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第20話 それぞれの想い

少し早くかけたのでがんばって見ました。

涼子がしばらくして休養室から戻ってきた。


「総真、紫織君OKよ。熱は少し微熱だけど、他は大丈夫。…あとは心の問題だけね。話しかけると返事はするけど、既に心ここにあらずって感じだったわ。眠ったほうがいいと思ったから、鎮静剤打っておいたので、すぐに眠りに落ちるわ。もう少し待ってて。」


聖護が心配そうに涼子の顔を見る。涼子がその視線に気づいて、うっすらと微笑んで近づいてきた。


「大丈夫よ。あの子は神経が細いから、いろいろなことを考えすぎて体が悲鳴上げるのよ。だから、考えなくてもいいように、少し眠らせようと思っただけよ。寝ないのが一番心に悪いわ。時間を置くと冷静にいろいろなことが見えてくることもあるしね。今はまだ誤解してるかもしれないけど、あの子はどっかで気づいてると思うわ、あなたの気持ち。あせんなさんな。聖護君。」


そういってニッコリ笑ってウインクした。聖護はだまって頷くとまた、心配そうに休養室のほうを見やった。


しばらくして、外の風も止み、ガタガタと音を立てていた窓も静かになった。時折強い風が吹くようだがが、さっき程の威力はない。窓の外は明るく晴れ上がり、夕焼けの赤みと青い空が所どころ入り混じって紫を帯びた空が広がっていた。


 総真が休養室に入って行っってしばらくすると紫織を抱きかかえて診察室に再び戻ってきた。


「晩に一度顔を出すわ。総真、紫織君をよろしくね。」


総真は黙って頷くとちらっと聖護を見て、一礼した。そして大事そうに紫織の顔に一瞬紫織の様子を確認するとすぐに医務室から出て行った。聖護はひどくもやもやした気持ちがわいてきて本能的にじっと総真の背中を睨みつけた。


「聖護く…ん?」


涼子はその瞬間の顔を振り向きざまに偶然見てしまい、はっとして言葉を飲み込んだ。

 13歳の少し大人びた少年が一瞬大人の男の顔をしていたのだ。紫織が女の子だってことはまだ聖護は知らないはずだったが、本能的にどっかでわかってるのかも知れない。友達だとは言っていても、聖護の思いは明らかに異性に対する深い愛情そのものだった。しかも、このぐらいの子達に芽生える淡い恋愛感情ではなくて、自分の命さえ投げ出していいほど、想いは深くて強いのだ。

 紫織と聖護が特殊な事情に生まれついているからなのか、お互いを求める気持ちも思いやる気持ちも尋常じゃないぐらい真剣で重い。涼子は二人を見てきて、そんなことわかってはいたが、あの一瞬聖護が見せた顔であらためて二人を見守っていくことの責任の重さを痛感した。

 自分はこの子達を本当に支えてやれるのか。この子達の崇高な想いをどこまでも支えきれるのか。いや、支えなければならない。なんとしても支え続けてやりたい。それが涼子の最愛の人、間宮祐一郎に誓ったことだから。


(先生の想いを引き継いで、残された大切なあの子を支えていくと、あの時誓ったでしょう、涼子。)


涼子は再びそう自分に言い聞かせた。


「さあ、台風も収まったことだし、晩御飯たべて帰りましょう。送るわ。聖護君。」


聖護は何か考え事をしていたようだったが、涼子が声をかけるといつものように笑顔で頷いた。


 




 総真は車の傍まで来ると手に持っていたキーのボタンを押してロックを解除して、そして後ろのドアを開けて紫織をそうっと後部座席に乗せた。傍にあったブランケットを手に取ると起こさないようにそっと上からかけてやり、そのついでにじっと紫織の顔を見る。

 さっき、休養室のベッドで横たわる紫織を覗き込んだ時、その睫と頬は涙で濡れていた。総真が起こさないようにそっとぬぐっやったのだ。今は静かに眠っている紫織はさっきまで泣いていたようには見えなかった。少なくとも今は嫌な夢は見ていないのだろう。そう思うと少し安堵が広がる。

 それでも、帰り道、総真は心の中では気が気ではなかった。あの涙は聖護のために流されていたことを十分すぎるぐらいに総真はわかっていたからだ。紫織がまだ幼い頃から、総真は紫織を愛し、思い続けてきた。そして祐一郎が亡くなったときも、紫織をこの先ずっと支えて行くのだと心に誓った。

 それから、3年以上がたつが、紫織は誰にも心を開かず、一番傍にいるのに総真は肝心な心はつかめずにいた。触れようとすれば、紫織はかたくなに拒み、時に自分すら傷つける。それでも、そんな紫織を愛おしいと思い、黙ってその想いを抱え、ずっと傍に仕えてきた。

 それが突然、須崎聖護という少年が現れて、紫織の心をいとも簡単に惹きつけてこんな風に心を煩わすほどの思いを抱かせている。さらに神に与えられた使命で彼らはつながっているという。涼子は運命の出逢いと言った。目の前に突きつけられた事実を否定しても、どこかでわかっていた。この子達の間に自分が入っていけるわけはないと…。


(神よ、なぜ私を選んでくださらなかったのか…。なぜ、私でないのですか?)


 総真は生まれて初めて嫉妬心と言うものを知った。おそらく醜い顔をしているのだろうなと、運転しながらちらっとルームミラーに移る自分を見る。そこには少し疲れた表情を見せる生気がない男の顔があった。

 

 翌週、台風が去って全国的にさわやかな秋晴れの快晴が続いた。

 週末、台風をやり過ごした後、総真が弱々しくうなだれて眠る紫織を抱き抱えて、医務室を出て行ってから5日がたとうとしていた。


「おはよう。」


紫織の後姿を見つけて聖護が声をかける。


「おはよう。」


紫織は無表情ではあるが、いつものように聖護の顔をちらっと見て挨拶を返してきた。


「今日も快晴だな。」


聖護がいつものようにさりげなく言葉をかけると、何も躊躇することもなく、紫織は言葉を返してきた。


「ああ、当分晴れるらしいね。」


しかし、その表情は相変わらず無表情で紫織の思いは量りかねた。

 紫織は月曜日に顔を合わせてからというもの、いつもと変わらない風で、聖護が話しかけると応じていた。まるで週末のことが何もなかったかのように、その前の紫織とまったくもって変わらない。

 聖護はそのことにひどく違和感を感じたが、出逢った頃のようにおもむろに避けて聖護や周りを拒む様子はないので、あえて紫織を追い詰めてまでその真意を問いただそうとは思えなかった。今は様子を見たほうがいい。漠然と聖護はそう思っていた。少し時間が必要なのかもしれない。

 何があっても紫織の傍にいたい、だから、今は我慢しろ、そう自分に言い聞かせた。今だかつて、こんなにも他人を大事に思ったことはなかった。もちろん、友人達は大切だが、紫織に関してはまったく違った感覚だった。何者にも替え難い大切な存在なのだ。ある意味自分より大切に思えるほどに。聖護は最近では自分の中でも、紫織は特別なんだと認識しつつあった。

 こんな想いをもつのは、神からもたらされた使命がある特別な関係だからか。いや、違う。違うはずだ。魔王と呼ばれたあいつを監視して封印するための存在なら、そんな気持ちはありえない。たとえ、その使命を追っていたとしても、自分の気持ちは別ものだ。あの時、紫織に言ったとおりで、なぜ紫織の傍にいたいかといわれれば、『紫織が好きだから』と自信を持って即答できる。紫織が何よりも大切だからと…。

 しかし、紫織はあの日以来、聖護に対してわだかまりをもってしまった。やっと心を開くようになったかと想った矢先、聖護が自分の中の魔王を抑える使命があるから自分の傍にいると思いこんでしまったようだった。聖護はなんとか誤解を解きたいと思ったが、紫織はすべてのものに対して疑心暗鬼で神経も細いので、それを想うと、性急に追い詰めるよりも、今までも少しずつ紫織の心に近づいてきたのだから、ゆっくり紫織の気持ちを考えながらやっていけばいい。紫織も逃げ出そうとはしていないのだし。聖護はそう自分に言い聞かせながら、隣を歩く紫織を横目でちらっと見て軽くため息をついた。


 午後も快晴で学生達は積極的に外へ出て、有り余るエネルギーを太陽の下で発散している。紫織はいつもなら、校庭の奥にある森やや文化エリアの日本庭園などにでかけ、外のさわやかな空気にふれつつ本を読んでいることが多かった。しかし、今日は廊下のベンチにすわって本を読んでいる。聖護はその様子が少し気になったが、裕司が呼ぶのでいつものメンバーと校庭に出て行った。


「間宮…。」


ふと背後から聞きなれた声がして紫織が振り返る。そこには真面目な顔をした七海が立っていて、何かいいいたそうな顔をして紫織をじっと見下ろしていた。紫織がそのいつもと違う様子に気付いて、無表情をよそおいつつ、じっと蒼い瞳を大きく見開くと、一瞬七海がひるんだ感じがあった。


「座れよ。」


すかさず、七海に声をかける。


「えっ?」


七海が驚いた顔をした。


「話があるんだろ?」


紫織は七海の態度で何か特別な話があるのだろうとふんで言葉にしてやった。ところが、七海はそんなに簡単に紫織が自分のことを受け入れてくれるとは思っていなかっただけに徐に驚いてしまった。いつもは聖護がクッションになっているので、最近では一緒にいるときなら軽い口を叩けるようになっていたが、さすがに二人きりだと緊張する。


「ああ…。」


七海は紫織に言われるままにゆっくりと紫織の隣に腰を下ろした。2人は1Fのコミュニケーション広場に視線を落とす。どうやら、同じ人物を見ているようだった。そこには華奢なまだあどけなさの残る少年がぽつんと座ってどこを見ているのか、視点が定まらない様子でうなだれていた。


「笠井のことだけど…。」


紫織がピクッとこめかみを動かしたが、視線は相変わらず、一点に注がれていた。


「おまえ、この間、笠井のことを聞いたよな、あいつのこと何か知ってるんじゃないか?」


七海も同じところから視線を動かさない。紫織は無関心な様子を装って黙っている。七海は紫織の返事をしばらくまったが、返答がないとわかると話しを続けた。


「あいつ、ここのところおかしいんだ。ビクビクして怯えてるって言うか…。昔のあいつに戻ったみたいで…。いや、少し違うな…。何かもっと追い詰められて…。」


紫織は相変わらず一点を見つめていたが、一瞬七海の言葉にわずかに険しい顔をした。


「クラスのやつが言うには記憶喪失みたいにいろんなことを忘れてるみたいなんだ。病気じゃないかって…。この間まで、嫌味なぐらい、えらそうな態度を取ってたやつがだぞ、周りを怖がるように小さくなってるって言うんだ。おかしいと思わないか。おまえ、何か知ってるんじゃないのか。」


七海が今度は紫織の横顔に視線を移してじっと見つめた。

 七海は普段、調子がよさそうでつかみどころがない飄々と軽いタイプのように見えるが、実は思慮深く、カンがいい。だてに二人の傍にいるわけではなかった。彼は随分大人なところがあって、聖護と紫織の微妙な空気をいつも読んでさりげなく見過ごしてくれている。軽い口を叩くのも、二人の空気を読んで張り詰めた雰囲気を和らげたりするためでもあった。そうかと言えば、時々本当のことをズバッといって指摘する。二人、特に聖護にだが、こんな風にはっきりと物申す者がいないだけに、聖護は歯に衣を着せない七海を気に入って友人たちの中でも特に信頼を寄せている。七海は実にいろんな面を持つ繊細で器用な頭のいい少年だった。紫織は以前、七海の魂の記憶に刻まれたイサキを助けたからということだけではなく、同級生の中では信頼が置けるとして認識していた。

 紫織はしばらく何か考える風があったが、ゆっくりと七海の方に顔を向けた。


「別に何もない…。ただ、知り合いに関係があって、聞いてみただけだから。」


そうそっけなく言うと、蒼い瞳は再びコミュニケーション広場に向けられた。

 普段、紫織から友人やら友達やらの言葉は聞いたことがない。実のところ、いったい聖護や自分のことをどう思っているのか、気にかかっていた。

 聖護はもちろん一番信頼を置いてい心を開いているらしき感じは十分承知している。でも、自分は?こいつにとって自分は何者なんだろう?こうして話をしてくれるのだから、他のやつらと比べれば少しは信頼があるのだろう。

 最近は時折、向こうから話しかけてくることすらある。もちろん用がある時だが、他のやつらに対しての最低限の言葉ではないことだけはは確かだった。しかも、こうして、授業以外で隣に座ることを許されるのも聖護の他に七海だけだった。そう考えるとただの知り合いと言うよりは友人に近い存在ではあるのだろう。七海は漠然とそう思いながら、紫織の横顔をちらっと見てコミュニケーション広場に視線を落とした。


「あいつ…、俺の近所に住んでたから、小さい時からよく知ってるんだ。幼馴染みたいなもんだな。話しかけるのはたまにしかなかったけど、小さい頃はよくコロコロ笑う、素直でいいやつだったんだ。」


七海はコミュ二ケーション広場に視線を落としながらも、懐かしそうに眼を細めた。そしてつぎの瞬間顔を曇らせて続けた。


「でも、あいつの家は少し複雑で、大きくなるたびに笑顔が消えて周りに怯えるような表情をするようになっていった。それに身体も小さく女顔なのも手伝って、学校でもだんだんいじめられるようになって…。小突くとすぐ泣くもんだからみんな面白がってだんだんエスカレートしていったんだ。俺は極力見つけたときには助けてやったけど、よっぽどやられてたんだよな、陰湿なのもあわせると相当やられてたんだと思う。初等部の終わりごろは今にも死んじまいそうなぐらい暗い顔をするようになってた。」


紫織はじっとだまったまま、七海の話しに耳を傾けていた。七海はそれをわかってかわからないでか、少し険しい顔をすると、その先の話を切り出した。


「中等部にはいってすぐ、あいつは人を見下すようなどこか、冷たい嫌な表情をするようになっって…。まるで別人のようだった。噂では、あいつがいじめをやってるって話も聞こえてきた。」


紫織は一瞬ぴくっとして反応する。今度は七海がはっきりと気付いた。


「やっぱり知ってたんだろ?あいつがいじめやってたこと。」


紫織はちらっと七海を見た。


「ああ…。」


「そうか、で、知り合いっていうのが、いじめられていたやつじゃないのか?」


今度は七海に視線をやることなく、考えているのか、しばらく間を空けて頷いた。


「偶然見かけた。」


「そうか…。やっぱりな。」


七海は寂しそうに笑った。


「俺が…、中等部になってからあいつのこと気にいらないからってかまわなくなったんだ。ていよく逃げたんだよな。俺。昨日、あいつを偶然見かけて、様子が変なのに気づいたのに、声もかけるのを躊躇してしまったんだ。今更心配だからってどの面下げて言うのかと思うと、動けなかった。」


紫織は手に持っていた本を閉じて七海の方に体ごと向き直った。


「あいつ、気が優しくて臆病な以前のあいつだった。まるでどっかに置き忘れてきた自分を取り戻して、まったくわからない世界に放り込まれたみたいな風で…。クラスのやつの話によると、あいつまったく記憶がないみたいなんだ。クラスのやつらはあいつの豹変振りを不気味がって誰も寄り付かない。あいつ、何があったんだ?間宮、おまえ本当は何か知ってるんじゃないのか。」


七海はその涼しげで知的な顔をしかめて真剣なまなざしで紫織をじっと見つめてくる。紫織はしばらく七海の視線を受け止めてじっとしていた。


「今さらだけど、俺は以前のコロコロわらってたあいつに戻って欲しいんだ。今あいつひとりぼっちで不安に怯えてる。一度は知らん顔した俺だけど、できるだけ力になってやりたいんだ。間宮、頼む、何か知ってるんなら、教えてくれ。」


そういって七海が紫織に頭を下げる。


「七海、頭をあげろよ。わかったよ。」


そう言ったところで、チャイムが鳴った。生徒たちが足早に教室に戻ってくる。紫織は周りの様子をちらっとみると、七海をじっと見た。


「今日の授業が終わったら待ってて。僕が知ってることを話すから。」


七海はコクリと頷いて立ち上がって教室に入っていった。聖護は紫織と話をしていたらしい七海の様子が変だったのに気付いて教室に戻るときに紫織に声をかけた。


「七海、どうかしたのか。」


紫織が聖護に気付いて振り返った。


「ああ、聖護、あとで話がある。いい?」


珍しく自分から、話しを持ちかけるなんてと聖護は紫織の行動が気になったが、頷いて返事をすると足早に教室に戻っていった。





 











笠井の様子が気になる七海。七海の思いに紫織はどうするのか。それぞれの想いが交差する中、紫織は…?

次回もがんばります。よろしくお願いします。

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