脱出
入院してから三日。
私とあの男はずっとこの病室で寝起きしてる。
男は意識もはっきりと取り戻し、医者も峠を越えたと言ってそれっきりだ。
私は記憶喪失者を装って、
男は黙秘し続けている。
私たちはまだあのとき以来口をきいてない。
私はここから逃げたいと思っていたけど、なぜかそれをする気にはれなかった。
いつものように昼食が運ばれてきて、適当に手をつける。
そして、いつものようにのんびり窓の外を眺めていたときだ。
「キミはここをでたらどうするんだい。」
男が突然問いかけてきた。
顔の包帯がとれたので笑っているのがよくわかった。
体格のいい優しそうな雰囲気を持つ男だった。
「あなたこそ。どうするの?」
「俺は決まってるさ。」
すると、男の目はさっきをはらんだ。
「復讐を続ける。」
「そう。」
「キミもそうするんじゃあないのかい?」
「さあね。」
「はぐらかさないでくれよ。」
そういって、彼は困ったように後頭部をかいた。
私は鋭い視線で彼を見ていった。
「名前も名乗らない人にそんなこと話さないわ。話せば命取りになることだってあるのよ。私はあなたを信用してないわ。」
「そっか・・。そりゃあ悪かったな。俺はリックだ。キミは?」
「そう。私はMaria。」
「これでお互いが何者かはっきりした。教えてくれないか。」
「その必要がなぜあるの?あなたには関係ないことでしょう。」
そういって私は視線を窓の外に戻した。
「そういわれたらそうだよな。でも、どうして聞きたいのか俺にもわからないんだ。でも、知りたいって思ってて、たぶん会話ができるきっかけがほしいからかもしれないからかもしれないけど。」
そういうと、男は笑う。
その笑い方は屈託が無くて純な感じだった。
私は思わず笑ってしまった。
「変な人ね。いいわ、話してあげるわ。ここをでたら私は京都に行くわ。そして、用事を済ませるわ。」
「そうか、京都か。じゃあ相手は日本人?」
「いいえ。アメリカ人二人よ。」
「その人達とはどういう関係だったの?」
「昔の仕事仲間よ、でも、一人は死んでしまったの。でも、死んでなかったの。その人は私の尊敬する人ですばらしい人だったわ。」
「じゃあどうしてその人に復讐を?」
「彼には復讐なんてしないわ。復讐するのはもう一人の方よ。」
「もう一人はいったいキミに何を?」
「彼に娘を殺されて、私も半殺しにされて刑務所にに閉じこめられたわ。」
「それはひどいやつだな・・・。」
「ところで、あなたはなぜ復讐を?」
「俺は、トランスポーターだったんだ。それで、ちょっと揉め事に巻き込まれて・・・」
「家族を?」
「ああ、そうだ。」
「お互い家族を失ったのね。」
「もし、全てが終わったら君はどうする。」
「さぁ、あなたは?」
「俺はまた家族を作りたい。」
「でも、失った家族とは違うのよ。」
「それは当たり前だね。でも、家族って大事だと思うんだ。一人で生きることは辛い。今、そうひしひしと感じてるから。」
「あなた・・・。素直なのね。私の知ってるやつに似てるわ。」
「そっか、で、君はどうするの?」
「私は・・・。わからないわ・・・。」
「家族を作ろうとは思わないの?」
「失ったものは二度と帰ってこないのよ・・・。そんなの辛いだけでしょう?」
「それも、人生。でも、人生はこれからもあるんだよ。辛い思いを引きずって生きるより、新しくいきなきゃあ。俺たちは知ってるはずだよ。家族をもつ幸せさを・・・。」
私はその言葉を聞いて胸を付かれた。
そして、娘達との幸せな日々を思い出した。
そして、涙が溢れてきた。辛い気持ちも、懐かしむ気持ちも、全てが溢れ出してきた。
私は顔を両手で覆って嗚咽をこらえた。
しかし、止められなかった。
そんなこんなで泣きつづけていた時、私の肩を大きな胸が支えてくれた。
その温かさは私の冷え切った心を温かくほぐしてくれた。
私は顔を覆っていた手を離して胸の持ち主の顔を見た。
それは、さっきまで向かい側のベッドにいたリックだ。
私を安心させるように笑っている。
そして、全ての一瞬が止まった。
気がつけば私達は唇を交わしていた。
「・・・・。」
私は言葉が出なかった。
そのまま私はベットに潜った。
翌朝。
目を覚ますと、目の前は騒然としてた。
リックは姿を消していたのだ。
そして、私は枕の下に封筒があるのに気付いた。
そこにはこうかかれていた。
(Maria。お互いに今の使命を全うしたら一緒に家族を作ろう。
フランス、エッフェル塔で君が来るのを待ってる。 リック)
私はその手紙を握りつぶした。
そして、その夜、私もここを後にした。
翌朝、主治医のキンバリーは血相を変えて病室を後にした。
そのカルテにはMariaの知らない重大な真実がかかれていた・・・。




