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第30話 霊波動

 3人は熊谷の家の前に立った。そこは異様としかいいようのないほど、霊の大群にかこまれていた。どこからかまだまだ集まって来る。さすがに七海にも見えてきたらしい。


「なっ!なんだこれは!」


家のまわりをどす黒い固まりが浮遊している。そしてなにやら人のうめき声やなにやらつぶやくような声が同時に聞こえてきて、よく見ると昔の鎧を着た武者のような姿が走馬灯のようにかすんでは消えていく。

 その姿は決して尋常ではない。矢がささり、血を流しながら苦しそうに呻く者もいれば、片腕がなく血が滴り落ちるのを庇いながら呻く者や体を刀が貫通してヨロヨロと放心状態でうつろな目で蠢く者もいる。七海はそれを目の当たりにしただけで血の気が引いて鳥肌が立つ。さらに目の前に、頭が割れて中身が飛び出し、どす黒くなった血にまみれてふらつきながら何かつぶやき向かってくる者までいる。七海は思わずひるんで後ずさった。さらに、顔がただれて崩れている男がふらふらと七海の前にやってきて倒れては消えていく。目の前に広がる光景はまるで壮絶な戦の跡のような惨状で、いたるとこから呻き声や叫び声が湧き出してくる。

七海は思わず吐き気がこみ上げてきた。


「ぐっ!」


「大丈夫か。七海」


聖護が七海に振り向いた。七海はそのまま目の前の光景を凝視したまま、深呼吸して吐き気を抑える。


「…ああ、なんとか…な」


紫織が亡霊達に視線をやりながら厳しい顔で七海に声をかけた。


「七海、ここで待ってて」


「待てよ。俺も行く」


七海が慌てて簡抜いれずに応えた。


「ダメだ。君は感受性が強いから危険だ」


紫織が七海の方を振り向いた。紫織の瞳が紫に光っている。その瞳は限りなく透明度の高い水晶のようで、そこから放たれる光は崇高で厳格な光だった。今まで見ていた紫織とは別人のように気高く威光を放っていた。七海が思わず、言葉を飲み込む。有無を言わさない威圧する紫の瞳にしばらく目を奪われた。


「もしものとき、君が必要だ。ここに居てくれないか?」


今度は、少し口角を上げて、図ったようににやりと笑う。七海はしばらくじっと紫の瞳に魅入られていたが、はっと我に返り頷いた。紫織は一瞬目を閉じてボソッと何か言うと、ぱっと目を開ける。瞬間、紫の煙が現れたかと思うと、真っ白の毛むくじゃらの猿とも、猫ともつかない小動物が現れた。


「お呼びですか」


「ああ、デュリン、ここで、七海とともに待機しててくれないか。結界をはるのを忘れずに」


「かしこまりました」


デュリンはその小さな頭を丁寧にさげて傅いた。その様子を見届けると紫織はすっと顔を上げて聖護に目で合図して頷く。聖護もそれに応えると二人は中に向かって足を進めた。

 門を潜ると左手に庭、右手は屋根付きのガレージになっていてベンツとルノーの小型車があった。おそらく家主のものとその家族の車だろう。その向こうに屋根のないあと2〜3台はおける駐車スペースがある。そこには来客用と記されている。とすると、いくら夕方とはいえ、平日の5時前のこんな時間に家主は家にいるのだろうか。

 熊谷の父は渉外交渉を中心とした弁護士事務所を開く有名な弁護士だと総真から聞いたことがある。会社同士の様々な契約とその関連の法律に関わることやM&A等に関連する仕事を請け負うらしい。そういう仕事に興味はないのかと総真に聞いて見たが、昼夜かまわず仕事に追いまくられるから向いていませんよと眉間にしわを寄せて応えていた。とするとこんな時間に家に居るのはおかしいことになる。

 修二が学校にこなくなってから約一週間がたつ。この家の状況からすると家主も含めなんらか巻き込まれている可能性が考えられる。紫織はあたりを観察しながら気をひきしめた。

 紫織がそんなことを考えながらインターフォンに手を伸ばすと、聖護がその手を遮り、俺がやると紫織に目で合図してくる。紫織は頷いて手をひいた。聖護が二度ボタンを押してみたが一向に返事がない。紫織がドアをあけようと手をかけたがやはり鍵がかかっていた。


「庭から中の様子を見てみよう」


そう言って聖護が左側の庭へとはいっていったので紫織もあとに続いた。

 ここの庭はイングリッシュガーデン風な造りで、玄関に立つ来訪者からは中が見えないように、ローズで生け垣のように高く囲んでいた。もちろん、冬なので花はなく茎や葉も赤茶けてまるで冬眠しているようだ。ガーデンの入り口はローズでアーチが作られている。そのアーチの下の扉をひらくと、芝生と花壇で上品に彩られた庭が見えてきた。中心はガーデンテラスのようになっていて、テーブルやベンチが置かれ、暖かいシーズンはここで家族や客が集って過ごすのが想像できた。そのテラスの横を抜けて、家のサンデッキにたどり着くと、聖護はそこにあがりこんで家の中をのぞいた。


「誰もいない様子だな…あっ!紫織!」


突然聖護の声にはっとして傍にかけよった。聖護が指をさす方をみると、リビングのソファの足下に不自然に床に足が見える。様子からすると大人の男のようだった。ここの家主かもしれない。


「他に人はいないのか?…鍵は閉まってる…か」


聖護がつぶやくようにいうと紫織がそれに応えた。


「恐らくこの波動の中で普通にいられる人はいないよ。やはり家人も巻き込まれてるんだな。聖護、中にはいろう」


聖護は頷いた。


「セキュリティーシステムがあるはずだから、待ってて」


そう言うと紫織は周りを見回しそのシステムらしきものを見つけた。窓の鍵と窓の端の床に近いところにセンサーがある。紫織は紫の瞳を光らせると、赤いランプが消え、鍵も解除された。

紫織はすぐに窓をあけて中にはいろうとした。


「うっ…!」


「紫織?」


「なんでもない」


霊があつまってきていることで先ほどよりも波動が強くなってきている。その中心となる家の中は凄まじい。あまりに強いのでしっかり足腰に力をこめないと弾きとばされそうだ。

 紫織と聖護はひと呼吸すると覚悟を決めて中にはいっていった。途端に彼らは体に光を纏う。紫織はうっすらと紫の光が、聖護にはは白い光が、まるで彼らを霊波動から守るように全身を覆っている。互いの様子に気づいていたが、何も言わず、まずは床に突っ伏している男の傍に近づいた。紫織が屈みこんで男の首に手をやった。その瞬間、男の目が開いて、紫織に襲いかかった。


「…紫の神子さま…」


男はそうつぶやいて紫織を床に押し倒し、その上に覆い被さった。


「紫織っ!」


聖護がとっさに男の腕をとり、捻った。


「うわあぁ!」


紫織に覆い被さった男は悲鳴をあげながらひねられた方向へ体をはねるように反らした。


「うっ…。」


聖護はすかさず急所をはずしつつも腹に一発食らわした。男は意識を失って、聖護の方に倒れてきたのでその体をうけとめると、傍にあるソファに寝かした。するとその背中からすっと霊が抜け出ていった。


「なんなんだ?急に目を覚まして…。紫織大丈夫か」


聖護が手を差し伸べて床に転んだ紫織を起こした。


「ああ、ありがとう。大丈夫」


そして心配そうにソファに横たわる人をじっとみた。


「大丈夫だよ。急所ははずしたから。でも、なんで急に紫織に襲いかかったんだろう?」


紫織はじっとなにか思い出すようなそぶりをすると、また聖護を見上げた。


「わからない。でも…」


「ん?」


「この人なにかつぶやいてた…。紫のみことか…」


「紫のみこ…?」


聖護が眉間にしわを寄せて眉を吊り上げる。


「ああ、僕を見てそう言って…」


確かに急に覆い被さってきたので驚いたが、男は襲いかかるというより、なぜか助けをもとめるような目ですがりついてくるような感じがしたのだ。なんだろう、紫織は心に引っかかりを感じたが、今は修二や家の者を探すことが優先だ。気を取り直してそして、部屋の入り口に移動し、ドアを静かにあけた。波動はさらに大きく息苦しいほどに圧迫感が増してくる。紫織は呼吸が荒くなって方で息をしていた。熱にうなされているときのように意識も朦朧としてくる。そんな中紫織は自分の腕を強く掴んで痛みで自分の意識を保とうとしていた。その様子に聖護が気付き、声をかけた。


「だいじょうぶか?戻ったほうがいいんじゃないか?おまえ、瞳が…」


紫織はかろうじて頷いた。しかし、聖護の声が遠く聞こえる。まずい、これ以上は。また、あいつが…。強い負のエネルギーにふれると途端に紫織の中の魔力が増してくる。そのボルテージが限界を超えると紫織の中に住む魔王が目を覚まし、紫織を支配する。紫織は乱れる呼吸と薄くなる意識の中でぼんやりとしてくる視界に聖護を捉えた。聖護は波動を感じたりはしているが、平気なようだ。見ればうっすらと白い光がさらにはっきりと強くなって聖護の周りを囲っている。


「聖護…。その光…」


「えっ?」


そう言われて聖護が自分の体を見回した。


「ああ、さっきより大きくなっているな。」


「…そうか。君のは負の力にさらされて、神気が強まるんだな…」


そういってうつろな表情でうっすらと寂しげに笑う紫織を心配そうに聖護が見やった。紫織の瞳もまとった光もやや赤みを帯びてきている。


「顔色がわるいぞ、呼吸も乱れてるし…。もう戻ろう、紫織」


紫織は聖護を見つめながらかろうじて首を振った。しかし、負の霊力に反応して魔力がますます強くなってきている。さっきから自分の意志を保つのがつらくなってきていたのだ。このまま前に進むとまずいと直感で感じとっていた。どうする…。このままもどるか…。しかし…。聖護1人で行かせるわけにはいかない。神の力ならこの霊をすべて抹消することはできるだろう。しかし、紫織にとってはどうもひっかかる。この現象には何か理由がありそうだ。紫織はどうしてもこの先へ進まなければいけない気にかられて後に引くことができない。薄れる意識を必死に思いとどめながらも、紫織は考えた。どうするか…。紫織はふと思い出してポケットの中のロザリオを取り出した。そしてぶつぶつと何か唱えるとしっかりとそのロザリオを握った。すると一瞬炎が燃え上がるように光に囲まれた。聖護が驚いてはっとする。しかし、すぐに光はもとに戻った。見れば紫織も聖護と同じように体に白い光を纏っている。瞳も少し青みを帯びた紫になっている。


「紫織?」


「ああ、これで大丈夫だ。さあ、行こう」


そう言って紫織は聖護の瞳をしっかりと見据えて笑った。



聖護からもらったロザリオで神気をまとった紫織。こんなふうに霊が集まってくるのには何かあるはずと心に引っかかりを感じる。波動を起こしている何かをみつけられるのか。


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