の主人にふさわしいと思い、請願した。紫織は最初は断わったが、デュリンが一族のことや自分がもう帰れないことを告げると紫織はしばらく考えていたが、結局受け入れてくれた。それでも、僕としての扱いはほとんどなく、紫織の傍にいるアビスという黒猫と一緒で全く自由だった。自分達の一族のところに帰れないのは寂しいけど、紫織の傍にいるのは安住の地を得たような言葉で言い表しがたい満足がある。それだけにデュリンはますます紫織の役に立ちたいと日頃から強く願うようになっていた。その紫織の存在が感じられなくなったのだ。デュリンは、急に安住の地を取り上げられたかのように不安で一杯になり、神経がピリピリとしていた。

 家の中にはいると、すでに家の中も亡霊たちは消えていなくなっていた。かわりに見つけたのはリビングで修二の父親らしき男と台所に年配の女性と見覚えのある修二の母が意識をうしなったまま床に突っ伏している様子を発見した。


「どういうことだ?」


七海は3人の生死を確かめて回る。どうやら、息はあるらしい。


「この凄まじい気に当てられて、意識を失ったんだ」


デュリンが苛立ち紛れに七海に返した。七海はちらっとデュリンを見たが特に気にする様子もなく、すぐに廊下にでて紫織と聖護の名前を呼びながら階段を駆け上っていく。一向に姿もなければ返事もない。七海は次第に焦りだす。


「ちくしょう、あいつらどこにいってしまったんだ?」


次々と部屋の扉を開けては中を覗いて入ないとわかると落胆しつつ、すぐに切り替えて次の部屋の扉を開けた。


「ちぇっ!ここにも…ん?」


部屋の中を覗いて何もないと思い、やり過ごしそうになった七海が部屋の片隅になにか感じて奥まではいった。ベッドの隙間に足が見えた。あわてて近づく。


「修二!」


七海はそう叫ぶと修二を抱き起こした。


「おい、しっかりしろ!修二!」


その声にデュリンが慌てて走ってくる。


「無駄だよ。すぐには気付かない。精神のエネルギーを吸い取られてるから。」


デュリンが背後から声をかける。


「精神のエネルギー?」


「そうだよ。魔族じゃないから魂のエネルギーまで奪わないけど、あの波動じゃ相当の力だから、精神のエネルギーの消耗はかなりのものだと思う。」


「じゃ、回復すればもとに戻るんだな?」


デュリンが頷いた。七海は少し安心したような表情を見せると、またすくっと立ち上がった。


「他に何か見つけたか?」


デュリンは落胆したようにため息をついて首を振る。


「紫織様ももう1人の方もどこにもいない…。ただ…」


「ただなんだ?」


デュリンがいいにくそうにしていると七海がまたじろっと睨んでくる。ここでも、突き動かされるように七海に応じてしまう。


「凄まじい気を放つ刀があった。すごい妖気だ。俺でも触れらないほどに…」


「なんだって?刀?」


七海は一瞬考えるようなそぶりを見せるとすぐに向き直って尋ねた。


「デュリン、どこだ。案内しろ!」


そういって部屋を出て行こうとした。


「俺に命令するなって言っただろ?」


いちいち癇に障るのか後ろから七海に噛み付くように叫ぶ。


「うるさいな。早くしろ!」


七海は振り向きもせずに言葉を投げ返す。それにせかされるようにデュリンは七海を追いかける。結局また、七海に押されてしまった。デュリンは悔やみながらもその刀のある部屋へと七海を案内した。






七海とデュリンは2階の奥の部屋で凄まじい気を放つ妖刀を見つけた。聖護と紫織は戻ることができるのか。


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