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第13話 怯える心

 

 今朝は朝から天気が悪い。雨は小雨だが、時折、突風が吹きぬける。空気はもわっとして、肌がべたつくほどに湿気を含んで不快指数を盛り上げている。

 今年はじめての台風上陸が近づいていた。ニュースではひっきりなしに台風情報が流れている。職員室では、非常用のテレビがつきっぱなしになっていて、教師たちは授業の合間にこまめに情報チェックをしていた。どうやら、このあたりは明日から週末にかけての上陸らしい。教師たちは、明日のことで情報収集に忙しく、職員室ではいつもと違う雰囲気でバタついているのに生徒たちはのんきなもので、台風というといつもと違うまわりの雰囲気に興奮している。以前、床下浸水しただの、屋根が飛んだだの、生徒たちは不謹慎にも幾分楽しそうに噂していた。


 

 朝からそんな日の昼休み、ざわついたクラスの雰囲気の中に1人、聖護は不機嫌な面持ちで、避けるように教室を出て行く紫織の後ろ姿をじっと見つめていた。七海がその様子に息がつまるのか、聖護に声をかける。


「どうしたんだよ、今朝からご機嫌斜めだぜ?おまえも間宮もおかしいよ。なんかあったのか?」


聖護は七海を見ようともしない。目は紫織の姿を追っていた。


「べつに。なにもない。」


表情ひとつ変えずに、低い声で答える。


「なにもないっって?何もなくってそんなに機嫌悪くなるのかよ?」


七海が涼しげな綺麗な顔で聖護をじっと見て眉を吊り上げる。こんなときに声をかけられるのも七海ぐらいしかいない。朝から機嫌が悪いのを知ってか、誰も近寄ってはこない。こういうときの聖護はとても近づけるような雰囲気ではなかった。


「おもしろくないんだ。」


「え?なにが?」


七海はむっとしながら聖護に聞き返す。


「あいつ、俺に何か、隠してる。」


聖護は怒っているのだ。七海は小さくため息をついた。


「おまえねえ、間宮がしゃべらないのは今にはじまったことじゃないだろう?」


七海が眉間にしわをよせ、なんだ、そんなことかという顔をして、面倒くさそうに言った。聖護は、じろっと七海を見るとまた、廊下にいる紫織に視線を戻した。


「おまえねえ、なんでそんなに間宮に固執するんだよ。まるで、女にやきもち焼いてるみたいだぜ?みろよ、おまえが朝から機嫌が悪いから、怖くてみんな近寄らないだろうが?いい加減にしろよ。」


七海も半分あきれて、むっとしている。それでも、聖護の目は紫織だけを追っている。


「はあ…、重症だな、こりゃ…。」


七海は額に手をやり、大きくため息をついた。


 この学校は廊下が吹き抜けになっていて、1階のフロアの中心には学生たちが自由にコミュニケーションがはかれるようにカフェ風の机や椅子が置かれている。

 紫織たちのクラスは3階にあった。紫織は教室を出てすぐのベンチに座って、本を広げている。ただし、視線は1階に向けられていた。視線の先には、先日、医務室に行く途中に会った斉藤がいた。聖護は教室の中にいたので、紫織がどこを見ているのかまではわからなかったが、なにか気になることがあって、そこに目を向けていることだけはわかった。聖護は、ふいに立ち上がった。


「おい、聖護、どこいくんだよ。待てよ。」


 怪しい雰囲気に七海が聖護を引きとめようとしたが、聖護は聞こえなかったように無視してまっすぐ紫織の近くに歩いていった。教室の入り口に達すると、ふとチャイムが鳴る。紫織が振り向いて立ち上がろうとしたとき、聖護の視線に気づいた。紫織と聖護の視線が絡み合う。


「あちゃぁ…。やばいよ。」


七海が不安げに二人を見る。聖護と紫織は動かずにじっと睨みあったままだった。


「おい、間宮、授業はじめるぞ、入れ。」


担任の柳が廊下を歩きながら、紫織に近づいてきた。


「はい。」


紫織は、ちらっと柳のほうを見るとすばやく立って、聖護の横をすり抜ける。聖護は、無言でそれを見送るとゆっくり、自分の席にもどった。七海も、ひやひやしながらそれを、見届けるとあわてて、席についた。



 午後の最後の授業を終えると、いつもならすばやく帰っていく紫織がまだ廊下のベンチにいた。聖護は帰り支度をしながら、その様子が気になっていた。ふと、紫織が何かに気がついたように、立ち上がってその何かに視線を繋いだまま、廊下を移動し始めた。聖護は不信に思って廊下にでると、紫織に視線を貼り付けた。紫織は1階に下りるとコミュニケーション広場を横切って、家路に急ぐ生徒たちに紛れて建物の入り口から外へ出た。聖護が追いかけようとすると、七海が後ろから声をかける。


「聖護、帰らないのか?雨がひどくならないうちに早く帰ろうぜ。」


聖護が、七海のほうに振り向いた一瞬紫織の姿を見失った。


「先に帰っててくれ。ちょっと用事がある。」


そういうと七海の返事もそこそこに教室から小走りに出て行く。七海は、諦めたようにため息をついた。



 紫織は、斉藤を追っていた。朝から様子がおかしかった。斉藤は何かぼうっとしていて視線の焦点もあってないような様子だったのだ。今も歩いていく足取りも何かに憑かれたようにところどころふらつき気味だった。斉藤は教室がある棟から連絡通路を抜けて、音楽教室や美術教室などの特別施設ばかりが集まる棟にやってきた。ここにはもう生徒の姿はなく、シンと静まりかえっている。ここの建物は6階まであり、学校の中では一番高い建物だった。斉藤はまっすぐ階段を上へ上へとおぼつかない足取りであがっていく。紫織は足音を立てないように少し距離を置いて斉藤の後に続いた。

 雨が時折強く降り、窓は強い雨と風に打ち付けられ、ガタガタと音を立てていた。窓から見える木々は枝を大きくしならせ、今にも折れんばかりに強風に耐えている。紫織は一抹の不安を抱えつつ、斉藤の背中を追いかけた。

 最上階までくると、あと少し階段を上れば屋上への出口というところで足を止めた。そして、屋上の入り口をじっと眺める。紫織も足をとめてその様子を静かに見守る。ふと、斉藤が歩き出す。ゆっくりと屋上へと向かって階段を上がっていった。屋上の扉の前に立つと、斉藤はその細い腕で重い屋上の扉を力一杯引き開けた。扉が開いた途端に強い風と雨にあおられ、斉藤が一瞬ふらつく。それでも、斉藤は外へと足をすすめた。斉藤は止まることなく、何かに憑かれたように歩いて行く。髪から服からすべてびしょ濡れなのに、気にする風もなくどこをみているのか、まっすぐフェンスに向かっていく。そしてフェンスの一角に、非常用のフェンスの外にでるためのドアに近づいて開けようとしたが、チェーンロックがかかっていて開かなかった。仕方なく斉藤はフェンスに手をかけて昇ろうとした。紫織ははっとして、強い風で雨が吹き付ける中、屋上に走り出した。


 「斉藤!」


紫織は叫びながらフェンスに上ろうとしている斉藤の足を掴んだ。


「誰だっ!離せっ!」


斉藤は足を掴んでくる紫織を蹴りつける。斉藤の靴が紫織の白い額を掠める。


「やめろっ!斉藤!」


「離してくれっ!僕を死なせてっ!」


斉藤は涙声で叫びながら、紫織につかまれた足を必死に振りほどこうと身体をゆする。


「だめだ!死ぬなんてっ!」


紫織は斉藤が振りほどこうとばたばたさせる足にしがみつき、下へ下ろそうと必死に力をこめた。斉藤は紫織よりも小柄ではあったが、本人も必死なため、驚くほどの強い力で振りほどこうとしてくる。紫織は自分の腕からすり抜けそうになる足を必死に押さえていた。


「紫織!」


急に後ろから、慣れ親しんだ紫織を呼ぶ声がした。聖護が雨の中、走って近づいてくる。こんな時なのになぜか安堵する気持ちがふっと心を掠める。聖護は紫織の傍にくると斉藤の足を引っ張って、フェンスから引きずり下ろそうとした。その時、斉藤は一瞬、手の力を弱めたせいか、引っ張られた瞬間に紫織と聖護の目の前に落ちてきた。斉藤は鈍い音をたててそこにうずくまった。


「うっ…。」


聖護はすぐに斉藤を助け起こした。


「おい、大丈夫か!おいっ!」


斉藤はかろうじて薄目を開け、うつろな目で聖護をみると目を閉じて涙を流した。紫織も肩で息をしながら、その場へ立ち尽くしてじっと無言で斉藤を見ていた。ほどなく、聖護は斉藤を抱き上げて立ち上がった。


「とにかく、行こう。」


そういって紫織を促すと紫織は頷いて屋上の出口に向かった。階段のところまで来ると、聖護は紫織の背中に話しかけた。


「諏訪先生、まだ居るだろうか。紫織、ちょっと電話してもらえないか?ポケットに携帯が入ってるから。」


紫織は頷くと聖護がここだと言わんばかりに身体を向ける。紫織は聖護のポケットから、携帯電話を出して、聖護が指示したとおり操作して諏訪涼子の電話番号を見つけてボタンを押した。

 涼子は医務室をでたところだったらしいのだが、用件を聞くと、戻って部屋で待機しているといってきた。その旨を聖護に伝えて、二人は医務室に向かった。



 二人が医務室に到着すると、あらかじめ連絡をもらっていた涼子が待機していた。ずぶ濡れの3人を見るなり驚いたが、すぐに、斉藤を治療し始めた。


「聖護くん、紫織くん、タオルがこの部屋の奥の棚にあるから適当に出して使って。風邪ひくわ。」


涼子は斉藤の手当てをしながら振り向かずに聖護たちに声をかけた。


「はい。わかりました。」


聖護は涼子に返事をすると、奥の棚へいってタオルを見つけ出してきた。そして、紫織にもタオルを渡す。二人は一通りタオルで髪や服の水気を拭い取ると、斉藤を治療している涼子の傍にやってきた。


「ちょっと、心神喪失状態みたいだから、鎮静剤で眠らせたわ。身体には、打ち身と数箇所に擦り傷がある程度で心配いらないわね。お家に連絡しないと…。この子、たしか、斉藤弘樹くんだったけ?」


紫織が頷く。聖護はその様子をじっと見ている。


「ねえ、どんな事情があったのか、話してくれない?」


紫織は険しい顔で涼子を見つめた。

 昨日の朝、医務室に行こうとしたときに斉藤がいじめられているところに出くわしたことと、先ほどの屋上で斉藤がフェンスの上って、屋上から飛び降りようとしていたことを紫織は涼子と聖護に話した。しかし、その日の夕方、書店で本を万引きしようとしたところを未遂で止めたことはだまっていた。本人もなるべく知られたくはないだろうと紫織は思ったのだ。


「やっぱりね。この子、時々怪我してここへ来たのよ。どうしたのって言っても、転んだの一点張りで。どう見たって転んだ怪我じゃなさそうなのに。やっぱりいじめられてたのね。」


涼子はため息まじりに紫織の話に答えた。


「それで、いじめてたやつら、見たんだろう?誰だ?」


紫織は聖護の顔をちらっと見て、黙る。


「見たんだろう?紫織。」


紫織は聖護の顔を見ずにだまって頷く。


「斉藤と同じクラスのやつらだよ。3人組。名前は知らないけど、あまり、品のよさそうなやつらじゃないことは確かだ。あいつらの話ぶりじゃあ、初等部からずっといじめられてたみたいだった。」


聖護はそう話す紫織を見ていて、なぜか腑に落ちなかった。


ー 何か隠している ー


聖護はとっさにそう思って、疑うように紫織をじっと見つめた。


次回は笠井と紫織が対峙します。笠井は何者なのか。紫織の中の魔に変化が現れます。是非次回も読んでください。よろしくお願いします。

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