第25話 告白
1人残された斉藤は紫織の言葉が信じられず、わなわな震えていた。紫織が笠井の名を口にしたことで、斉藤の脳裏に笠井のあの軽蔑するような冷たい嫌な視線が蘇る。しばらく震えながらシーツの中に蹲っていると、トントンと何かが小突いてくる。ふと、何だろうとシーツを少しめくってみると、どこから入ってきたのか、金色の目をした黒猫が心配そうにじっと斉藤を見ていた。
普通は薄暗がりに黒猫は不気味に思うものだが、なんだか心配そうに見つめてくる金色の瞳に魅入られて、つい声をかけてしまった。
「おまえ…どこから…?」
「にゃー。」
黒猫は首をかしげる。しばらくじっと斉藤を眺めていたが、突然シーツの中にもぐりこんで斉藤に擦り寄ってきた。斉藤は一瞬戸惑ったが、なんだか黒猫のペースに乗せられてなんとなく黒猫の頭をなでてみた。すると、黒猫は気持ちよさそうに金色の目を細めて喉を鳴らしてくる。斉藤はその様子にふっと笑みがこぼれ、黒猫をそっと抱きしめてみた。黒猫は温かくて、艶やかな美しい黒毛は柔らかく、手触りがよかった。斉藤は黒猫をなでていると不思議とさっきまでの不安で恐ろしい気持ちが徐々に消え去り、安らかで穏かな気持ちになってくる。黒猫も嬉しそうな表情でくつろいでいる。斉藤は不思議な猫だと思いながら、一緒に眠った。
紫織が君江に挨拶して斉藤の家をでると、すぐ近くにシルバーメタリックのベンツ停まっていた。総真は紫織の姿を見つけるとすぐに運転席から降りてきてドアをあける。乗り込もうと体をかがめた時に背中から総真が声をかけた。
「アビスはいかがされました?」
紫織が後部座席に収まると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「ああ、少しの間旅にでるらしい。」
総真はその表情を見て、最近また、紫織の雰囲気が変わったように感じた。この頃、顔つきに以前よりも優しさが加わって、今みたいに時折総真にも柔らかい表情を向けてくる。最近は交友関係が広がってきたせいなのか、あの須崎聖護という少年のせいなのか、穏かな雰囲気を持つようになってきた。そんな紫織の変化を総真は複雑な気持ちで受け止めていた。
翌日、学校の廊下で読書をするフリをして笠井の様子を観察していた紫織に七海が重い表情で話しかけてきた。紫織は七海が自分を苦手にしていることは、二人きりの時に見せる苦手そうに目を伏せたりする行動やおそるおそる様子を見ながらのぎこちない話し方でわかっていた。しかし、今日はそれとは違う思いつめた表情をしていたので、紫織は話を聞こうと自分の隣に座るように勧めた。七海は意外という顔をして驚いたが、覚悟を決めたのか、すんなり座って話を始めた。
話は笠井のことだった。七海は笠井の様子がおかしいことに気付いていた。以前笠井のことを七海に尋ねたこともあって、紫織が何か知っているのではないかと思ったらしいのだ。七海は笠井を助けてやりたいから、本当のことを話してほしいと頭を下げてきた。紫織は七海の思いに応えてやりたいのと笠井をこのままにしておけないのもあって七海に話をすることを了承した。しかし、紫織はその後の授業間、上の空でずっとそのことばかりが頭を離れなかった。どうしたらいいのか…。斉藤、笠井、七海…そして聖護…。さまざまな思いが頭を巡ったが、やがて紫織は決心した。
その日の夕方、学校の帰りに紫織は斉藤の家に立ち寄った。また、同じように紫織は斉藤の部屋を訪れると、斉藤は今日はシーツをかぶってはおらず、ベッドの上に座っていた。紫織は部屋にはいると斉藤の膝の上で寛ぐアビスと一瞬目があった。しかし、すぐにその視線を斉藤の顔に移した。昨日よりも幾分穏かな顔をしている。紫織は傍にあった椅子にゆっくりと腰掛けた。
「気分はどう?」
斉藤は上目遣いで恐る恐る紫織の蒼い瞳に視線を合わせてくる。斉藤はこの蒼い瞳が苦手だった。どうも、この蒼い瞳は何もかもをみすかされるようで、真っ向から視線を合わせるのが怖いのだ。書店で腕を掴まれて鋭く睨まれた時には震え上がった。嘘隠しなく、どこからも埃がでないくらいクリーンでないと視線が合わせられない気がしていた。斉藤は一瞬視線を合わせるが、すぐに視線を床に落とした。
「君がうらやましいよ。」
「えっ?」
紫織の口から発せられた言葉は思いもよらないものだったので、つい声をあげてもう一度蒼い瞳に目が合ってしまって一瞬はっとする。そんな斉藤の様子に表情も変えずに紫織は話を続けた。
「君には君の事を心から心配してくれる両親がいるから。」
「心配なんて…。」
斉藤は急にむっとした表情で今度はおもむろに横を向いて窓の外に視線を遣った。
「父さんは会社の仕事や会社の体裁以外関心ないんだ。僕のことなんて気にもしてない。顔を見れば学校へ行けって。僕が嫌なことされるから行きたくないっていっても、おまえはそんな弱い子に育てた覚えはないって怒り出すし…。僕が登校拒否することが世間に恥ずかしいんだ。ましてや、いじめられてるなんて…。プライドの高い人だから僕が許せないんだ。君江さんだって、本当の母じゃない。ある日突然母になる人だからって連れてこられて…。いつも、父さんは勝手なんだ。そんな父さんに逆らえない自分も最悪だし…。」
斉藤は父のことを思い出しているのだろう。その幼さが残る顔の眉間にしわを寄せて、不満げに悔しそうに唇を噛んだ。
「お母さんは君の事をとても心配してた。」
紫織はじっと斉藤を見つめて静かに言った。斉藤は紫織の視線を感じたが紫織の蒼い瞳に視線を合わせる勇気がなかった。
「そんなの父さんの手前、僕のことを心配しているだけ。所詮他人だもの。」
斉藤は吐き捨てるように言い放った。
「そう…。でも、僕はうらやましいな。血のつながったお父さんもいるし、君を心配しているお母さんもいるから。僕には、父も母ももういないから…。」
紫織がそう、静かに話すと斉藤が驚いたように振り返った。
「君は…1人なの?亡くなった…の?」
斉藤が聞きにくそうにたずねてきた。紫織はゆっくりと頷いた。
「父は3年前に事故で亡くなったんだ。母は生まれたばかりの頃亡くなったらしい。今は兄弟のように同じ家で育った僕の後見人をしてくれている弁護士さんと住んでるんだ。」
斉藤は驚いた。紫織はいつも冷静で何に対しても顔色ひとつ変えないほどに大人で他の同級生とは違う雰囲気が漂っていた。そして、特別な人のような気もして遠くから眺める手の届かない人だと思っていた。それだけに、今、目の前に現れてなんの躊躇もなくこんな自分にプライバシーな内容を話しくること事態に驚いた。
「僕の父は外科医だったんだ。難しいオペや術後の様子見で毎日遅かったり、何日か家を空けることも多かった。その頃僕は、自分の身に恐ろしい変化が起こり始めて毎日が不安で怖くて怯えて暮らしていた。」
「恐ろしい変化?」
紫織はじっと斉藤を見つめて頷いた。斉藤はいつもは吸い込まれそうなぐらいにどこまでも透き通るような蒼い瞳が一瞬曇った気がした。
「笠井に魔物が憑いていたと言う話を昨日したね。その魔物を払ったのは僕なんだ。」
「えっ?君が…?」
正確には紫織の中に眠る魔王の一部だが…。紫織はそれは口にはださなかった。
「そう、僕は魔物が見えるし、話もできる。そして、時にはその魔物さえ、消すことができる力がある…。」
そう言った紫織は全く無表情を装っているが、斉藤には酷く悲しそうな顔をしていたような気がした。
「恐ろしい変化って魔物が見えるようになったってこと?」
「そう、幼い頃から、だんだんと魔物が見えるようになってきて、やつらは弱い心につけこんで僕を翻弄してきた。毎日が恐怖の連続だった。誰にも言えなかった。普通の人にはわからない、ありえないことだったから。父はそんな僕の様子を見かねて、父は僕が7歳の時、真実を話してくれた。僕が父の本当の子供ではないこと、そしてこの身体に宿る特別な力のことも…。」
「えっ?」
斉藤は驚いてもう一度声を上げた。斉藤は目を見開いてそのまま紫織の話に耳を傾けた。
「その時、僕は打ちのめされた。信じていた父が、本当の父ではないことを知り、なぜか特別な力のことよりもショックだった。僕はそれからしばらく目の前が真っ暗で、生きている意味を見出せなかった。7歳のときに初めて死にたいって思った。」
「そんな…。」
斉藤は不思議でならなかった。頭が良くて、人の目を強烈にひきつけるような美しい容姿を持っている紫織にそんな闇があったなんて思いもしなかった。コンプレックスの塊のような自分とはまったく違って、なに不自由なくなんでも思い通りにできる特別な選ばれた存在だと思っていたのだ。
「僕がいることで、父をはじめ、周りの人達に迷惑がかかると思った。自分は生きていてもなにもいいことはない…って。たった一人きりになってしまったような孤独感にさいなまれた。」
斉藤はいつの間にかじっと蒼い瞳を見つめて聞き入っている。
「父は厳しい人だった。僕の様子を見ていて、なにか僕の身に起こり始めたことを知ったようだった。父は、僕をその魔物たちから、逃がそうするのではなく、自分で向き合って戦えるような強さを身につけさせようと7歳の僕に真実を明かすことを選んだんだ。僕が悲しみに打ちひしがれているときでも、決して甘やかしてくれたりはしなかった。紫織、前を見なさい。事実を受け止めなさいって。おまえが望めばなんでもできる。幸せは与えられるものじゃない。自分を認めて前に進んで自ら掴み取るものだって…。」
「自ら掴み取るもの…?」
斉藤はぼそっと繰り返した。
「そう、そして…。逃げてはいけない。目の前の事実を受け止めなさい。そこから、自らの意思でその事実に立ち向かいなさい。おまえの人生は誰も変わってやれない。人は幸せになるための人生を皆平等に神から与えられるのだ。そして、試練も同時に与えられる。しかし、自分でその目の前の現実を受け入れてその試練を乗り越えない限りは幸せはありえない…って。いつも、そればっかりだった。決して優しく抱きしめてはくれなかった。でも、僕が自分の事実を受け止めて乗り越えたとき、父は涙を流して抱きしめてくれた。その時初めて父の僕に対する本当の愛情を知ったんだ。本当に優しい人だった。その時のことがなければ、今僕はこうしてここにはいない。」
斉藤はじっと何か考えるように視線を床に落とした。
「それでも僕はまだ、ずっと迷ってる…。いつもこの現実から目を背けたくなるんだ。そのたびに負けそうになる…。でも、ふとそんな時、周りをみるとたくさんの人が自分を支えてくれていることに気付くんだ。」
紫織はしばらくじっと目を閉じた。何かを思い出しているようだった。そしてまた目を開いて蒼い目を斉藤へ向けた。
「僕は一人じゃないんだって。人に迷惑をかけるからってなるべく、人とかかわりを持たないようにと生きてこようとしたけど、僕はどうしようもなく、いろんな人に支えられてるんだ。その事実を受け止めなくてはって思った。最近では、その人たちから離れられないならその人たちを自分が守ればいい、そのぐらい強くなればいいって思えるようになった。そしたら少し楽になったんだ。」
斉藤はじっと瞬きもせずに床を見ていたが、その大きく見開いた目から熱い雫が頬を伝って床に落ちた。紫織はだまってその様子を見ている。斉藤が涙を手で拭って顔を上げた。
「ごめん…。僕のために言いにくいこと話させちゃって…。」
斉藤は涙を堪えるように肩で大きく息を吸った。
「僕…、甘えていたんだね…。思い通りに行かないことや目の前の現実に自分だけが不幸みたいに思って…。」
斉藤はあとからあとからこみ上げてくる涙をぬぐってはぬぐっては押さえつけようとしていた。紫織は斉藤に近づいて床に跪くと必死で目をこすっている斉藤の手首を掴んで止めた。
「斉藤、我慢しなくてもいい。全部吐き出してしまったほうがいい。」
そういって斉藤の背中をさすってやった。斉藤は我慢できなくなって声を出して体を震わせて泣いた。膝の上のアビスは一瞬紫織を見たが、すぐに斉藤に体を摺り寄せた。まるで慰めるかのように…。不思議な猫だと紫織は思いつつ、ふっと笑みをこぼした。
ひとしきり泣くと斉藤はすっきりしたのか、恥ずかしそうに真っ赤な目で紫織を見て笑った。その笑顔に少し安心したのか、やんわり微笑むと紫織は席を立った。その帰りに、紫織は君江に声をかけた。
「弘樹くんと話をしてみてください。きっと今なら大丈夫です。」
君江は昨日見たひんやりとした冷たく厳しい瞳とは違って、どこか穏かで安心する蒼い瞳に吸い寄せられるように見入ってしまった。
「では、また、明日来ます。」
そういって紫織が軽くお辞儀をして出て行った。君江ははっとして玄関まで行って門を出て行く紫織に丁寧に一礼した。
帰りの車の中でじっと何か思い出すように考え事をしている紫織をルームミラーで気にしながら総真はだまって運転していた。その表情は思いつめるようではなくて、なにかふっきれたようなそんな清々しさが顔に現れているようで、また少し大人びたように思えた。こうやってどんどん大人になって、自分の手から離れていくのか…。総真は紫織の成長を見守りながら一抹の寂しさを募らせていった。
翌日の授業後、七海と聖護は笠井を医務室に連れて行った。笠井にも真実を話すためだ。一方、紫織は早々に下校して、帰りに斉藤の家に立ち寄った。
君江が明るく出迎えてくれて、しきりにお礼を言っていた。どうやら、斉藤と話ができたらしかった。君江は昨日までのどこか陰りのある雰囲気が消え、嬉しそうでその表情はイキイキとしていて本来の華やかな雰囲気を取り戻していた。
部屋のドアをノックすると、斉藤も今日は自分からドアを開けて笑顔で明るく出迎えてくれた。中に入るとベッドの傍でアビスがくつろぐように眠っていた。紫織はその様子に一瞬目をやるとふっと笑った。そして、斉藤は部屋の中に紫織を招きいれて、椅子をすすめると自分から嬉しそうに話をしてきた。
「昨日あれから、君江さんが部屋にやってきたんだ。君が話してくれたことで、自分の甘さがよくわかって…。正直な気持ち君江さんに話して謝ったんだ。そしたら、君江さんも正直に話してくれて…。子供を持ったことがないから、僕にどう接していいのか戸惑ってたって。とっても心配してくれてたんだね。本当、僕の勝手な思い込みで返ってつらい思いをさせてしまってたんだね。
僕は本当のお母さんになって欲しいから、思ったことなんでも話して欲しいっていったんだ。僕も思ったことはなんでも話すからって。それから僕の悪いところは本当のお母さんみたいに叱って欲しいって。
そしたら、君江さん、涙流して僕に謝ってくれた。もっと早く自分の思いを話せばよかったって。そしたら、まだお母さんって呼べないけど、いつか呼べるようになりたいって思えたんだ。」
そう斉藤は照れながら話をしてくれた。
「まだ、父さんとは話をしてないけど、君江さんから話を聞いたら、今回のこと酷く心配していたみたいで…。僕が屋上から飛び降りようとした日、出張で重役会議の最中だったらしいんだけど、あわててその席を立って帰ってきたらしい。
夜中に着いたらしいから僕は眠っていて気付かなかったけど。それから毎日仕事中に何度もどうしているかと電話してきていたらしい。弱々しく逃げるようなやつになってほしくないって、そのたびに心配しながら言ってたんだって。
僕の前では厳格で表情を崩さない父だけど、本当は心配でたまらなかったみたい。僕は本当に人の上っ面しか見てないどうしようもない甘えっ子だったんだね。君にいろんなこと教えられた。ありがとう。」
斉藤は紫織に頭を下げた。
「いや、僕の方が君に教えられたよ。自分のことを話すのはこれが初めてだったんだ。でも、話をすることで今までくすぶっていたり、迷っていたりしたことがだんだんクリアになっていったんだ。僕も大切な人にきちんと向き合わなくてはいけないって思ったよ。ありがとう。」
紫織は斉藤に少し微笑んだ。斉藤は紫織にお礼を言われて驚いたが、嬉しくて心からの笑顔で返した。なんだか今なら少し自信をもって紫織の蒼い瞳をまっすぐ見ることが出来そうな気がしていた。そんな斉藤の様子を見て紫織は、ふっと真顔になって斉藤をじっと見た。
「斉藤、笠井に会ってみないか。」
「えっ?」
斉藤は思わぬ言葉に驚いて息を呑んだ。そして急に血の気が引いていく。
「か…さい…?」
不安な顔をして下を向いた。
「今日はどうしても、笠井の話を聞いて欲しいんだ。」
斉藤は難しそうな顔をして黙って床を見ていた。
「笠井はね、魔物が憑く前は…ずっといじめられていたらしい。」
「えっ?」
驚いて斉藤は顔を上げた。
「小さな頃、彼も両親を亡くして叔父さん夫婦に引き取られたんだけど、うまくいかなくてだんだん心を閉ざしがちになっていったらしい。そして周りの大人にもつらく当たられ、学校でいじめられて相当つらい思いをしたみたいだった。」
「笠井が…?」
紫織は斉藤をじっと見て頷いた。この話は実は笠井から話を聞いたことではなく、笠井についていた魔物と対峙した際、笠井の体に触れたことで笠井の記憶や思いを読んだ為にわかったことだった。彼の心には深い闇が根ざしていた。魔物はそこに巣食っていたのである。
「そして彼も何で人間に生まれたんだろうって。神を恨んだらしい。そこに魔物は目をつけて言葉巧みに彼に巣食ったんだ。」
斉藤は身動きもせずに黙ってじっと話を聞いていた。
「斉藤、君も笠井も被害者と加害者じゃない。魔物に翻弄されただけだ。笠井も今、魔物に憑かれていた間の記憶がなくて、その前の自分を知る冷たい視線と戦っているんだ。毎日悩んでる。君がそのことで苦しんできたように、彼もまた、その間の記憶がないことで偽りの自分の姿と本当の自分との間で戦って苦しんでいるんだ。会って話をしてみないか?」
斉藤はしばらく黙っていた。紫織はじっとその様子を緊張した面持ちで見守っていた。ふと、眠っていたアビスがむくっと体を起こして斉藤の傍に擦り寄る。斉藤は足元に擦り寄ってくるアビスを抱き上げるとぎゅっと抱きしめて目を閉じた。アビスは無邪気にじっと大きな金色の目を丸く押し開いて斉藤の顔を興味深げに見上げていた。ふと斉藤が目を開けて、蒼い瞳をじっとまっすぐ見返してきた。
「会わせてください。笠井に。」
斉藤は真顔だったが、その顔は何かを決意して意志を固めたしっかりとしたいい顔つきだった。紫織はその顔ににやりと微笑んで頷いた。
紫織が真実とともに心に秘めていた想いを打ち明けたことで斉藤は閉ざしていた心を開いて前に一歩踏み出そうとする。次回は斉藤と笠井が顔を会わせます。また是非読んでくださいね。