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第33話 湖の美少女

「紫織…?」


聖護ははっとして目が覚めた。目の前には草が生い茂り、横たわった体は湿気でじっとりとして制服が重くのしかかる。


「なぜこんなところに…?」


聖護は体を起こして周りを眺めた。自分がいるところは草が生い茂り、横たわっていると体はすっぽりと草に覆われて見えないほどだが、立ち上がると見晴らしはよく、険しい山々に囲まれた湖のようだった。その湖は聖護が見たことのある湖とは異なっていた。水が紫で、独特の陰な気が漂っている。

 聖護はその湖に近づいてみる。水面に映し出された自分の顔を見て驚いた。聖護の瞳に白い光がそのままくすぶっているかのように存在している。とすると魔物や悪霊の気に触れているのか?この湖?紫の水は水晶のように透明でまるで紫織が魔物に反応して瞳を紫に光らせているときによく似ていた。深い神秘的な色…。そう言えば紫織に呼ばれた気がした。紫織はどうしたのだろう。しかし、不思議と紫織がどこかで無事であるという安堵がある。では、俺だけがこんなところに飛ばされたのか?ここはいったい何処だ。聖護はおぼろげな記憶をたどってみる。

 修二の家に行ったはずだった。紫織と二人で亡霊に取り囲まれる家に入って、中の様子を確認していた。2階で二手に分かれて各部屋を確認していると、急に紫織の気が揺らいだのが気になって紫織の後を追いかけて、2階の奥の部屋に紫織の存在を感じて中へ入った。そしてすごい威力の波動に巻き込まれ、そのあとは記憶が途切れている。

 聖護は改めて一通り辺りを見回した後、紫の水に手を入れてみる。一瞬ビクッとした。まるで氷水に手を入れたように凍てつくほどに冷たい。周りの気温はさほど寒くはない。どちらかといえば冬の制服では暑いぐらいだ。ちょうど4月か5月といった感じの気温だろう。なのに湖の水はなぜこんなにも冷たいのか?少し違和感を覚えたが、痛いほどに冷たさを感じたおかげでこの世界が夢の中ではなく、現実であることを理解した。少し霞がかかっているが、目の前に広がる光景は確かに幻覚ではなさそうだ。

 ふと、水面に何か映っているのに気がついた。人のようだ。それは崖の上に立つ人影だった。聖護は、辺りを見回して映った崖の上に人影を見つけると、その人影を求めて走り出した。この湖には道と言う道がない。仕方なく獣道のようなところを割って入っていく。しばらく湖の周りを走ると人影が立つ崖の勾配が見えてきた。その先に立つ人影は女のようだった。しかし、聖護は驚いた。女の着ているものは洋服ではなく、着物だったのだ。黒くまっすぐの長い髪は後ろで束ねている。他に人も見当たらないので、あの女に聞くしかないと聖護が近づこうとすると女は合掌して何かぶつぶつと唱えると履いていた履物を脱いだ。聖護はとっさに走り出す。


「待って!」


女の耳には届いてないのか、気付かない状態で崖の下へと体が傾く。聖護が腕を掴んで間一髪のところで引き戻すが、勢いあまって、後ろへ二人で転がってしまった。


「っつ!…大丈夫か?」


聖護は腕の中にしっかりと抱きとめている女に向かって声をかけた。女は放心状態である。聖護が肩をつかんで体を離して女の顔を見た。女はまだあどけない少女のような風貌で、年頃はおそらく聖護と同じぐらいか少し年上といった感じだった。その眼を見てすぐに何か魔物か霊に意識を奪われているらしいことを知った。聖護が少し眉間を動かすとくすぶっていた白い光が一瞬強く瞬く。すると、すぐに少女は我に返った。



「大丈夫か?」


聖護が声をかけると少女はおどろいたような顔をして聖護を見返した。


「あなたは何者?…私…」


そう言って今度は自分の手足を見る。


「私…生きてる?」


「ああ、生きてるよ」


そう言って安心させるように笑顔を返してやる。


しかし、少女の顔色が変わる。


「なぜ?私はなぜ生きてるの?」


「俺が引き留めた」


聖護は簡抜入れずに答えた。


「そんな…。なんてことを!水神様の祟りが…!」


「水神?祟り?」


「そうよ!私は生け贄なのよ。この国に災いをもたらせないための!」


「生け贄って…?神は生け贄なんて…」


「何を言ってるの?あなたは何者?この紫水湖の水神様を知らないの?ああ、どうしたら…?私の所為で、この地に災いが起こるわ…。ああぁ…っ!」


少女は動揺しているようで、頭を抱えて嘆いた。


「ちょっと待てよ。自分が犠牲になってもいいのかよ?神はそんなものじゃないはずだ。水神とやらは魔物じゃないのか?」


「何言ってるの?あなた? 水神様の恐ろしさを知らないからそんなことを言えるんだわ!あなた余所者ね? 」


「ああ、そうだ。でも、その水神とやらは神なんかじゃない。現に…はっ…!」


聖護は自分の瞳が魔物に反応していることを危うく喋りそうになって口を閉ざした。


「現になんだっていうの?」


少女は丸い大きな瞳で聖護を睨みつける。


「いや…、人を生け贄にする神なんてありえないってことだ」


聖護は少し言葉をにごす。状況がわからないままに自分の素性をあきらかにするのは危険だと判断して躊躇したのだ。今この少女と言い争っているよりも、もう少し今いるところがどこなのか様子を知ることが先だ。他にあてもないのでこの少女からできるたけ情報をひきだそうと聖護は思った。


「あなた誰なの?何処から来たの?この日文国ひぶみのくにには余所者は入れないはずよ。どうやってきたの?それにあなたの着物、変わってるわね」


聖護は矢継ぎ早に少女に問いかけられ返答に困っていた。


「俺は聖護。確かに余所者だ。ここは日文国と言うのか?どうやってここに来たのかはわからない。気づいたらここにいた。ここがどこなのかを知りたいと思って周りを眺めたら君が見えたんだ」


聖護がまっすぐ漆黒のような瞳を少女に向けて真顔で見据えて言うと、しばらくじっと聖護を見つめていた。

少女は夢みるような丸く開かれた大きな瞳にまだあどけない顔立ちだが、かわいいというよりは綺麗といったほうが似合いそうな雰囲気だった。はじめに見たときにはわからなかったが、今、じっとまっすぐ見つめてくる瞳は気が強そうで誰にも一歩もひかない強い意志を表わしていた。全体の雰囲気も気品があってどこか威厳を感じる。その少女が細い眉を片方くいっとあげた。


「気づいたらってここに?この紫水湖に?」


いぶかしげな顔をして聖護に問いかけた。


「この湖は紫水湖というのか?」


「そうよ。ここは紫水湖といって神が住む湖よ。ここを挟んで私たちがいるところが日文国。となりが諏佐国すさのくによ。本当に諏佐人すさびとでもないの?」


もう一度少女は疑うように聖護を見た。


「ああ、この世界のことはよくわからないけど、日文でも諏佐でも…」


聖護がそう言い終わらないうちに地面がゆれはじめた。


ゴォォ…。


「きゃあっ!」


少女がふらついて聖護に倒れかかった。


「おっと!大丈夫か?」


「無礼者!私にさわらないで!」


とっさに聖護につかまれた腕を振り払う。


「はっ?何が無礼者だ!そんなこといってる間に…」


ドドドドド…


ドカンッ!


突然紫水湖の水が目の前に爆音とともに吹き上がる。聖護はとっさに少女をかばうようにして逃げ出す。少女も恐々とした血の気の引いた顔で転びそうになりながらも慌てて走り出す。爆音とともに吹き上がった水は聖護たちを目掛けて追いかけてきた。


「ばかな!」


「水神様を怒らせてしまったのよっ!」


少女が一瞬背後に迫る水に振り向く。


「もうだめっ!」


走りながらそう叫んで覚悟した。その瞬間、少女をかかえるようにして走っていた聖護の手が離れた。ふっと不安感が大きくよぎって少女が恐る恐る振り向いた。聖護は立ち止まって覆いかぶさろうと高波のように迫り来る紫の水に正対して構えた。その一瞬、少女は人ではないような何者をも超越した顔をみた気がした。その圧倒されるような姿に目を奪われる。今は死が目の前にせまっているというのになぜかまるでつくられた演出のように聖護の姿が鮮烈に浮かび上がる。

少女はいつの間にか走るのをやめてその場に立ち尽くして聖護にくぎづけになっていた。

 聖護は高波に手をかざす。一瞬目を閉じて何かを念じるとカッと開いた。するとかざした手にみるみるうちに大きな光の固まりができていく。高波が今にも聖護を呑み込もうと頭上に迫ってきたその時、瞳がフラッシュのように鋭く光った。まるで稲光のように青白くひんやりとした光だった。その瞬間、聖護の手に集まっていた光が波に向かって放たれた。


ズガーンッ!

ドドドドド…


凄まじい爆音とともに波は湖の方にはじき返された。瞬間、辺りは不気味な静けさに支配された。

 少女は目の前で起こった光景に圧倒されて力が抜けたのか、へなへなとその場に座り込んだ。聖護は辺りを見回して何も起こる気配がないのを確認すると、背後にいるはずの少女を振り返って走り寄った。 聖護は屈んで少女に手をさしのべた。


「大丈夫か?怪我はない…」


そう言いかけて少女がガクガクふるえているのに気がついた。顔はこわばって青ざめている。


「…あなた…何者…?」


顔をあげた少女の目が怯えていた。

少女を助けた途端、いきなり紫水におそわれた聖護。思わず力を使ってしまった聖護は少女から怪しまれる。どうやら異次元にはまった紫織と聖護はこれからどうなるのか。無事元に戻れるのか。


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