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第19部 震える心

 また窓がガタガタ音を立てはじめた。台風の目からでて再び暴風域にはいったようだった。

風の音がゴウゴウと呻くように聞こえてくるかと思うと、雨も降り始めて建物の壁を容赦なく叩く音が鳴り響いてくる。時折、突風が吹いて建物が地響きをたてて揺れた。

 白くか細い手を両手で大事そうに包み込みながらじっと目を閉じていた聖護が、外の物音にはっと我に帰る。ビクッと動いた振動に紫織が反応した。そしてゆっくりと長い睫の下に隠されていた海の底のように深い蒼色の瞳が姿を現す。


「ごめん、起こしちゃったな…。気分はどうだ?」


ぼんやりとしてまどろんだ意識の中に不意に耳慣れた心地よい声が飛び込んでくると紫織は不思議に安堵感を覚えた。やや光を失ったかのような蒼い瞳はその声の主を認めるとまるでレンズで焦点をあわすかのように次第に光を増していった。そして少しの間じっと聖護を眺めると意識がハッキリしてきたのか、紫織はわずかに首を振る。


「大丈夫…。」


そうつぶやくように小声でいうと、起き上がろうと体を起そうとした。聖護は触れていた手を片方離して、紫織の目をじっと見て紫織の体をベッドへ戻す。


「無理するなよ。いいから寝てろ。」


優しい口調だったが聖護の目が紫織に有無を言わさない。しかたなく、諦めて体をベッドに戻すと、聖護の方に体を向けた。


「何があったか話せるか?」


聖護は少し体をかがめて紫織に顔を近づけると穏かで優しい瞳を向ける。紫織は何か言いたそうな顔でじっと聖護を見上げていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「笠井に…見つけられたんだ。彼が僕に気付いて、帰ろうとした時に誘うように目の前に現れて…。笠井が危険だとわかっていた…。でも…あの時、なぜか行かなければ行けない気がしたんだ。」


紫織はぽつりぽつりと言葉を選ぶように話をしていく。無表情を装っていたが、聖護にはその表情が泣いているようで、その華奢な体が今にも震えだしそうな気がしていた。


「彼には…魔が取り付いていたんだ。そして、斉藤は…、あの魔物が魂を餌にするために斉藤の心を追い詰めていた…。そして僕の存在が魔物の気を煽ったのか、首に手をかけてきたんだ。それで、だんだん気が遠くなって…。それからはおぼろげにしか覚えてない…。でも…、自分の中で自分じゃないやつが…。」


震えるような弱々しい声でやっとそこまで言うと、嗚咽を堪えているのか苦しそうに乱れた呼吸をなんとか整えようとして言葉が飲み込まれてしまった。

紫織は少し体を丸めるとベッドのシーツに体を押し付けるようにして、もう一度不自然なくらいに大きく息を吸い込んだ。壊れそうなぐらいに激しく打ちつける鼓動を無理やり抑え込むように紫織はじっと目を閉じて震えている。聖護が触れていた白くか細い手も少し青ざめた肌がひんやりとしてきたかと思うと小刻みに震えだした。聖護はなだめるように紫織の手をしっかりと握ってやった。そして反対の手でシーツに顔を押し付けて震えている紫織の髪に手を伸ばすと、優しく撫で付けた。


「大丈夫だ。おまえはここにいるじゃないか。」


何が起こっていたのか聞きたい気持ちをぐっと堪えて、優しく穏かに紫織に声をかける。


「僕は…、どうなってた?」


震えながら怯えるように蒼い瞳がたずねてくる。聖護は少し躊躇したが、思い直したように口を開いた。


「おまえじゃないやつが…、笠井の中に巣食っていた魔を取り出してひねりつぶした。あいつは、ひどく残忍で冷たい…寒気がするようなやつだった。」


紫織はびくっとして聖護をじっと見つめてくる蒼い目を曇らせた。聖護は一瞬心配そうな表情を浮かべたが、もう一度気持ちを整えてその瞳をしっかり捉えると落ち着いた口調で続けた。


「…そしてあいつは俺に…、おまえがテンモクか、って言ったんだ。あいつは俺が自分を封じるテンモクだって言ってた。テンモクってなんのことだ?紫織、おまえ、俺にまだ隠していることがあるんじゃないのか?ちょっと前からうすうす感じていたけど、どうやらおまえと俺はやっぱり何か特別なつながりがあるみたいだな。俺はおまえを助けてやりたいんだ。話してくれないか?」


 聖護の澄んだ漆黒の瞳にまっすぐ見据えられると、紫織はビクッとして聖護に触れられている手に思わず力がこもってしまった。聖護はそれに気付いて大丈夫だといわんばかりに握り返してやる。紫織は今にも泣き出しそうな瞳でしばらくじっと聖護を見つめていた。そして何かを決心したかのように蒼い瞳が光を取り戻す。


「テンモクっていうのはテンすなわち天上…神のこと、モクは目のこと…監視って意味だと思う。」


「神が監視してるって…、それじゃあ、あいつが言ってたのは俺があいつの監視役ってことか?」


紫織はコクリとうなづく。そして悲しそうに蒼い瞳の放つ光を揺らした。


「ああ、しかもおそらく封印役も兼ねてる…。」


聖護は紫織の顔が一瞬寂しそうに自虐的な笑みを浮かべたのに気がついた。眠っているときに幾分赤みが差して滑らかで透明だった肌が、再びやや青ざめていった。


「あいつは何者?」


「…あいつは…、僕の中に封印されている魔。しかも…魔王の一部だ。」


「魔王?封印?どういうことだ?」


聖護が訝しげにその精悍な顔の眉間にしわを寄せ、その漆黒の瞳を紫織に向けた。


「僕はどうやら、魔王の封印のために神から命を授かったらしい。そして君はおそらく僕の監視役。…ようするに神の使いだ。」


「神の使い?」


聖護は驚いて目を剥いた。紫織は諦めたように悲しげな瞳を聖護に向けた。


「ああ、君の使う力は神の力だ。神気を帯びた高潔な力…。魔物がもっとも嫌う。だから君が神気を帯びると魔物は怯えて逃げ出そうとする。僕の力は…。何度も見てるだろう?魔物の力なんだ。しかも魔王の…。」


「魔王の力?そんなはずは…。おまえが言うことが事実なら魔王は普段封印されているはずなんだろう?」


紫織は首をふる。


「僕が大きくなるにつれて魔王の眠りは浅くなっていくようなんだ。それに伴って僕の力も開花してきた。さっきは…、笠井に巣食う魔の力に直接触れてしまったことで、一瞬あいつが目覚めてしまったんだ。そして、君がまた…封印した。」


聖護は思わず、触れていた手に力が入る。


「そんな…、おまえは魔物を葬る力があるだろ?しかも、さまよえる魂を昇天させる力も…。魔王の力のはずが…」


聖護の話を紫織が制するように口を開いた。


「それは…、君だよ。良くわからないけど、君がいるとそんなことができるんだ。封印役だからなんだろうな、きっと…。」


そういうと、聖護に強く握られていた手を強引に引き抜くと、すっと体の向きを聖護と反対の方へ向けてシーツに包まってしまった。


「1人にしてくれないか…。」


 紫織は消え入るようなか細い声でぼそっと聖護に背中から言葉を投げた。目の前にあるその小さく華奢な背中は何者をも拒否しているようで、聖護は一瞬声をかけそこなってしまった。紫織が話した内容をうまく飲み込めなかった所為もあるだろう。自分が紫織の中に眠る魔王を監視して封印するために生まれてきたということに聖護はショックを覚えていた。

 聖護の家系はクリスチャンである。人は幸せになるために生まれてきた、幸せになる権利があるとなかば自然に思いこんでいた。紫織の話が事実なら自分と紫織は神によって過酷な運命を背負わされて生まれてきたことになる。事実なら…。聖護は信じたくない気持ちは多分にあったが、目の前で魔王の力の一部であるというあいつに会ってしまっている。どうやらそこだけは動かしがたい事実だった。

 聖護はしばらくその場を動けずに動揺していたが、はっと我に帰ると、目の前の小さく丸められた背中が震えていた。泣いているのか…。その背中に容易に触れられずに立ち尽くしている自分に苛立ちを覚えた。それでも聖護は自分が不安定でどうしようもない時ですら、紫織をなんとか守ってやりたい衝動にかられるのだ。


「紫織…。俺がたとえおまえの中の魔王を封印する役目だとしても、俺は俺だ。おまえがなんであっても、俺はおまえと友達だ。心は自由なはずだろう?俺の気持ちは魔王を封印するためにいるんじゃない。おまえが好きだから傍にいるんだ。そのことを忘れるなよ。」


そう言い切ると少し戸惑いながら、休養室を出て行こうと振り向いて診察室の扉に手をかけようとした時、扉が少し開いていることに気付いた。それでもかまわずに開けるとそこに涼子とすぐ傍には総真がいた。聖護はだまって一瞬じっと二人を眺めると静かに扉を閉めた。


「ごめんなさい…。様子を見に行こうとして二人の話聞いてしまったわ。紫織君…、いつからそれを知ってたのかしらね…。」


聖護が諦めたような顔で首をふる。


「はじめからじゃなかったとは思うけど…。だから君を避けていたのかしら?」


「そんなこと!紫織は俺を巻き込みたくないから…。」


簡抜いれずに聖護が紫織を庇うように言い返してくる。


「そうね…。ごめんなさい。」


涼子は申し訳なさそうに苦笑した。


「あの子は悲しいぐらいに優しい子だったわ。だとしたら、相当苦しんだでしょうね。頭のいい子だから、いろんなことを考えたに違いないわ…。」


「あの子もあなたのことが好きだったのね。だから、余計近寄らせたくなかったんだわ。それでも、聖護君に傍にいてほしかったのね。ほら、夏の合宿は体の不調を押してでも行ったでしょ?苦しかったのね。あの頃は力のコントロールが出来ずにひどく思いつめていたから。きっとどうにも追い詰められて、心に余裕がなかったのね。だからあの子が普段ひた隠しにしている気持ちに突き動かされたんだわ。あれがあの子の本当の気持ちよ。君ならわかると思うけど…。」


聖護ははっとして涼子を見上げる。そうだ、確かにあの時はじめて紫織の心に近づいたと感じた。紫織も自分を大切な友だちと思ってくれているはずだと。聖護は少し不安な気持ちから開放されたような気がした。


「ねえ、でも、さっきの話なんだけど…、君の存在が紫織君の中に眠る魔王の監視と封印が役割としたら…おかしいわ。だって、あなたの力は紫織君を癒すことができるのよ。なぜなのかしら?しかも無意識でしょう?私にはあなたが紫織君の守護神のように思えてならないわ。」


「そういえば…。」


聖護は緊張してこわばらせていた顔が一瞬緩む。


「紫織君は監視と封印のためだけに君がいると思い込んでるかもしれないけど、実のところ、君はそのためじゃなくて、紫織君を守るためなんじゃないかしら?神は私達にそんな悲しいことはしないと思うけど…?ほら、人は幸せになるために生まれてくるのよ。いつも間宮先生が口癖のように言っていたわ。あなたたちは少し違った試練をあたえられているだけって考えたらどうかしら?」


「先生…。」


ほっと安堵の顔を浮かべるようにその表情は幾分息を吹き返した。


「俺、どうかしてた。そうですよね。俺は馬鹿です。紫織が言ったことで動揺して…。大切なことを見落としてた。」


涼子は優しくやんわり微笑むと聖護に近づいて肩の上に手を置く。そして聖護の体をを自分のほうに向けて漆黒の瞳を正面から捉えた。


「そんなことないわ。とうにあなたはわかってたと思うわ。あなた、さっき、紫織君に言ってたじゃない。心は自由だって。紫織君が好きだから傍にいるんだって。動揺してる状態でそんなことが言える君はすごいわよ。私ドキっとしちゃったわ。おしいなあ。もうちょっと早く生まれてたら、絶対聖護君に惚れてたんだけどな〜。」


涼子は急にいつものように軽い口をたたくと、ぱっと赤くなった聖護を見てクスクス笑う。総真はそのやり取りを窓際でしばらく黙って見ていた。人形のように整った顔は堅く無表情でまったく動かない。何を考えているのか、その心の内が読めないと視界の端で涼子は総真を捉えながら思った。


外の嵐は吹き返しのピークは過ぎて、徐々にその勢いが弱まってきていた。風の音もときどき窓がガタガタするくらいで、その間隔も長くなってきているようだった。そして雨も次第に昇降状態になって、まだまだ時折窓をぬらしていたが、叩くような音は次第に消えていった。


「だいぶ天気も回復傾向だな。紫織さんの容態はどうなんだ?動かしても問題がないのであれば連れて帰りたいのだが…。」


ふと、総真の声が二人の間に割って入った。涼子はちらっと総真を見返すと軽く息を吐いた。


「わかったわ。様子を見てくる。確かにここよりも、家のほうがいいと思うしね。」


そう言うと涼子は物音を極力立てないように静かに休養室に入っていった。









聖護は紫織の中に封じられている魔王の天目…。その衝撃の事実にショックを受ける聖護と紫織。紫織の心は再び孤独に震えていた。聖護の想いは紫織の心に届くのか…。次回も是非お付き合いください。よろしくお願いします。

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