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第31話 紫の神子

 紫織と聖護の後ろ姿を心配そうに見つめていた七海は不意に足を突っつかれるのを感じて足元に視線を落とした。


「おいっ!七海!」


白い毛で覆われた小動物が大きな紫の瞳で七海をじっと見上げていた。


「七海!結界を張るから俺を抱き上げろ」


顎を突き上げ胸を張り、なかなか尊大な態度である。七海はじっとデュリンを睨んだ。


「なんだ、七海その態度は!」


七海も顎をあげるようにしてデュリンをじっと下に見下ろした。目線はやや冷ややかである。


「おまえ、紫織と俺とじゃ偉く態度がちがうな」


低い声で少々棘のある言い方をした。


「あたりまえだ。紫織様は主人だ。ちがって当然だろっ!」


「おまえねえ…。その紫織の友人だぞ。紫織が自分の命令と同じだっていってただろう?」


「ばっかじゃねえの!俺はおまえの下僕じゃない。紫織様に関わる命令は聞くけど、おまえのための命令は聞けない。わかったか!」


デュリンが息巻いて腰に手をやり胸をはって体を大きく見せようと必死のようだった。どう見ても虚勢をはって無理している感じが手に取るように伝わってくる。


「かわいい顔してえらく態度がでかいじゃない」


そういって七海はじろっとデュリンを睨みつけると、猫のように首を掴んで持ち上げた。


「うわあっ!なっ!なにするんだよ!おろせっ!…ばかっ!」


デュリンは宙にぶらさげられたままバタバタと手足を動かして暴れた。七海は面白がってクスクス笑ってデュリンを眺める。


「うわっ!…バカ!おろせよ!七海!」


「俺の言うこともちゃんと聞くと言えばおろしてやる」


七海がニヤリと笑ってさらに高々と持ち上げた。


「うわぁっ!やめろっ〜!わかった!わかったから早くおろせっ!」


七海はまたにんまり笑ってデュリンを自分の腕に抱きとめた。


「おまえねえ、俺を従えようって魂胆みえみえなんだよ。相手見てやれ」


七海が腕の中のデュリンに笑って言葉を落とした。デュリンは自分の策略が失敗してバツが悪そうにしている。


「どうでもいいけど早く結界張れよ。デュリン」


「俺に命令するな!」


そう言ってデュリンは七海にそっぽを向く。あくまでも七海に対抗する気だ。


「ふ〜ん、いいけど。じゃあ」


と七海がその涼しげな流し目で見下ろすと、またデュリンの首根っこをつかんでもちあげた。


「うわあっ!やめろっ!そこを掴むな!」


手足を必死にバタバタさせて半べそをかいている。どうやら、首根っこをつかまれるのが相当苦手のようである。七海はにんまりと笑ってデュリンの顔を覗きこんだ。デュリンは落ちそうなぐらいの大きな紫の瞳に涙を浮かべている。


「ぷっ!泣くことないだろ?」


そう言うともう一度デュリンを腕の中へ戻した。するとデュリンはよっぽど怖かったのか、七海の胸にしっかりとしがみついて震えている。


「いてっ!」


デュリンは爪が鋭い。その容貌は黙っていればまことに愛らしく、ピンと猫のように立てた耳を除けば一見ナマケモノみたいな感じで、真っ白なウサギのような毛で覆われている。しかし、立派に魔族の一員である。魔族にみえるとしたら、唯一手足だけだ。その爪は真っ黒に磨かれたオニキスみたいで先端がカーブしてまき爪のようになっていた。その爪で七海にしがみついてくる。爪が七海の体を圧迫して刺さるようで痛い。


「わるかった、わるかったって。痛いからそうしがみつくなよ。デュリン」


デュリンはそう言われてはっと我に返り、しがみついてた手をぱっと離すと、バツがわるそうに大きな目を宙に泳がせた。七海は自分の腕の中にいるそんないじっぱりな子供みたいなデュリンがなんだか愛らしく思えてきて、そのフサフサの白い頭を撫でて笑った。


「よしよし、機嫌なおせよ。紫織にたのまれたんだろ?結界張ってここで俺と一緒に待ってろって」


七海は幼子をなだめるようにやさしくいった。

デュリンは紫の大きな瞳を七海に向けてじっと不満げにみつめてくる。そしてデュリンがなにやらブツブツ唱えると不意に七海は紫の光に包まれた。


 一方、紫織と聖護は強烈な霊波動の中、その中心へと向かっていた。周りは現れては消える亡霊でごった返しているようだった。気にしていては前には進めない。二人には目の前の光景が見えているのだがあえて無視して強引にすすんだ。

しかし、ぶつかりそうになっても相手は二人を勝手に避けていくようだった。二人の体を覆う光は結界のような役割をしているらしい。

 サンデッキからリビングを抜け、キッチンに行くとまた、人が倒れている。女性が2人。ひとりはシンクの流しの前で、もう一人はキッチンテーブルに置かれたコーヒーを飲んでいたのか、倒れる時に座っていた椅子から落ちたようだった。今度は用心のため、聖護が近づき様子をみる。反応はない。首に手をあててみる。

脈は正常なようだ。


「息はしてる。けど意識はない…」


紫織は聖護の話に頷いた。


「いったいいつから意識不明になったんだろうか」


聖護がさらに言葉を続ける。紫織はキッチンの様子を見回した。ふと、飲みかけのコーヒーに目がとまる。口紅がついているのでいくらか飲んだのだろう。それでも半分ぐらい残っていた。


「たぶん、よくいって2〜3日じゃないかな」

紫織の視線がテーブルの上のコーヒーカップに注がれていたので聖護もそこへ視線を落とした。


「ああ、なるほど。としても早く助け出さないと危険だな」


紫織は聖護の言葉に頷いてキッチンをあとにした。

 修二はどこだろう。この調子だと一番始めに修二が巻き込まれたことになる。紫織は一瞬何か考える風にしていたがすぐにまた移動しはじめた。二人はキッチンとリビングはつながっているので一旦リビングに戻ってから廊下にでた。すぐ近くに階段がある。紫織がまっすぐその階段をあがっていくと、聖護もそのあとに続いた。

 階段をあがると、廊下の両側にいくつかの部屋があった。すべて扉はしまっている。その廊下も亡霊の渋滞でいろいろな扉や壁からすり抜けては現れたり、逆に消えて行ったりと数が減ったかと思うとすぐにまた増える。紫織はしばらく難しい顔をしてその様子を見ていたが、ふいに聖護に振り向いた。


「聖護、手分けしよう。僕は右側の部屋をみていくから、聖護は左を見て行ってくれないか」


聖護は黙って頷いくと、すぐに一番手前の部屋にはいっていった。その姿を見届けてから紫織は右側の部屋の前に立った。その部屋の扉に手をかけた時、ふと一番奥の部屋が気になった。なぜか、誰かに呼ばれているような気がするのだ。紫織は目の前の扉から手を離して一番奥の部屋の前に立った。

 聖護がはじめに入った部屋はどうやらゲストルームのようだった。ベッドはあっても人が住んでいる気配や生活品がないのだ。聖護は部屋全体を見回して異常がないとわかるとすぐに次の部屋へと移動した。次の部屋にはいるとそこには書棚があって、パソコンのった机と椅子があった。その机の上には最新のゲームソフトのケースが置いてある。先週修二がみんなに自慢していたゲームだった。もう少し奥にはいってみると部屋の奥にはベッドとテレビがあった。テレビにはプレステがつながれていて、ゲームの画面のキャラクターの武器を選択する場面で止まっている。そしてベッドは今しがたまでだれかが寝ていたかのようにシーツやふとんが乱れていた。その上には無造作にコントローラーが放置されている。この部屋は修二の部屋か?聖護はそう思いながらベッドの奥に視線をやった。するとベッドの向こうに人の足が見える。はっとしてあわててベッドに乗りあげてその足の方を覗くと、そこには修二が意識を失って倒れていた。


「修二!おいっ!修二っ!…ちぇっ!」


修二の名前を何度か呼んで体をゆすってみたが、一階でみつけた大人たちと一緒で意識はない。聖護は修二の体を持ち上げてベッドの上に引き上げるとため息のように大きく深呼吸した。ふと、胸騒ぎがして不安がよぎった。聖護ははっとしてあわててその部屋を出ていくと、迷いなく一番奥の部屋にかけつけて部屋の扉を荒っぽく開け放った。そして驚いた。その部屋は開けた途端にはじきとばされそうなぐらい尋常じゃないくらい強い波動で一杯になっていた。聖護はかまわず歯を食いしばると押し返されそうになる波動の中を腰を落として腕で風よけするようにして前に突き進んで行った。部屋の中は光が閉ざされて暗闇だったが、聖護の体を覆っている光が聖護が進むと同時に部屋の中を明るく照らしていく。聖護は自分の歩くところを確保するために辺りの様子を確認してみた。どうやらこの部屋は古い骨董品などであふれているようだった。だから光を遮断しているのだと気付いた。ガラスケースに入った壷がいくつか視界に入り、その横に今にも動き出しそうな鎧が見えた。そしてふと視線をやった先には年代がかかった桐の箱がいくつも積み上げられていて、その箱には墨で表になにやら字が書かれていた。


「紫織?どこだ?」


聖護が紫織に声をかけるが紫織からの返事はない。しかし、なかなか前の様子を見ることはできない。聖護の体を覆っていた光はそのエネルギーを増して燃え上がる炎のようにめらめらと立ち上っている。波動のエネルギーが大きくなっているらしかった。聖護が少しずつ波動の中心へと移動していくとなにやら声が聞こえてきた。


『…の神子…紫の神子…』


「誰だ?紫織!どこだ?」


そうして聖護は部屋の奥にものすごい威力の波動をもった物体があることに気がついた。声もそこから聞こえてくる。


『紫の神子様。我らの紫の神子様』


まるで神を崇めるような大勢の人の声が重なる。聖護は無性にその物体が気になってに近づいた。途端にとてつもなく強い力に吸い込まれて体の自由がうばわれたかとと思うと、目の前の景色がぐるぐると回りはじめ、それがひどく客観的でだんだん遠く離れていく。やがて意識はがすうっ遠のいていった。


「紫織ーっ!」


心の中で叫んだのが最後でそのまま意識を失った。




 

紫の神子…。確かにそう聞こえた。そして聖護の身に何がおこったのか。紫織は…?





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