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第24話 閉ざされた心

少し前にさかのぼります。屋上から飛び降りようとして助けられた斉藤のその後です。

 台風が去った翌日、紫織は朝早く目が覚めた。しばらくはまだ、ぼおっとしていて頭が回らなかった。やがて、自分の部屋のベッドに寝ていることに気付き、次第に昨日の出来事が一気に思い出されて重苦しい気分になった。それでも、昨日の不安で落ち着かない気持ちは陰を潜め、少し冷静さを取り戻していた。聖護の力と鎮静剤のおかげで深く眠れたせいだろう。

 ふと、足元がもぞもぞする。シーツの中の塊が蠢いていたかと思うと紫織の体に乗り上げてきた。


「にゃー。」


挨拶するようにシーツの中からむっくりと顔を出した。


「アビス、おはよう。」


アビスと呼ばれた黒猫は紫織の体に擦り寄って甘えてくる。紫織はその様子にくすっと笑いながら優しく黒猫を抱き上げる。


「寂しがり屋だな。アビスは。」


昨日はおそらく総真が連れ帰ってくれたのだろう。眠っていたので、アビスをかまってやれなかったせいか、朝からゴロゴロ甘えてくる。紫織は微笑みながら黒猫の頭をなでてやる。黒猫は気持ちよさそうに金色の大きな目を細めて満足げな顔を向けてくる。

 

このアビスと呼ばれた黒猫は、3ヶ月ほど前、魔物と戦った折に出会った猫である。その姿は上質な黒い毛並みに金色に光る大きな目が特長で、一度見たら忘れないぐらい印象に残るほど美しい。そして、もう長い時代を生きていて、一体、いつ生まれたのかも不明である。

 ただ、アビスは普通の猫ではなく、自分の意志で獰猛な黒豹に変身する。アビスが大切にしていた女の子の霊を助けるため、魔物に立ち向かった際、黒豹に変身して魔物を退治したのである。その後、女の子は昇天し、アビスはその日から紫織を主人として紫織の元に住みついた。それから、アビスは紫織が家に居るときは片時も離れずに傍にいる。

 

 アビスは情が深く、主人にとことん愛情を注ぐ。それまでの記憶を紫織は読んで知っている。それだけに、紫織もアビスにはできるだけかまってやったりと愛情を注いでやる。もっぱらスキンシップがアビスとの会話になる。紫織とアビスはただの猫と飼い主のコミュニケーションではなく、必要な時はイメージの交換をして会話をすることができる。ひとしきりアビスと遊んでやると、紫織はまだ、完全に覚めていない体を無理やり起こし、傍にあった水を一気に飲み干すと、ゆっくりと歩いてベランダへと足をのばした。

 

 さすがに台風一過は清々しい。まだ時折強い風が突風のように吹き荒れるが、その所為で青い空には雲ひとつない。秋晴れで、気分は爽快だった。ベランダから庭を見やり、穏かな気分に浸る。紫織は大きく深呼吸する。いつもとかわりない、周りの木や草の香りに体の奥からエネルギーが湧いてくるような気がした。


 ふと、紫織は斉藤のことを思い出した。あれからどうしているのだろう?あの時は自分と一緒で鎮静剤で眠らされただけだ。一時忘れることが出来ても、彼にとって目の前の現実は何も変わってないのだ。確かに笠井に憑いていた魔物は居なくなった。しかし、彼がそれまでに抱えた闇はそう簡単には明けないだろう。彼自身が抱えてしまった闇に目を向け立ち向かっていかない限りは…。


紫織はその日の午後、斉藤の家まで出かけた。先日斉藤の母親が斉藤を引き取りに来たときに記入した住所を紫織はおぼろげに思い出して総真に送ってもらった。出がけにアビスが離れたがらないので仕方なく連れて行った。


「アビス、この辺りで待っててくれないか?僕はこの家に用事があるんだ。」


わかったのかわからないのか、つややかな毛並みの黒猫は嬉しそうに一声鳴いて返事をした。アビスをその場に下ろすとアビスはすばやい動きでどこかへ行ってしまった。その姿を見送ってから、紫織は斉藤の家の門の前に立ち、インターフォンを押した。


「はい。どちら様ですか?」


母親らしきこもるような女の声がインターフォンのスピーカーを通して聞こえてきた。


「僕は弘樹くんの知り合いで間宮と申します。弘樹君に会いに来たのですが…。」


「え…?」


少し戸惑うような感じがあってからすぐに応答があった。


「あ…、少々お待ちください。」


そして、すぐにドアの鍵が開く音がして、少し慌てるような感じで斉藤の母、君江が姿を現した。先日よりは若々しく見えたが、やはり疲れの色は隠せない。君江は紫織の目を見て一瞬ひるんだが、すぐに頭を下げた。


「先日、弘樹を助けてくださった方ですよね。その節は本当にどうもありがとうございました。」


紫織は黙って軽く会釈をした


「どうそ。」


紫織は中へと案内され、応接間に通された。そして黒い上質な革張りのソファを勧められたので促されるままに座った。君江がすぐに席を立とうとすると、すかさず紫織が声をかけた。


「おかまいなく。僕は少し様子を知りたいと思って会いに来ただけですから。」


その声に君江はふと紫織の方に顔を向けた。ひんやりとしたクールな蒼い瞳がじっと君江を捉ええている。君江はその瞬間、なんだか有無を言わせぬ威圧感を感じて諦めたようにその場にもう一度座った。しばらく沈黙があって、紫織が口を開いた。


「その後、弘樹くんはどんな様子ですか?今日会えますか?」


その言葉に君江が顔を曇らせる。


「それが…。あの日から部屋にこもりきりで、話しかけても何も話をしないんです。」


君江は心配そうにため息をついた。


「食事もほとんどしないし…。」


紫織は表情を変えずにじっと話を聞いていたが、ふと君江に話しかけた。


「あの…、彼と話をさせていただけませんか。」


紫織は真顔でまっすぐ君江を見つめる。


 君江は透明でどこまでも深い青い瞳にじっと見つめられて一瞬たじろいだ。弘樹と同じ年の子供なのに、なぜかこの瞳に見つめられると逆らえない気がした。不思議な子だ…と君江は思った。その姿はひんやりと透き通るような滑らかな白い肌に二つの大きな宝石がはめ込まれているようで、そのコントラストは見事だった。君江の目の前にいる少年はこの世のものとは思えない高貴さと美しさを兼ね備えていた。そして、ほんの一瞬目を伏せたりするその一挙一動にも目が奪われる。君江はもう一度ため息をつくとゆっくりと頷いた。


「わかりました。どうぞ、会ってやってください。あなたならなにか話すかもしれません。よろしくお願いします。」


君江はそういって頭を下げた。


 斉藤の家は和風の平屋造りで、奥の離れに斉藤の部屋があった。紫織は君江に案内されて庭園風の庭に面する廊下を通って母屋から離れを結ぶ渡り廊下にでた。そこからの庭の景観はまるで京都の茶室から眺めるしっとり落ち着いた佇まいだった。典型的な日本庭園である。竹垣に囲まれて松やその他の庭木には丁寧に職人の手が入ったようにシンプルですっきりと整えられていた。庭の奥には池があって、その中央には小さな橋がかけられており、池のすぐ傍には燈篭も見える。先程から、どこからか静寂な空間の中に間を置いて石を打つ猪おどしの音が響いていた。君江と紫織はそんな中、板の間の廊下を歩いていく。辺りの静けさの中で衣服の擦れる音だけがうきたってくるようだった。ふと、紫織が景石の陰に視線を走らせると、どこから入ったのか、上質な毛並みの美しい黒猫が置物のように座って、金色の目を光らせてじっとこちらを眺めていた。紫織は一瞬立ち止まって黒猫に目を遣る。


「何か?」


急に立ち止まった紫織に君江が振り返って尋ねた。


「いえ…。綺麗なお庭だと思って…。」


紫織が黒猫に目を遣ったまま応えると、君江は説明を添えた。


「ああ、この家は代々、造園業だったようです。今は店舗などを作る会社としての方が知られているとは思いますが…。今でも、庭をつくる仕事のほうが多いんですよ。」


そう説明する君江の話に相槌をつきながらも、紫織はアビスをじっと見ていた。君江が歩きだしたのでそれにあわせてついていくと、急にふと立ち止まって振り返った。


「ここです。どうぞお入りください。私はあちらにおりますのでお帰りのときは声をかけてくださいね。」


そういうと静々と君江はもとの母屋に戻っていった。


 ひとり残された紫織は、目の前の扉をノックした。返事はない。

 しばらく考えたが、紫織は部屋の扉を開けてみた。鍵はかかっていなかった。中は薄暗いがカーテンの隙間からこぼれる光でかろうじて中の様子がわかる。机はきちんと片つけられていてしばらく触った形跡がないようにも見えた。その奥にベッドが見える。そこが白っぽくこんもり盛り上がっていた。紫織がゆっくり近づき、傍にあった椅子に座る。眠っているのか…。じっと様子を見ていると、斉藤が君江とは違う様子を感じ取ったのか、恐る恐るかぶったシーツの中から外の様子を伺ってきた。そして斉藤は息を飲んだ。

 斉藤の視界に蒼い瞳が映ったのだ。薄暗がりの中にわずかな光を携えてじっと斉藤を見ている。しばらく沈黙が続いた。一向に話しかけてこない紫織に業を煮やして斉藤がおずおずと話しかける。


「あの…、なんですか…?」


紫織は表情を変えずに、淡々と口を開いた。


「君に話がある。」


そう切り出したあとは斉藤にかまわず話を続けた。


「もう、笠井にいじめられることはない。」


「えっ…?」


「笠井には魔物が憑いていたんだ。」


「ま…もの?」


斉藤が思わぬ言葉に驚いて聞き返して来た。紫織は頷いて続けた。


「そう…、魔物だ。人の魂を喰らう魔物。」


「えっ…?うそ…。」


「本当だ。もう取り払ったから、大丈夫。」


「そんな…。そんなの嘘だ!僕をだましてるんでしょ?僕はだまされない!」


そういうと、斉藤はまた、シーツをかぶってぶるぶる震えた。


「本当だ。笠井に憑いていた魔物は君を追いつめて君の魂を狩ろうとしていたんだ。笠井はその魔物に操られただけだ。しかも、君の魂を喰らった後で、笠井の魂も取られるところだった。でも、もう魔物は居なくなったから、大丈夫だ。」


「嘘だっ!そんなこといってまた僕を騙そうとしているんだろう!」


そう叫んで、斉藤はシーツの中で耳を塞ぎ、かたくなに牽制してくる。紫織はだまってしばらく傍に居たが、やがて立ち上がった。


「今日はそれだけだ。また来る。じゃあ…。」 


来た時と同じく、ゆっくりと斉藤の部屋を出て行った。



















 

紫織の話に頑なな姿勢の斉藤。一歩、アビスの意味ありげな行動に紫織は…。


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