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第11話 魂の誓い

 波の音?鳥の声も聞こえる・・・。ここは?ああ、合宿で海にきてるんだった。聖護はぼんやり目を覚ます。朝か・・・。昨日そう言えば紫織の手をつないで・・・。聖護はっと思い出したようにがばっと勢いよく起き上がった。その反動で体からブランケットが滑り落ちる。聖護はそれをつかむと昨晩目の前にいたはずの紫織がいないことに気付いた。ふとベランダをみると窓が開け放たれている。外からは波の音や鳥の声とともに清々しい朝の心地良い風が入り込んでくる。今日も天気は晴れのようだ。空が青い。昼間の鮮やかな色とは違いやや白っぽく淡い青。まだ昇ったばかりの太陽の光も幾分やんわりとしている。聖護はベランダに出ると大きく深呼吸して伸びをした。昨日の疲れがやや体に残ってだるさを感じるが、朝はまだ涼しいので気持ちよかった。聖護がしばらく外の景色を眺めているとプールサイドの奥のガーデンに紫織がいるのが見えた。ゆっくり歩きながらガーデンにある花に時折足をとめていた。


「あいつ本当自然の中が好きだな。」


そうつぶやくと少し微笑んだ。聖護はそんな紫織を見ながら昨夜のことを思い返した。紫織はなぜあの岸壁にいったのだろう。そう言えば、紫織は魔物に共鳴してひきよせられたといっていた。しかもあの時、涙を流していた。泣いているのは紫織ではなくて魔物だといっていたが、聖護には紫織自身が泣いているようにも見えてひどく心が痛んだ。そして再び紫の瞳とあの不思議な力。紫織はいったい何者なのだろう。魔物は我らと同じ匂いがすると確かに言った。前に対峙した巨大蜘蛛も我らの仲間と言っていた。そして紫織自身、昨夜のイサキに自分では人間だと思っていると寂しそうに笑って応えていた。さらに魔物が現れる時に必ず紫織は現れ、魔物と対峙している時に決まって紫織は瞳が紫に光る。紫織は魔物なのか。それとも何か魔物と関係があるのか。しかし、聖護はそれ以上に紫織が不思議な力を使うたびに悲しく辛そうな顔をしているような気がしてそれがひどく気になり、一人で何か重いものを背負って耐えているように思えてならなかった。


―また、君に迷惑をかけるー


紫織はそういった。紫織はずっと今まで一人で耐えて来たのだろう。自分のことで人に災いが降りかからないようにと。おそらく人を近づけないのも知られたくないということよりも人を巻き込まないための紫織の優しさなのではないかと聖護は思った。聖護もはじめは魔物の存在や紫織の力に驚いた。魔物に遭遇するたびに怖くないとは言わない。しかし紫織にこの上どんな秘密があるのかは計り知れなかったが、事実がどうであれ、聖護は紫織をなんとか支えてやりたいと心から思っていた。今夜、七海はまたあの岸壁へ魔物に呼ばれる。紫織はいったいどうするつもりなのだろう。今夜は七海と紫織の様子に目を放さないようにしなければならない。聖護はガーデンの紫織の姿を目で追いながら今度は大きくため息をついた。


 朝食はレストランでバイキングだった。席は決まっておらず、自由に開いてるところで取っている。七海もすでに来ていた。聖護と紫織は七海たちの座っている席について朝食をとる。


「俺さあ、昨日転んだっけ?朝起きたら腰が痛いんで見てみたらあざになっててさ。驚いたよ。」


紫織はちらっと七海を見てすぐに興味なさそうな顔をした。聖護は昨晩の岸壁での光景が目に浮かんだが、とぼけた風でさりげなく話を返す。


「どうだったけな、試合に夢中で覚えてないからなあ。でも、俺も知らず知らずいろんなところに擦り傷や痣があったけどな。」


「そうかなあ、あんなに痛みがあれば覚えてるんだけどなあ・・・。」


七海はしきりに頭を振りながら解せないといった顔をしている。


「それに・・・。」


七海がちらっと紫織の顔をみて黙った。


「それに・・・?」


聖護が先を促すように繰り返す。


「いや、いいよ。たいしたことじゃない。」


七海はそういってお得意の涼しげな笑いでその場をごまかした。


「ごちそうさま、おれ、行くわ。あとでな。」


と七海が立ち上がると隣にいた同室の熊谷修二もあわてて席を立つ。


「俺も行くわ。」


「ああ、後でな。」


聖護が七海と熊谷に声をかけると二人は早々にその場を離れた。


「やっぱりあいつ何も覚えてないんだろうか。」


聖護が、さりげなく紫織に小声で話しかけた。


「さあ、どうかな。」


紫織は歩いていく七海の後姿をじっと見ていた。

 

朝食後、午前中は集中講義なので紫織も授業に出た。聖護はつい今晩のことが気になって授業中、時々紫織に目がいってしまう。紫織はといえば、授業は心ここにあらずでずっと窓の外を見て何か考えているようだった。午後になると聖護たちは昨日の続きでビーチバレーの勝ち抜き戦を始めた。七海の動きはやや鈍いものの、聖護は勝負となると粘る。昨日の疲れから何度か危うくなるが、聖護がつないで返した。準々決勝以外、準決勝、決勝とすべて連続試合なので決勝の時にはかなり疲労がたまってきていた。


「やばいよ。体力もう俺続かねえぞ。はあ、はあ・・・。」


七海が悲鳴を上げる。


「あと一試合だ。なんとかもたせろ。」


「おまえ、まだ勝つ気かよ。ほんと、タフだな。ばけもんのような体力だぜ。」


「これぐらいでくたばるもんか、試合が近い時の稽古なんかこんなもんじゃないないぞ。」


「おまえと俺は違うの。」


七海が疲れた顔で口を尖らす。


「ぶつぶつ言うな、俺がなんとかする。」


「へいへい、頼りになる親分さん。」


七海は聖護の後姿にため息をついた。


「しゃーねえな。」


覚悟をきめて試合に臨む。思うように走れはしないが、聖護がフォローするので七海もその気になって体力ある限り拾い続けた。ジュースが3回続いて最後はなんとか須崎&七海組が制した。周りがわいわい盛り上がっているが、七海はその場に突っ伏したまま動けない。聖護が七海の腕をとり、自分の肩に回して立ち上がらせた。


「部屋まで送ろうか?」


「ふん、俺は女じゃねえんだよ。ころすぞ。」


七海が疲れきった顔でにやっと笑う。顔には清々しさも現れている。


「くっくっくっく。それぐらい憎まれ口たたけりゃあ大丈夫だな。」


聖護もにやっと笑う。そして二人は目を合わせて笑った。残りの時間、海で少し泳いで昨日と同じく解散となり、聖護は他の班長と委員長で片づけをしてから、最後にシャワーを浴びて部屋に戻った。午前中の様子から紫織のことが気になっていたが、紫織は部屋にいて、本を静かに読んでいた。


「勝ったぜ、紫織。優勝したよ。」


「君の運動神経は並じゃないからな。随分日焼けしてる。」


紫織は穏かな表情で少し微笑む。聖護も紫織に柔らかく微笑んで返す。紫織は口数こそ少ないが、ここへ来てから随分気軽に話を返してくるようになった。普段感じるようなとげとげしさや張り詰めた危うさが消えている。以前ではありえないことだった。ようやく普通に会話らしくなってきて聖護はじわっとうれしさが沸いてくる。


「七海も腰が痛いとかいいながらもなんとか体力持ったしな。」


「そうか、良かった。」


紫織は少しほっとしたような顔で応えた。やはり、紫織は無関心な顔をしながらも七海のことを気にかけていたのだ。会話と同じで紫織のいつもの無関心で無表情のクールフェイスは今はなく、紫織の想いが何気ない表情に表れるのがうれしくて、聖護はその様子に目を細めながら話を続けた。


「昨日の晩のことを覚えているかは食事のあとでまたさりげなく聞いておくよ。周りに人がいるとあいつは話をしないからな。」


紫織はふと真顔にもどって頷いた。


「でも、お前は大丈夫か?」


「今日は大丈夫。」


「でも、また、魔物と共鳴して自我を失うと…。」


紫織が少し微笑む。


「大丈夫。今日はそんなことはないから。」


「ひとつ聞いてもいいか。お前はあの時、俺に手を離すなっていっただろ?なぜだ?」


紫織は聖護をじっと見てしばらく考えていた。


「わからない。でも、そう思ったんだ。あの時君が触れたら自分を取り戻したから。」


聖護は昨日のことを思い出した。確かにあの時、紫織は正気にもどったようだった。


「聖護、君こそあの岸壁に来たのは僕がいるような気がしたって言ってたけど、どうして?」


「それが俺にもよくわからないんだ。でも、お前が部屋にいなくて、急に嫌な予感がして、体が自然に動いたんだ。あの時、なぜか自分が向かう方向に紫織がいる気がして。気付くとあの岸壁にたどり着いてたんだ。魔物の気配のようなものを感じたのはあの岸壁に近づいてからのことだ。」


紫織はその話を聞くとまた何か考えていたが、そのまま何も言わなかった。そしてしばらくすると口を開いた。


「今晩七海から、目を離さないで。魔物に呼ばれることでイサキが目を覚ますはず。」


聖護は紫織の言葉に頷いた。


「お前は?」


「僕は大丈夫。呼ばれているのは僕じゃなくて七海だから。どのみちあの岸壁で会える。七海についていてくれないか。聖護。」


紫織をじっと見つめる。今の紫織の蒼い瞳はいつものように不安でおびえるような色がない。澄んでクリアなしっかりとした意思を感じる瞳だった。


「わかった。でも、お前、絶対に無理はするな。」


聖護の言葉に紫織は黙って頷いた。


 夕食は合宿最後ということでいつになく盛り上がっていた。聖護たちの席の付近ではやはり、聖護と七海の活躍で話に花が咲いていた。特に七海の活躍に話題が集中した。


「七海があんなに必死に何かしてるのはじめて見たよな。男が見てもかっこよかったぜ。俺は見直したな。」


熊谷が七海に対して尊敬のまなざしで見ている。


「なにいってんだ、俺はいつもかっこいいんだからさ。今さらだろ。」


七海はいつものように軽く憎まれ口を叩くとすっと下を向いた。その様子が日焼けで頬が赤いのが、幾分照れくさそうにも見えた。


「あ、七海もしかして照れてるの?」


裕司が無邪気につっこんだ。


「ばか、裕司何いってるんだ。変なつっこみするなよ。」


聖護はその様子を見てクスクス笑っている。実際、聖護もそう思った。もともとあまり熱くなることがないタイプだったので、あそこまでやりぬくとは正直思わなかった。実際、ビーチバレー2日目ともなると、ただでさえ2日間晴天で日焼けが激しく体力を消耗しているのに、砂で足をとられるため、足は重くガクガクになっていた。それでも聖護は、勝負事は何事も投げ出したくない性分だったので、動かない体をなんとか気持ちで奮い立たせた。聖護が粘ると七海もふらふらで体力切れのはずなのに応えるように走り、跳んだ。最後の決勝では、どちらかがもう立てないと思うたびに一方が立ち上がり、それによって自らを奮い立たせて立ち上がった。体はぼろぼろだったが心はだんだんすがすがしく気持ちよくなっていった。


「俺も七海を見直したな。ダテに女にモテルだけのやつじゃないことがわかったよ。」


聖護も裕司に加勢した。


「聖護、それどういう意味だよ。」


七海が赤い顔して照れ隠しに睨み返してくる。聖護がくすくす笑いながらさらに続けた。


「照れてる七海くんもなかなかかわいいですねえ。」


「聖護、てめえ、ころす。」


七海が聖護の首をしめる。


「ばか、やめろ、あばれるなって。」


そういいながら聖護はまだ笑っている。七海とのじゃれあいにうれしそうだ。


「こら!静かに食べろ!うるさいぞ!」


担任の柳が怒鳴った。


「はーい。すみませーん。」


聖護がふざけたように返事をする。


「ほら、怒られた。七海くん、食事中は静かにしようね。」


「てめえ、今後絶対お前と組まないからな。敵になってお前をこてんぱんにやつけてやる。」


勢いあまって七海が聖護に宣戦布告する。


「おやおや、君は熱くなるタイプじゃなかったんじゃないのか。」


聖護が余裕で笑う。


「お前が火をつけたんだろうが。もういい。お前と話してるとこっちがおかしくなる。」


聖護がさらに笑うとまわりもどっと笑った。そんな盛り上がりで夕食を終えると昨日のように1015号室に召集がかかり、聖護は紫織と目を合わせると紫織は黙って頷いて部屋に帰っていった。


部屋では昨日よりも大盛り上がりで、部屋のベッドの上でプライドの真似事を始めるやつらもいれば、なんだか、妖しげに小声で好きな女の子の話を打ち明けあっていたりと部屋の中は熱気で溢れている。相変わらず、七海と聖護はベランダでそれを見ながら面白がっていた。


「あいつ、また、あんなとこで話してやがる。秘密とかいいながら、何人に言ってるやら。聞いたか?あいつの好きな女の話。」


「ああ、先週だったかな。テニス部の子の話だろ?」


「そうそう、でも、俺の情報網によるとその子付き合ってる彼がいるらしい。しかも彼女から告って付き合い始めたばっかりっていうからな。気の毒になあ。夢壊すようでとても言えない。」


七海がくっくっくと気の毒そうに笑う。聖護はいつもより上機嫌に話をする七海の様子を見ながら、話を切り出した。


「そう言えば、おまえ、あれからあの夢に関して昨日はなんともなかったのか。」


ふとその話に七海の顔が曇る。少し沈黙があって口を開いた。


「昨日も見たよ。同じ夢。そして何だがその女に会いに行って話をした気がする。」


「会いにいった?」


聖護が聞き返すと七海は頷いた。


「俺、おかしいのかな。しかも、あの黒い髪の女は黒い竜だったんだ。女は俺に一緒に行こうと言うんだけど、俺はいけないっていうと赤い光の玉みたいなもので俺を捉えたんだ。そうしてすぐにその光の玉に、何かがぶつかって壊れて落ちた。腰が痛いのってその時のじゃないかって思うんだ。だから、あれは現実じゃないかって思ってる。」


聖護は驚いた。七海には意識はないが、あのときの記憶があるのだ。もしかして、紫織や自分のことも覚えているのではと懸念した。


「それで、その後どうなったんだ。」


「それがわからない。その後は思い出せない。朝起きたら、腰が痛くて自分の部屋のベッドに寝ていたんだ。熊谷は遅くまであそんでいて部屋に帰ったら俺が寝てたっていうし。」


聖護はほっとした。七海はかろうじて紫織のことは見ていないのだ。少し胸をなでおろした。


「そうか。もしかしたら、その夢は今日続きでもみるのかもしれないな。俺、七海の部屋に行こうか、今晩。」


「え?いいよ。そこまでしなくても。」


「いや、眠ってる間にお前がどこかに行かないか見ててやるよ。」


「お前ねえ、俺は女じゃないっつうの。」


そういって七海は笑った。


「さあてと、体力使いすぎたから俺、寝るわ。明日また、夢の続きとやらを報告するよ。じゃあな。お先に。」


「ああ、おつかれさん。」


聖護は笑って応えると、七海は疲れた体をゆっくりと持ち上げ、みんなに一言声をかけて出て行った。聖護もすぐその後に部屋を出て、七海を追いかけた。七海はカードキーを使って鍵を開けるともう一度欠伸をして部屋に入っていった。聖護はその様子を確認すると3つ隣の自分の部屋をノックした。中から音がして紫織が顔を出した。


「今、七海が部屋に戻った。」


聖護は七海の部屋の方から目を離さずにやや低い声で言うとすっと紫織に顔を近づけた。紫織は聖護の顔が至近距離にあるのに瞬間どきっとして顔がほてる。エントランスのややぼんやりとした黄色い光で聖護は気付いていない。


「昨日のこと七海に聞いてみたら、あいつ記憶があるみたいだった。」


紫織は一瞬はっとする。


「でも、あいつが囚われたとき、何かがぶつかって自分が落ちたところで記憶はなくなってるっていってたんだ。俺たちの姿は見ていないみたいだった。」


「そうか。意識はなくても記憶があるのか。」


紫織はじっと考えていた。聖護はその時初めて紫織に至近距離で話をしていることに気がついて急に意識し始める。心臓の鼓動が早くなって落ち着かなかった。


「魔物のほうはどうだ?」


「ああ、呼んでるよ。昨日と同じだ。でも、力を強めてきている。今日は満月だからな。」


紫織の言葉に聖護は改めて紫織の様子を確認する。今はまだ、瞳はいつものように深い蒼い色で意識もしっかりしている。特に変わった様子はなかった。その時、ガシャリと七海の部屋のドアから鍵を開ける音がした。とっさに聖護は紫織の肩をつかんで紫織を部屋の中に押し込んで自分も部屋の中に入った。そしてドアを少しだけ開けて外の様子を伺った。すると七海が再び出てきてゆっくりと聖護たちの部屋の前をとおっていった。聖護と紫織は息を潜めてじっとしていた。七海が通り過ぎると二人してはっとする。聖護が紫織を抱きしめるような形になっていたのだ。急に意識し始めて一瞬目が合う。聖護が紫織の肩をしっかりつかんでいたことに気付き、手をぱっと離して目をそらすと同時に紫織も目をそらした。少し気まずい雰囲気になる。


「ああ、ごめん、痛くなかったか?」


紫織は顔が熱くなるのを感じながらもできるだけ平静を装って応える。


「大丈夫。」


聖護は自分の心臓の鼓動の早さに気付かれないようにすっと紫織から離れてドアを開けた。


「追いかけよう。」


振り向いたときにはいつもの聖護だった。紫織はしっかりと頷いた。

 聖護と紫織は行き先が岸壁とわかっているので七海に気付かれないように姿が見える程度に距離を開けてついていった。ホテルを出たあたりから、聖護は首の後ろにちりちり傷みを感じて空気が重く圧迫してくるような感じがした。昨日、散策路で感じたのと同じだった。


「紫織、お前は大丈夫か?なんだか、魔物の気配だと思うが、強くなってきてる気がする。」


そういって聖護が紫織のほうに少し顔を向けると紫織は黙って頷いた。そして、目は七海の後姿を追いながら言った。


「やっぱり君も感じてるんだね。そう、昨日よりやはり力が強くなってきてる。満月だしな。」


そういわれて聖護は暗闇にくっきりと浮かぶ満月を見上げる。


「紫織、お前、昨日イサキに何とかするって言ってたけど、どうするつもりなんだ?本当にナギっていう女の人を助けられるのか?」


聖護の質問に紫織は答えない。相変わらず七海の後姿をじっとみて寡黙に歩きつづける。そしてふと口を開く。


「わからない。でも、ひとつだけ方法がないことはない。」


紫織は覚悟したような低い声で静かに言った。


「おまえ、何かまた無理するんじゃないか。」


紫織は応えない。しばらくして低い声で言った。


「七海を必ず助けるよ。」


その言葉に聖護は真顔で紫織に言った。


「俺は何があってもお前と七海を助ける。」


紫織は少しピクッと反応したように見えたが、聖護の問いには応えなかった。

 散策路の分かれ道を登るとそこは昨日の岸壁が広がっていた。七海は岸壁の先端で海を眺めて立っている。しばらくすると地響きがして轟音とともに海が盛りあがってくる


ごおおおおっ!どどどどっ!


そして昨晩と同じく七海の目の前で盛り上がった水が割れる。中から赤い光の玉がぼおっと現れて大きくなった。そして黒髪のナギが現れた。女は七海に近づくと七海を抱きしめた。


「イサキ・・・。会いたかった。今日こそ一緒に・・・。」


イサキは寂しそうな顔をしてナギを抱きしめる。


「ナギ・・・。お前はどうして魔物に身を投じてしまったのか。訳を話してはくれぬか。」


イサキの胸に顔をうずめていたナギははっとして顔を上げた。そして悲しそうな顔をしてイサキを見つめる。イサキがナギの白い艶やかな頬に触れるとナギは涙を流した。


「私は・・・、あの日ここでずっとあなたをお待ちしておりました。約束の時間になってもいらっしゃらないあなたをそれでも待っておりました。ところが、このあたりの村の男たちに囲まれて逃げようにも逃げられず、乱暴されかかって…。その者たちに乱暴されるぐらいならと海に身を投げました。その時にあなたに会いたい一心でこの海の伝説の魔物に念じました。私の命を引き換えに私の願いをかなえて欲しいと。あなたに再びめぐり合い、あなたと一緒にいられるのならこの命を捧げると願いました。そうしてこの魔物が私の願いを受け入れてくれたのです。そして今、その願いが叶おうとしている。私はこの日をどれほど待ちわびていたか…。」


イサキはナギの話を聞くと悲しげな顔をして涙を流した。


「ナギ…。私が行かなかったばかりにそんなことが…。申し訳ない…。」


イサキは涙を流し何度も何度も誤った。


「いいのです。こうしてあなたにお会いできましたもの。」


ナギはそういって目を閉じてイサキの胸に白い頬を摺り寄せた。


「しかし、ナギ、私は今はお前とともに行くことができない。許してくれ。それでも私はお前が魔物に身を投じてしまっていることが心残りでならないのだ。もはや戻ることはできぬのか。」


ナギが閉じていた目を開けてじっと一点を見つめて言った。


「一度魔物に身を投じたのです。戻ることはできません。私の望みはあなただけ。あなたと一緒にいられるのなら、私はこのままでも良いのです。」


「しかし、ナギ!」


イサキはナギの体を離して顔を覗きこむ。


「あなたはやはり来てはくださらないとおっしゃるのですか。」


悲しそうに涙を浮かべてナギが訴えかける。


「ナギ・・・すまない。」


ナギは涙を流しながらイサキから離れて海に戻っていく。そして姿を黒い竜の魔物に変えた。


「私はあなたを連れてまいります。あなたとこうしてせっかくお会いできたのです。あなた一人行かせません。」


そういうと巨大な黒い竜は口の中から赤い光の玉を吐き出すと七海に向けて投げた。


「いけない!」


紫織の目が光を帯びると振り上げられた手から紫の光の玉が飛び出した。その光の玉は竜の吐き出した光の玉とぶつかって間一髪七海の前ではじけて七海はその風圧で飛ばされ転がった。


「やはり、お前か。私の邪魔をするのは許さないといったであろう。何ゆえ私の邪魔をするのです。」


「ナギ・・・、あなたはイサキの思いがわからないのですか。あなたに会うために魂に思いを刻み込み何度も転生したのです。そして今あなたに会ってどんなに悲しんでいるのかわからないのですか。」


「なにをいう、私とて魔物に命を捧げてまでイサキを待ちわびていたのです。」


「あなたはこのままだとあなたの意識さえもなくなり魔物そのものになってしまう。今ならあなたが望めばあなたの魂は救いだせる。」


紫織が必死にナギに訴えかける。あんな表情を聖護は見たことがなかった。紫織のクールフェイスは、やはり、紫織自身が人を近づけないためのポーカーフェイスだったのだろう。


「今更・・・。私の魂が救われたとてイサキとともにいられないのならこうして魔物としていたほうが、イサキと一緒にいることができる。」


黒髪のナギは寂しそうにポツリと言った。


「あなたは愛する人を魔物の餌食にしたいのですか。このままではお二人は永遠に一緒にはなれないのです。あなたの願いが叶えば、あなたもイサキも魂を飲み込まれる。今魔物から離れれば遠い未来にあなたとイサキは再びめぐり逢える。魂にその思いを刻み込めば必ず再びめぐり逢える。ナギ・・・。あなた次第です。あなたが魔物から離れたいと思わなければそれはかないません。」


紫織はまっすぐの瞳でナギを見つめる。


「それは本当か?まことにそのようなことができるのか。」


イサキが驚いて紫織をみる。紫織は頷く。イサキは竜の目をみてもう一度話しかける。


「ナギ・・・。私はお前と再びめぐり逢えるのなら、この先何百年いや何千年何万年でも待つ。必ずお前を探し出す。だから魔物から離れてくれ、ナギ・・・。」


イサキが黒い竜に必死に請願する。竜の目にナギらしき想いが表れた瞬間、黒い竜はその眼を真っ赤に染め上げ、体をうねらせ海面からとびでた。海は轟音をたててうねり、嵐のように荒れ狂う。


「お前は何者だ。何ゆえ我の邪魔をする?この二人の魂は我のもの。何者にも邪魔はさせん。」


それはナギの声ではなく、低く不気味に太いナギの魂を捕らえている魔物の声だった。

竜は空に向けて吠えると昨晩と同じく黒い雲がどこからともなく集まってきて空が唸り始めた。そして暗闇に青白い稲妻が何本か走ると空が割れるような爆発音とともに紫織と聖護をめがけて落ちてくる。聖護が紫織をかばい、間一髪でよける。しかし、容赦なく雷は二人を狙う。


バリバリバリッ!

ドッカーン!

ゴオオ・・・ドドドド・・・


雷が落とされるたび地響きがする。紫織は立ち上がって手を重ねて頭の上にかざした。そして目を閉じる。じわっと紫織の体が紫の光を帯びて光る。その光はみるみる増大していった。その間に稲妻が何本も走り、紫織めがけて雷が落ちてくる。


「紫織!危ない!」


聖護が叫ぶ。同時に紫織の目がぱっと開き、フラッシュのように光った。すると体を覆っていた光が雷に向かって放射された。その光と雷がぶつかると雷は弾き飛ばされ、そのまま光は空の雲にぶつけられた。そして耳を劈くような爆発音とともにすべて消滅し、瞬間不気味な静けさが広がる。


「紫織?」


聖護の声にちらっと聖護に振り向いた。暗闇の中、紫織の瞳は紫に光っている。


「聖護、七海を頼む。」


「ああ。わかった。」


聖護は七海のもとに走る。


「七海、大丈夫か。」


「はい、大丈夫です。」


「ああ、今はイサキですね。こっちへ。」


聖護は七海をつれて海から遠ざかった。黒い竜は真っ赤に光る目で紫織をにらみつけている。紫織は息を深く吸うとポケットからロザリオを出し、黒い竜に向けてかざした。そしてまた紫織の瞳が光る。ロザリオからは白い光が放出されて十字架の形を大きく描いた。そして竜はその十字架に捕らえられ、貼り付けられたような格好になった。


「はやく今のうちです、長くはもたない。ナギ…、イサキとともに生きたいと願いうのです。」


「ナギ!」


イサキが叫ぶ。ナギが竜の目の中に姿を現す。


「ナギ!」


「イサキ!」


ナギがイサキの名前を叫ぶとナギの魂は開放されて竜の目から外へ出た。紫織はその姿を捉えるともう一度ロザリオをかざして光をナギに当てる。その光はナギを包むようにイサキの傍へと移動させた。その瞬間、竜が動き出し、ロザリオの光を跳ね返した。その反動で紫織は弾き飛ばされた。


「紫織!」


聖護が紫織のもとに走る。

紫織がその場でうずくまっていると、竜は容赦なく紫織に向けて口から赤い炎のような光を放出した。紫織ははっとして起き上がろうとする。


「紫織!危ない!」


聖護の目が光る。聖護は無意識に紫織に向けて白い光を投げた。その光は紫織の体を覆うように防御壁となって竜の赤い炎のような光を弾き飛ばした。はじき返された赤い光は竜に返る。


「うわああっ!」


竜はしばらくもだえ苦しみ、緑の血を飛び散らしてその身を海に落とす。海面に叩きつけられるような強烈な音とともに海面が嵐のようにうねりながら荒れ狂った。そしてよろよろともう一度体制を整えると聖護をにらみつけた。


「お前は何者だ!」


聖護は何も応えず、威圧感のあるするどい視線で竜を睨みつけている。全身に白い光を纏いそれはゆらゆらと揺らめく炎のように見える。


「聖護?」


全身から威圧するような怒りのオーラがあふれ出し、聖護は竜のほうに一歩一歩近づいていくと竜は急におびえたようにあとずさりし始める。


「来るな・・・。来るな・・・。その者の魂は返す・・・。我に近づくな・・・。やめてくれ・・・。」


聖護が岸壁の先端までいくと聖護は体を覆っていた白い光を黒い竜にめがけて放射した。


「うわあああっ!ぎゃあああ!」


竜は悲痛な叫びとともに白い炎に焼かれその身を溶かしていった。そしてあたりはもとの静かな満月の夜へと戻った。


「聖護!」


紫織は聖護のもとへ駆け寄る。聖護の体の炎はすうっと消えていった。そして駆け寄った紫織に振り返ると紫織を抱きしめた。


「聖護?」


紫織は不意のことにどきっとして心臓の鼓動が早くなる。聖護はその瞬間はっと我に返る。


「えっ?」


紫織を抱きしめている自分にはっと気がついてぱっと紫織から手を離す。


「俺?なにやって…?」


聖護は困惑しているようだった。


「聖護。大丈夫か。」


紫織の言葉にもう一度紫織を見る。


「無事だったんだな。紫織。」


「ああ、聖護が助けてくれた。」


「俺…。」


動揺して困惑する聖護の手をとった。


「聖護。もう終わったんだ。」


紫織の手はいつも冷たいが今日は少し暖かく感じた。そして紫織は手を離してイサキとナギのほうに向き直る。


「ナギ、あなたは魔物に身を投じたことでイサキに逢えるまでに少し時間がかかるかもしれません。でも、必ず会えます。あなたたちは魂に誓いを立てたのです。いつか同じ時代に生き、めぐり逢い、共に生きることができるはずです。さあ、時間がない…。わかりますね。」


ナギは静かに頷いた。


「イサキ…。ごめんなさい。私はもう一度生まれ変わってあなたを探します。私を見つけてくださいますか?」


ナギはイサキの目をみて尋ねる。


「ああ、何千年、何万年だって探し続けるよ。私は魂に誓う。」


そういうとイサキはナギを抱きしめた。ナギは今度は喜びの涙を流してイサキの胸に頬をうずめた。そうしてナギはやがてすうとすけるようにその姿が消えていき、光の雫となって昇天した。手の中のナギが消えて呆然としているイサキに紫織が声をかける。


「これでよかったのですね。」


イサキは涙を流して頷いた。


「ありがとう。私はこの先何度生まれかわっても必ずナギを探します。あなたたちも魂が引き合っているようですね。」


「え?」


紫織と聖護はふたりしておどろいいた顔をした。


「おやおや、ご自分たちのことはお分かりにならないらしい。」


イサキが笑う。


「あなた方の魂は同じ響きで引き合っているんですよ。何か深いつながりがあるのですね。きっと。初めてお会いしたときに気付きました。これからお二人で何かをさがしていくのでしょうか。私たちもいつか必ず幸せになります。それからこの七海薫のこともよろしくお願いします。今回のことは私が抱えて眠ります。目覚めたときには私のこともナギのことも忘れていると思います。よろしくお願いします。では…。」


そういうとイサキは消え、七海はその場に倒れそうになり、聖護が間一髪で支える。


「ちぇ、なにもここで消えることないのにな。せめて七海の部屋まで言ってくれれば…。」


聖護がぶつぶつ文句を言う。紫織はクスクス笑う。


「なんだよ。今日はボロボロに疲れてるんだよ。昼間がんばったからな。」


「それを言うなら七海も同じだろう?」


「痛いこというな、お前。」


紫織がまたクスクス笑う。


「お前、やっと自然に笑うようになったな。そのほうがいいよ。」


聖護が紫織に笑いかける。紫織がはっとした。自分でも驚いた。この2日間でいつの間にか聖護には自然に話したり笑ったりしている。紫織はイサキのさっきの言葉を思い出した。


―君たちの魂は同じ響きして引き合っているー


自分は離れようとしても心がなぜか聖護を追い求めてしまうことや聖護が自分を癒してくたり、危険になると守ってくれたり、気付くと何かと聖護が傍にいるのは魂が引きあうからということなのか。イサキは、何か深いつながりがあるのではと言っていた。出逢う運命と受け入れてしまってよいのか。少し迷いながらも紫織は聖護がいることで自分が抱える宿命も覚悟して向かっていけるような気がしていた。信じていいのか、神よ…。


「よっと。」


聖護は七海を背負うと重い体を持ち上げた。


「なかなかきっついな。まあ、訓練と思ってもうひととがんばりするよ。」


「ああ、頼むよ。」


紫織は笑顔で応えた。


 翌朝、朝食の時間に七海に会うと本当に夢の話も覚えていなかった。そしてこの2日間で筋肉痛だとぶつぶついって聖護にいつものように絡んでいた。その様子にも紫織は無関心を装っていたが、その表情は柔らかく、今までのような人を寄せ付けない張り詰めた緊迫感はなかった。そしてみんなが驚いたのは、いつも一人でいた紫織が翌日から自然にみんなの傍にいるようになったことだった。相変わらず笑わないし、あまり人と積極的に話はしないが、まわりも前より苦手意識はなくなったようになんとなく自然に受け入れている。

 聖護と七海はこの合宿以来、今までよりも分かり合える友達になった。聖護は身近でそんな七海の変化を見ながら、七海が以前よりも幾分大人びたようにも感じていた。いくら忘れたといってもあのイサキとナギのことが七海を成長させたのだと聖護は思った。そして紫織と心を通わせられたのもイサキとナギのおかげのような気がしていた。不思議な体験ばかりだったが大きな収穫を得た夏期集中講義合宿となった。


「魂が同じ響きで引き合ってる」イサキの言葉にまだ半信半疑ではあるものの、なんとなく感じていた聖護とのつながりをやっと運命として受け入れようという気になった紫織。はじめは偶然として流していた聖護も紫織が危険になると自分の身に起こる異変に疑問をもちはじめる。次回は2学期がはじまって、また学校生活の中での日常からまたまた事件が起こります。次回も是非お付き合いください。

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