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第29話 物の怪達の影

 もう、季節は冬を迎えていた。秋の終わりを告げる紅葉も影をなくし、時折冷たい木枯らしに追い立てられるようにわずかに残った枯葉が寂しく最後の命を消して行く。ここのところ気温がぐっと下がって、吐く息も白く、灰色の空がどんよりと重くのしかかる。今にも雪がちらつきそうだ。それでも、街は直にやってくるクリスマスを華やかな装いで待ち受けている。

 紫織はここの所ずっと、和沙にかかりきりである。人に物を教えると言うのは初めてて、もっと面倒がかかるものと思っていたが、和沙だからかもしれないが、以外に紫織にとっては刺激的で楽しいものだった。和沙に教えることは、とうの昔に習って久しいことばかりなのに、教えているとなぜか新鮮なのだ。わかっていることなのに新しい発見もある。和沙との勉強の時間を取ることで、自分の勉強時間は確実に減っているのだが、これまで1人で勉強してきた時間以上に実りがある気がした。和沙は最近では小学3年生程度の学力がついてきている。そろそろ、修一郎と離れて1ヶ月以上がたつ。最近の急激な成長振りを見せて驚かせるのもいいだろうと紫織はそんなことを思いながら校門を潜り抜けた。


「おはよう。紫織」


慣れ親しんだ声に自然に振り向く。


「ああ、おはよう。聖護」


以前とは違って最近ではやわらかな微笑みを向けるようになった。とみに最近、雰囲気が和らいで、幾分生き生きしているようにも見える。


「おまえ、最近なんだか楽しそうだな。なんかいいことでもあったのか?」


聖護が横に追いついてきて紫織を見下ろす。紫織はチラッと聖護に視線をやると、はにかんだように笑って下を向く。本当にいい表情をするようになった。聖護は何気ない紫織の仕草にふと目を細める。


「べつに。なにもないよ。ちょっと勉強がね、楽しいんだ」


「へえ、おまえ、根っから勉強好きなんじゃないのか?」


「ああ、勉強は嫌いじゃないよ。知らないことを知っていくのは楽しいからね」


そう言いながらもまた紫織は微笑む。そんな紫織は本当に綺麗だ。透きとおるような白磁の肌にほんのり赤みが差して、清麗さにまぶしいほどの輝きが加わる。聖護はそんな紫織に目を奪われながらも、嬉しそうに紫織に声をかける。


「そんなもんかな。俺はできるだけ、必要がなければ逃げたい代物だけど」


聖護がやや眉間にしわをよせながら笑った。その言葉にクスッと紫織が笑って聖護に視線をやる。途端に蒼い瞳と目が合った。一瞬、聖護はドキッとする。こんな瞬間、聖護は戸惑う。ときどき、酷く紫織を意識してしまって、こんな風に心臓がはねる瞬間がある。それはいつも聖護を酷く落ち着かない気分にさせる。それでも、それは決して嫌なものではなかった。それどころか、甘酸っぱい果実のように聖護の心を惹き付けた。


「聖護は体育会系だもの。君の運動神経は並じゃないよ。柔軟でばねが強くて…それでいて俊敏だからね。うらやましいよ」


聖護は目を剥いた。


「へえ…。おまえが褒めてくれるなんて…。なんか、嬉しいな」


そう言って聖護が頬を赤らめた。


「えっ?」


今度は紫織が、聖護の大きく見開かれた漆黒の瞳と目が合ってドキッとする。その瞬間、頬を赤らめて小恥ずかしそうにあわてて視線をはずす。互いになんとなく気まずい雰囲気になる。


「おはよ〜。聖護、紫織」


 明るく飄々とした笑顔で七海が後ろから二人に元気よく声をかける。その瞬間、二人は互いを意識して気まずくなった雰囲気から解放される。こんな風に七海は絶妙に二人の潤滑油になりつつある。もっとも七海自身わかってやっているつもりはないのだが、七海のあまり浮き沈みのない飄々とした性質にいつも二人は助けられる。七海はと言えば、笠井の件から紫織とも信頼関係が気付けてきたようで、前のように少し離れたところからどこか敬遠して眺めているような態度からすっかり豹変し、最近では七海の方が心を開いて、いつの間にか聖護のように紫織と名前で呼ぶようになっていた。二人は七海の方に振り返るとほっと救われたような顔をして笑った。


「なんだよ。二人して気持ち悪い。俺の顔に何かついてるのか?」


そう言って、七海が片手で顔を確かめるように触る。


「いや、そういうわけじゃないさ。なんだかタイミングがいい奴だなって思ったのさ」


「なんの?」


「内緒」


聖護はクスクス笑った。

 3人が教室にはいると、裕司が聖護をみつけて近づいてきた。裕司は挨拶するなり、聖護を見上げるように話かけた。聖護は同級生の中でも背が高いが裕司は小さい方で、身長差は20センチ程もある。まだあどけなさが残る顔にのせられた大きな瞳がいかにも心配事があると言わんばかりの上目遣いで聖護に向けられている。


「ねえ、修二…、また休みみたいなんだ。どっか悪いのかなあ?もう一週間だよ。」


修二は、裕司がいつもつるんでいるうちの1人だった。聖護の昼のサッカー仲間でもある。一週間前から風邪で休んでいる。そういえば修二が風邪を引くこと自体珍しい。幼い頃から病気ひとつせず、学校を休んだこともないと修二が自慢げに言って、まわりにバカだから風邪ひかないんじゃないの?とからかわれていたのを以前聖護は見かけたことがあった。


「なんだ、今日も休みか…。そうだよな、もう一週間になるな。風邪にしては長いよな。あいつ病気ひとつしたことないっていうぐらい、丈夫だったのにな。裕司なんか聞いてないのか?」


裕司は少し幼く見える顔に目一杯心配な表情を浮かべた。


「うん。メールも何度かしてみたんだけど、返ってこないんだ。あいつ、こまめな奴だから、今までどんなささいなことでも、必ず返事してきたのに…。一言も返ってこないんだ。そうとう悪いんだろうか」


聖護は隣にいた七海に視線をやる。七海もそりゃ、おかしいと言わんばかりの表情をして見せた。紫織は黙ってそのやり取りを見ている。


「よし、一週間分のノートコピーして、もって行きがてら様子を聞きに行こう。会えなくても様子は聞けるだろうしな。今日の昼にコピーにいこう。ノート全部とってあるか?俺は所々抜けてるのあるからな。」


聖護は少し照れ笑いしながら言った。裕司は急にノートの件を聖護にふられてあわてた。


「えっ?僕?…抜けてる箇所多いよ。きっと聖護より…」


ぼそっと恥ずかしそうに小さな声で返してくる。


「僕のでよければ貸すよ」


紫織が口を開いた。裕司は驚いたような顔をしている。紫織の傍にいる七海ですら驚いて紫織をまじまじと見た。今までなら、クラスの出来事には無関心で自分から何かを申し出ること等はありえなかったからだ。


「紫織、いいのか?まあ、おまえのノートは完璧だもんな。休んだ分勉強するには一番理想的だな」


そういって、聖護は満面の笑顔で紫織の申し出をすんなり受け入れた。


「そうだ、せっかくだから、紫織も修二ん家に寄っていかないか?ノートの主だしな」


紫織はなにかしばらく考える風だったが、薄っすら微笑んで頷いた。七海は言葉にこそ出さないが、聖護に素直に従う紫織に内心驚いていた。また、最近この二人は何かがかわった。紫織は少し前よりも、確実に聖護に心を許している。聖護もそれをわかっているようだ。身近で見ていても、この二人はたいして言葉を交わしていないのに、誰よりも分かり合っているような感じがして、七海にとってはそれがいつも不思議でならない。やはり、二人は特殊な力を持つことで、特別な何かのつながりがあって、きっと二人にしかわからないことがあるのだろう。紫織と聖護の傍にいると、二人のかかわりの微妙な変化が手に取るように伝わってくる。七海は、そんな二人にますます興味を覚えて、修二の家にいく段取りをつけている3人の様子に目を細めた。

 授業後、裕司ともう1人、いつもつるんでいる柿本洋介、聖護、七海、紫織の5人で修二の家に向かった。学校から比較的近く、バスで5つ目の停留所からすぐだった。聖護は何やら楽しそうである。


「何にやにやしてるんだよ。聖護」


七海がからかうように聖護に声をかける。


「ん?ちょっとな」


紫織は慣れないのかやや緊張気味だ。七海はピンときた。紫織はいつも車で送り迎えだからもしかしてこうして学校の帰りにバスに乗るのははじめてなんじゃないかと思った。


「紫織、おまえ、路線バスはじめてなんじゃないのか?」


紫織が七海をチラッとみて頷いた。


「そうか」


そう返事を返してから少し微笑んでそのまま黙った。


「あ、次だよ」


裕司が近くのストップボタンを押した。聖護が紫織に料金と支払い方を小声で教えて紫織はそれに頷いていた。おそらく聖護はこうして学校の帰りに紫織と一緒に居られるのが楽しいのだろう。しかも、紫織があまりこういう機会に慣れない所為か、聖護の助けを素直に受け入れているようで、そのことが聖護にとってはことの他嬉しいようだった。修二のことなんてすっかり忘れてないか?まるで大事な彼女をつれているみたいだと内心笑った。

 5人はバスを降りると裕司について修二の家を目指して歩いた。ふと、紫織と聖護が何かに気付いて足を止めた。


「聖護」


聖護が紫織の目を見て真顔で頷いた。


「裕司。もしかして修二の家、あの、角の家か?」


聖護が指をさす。


「そうだよ。よくわかったね」


そう言われて、七海も自分達の向かっている先の角にある家に視線をやった。そして一瞬ゾクッと寒気がして、鳥肌がたった。


「なんっ…」


七海の様子に気付いた紫織が声をかけた。


「七海。何か感じるのか?」


「え?あ…、よくわからないけど、今急に寒気がしてゾクゾクしてきた」


「そうか、君も感じるんだな。」


紫織はそういうと聖護の耳元でなにやら小声で話をしている。聖護が真剣な顔で頷くと裕司と洋介に言った。


「今日はやめよう。裕司、洋介、おまえ達帰れ」


「えっ?突然何言い出すのさ、聖護」


洋介が解せないといった顔で聖護に訴えてくる。


「なんでもだ」


「えっ?でも…」


「なんでもいいから帰れ」


聖護が裕司と洋介が納得いかない顔して何か言おうとするのを漆黒の瞳を鋭く光らせて睨んだ。聖護の睨みに裕司と洋介は驚いたように言葉を飲み込んだ。しばらくじっと聖護の目を見ていたが、仕方なく二人は頷いた。


「わかったよ。帰るよ。でも、聖護たちは?」


「ちょっと用事があるんだ」


七海が割って入った。七海は紫織と聖護の様子におそらく魔物か何か異質な物のことで人払いしてると察知して助け舟を入れた。裕司と洋介はそれ以上聖護が口を開かないとわかったのか二人してもと来た道のりを帰って行った。3人はその後姿が見えなくなるまでだまって見送った。


「さて、何があったんだ?」


二人の姿が消えた途端、七海が2人に振り返った。


「あの家のまわり、ものすごい霊気だ」


紫織が修二の家に視線をやった。


「ああ、それで、寒気がするのか。悪い風邪でももらったかと思ったよ。やけに首の後ろがゾクゾクする」


七海はさっきから首の後ろで悪寒がして鳥肌が立ちっぱなしだ。


「ああ、たぶんそれはあの家を取り巻く霊の所為だよ」


紫織がじっと修二の家をみつめたまま応えた。


「に、しても、バカに数が多いな」


聖護が同じく修二の家をじっと見ながら言った。


「えっ?見えるのか?聖護」


七海が驚いたように聖護にたずねた。聖護はすかさず頷く。


「ああ、なんだか、鍛えられて、最近見えなくてもいい物がじゃんじゃん見えるようになってきたんだ。おまえは感じるだけなのか?七海」


「あ?ああ、たぶん。でも、霊だろ?見たことはあるよ」


「じゃあ、近くに行くと見えるさ」


そう言って、紫織は修二の家に向かって歩き出した。聖護と七海もあとに続いた。














修二の家は物の怪たちに囲まれている?修二は無事なのか。

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