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第16話 魔性の微笑

 聖護は、わけもわからず不安に駆られた。紫織がいるであろう場所に何かに引っ張られていくかのように体が勝手に反応する。聖護はいつの間にか走りだしていた。なぜだろう、今までで一番不安が大きい。何かが聖護を焦らせていた。連絡通路を2つ走りぬけると、講堂に出る。急に凄まじい気を感じて喉がひりつく。肌に触れる空気は身を切るように痛く冷たい。聖護はそれでもかまわず、気が強くなる講堂の中へと走り込むと、紫織ともう1人、やや小柄な少年が目にはいった。


「紫織!」


聖護が叫ぶ。紫織がその声に振り返った。


「紫織???」


聖護がはっとする。紫織の瞳は真っ赤なルビーをはめ込んだように妖艶な光を放ち、勝ち誇ったような笑みをうかべている。そしてその手はもう1人の少年の胸を貫いていた。


「なっ…!」


紫織が聖護の顔を見てさらに冷酷に笑う。聖護はゾクッとして、一瞬全身に鳥肌が立つ。

 紫織がいかにも聖護に見せつけるようにして少年の胸から手を引き剥くと、少年はそのまま床に倒れた。紫織は手に何かを掴んでいた。それはグレーに光る玉のような物体だった。その物体は緑の血に覆われて紫織の手を介して床に滴り落ちる。途端に独特の臭いが講堂に広がった。あれは、魔物の血…。聖護は瞬間そう思った。

 紫織は、グレーの玉のような物体を鷲掴みにして眺めている。うっすら笑ったその顔はは寒気がするほど、美しくそしておぞましい。姿形は確かに紫織だが、まったくの別人のようだった。


「ふん、実体ももてないくせに…。」


そういってひどく高慢な表情をすると、真っ赤な瞳をほんの少し光らせる。すると鷲掴みにしていたグレーの物体の光が一瞬で凍りつくように、石の塊と化した。紫織はその石を力任せに手で握りつぶす。紫織の手から石がこぼれた。


「たいした手応えもないやつ。そのような分際でよくも私を起こしたものだ。」


そう吐いて捨てると、粉々になって手に残った石を今度は手を開いてわざと床にパラパラとこぼした。そしてその様子を凝視していた聖護の方に向き直る。


「おまえは誰だ?」


聖護はぎょっとする。しかし、それが紫織じゃないことを聖護はわかっていた。


「おまえこそ誰だ。」


そう言うと聖護の目に白い光が炎のように灯る。


「ふん、おまえも人ではないのか…、ん?おまえは…。」


紫織が驚いて赤い瞳を見開き、聖護を睨みつけた。そして美しい額を動かし片方の眉をやや吊り上げるとクックックと笑い始める。


「おまえが天目か。」


聖護は訝しげな顔をする。


「そうか、おまえが私を封じる天目なのだな。私はおまえごときにやすやすとは封じられはしない。」


そう言うと同時に急に紫織の周りを細かい光の粒が宙を舞いはじめる。紫織は聖護を見てにやりともう一度笑うと、ルビーのような真っ赤な瞳を鋭く光らせた。光の粒は一瞬、空中で止まる。次の瞬間、針のように細く鋭く聖護に向かって打ち付けられた。とっさに聖護は自ら放つ光でシールドを張り、間一髪、鋭い刃のように降り注ぐ光を跳ね返した。


「ふん、こざかしい!」


紫織が両手で大きく天を仰いだ。


どどど…ごおおぉぉっ!


講堂が揺れる。窓ガラスが凄まじい音を立てて次々と割れてはじけていく。途端に雨と風が講堂の中を吹き荒れる。凄まじいエネルギーがそこらじゅうから湧き上がってくるようだった。紫織は体から赤い光のエネルギーを発して、手の中に集めた。そして聖護に視線を合わせるとその光のエネルギーを投げつけた。聖護はとっさに白い光のシールドを張る。しかし、それは無残にはじかれた。まともに赤い光を食らってその勢いで弾き飛ばされ、体を講堂の床に叩きつけられた。聖護は、ぴくりとも動かない。講堂にはただ風と雨の音だけが響きわたった。紫織はにやっと笑って聖護に近づいていく。そして聖護の傍に近づくと腹を身蹴り上げた。それでも聖護は動かない。


「ふん、天目っていうからには、もう少し手応えあるかと思ったが造作もない…。」


そういって紫織は不敵に笑い、聖護に顔を近づけた。瞬間、聖護は紫織の手を取り、ぐいっと引っ張ると同時に鳩尾に一発食らわせた。


「ぐっ!」


紫織は目を一瞬目を見開くと、がくっと力が抜けて聖護の体の方に倒れこんだ。聖護はとっさに紫織の身体を受け止め、紫織を床に静かに寝かせると立ち上がった。


「ごほっ!」


咳をして、唇から滴る血を手でぬぐう。そして床に突っ伏している笠井の傍にふらつきながら近づいた。聖護はおそるおそる笠井を抱き起こす。笠井の体は温かった。体を仰向けに起こしてみるとさっき紫織が貫いた胸には服の破れた後や血のようなものはない。聖護は笠井の腕をとり、脈を確認してみる。生きている。聖護はほっとして笠井の頬を軽く叩いて体を揺り起こすと、笠井がふっと意識を取り戻してうっすら目を開けた。


「うぅ…ん、あれっ?ここは…?」


「学校の講堂だ。」


「えっ?…なんで、僕?」


聖護は、少し苦笑する。


「大丈夫か?俺もおまえがなんでここにいるのかはわからない。」


笠井は不安げな顔をした。


「立てるか。」


笠井は頷いて、ゆっくり立ち上がった。


「どこまで覚えてるんだ?」


「えっ?どこまでって…?」


「ここに…あそこに倒れているやつと来たことは覚えてるか?」


「え?」


笠井は驚いたように床に倒れている紫織に目をやった。


「あの人…、誰?」


「おまえ、名前とクラスと友達の名前言ってみろ。」


「えっ?ああ、1年Å組の笠井瞬。友達は…?あれ、思い出せない…。」


聖護はやはりかとため息をついた。あの、紫織が手にしていたグレーの光の塊。それが取り付いていたのだろう。それが取り除かれた今、魔物が意識を支配している時の記憶がない。


「笠井、おまえ、いろいろ思い出せないことがたくさんあるかもしれない。気にするなっていっても気になるかも知れない。自分に覚えのないようなことをまわりに言われるかもしれない。でも、気にするな。おまえは今日から、新しいおまえでこれからが大事なんだ。気になって困ったら俺のところに来い。いいか、悩む前に来いよ。」


聖護が笠井にまっすぐに見て真顔で言った。笠井はその目を見ながらゆっくり頷いた。


「すごい…天気だね。台風かなにか?」


笠井は今気付いたといわんばかりに周りを見回した。講堂の中は水浸しで強い風に煽られて雨が降り込んでいる。建物は時折ゴオォッという音に振動していた。


「ああ、これから台風上陸さ。授業も切り上げられたから、もうみんな帰ったよ。」


「そう…ですか…。」


笠井はそれすら記憶にないことが少しショックだったように頭をたれた。


「気にするな。いずれ何かわかったら教えてやるよ。俺も今どうしてこうなってるのかがわからないんだ。あいつの意識が戻ったら聞いておくよ。」


笠井は頷くとまだ不安げな顔をしていたが、聖護に礼をいって帰って行った。聖護は笠井の後ろ姿を見ながらため息をついた。


聖護は笠井を見送ると床に倒れている紫織に近づいてしゃがみこむとその腕に紫織を抱き上げた。よろっとしながらも紫織をしっかりと腕に収めると、ふらつく体を無理に動かして講堂を出て行った。



 聖護は医務室の前に立つとふらっと倒れそうになって、一瞬、紫織をかばったため、ドアに体をぶつけた。その音にしばらくすると中から人が近づいて来る音がする。不審な音に中にいた涼子がおそるおそるドアに手をかけてそっと開けて外を覗き込んだ。


「聖護くん?それに紫織くん…、どうしたの?あなたたち!」


涼子はそう叫ぶと勢いよく扉を開ける。


「先生、ちょっとベッド貸してくれる?」


紫織を抱えた聖護が壁にもたれてやっと体を支えている。聖護の顔には血がついていた。聖護に抱きかかえられている紫織は意識がないようだった。涼子は緊迫した様子に聖護を支えながらベッドのある部屋まで誘導した。

 涼子がブランケットをめくると、聖護はふらつく体で紫織を大事そうにベッドに寝かせた。そして心配そうに顔を覗きこみながらブランケットをかけてやる。聖護は、大きくため息をつくとベッドサイドの椅子に重い体を預けるように腰掛けた。涼子は紫織の腕を取り、脈を確認したり、額や頬、首などに触れて様子を見ていく。意識がないだけで怪我もなさそうだ。少しほっとすると、涼子は自分の傍らで険しい顔をしてじっと紫織を見つめている聖護を見やった。


「何があったの?」


重苦しい聖護の様子に涼子はどうしても尋ねないではいられなかった。






紫織の中の魔がついに目覚めた。赤い瞳の魔物は聖護を天目という。聖護はいったい何者なのか。次回も是非、おつきあいください。ありがとうございました。

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